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婚約の破談
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イザベル・ヤニック。平凡な見た目の、栗色の髪と瞳を持つ普通の十八歳。それが私。結婚適齢期。婚約者と、あと五ヶ月で挙式予定だった。
伯爵家の娘の私は、縁あって辺境伯家の息子に嫁ぐことになっていた。いずれは辺境伯家の夫人となるはずだった。
うちの伯爵家は、兄がすでに家督を継いでいる。兄は兄嫁と仲が良く、子供もすでにいる。私は甥っ子がとても可愛いし、兄や兄嫁とも仲がいいし、だからこそさっさと結婚して兄夫婦を安心させてあげたかった。
でも。
「まさかこのタイミングで、浮気が発覚するとは…」
婚約者は、浮気をしていた。相手はなんと侯爵家のお嬢様。
発覚したのは、晴れた日の午後。私がいい天気だからと日傘をさして散歩していたら、彼と浮気相手がイチャイチャしているのを偶然見かけてしまったのだ。
「…いや、少しは隠しなさいよ!なんで人目のあるところでイチャイチャしてんのよ!アホか!」
今思い出してもイライラする。枕をギュッと抱きしめて布団を叩く。
「…せめて、面と向かって何か言ってやればよかった」
けど、そんなこと出来なかった。私は彼を好きだったから。ショックで、言葉も出なくて。日傘をさしてくれていた侍女が、手を引いてそこから引き離してくれた。それでようやくちゃんと息ができるようになった。私はなにも言えなかった。
「…虚しい」
心は今も、ぽっかりと穴が空いたまま。
結局その日、侍女が兄に彼の浮気を報告をした。兄は私に甘いから、そんな男に大切な妹は渡さないと婚約は破談。相手有責なので慰謝料はたんまりともらった。
しかし、相手は辺境伯家。隣国との国境を守るあの家は、政治力も武力もある。そして当然財力もあった。ぶっちゃけ、私への慰謝料なんてはした金かもしれない。事実、その後も平然と暮らしている。
さらに、なんとあの浮気相手はまだ婚約者が決まっていなかったらしくそのまま彼の婚約者になったらしい。相手の有責で婚約は破談になった。なのに貧乏くじを引いたのは、私だ。
「…とはいえ、お兄様曰く『侯爵家のご令嬢が結婚適齢期に婚約者も決まっていなかったなんて、絶対なにか問題があるに決まってる』って話だし。いつか因果が巡ってしまえばいいのよ」
浮気相手になにか問題があるならば、いつか因果応報も見られるだろう。うん。
そうやって、うじうじ悩みつつ鬱になりつつ時々発狂して布団を叩きつつ。半ば引きこもり状態だった私だけど、このままじゃいけないのもわかってる。
「…とりあえず、部屋から出ましょう」
部屋から出てみる。すると、頼りになる侍女が扉の横で控えていた。
それはまあいつものことで、呼べばすぐ部屋に入って色々してくれるのだが。
なぜかそこに、兄と兄嫁もいた。
「…あ、イザベル。おはよう」
「イザベルちゃん、おはよう」
優しく微笑んでくれる二人。おはようというには少し遅い時間帯。でも、二人に合わせておはようと返す。すると二人の笑みは深まった。
「よかった、顔色は悪くないな」
「部屋から出てこないから、心配していたの。…もう、大丈夫かしら?まだ辛い?」
ああ、そうだった。二人とも優しいから、引きこもりになった私のことを心配しないはずがなかった。
「はい、もう大丈夫です」
「無理はしなくていいからな。ほら、これやるよ」
兄はキャラメルをくれる。小さい頃からの兄の癖。私が泣くと、いつもキャラメルを渡してくるのだ。
「…ふふ。お兄様、ありがとう」
兄の変わらない優しさが嬉しくて笑顔を見せようとして、だけど涙が溢れた。ギスギスした気持ちが和らいだ、安堵の涙。
そんな私を見て、兄はアワアワと慌てる。必死で私の頭を撫でてくる兄を放置で、兄嫁はあらまあと私の背中をさすってくれる。私は心底家族に恵まれているなぁと思った。
伯爵家の娘の私は、縁あって辺境伯家の息子に嫁ぐことになっていた。いずれは辺境伯家の夫人となるはずだった。
うちの伯爵家は、兄がすでに家督を継いでいる。兄は兄嫁と仲が良く、子供もすでにいる。私は甥っ子がとても可愛いし、兄や兄嫁とも仲がいいし、だからこそさっさと結婚して兄夫婦を安心させてあげたかった。
でも。
「まさかこのタイミングで、浮気が発覚するとは…」
婚約者は、浮気をしていた。相手はなんと侯爵家のお嬢様。
発覚したのは、晴れた日の午後。私がいい天気だからと日傘をさして散歩していたら、彼と浮気相手がイチャイチャしているのを偶然見かけてしまったのだ。
「…いや、少しは隠しなさいよ!なんで人目のあるところでイチャイチャしてんのよ!アホか!」
今思い出してもイライラする。枕をギュッと抱きしめて布団を叩く。
「…せめて、面と向かって何か言ってやればよかった」
けど、そんなこと出来なかった。私は彼を好きだったから。ショックで、言葉も出なくて。日傘をさしてくれていた侍女が、手を引いてそこから引き離してくれた。それでようやくちゃんと息ができるようになった。私はなにも言えなかった。
「…虚しい」
心は今も、ぽっかりと穴が空いたまま。
結局その日、侍女が兄に彼の浮気を報告をした。兄は私に甘いから、そんな男に大切な妹は渡さないと婚約は破談。相手有責なので慰謝料はたんまりともらった。
しかし、相手は辺境伯家。隣国との国境を守るあの家は、政治力も武力もある。そして当然財力もあった。ぶっちゃけ、私への慰謝料なんてはした金かもしれない。事実、その後も平然と暮らしている。
さらに、なんとあの浮気相手はまだ婚約者が決まっていなかったらしくそのまま彼の婚約者になったらしい。相手の有責で婚約は破談になった。なのに貧乏くじを引いたのは、私だ。
「…とはいえ、お兄様曰く『侯爵家のご令嬢が結婚適齢期に婚約者も決まっていなかったなんて、絶対なにか問題があるに決まってる』って話だし。いつか因果が巡ってしまえばいいのよ」
浮気相手になにか問題があるならば、いつか因果応報も見られるだろう。うん。
そうやって、うじうじ悩みつつ鬱になりつつ時々発狂して布団を叩きつつ。半ば引きこもり状態だった私だけど、このままじゃいけないのもわかってる。
「…とりあえず、部屋から出ましょう」
部屋から出てみる。すると、頼りになる侍女が扉の横で控えていた。
それはまあいつものことで、呼べばすぐ部屋に入って色々してくれるのだが。
なぜかそこに、兄と兄嫁もいた。
「…あ、イザベル。おはよう」
「イザベルちゃん、おはよう」
優しく微笑んでくれる二人。おはようというには少し遅い時間帯。でも、二人に合わせておはようと返す。すると二人の笑みは深まった。
「よかった、顔色は悪くないな」
「部屋から出てこないから、心配していたの。…もう、大丈夫かしら?まだ辛い?」
ああ、そうだった。二人とも優しいから、引きこもりになった私のことを心配しないはずがなかった。
「はい、もう大丈夫です」
「無理はしなくていいからな。ほら、これやるよ」
兄はキャラメルをくれる。小さい頃からの兄の癖。私が泣くと、いつもキャラメルを渡してくるのだ。
「…ふふ。お兄様、ありがとう」
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