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メレニア・メイジ編
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しおりを挟む──女神教。
それはこの国の成り立ちに関わる聖女と女神を同一視した、国教に認定されている宗教だ。
ボナパルトでは国の歴史を学び、国教を信仰することは教養の高さを表すとして、貴族の子女の間で教会に礼拝に行くことは国からも広く推奨されている。
だが、礼拝が国に推奨されているといえど、現実には、国教を学ぶことは自身の教養の高さをひけらかす、言わば社交界における自身のステータスの一つにしか過ぎなかった。
プリシラも他の貴族と同様、前回の時間軸では自身を女神教の信徒として振る舞いながらも、その実態は特定の宗教を信仰しない無宗派の一人だった。
だが、冤罪で処刑されたはずの自分が、時間を逆行し、二度目の人生を歩むという非現実的なことを実際に体験し、プリシラは今世、女神教にどっぷりと浸かり、週末の休日に一度、必ず礼拝に訪れるような立派な信徒になっていた。
教会に馬車が着いて、プリシラは馬車から降りるなり、両手をギュッ握り合わせた。
早速女神様に新たな報告をしなくてはと、息巻いているのである。
プリシラはすれ違うシスターに挨拶をしながら礼拝堂に着くと、先週訪れた時と全く同じ場所に腰かける。
そして、いよいよ女神様に報告をしようと祈ろうとしたとき、
(──あら?)
プリシラの座る位置から通路を挟んだ前から2列目の椅子の壁側に、先週訪れたときと全く同じ場所で、深く帽子を被った白い髪の老女が両手を合わせて必死に何かを祈っていた。
この老女と会うのは二度目だが、柄は控え目ながらも見るからに高価そうなドレスを身に纏っていたため、記憶に残っていたのだ。
(随分熱心ね。いかにも貴族といったような装いをしているのに、あの方は教会関係者なのかしら?)
ボナパルトで熱心に女神教を信仰しているのは、シスターや神官といった教会の関係者しかいない。
必死に祈り続ける老女が珍しくしばらくじっと見つめていたが、帽子を深く被っていて誰だか分からない。
それに、誰だと分かっても、自分の復讐には全く関係ないじゃないか──と、プリシラは途端に興味が失せ、両手を合わせて女神に祈り始めた。
プリシラが女神に祈る内容はこうだ。
(ああ、女神様。私にチャンスを与えてくださってありがとうございます。私を火炙りにした奴らへの復讐は着々と準備は進んでいますわ。特に、最近なんてお母様がロザリーの一挙一動に目くじらを立てて──)
なんていう、ただ自分の復讐の進捗状況を女神に伝えているだけである。
なぜならプリシラは女神が自分の復讐を叶えるために時間を逆行させてくれたのだと心から信じているし、女神も自分の復讐劇を心待ちにしているのだろうと、毎週末一週間の復讐進行度合いを熱心に報告しているのである。
プリシラは良かれと思ってやっているのかもしれないが、はっきり言って迷惑以外の何物でもない。
「──」
プリシラは二時間ほど熱心に、女神に復讐の進捗状況を報告する、という名の祈りを終えると、満足気に帰路についた。
そして、馬車に揺られながらも
(私もかなり長い間祈っていたと思うのだけれど、あのおばあ様も随分長い間祈るのね)
と、自分より先に礼拝堂にいた老女が、自分が祈りを終えてもなお祈り続けていたことが妙に印象に残っていて、帰りの馬車の中で、少しだけ思考の海に沈むのだった。
▼▼▼
「ねえ、プリシラ。東の大国から新しいお茶の葉が届いたのよ。午後一緒にお茶会しましょうよ」
随分急な提案である。
しかも、文末が誘い文句ではなく、断り切れないように仕向けてあるのが、発言の主の性格を良く反映しているなぁと、プリシラは引きつった笑みを浮かべた。
「申し訳ありませんお母様。参加したいのは山々なのですが、仕事が立て込んでいて……」
申し訳なさそうな顔をしてへりくだると、"仕事"というワードに反応した発言者が
「そう、それじゃあしょうがないわね」
と、ため息をついてとぼとぼと自室に戻っていった。
(ため息をつきたいのは私の方なのだけれど)
プリシラは、甘やかされて育てられた母のあまりの横暴さに頭を抱えると、今日なん度目か分からない大きなため息をついた。
一度目の人生とは違い、今世では母が執拗にプリシラに構うようになった。
前回の時間軸のプリシラが聞けば喜びそうな話ではあるが、復讐を進める今世のプリシラとしては鬱陶しい限りである。
それはプリシラはたとえ母が今世で自分を可愛がり、ロザリーを虐げたとしても母を許すつもりはないし、もちろん今のところ害が感じられないロザリーも纏めて始末するつもりだ。
まあ、この二人に関しては根から畜生なので、たとえ今現在害がなかったとしても、今後、または裏で何かやらかしているのは確実──だと思っているので、復讐を取り止める気なんて更々ないが。
母のお茶会の誘いを断って自室に戻ると、リリーが空になったカップに紅茶を注いでくれた。
「……お疲れ様です」
プリシラの机に広げられた書類の数々を見て、気の毒そうな表情でリリーは彼女を見つめる。
「ありがとう」
プリシラは少し困惑した顔でリリーに微笑んで、温かい紅茶が注がれたカップを口に運んだ。
ほんのりとした苦味と鼻を抜ける若葉の香りがプリシラの身体を包む。
(美味しい)
プリシラは何度か紅茶で舌を湿らせると、善意でお茶を注いでくれたリリーに対して少しの罪悪感を覚えた。
前も言ったかもしれないが、この国では男は外を守り、女は家を守ることが男女の在り方だと説いている。
そのため、家計の管理は妻の仕事なのだが……プリシラはその仕事を母から奪った──いや、譲り受けたのだ。
だが、心優しい私のメイドはミレーヌから仕事を押し付けられたのだろうと推測し、ミレーヌに憤慨しているのだ。
まあ実際は、前述の通り母から譲り受けただけなのだけれど……。
プリシラはリリーを騙したほんの少しの罪悪感をスルーして、これも復讐に必要なことなのだと結論付ける。
……そう、母から譲り受けたメディチ家の家計簿は、メレニア破滅への手掛かりとなる、重要な物なのである。
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