死に戻りの悪役令嬢は、今世は復讐を完遂する。

乞食

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メレニア・メイジ編

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「ど、どうしたの!?」

鏡に反射して写ったリリーの泣き崩れる姿に、プリシラは酷く動揺した。

(一体何が起こってるっていうのよ)

プリシラはリリーに駆け寄ると、どう慰めようかと彼女の周囲をおろおろとした。
だが、プリシラがしばらくの間、リリーの周囲徘徊していると、突如、リリーは涙に濡れた顔を弾かれるようにして上げた。

「……お嬢様。最近のお嬢様は公爵家の仕事を任され、とても忙しいことは承知しております。……ですが、私から見ると、最近のお嬢様は根を詰めているように見えるのです。」

リリーが、自身の下唇を鬱血するほど噛みながら、悔しそうな表情で、声を震わせて言う。
リリーは、自分の主人であるプリシラが、母に仕事を押し付けられていると勘違いしている。
そのため、プリシラが母の務めであるはずの仕事に日夜取り組んでいる姿を見て、ただ見つめることしかできない自分に歯痒い思いをしているのだ。

「……それに、五日間もの間、一睡もせず過ごすなど、15の少女……いえ、人間のすることではありません。誰がそんなことをお嬢様に強いたのですか!?……お嬢様に何かあったら……私……」

そう言うと、リリーは再びわっと泣き出す。

前回の時間軸では間に合わなかったが、今回の時間軸では、プリシラはメレニアに苛められていたリリーを専属メイドにしたことで、彼女が公爵家のメイドを辞職することを未然に防いでいる。
プリシラがリリーを自分付きのメイドにしたのは、彼女の能力を買ったからであり、彼女を苛めから守ろうとした意図は無かったのだが、結果的に彼女の辞職を防ぐこととなった。そのためリリーはプリシラに深い恩義を感じており、プリシラの身を人一倍案じているのだ。
だが、そんなリリーの気持ちを知らないプリシラは、リリーの自分の身を案じる言葉より、その内容に衝撃を受けていた。

(たかが5日間眠らずに過ごすことが、人間のすることではない……ですって?)

プリシラの頭の中はたくさんの疑問符で埋めつくされていた。
プリシラは、自身の王妃教育が終わる15年もの間、国を支える将来(みらい)の国母となるには、五日の徹夜など当たり前。せめて最低でも2週間は、国のため、ひいては国民のため、不眠不休で働かなければいけないと、そう教え続けられてきた。
しかも、それを教えたのは、父であり、母であり、そして自分が信頼していた家庭教師たちでもあり、更には国王と、正に今国母として国の重要な立場にいる、王妃直々に教えられてきた。
一度目の人生で彼らの手によって冤罪で処刑されたとしても、18年もの間刷り込まれてきた常識は、プリシラの意識に深く根付いていた。
だが、今世で唯一信頼しているといっても良いリリーの言葉に、プリシラは自身の常識が揺らいでいくのを感じた。
しかし、プリシラの心の端で、頑なにそれを信じたくない自分がいて

「……ねえ」

と、プリシラは、しくしくと無き続けるリリーに、無意識の内に声をかけていた。

「……これは、例えばの話なのだけれど」

一言置いて、プリシラは慎重に言葉を選んで話し始める。

「リリー。貴女は、物心つく前の幼子に、自分の都合の良いことを刷り込む大人たちって、一体何のためにそんなことをするのだと思う?」
「……それって」

自分の問いに、嗚咽を止め、絶句したまま一気に血の気の引いたリリーのかんばせを見て、とプリシラの頭の冷静な部分が判断する。

「お、お嬢様……」

視線を右へ左へと泳がせながら、なんとか慰めの言葉を捻り出そうとリリーを見て、「例えばの話って言ったでしょう?」と、自身の内で荒れ狂う激情を無理矢理抑えながら、プリシラはいたずらっ子のように微笑む。

──もう、この話はこれで終わり。

プリシラの真意を読み取ったリリーは、「そ、そうでしたね!」と、無理矢理口角を吊り上げながらも、笑顔を浮かべた。
そんなリリーの姿を確認すると、プリシラは「ふあー」と、わざとらしい欠伸を洩らし「……ごめんなさい。少し寝足りないみたい。」と大袈裟に瞼を擦る。

──一人にして。

またしてもプリシラの言葉の真意を察したリリーは、適当にプリシラとの会話を切り上げると、速やかに部屋から退散した。
部屋に一人きりになったプリシラは、のろのろとベッドまで進み腰掛けると、上半身を布団の上に投げ出した。


「馬鹿みたい」

物音一つしない静まり返った部屋の中で、プリシラの言葉が虚しく響き渡る。
それは、プリシラが復讐を誓う相手に対しての物ではない。大人たちの都合の良い駒になるよう作り上げられてきた自分の人生に対しての感想と、そして、自分の奥底に残っていた自分の甘さに対しての言葉である。

思い返してみると、幼少期の頃からおかしな点は多々あった。
物心つく前からプリシラは王太子の婚約者候補である三人の内の一人に含まれており、幼い頃から彼女らと婚約者の座を巡らなければならないような競争の渦中にいた。
それに、プリシラが王太子ヨハネスの婚約者であると決まったわけではないのに、プリシラはこの15年間、あまりにも厳しすぎる王妃教育を受けてきた。
勉強をする間には常に監視の目があり、少しの間でも船を漕いだり、手を止めたりすると、他の婚約者候補を引き合いに出し、激しい叱責が待っていた。
けれども社交界でいざ婚約者候補達に対面すると、教養の面でも、マナーの面でも、全ての面でプリシラは他の婚約者候補達に勝っていた。
不思議に思ったプリシラは、教師や親に尋ねると、皆他の婚約者候補を油断させるためにあえて無能な振りをしているのだと激昂され、幼いプリシラは彼らの言葉をそのまま鵜呑みにしてしまった。
だが、社交界や王宮で時折合う他の婚約者候補が、プリシラに時折憐れみを含んだ視線を送ってきたのが酷く印象に残っている。

また、ヨハネスに関してもあまり良い噂は聞かなかった。彼は勉強があまり不得意ではなく、毎日のように教師から逃げていた。
実際、プリシラが勉学に励んでいる最中にヨハネスに遊びに誘われたことは何回もある。しかもそれを断るとヨハネスの機嫌が悪くなり、彼と仲直りするのが大変で、逆に了承してしまうと、後で教師や両親に叱責されてしまうので、プリシラにとっては非常に有り難迷惑なイベントだった。

決定的だったのは、王太子の婚約者選定の発表式──いや、プリシラがヨハネスに婚約破棄をされたパーティーで生じた出来事だった。
三人の婚約者候補の内、プリシラがヨハネスの婚約者に決定したのは知っての通りだ。
だが、他の婚約者候補の家、ヨーク公爵家とアンジュー伯爵家からは婚約者に選ばれなかったが、彼らの娘が15年間王妃教育に励んでいたことを称えられ、ヨーク公爵家には希少金属が採掘できる鉱山を、アンジュー伯爵家には他国との交易が可能な貿易港が与えられた。
けれど普通、婚約者候補に選ばれなかった家に王家から報奨として利権が与えられるなんてあり得ないはずだ。
そして、今までの数々の違和感と、婚約者発表の場で生じた今回の出来事で、プリシラは、初めから全て仕組まれていたことではなかったのかと錯覚を覚えた。
まあそんな違和感も、後で起こったヨハネスの婚約破棄で霧散してしまったのだが。
だが──

『貴女は、物心つく前の幼子に、自分の都合の良いことを刷り込む大人たちって、一体何のためにそんなことをするのだと思う?』

リリーは言葉を呑み込んだが、彼女の顔は、恐ろしいまでに雄弁に、淡々と真実を物語っていた。

『それは、大人かれらにとって都合の良い駒を作るためでしょう』

そして、プリシラは自分の18年の生が、全て大人たちの都合の良い駒を作り上げるために仕組まれていた物だったと気づいた。

プリシラは、ベッドに横たわったまま、狂おしい怒りに顔を憎悪に歪ませた。

(冤罪で処刑されただけじゃなくて、それ以前から私は彼らの傀儡となるべくに生きてきたってわけ? ……人の人生を何だと思ってるのよ)

王としての資質が足りないヨハネスの代わりにプリシラが彼の務めを肩代わりできるよう、架空の婚約者候補と競争させ、睡眠時間もままならないまま勉学に励まされた。
両親はメディチ家から王妃を輩出するため、実の娘であるプリシラを王家に売り、ヨーク公爵家とアンジュー伯爵家は、利権を得るため、架空の婚約者候補を仕立て上げる王家の提案に喜んで乗ったのだろう。
そう考えれば、彼らの子女がプリシラに同情の視線を送ってきたのも納得できる。

プリシラは心の奥底に残っていた微かな光……自分が幼い頃から厳しく叱責されていたのは周囲の自分への愛と期待ゆえ、という記憶という名の願望が、がらがらと音を立てて崩れていくのを感じた。

冤罪で火刑されたときと同様の、ほの暗い黒い感情が自身の身を包んでいくのを体感し

──ブチッ

と、プリシラの中の何かが、音を立てて切れた。
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