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第四章

No.55 チカラ

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全ては防ぐ事の出来た事だと思った。
リリィが元から操られていただとか、どうやったって気付けない事は別として。

リリィがアルビノに連れ去られた時、力があれば阻止出来た筈なのだと。(それはギルに対してでは無く、自分だけに対しての考えだ。)

そもそもラギス国に連れて行かれさえしなければ、リリィは毒に侵される事も無かったのだ。きっと何者かに頭を破裂させられる事だって無かっただろう。

結局はそうだ。
全てをねじ伏せる事の出来る強大な力。

勝利した、だから何だ?
失ったものの上にそれを被せるのか。

アルビノ襲撃時あんなに怯えていた国民達は、今回のラギス国殲滅を聞いて歓喜している。“本当の真実”も知らせられず。
リリィの死は虚像の平和の為に隠された。


激しい怒りが込み上げ、シンの身体はまた高熱を持つ赤色のオーラを纏った。
拳を作り、溜めて、溜めて、前へ出す。開かれた手からディスターのオーラが発射され、その先にある壁へと当たった。

ガーディアン本部の訓練所の壁は特別製らしく、並大抵の攻撃では傷一つ付かない。通常のガン・キューブを百発撃ったって無駄だろう。ソード・レックを突き刺せば、刀身の方が折れてしまう。

が、先程から何度も何度も繰り返しオーラでの攻撃を当て続け、壁は所々ひび割れていた。

まだ、まだ発動出来る。
まだまだオーラを尖らせられる。

もう一度。シンは目を瞑った。
意識せずとも、それだけでリリィの頭が粉々になる場面が瞼の裏に浮かんだ。

ドロドロと黒紫色の液体に変わる、リリィの胴体も。それを見るしか出来ない、非力な自分の姿も。

目を見開いた。死に行くリリィは消え、訓練所の風景が赤色を通して見えた。

そしてまた、先程と同じ様に攻撃する。
ひび割れていた場所から、ようやく壁に浅いクレーターが出来上がった。


ふと、気配。一人だ。
シンは能力の発動を解いた。
その気配は迷うこと無くシンのいる訓練所へと向かい、そして扉を開けた。


「地震かと思ったよ。」

「...ゾーイか。」


いつも通り、変わらない笑顔を浮かべたゾーイが姿を現した。訓練所へ入り、そして扉を閉める。

シンは正直ホッとした。
ガーディアンもセルビリアも、リリィの死を間近に見た四人に要らぬ気を遣った。
初任務であの混乱、そして志願者時代からの友人が連れ去られ、ラギス国で操りを解いたものの殺される。
新米ガーディアンの子供達は、充分同情するに値したのだ。

それに、葬儀に出ないと言った時の周りのフォローもうざったいものだった。クラドやカトレナは何も言わなかったが、リアムやララ、他のガーディアンは口々に慰めの言葉を連ねた。
要らない。本当に要らない。

だから、こちらに向かって来ている人物がその内の誰かだったら嫌だな、と思っていたのだ。
ゾーイで良かった。シンは心から思った。

彼は一番、気を遣わない。気を遣えないのでは無く、遣わないのだ。相手に必要の無いものは絶対に与えない。

シンは志願者時代から、ゾーイのそんな所に感心していた。気付いている人物がどれだけ居るのか知らないが。


「安定した?」

「何が?」

「ディスターだよ。武器を使わずに放出を留める練習してたんでしょう?」


シンは少し驚いた。その練習をするからと言った覚えは無いし、ましてやゾーイはあの戦いを見てはいなかった。
シンは刹那の沈黙の後、首を横に振った。


「駄目だ。だけど限界だとは思わない。俺はまだまだ強くなると確信出来る。」

「そうだね...もっともっと強くならなきゃ。」


シンも僕も、皆も。
ゾーイはそう言って、シンの後ろの壁にもたれ掛かって座り込んだ。そうしようか少し悩んだが、暫くしてシンもゾーイの横に座った。


「お前はどうして強いんだ?」


その問いにゾーイはキョトンとした。
自分自身でも、馬鹿げた言い方だと思った。
もっと他に言い方があっただろうに。だが、今のシンの気持ちが素直にそのまま出た質問だった。


「西の大陸出身者は皆そうなのか?」

「そんな事は無いよ。弱い人達も沢山いた。他の大陸と違うのは、あそこでは弱い人は全員、強い人の餌食になるってだけ。弱肉強食の世界だからね。」


ゾーイは少し笑った。
明らさまな、力への貪欲。渇望。

リリィの死を受け、それぞれ三人の心に変化が見られた。カレンは仇討ちに燃え、ギルはこれ以上何も失いたく無いという恐怖感と責任感を持った。
そしてシンは力を欲している。今ある力を高めるのでは無く、途方も無い力を求めている。

ギルの心にある“何も失いたく無い”は、それ程の力を手に入れなければ実らない願いだとわかっているのだ。


「シンは恵まれているよ。生まれ持った力があるんだから。僕とは違う。」

「...どういう事だ?」

「僕は途中からナーチャーになった。」


眉を顰めるシン。ゾーイは人差し指を口元に持って行き、“内緒だよ”と音を出した。


「僕は捨て子だったけど、闇組織に拾われて人体実験されたんだ。それで、この能力を入れられたんだよ。」

「えっ...何だって?」

「クラドさんしか知らないんだ。あ、あとアランとキキとお父様も知ってるけど。」


何でも無い様に話すゾーイとは反対に、シンはこれ以上開けない程に目を見開いていた。
無言で次の言葉を催促する。
ゾーイは話し続けた。あの夜の屋上で、クラドに話した事を全て。

シンは何も言えない様だった。
クラドと全く同じ反応だ。


「...だからね、僕は“これ”が怖い。だって、僕のじゃないんだから。」


自分の胸に手を当て、ゾーイは言った。
無意識に、意味は無いと知っていてもシンもゾーイの胸元に視線を落とした。


「それと違って、シンの“それ”は正真正銘シンの身体に発生したものでしょ?だからそれはシンだ。“別”じゃない、シン自身なんだよ。」

「だけど、俺はお前より弱い。そうは言われても、実際に扱い切れていなければ意味は無い。」

「扱い切れるとか、そうじゃないと思う。自分の身体の一部なんだから、出来るに決まっているんだ。自然で良いんだと思うよ、自然のままで。」


笑顔で熱弁されたものの、正直、全く意味がわからなかった。
ゾーイの言語力の問題か、自身の頭の問題なのかはわからない(きっと前者だ)が。


「...お前は“それ”が怖いのか。」

「うん、凄く。今までこうして問題無く使わせて貰ってるけど、いつ僕を壊して外に出て来るかわからないんだ。そんな事無いのかも知れないけどね。」


だから、僕の成長はここまで。と、ゾーイは言い切ってしまった。
そんな事は無いと言いかけたが、本当にそうなのか根拠も無かった(ゾーイの言い分も根拠は無さそうだったが)ので、開きかけた口はそのまま息を吐いた。

志願者時代からゾーイには不思議な魅力があり、何処か浮世離れしていると感じていた。
何度かゾーイの過去を話して貰って、とても悲惨な道を辿って来たんだと理解していたが、そんな言葉では到底済ませないものだったのだ。

かける言葉は見当たらなかったが、ゾーイはそれを望んではいないと思った。
だからただ、ありがとう。とだけ言った。
過去を話してくれた事、そしてそれはシンの為に伝えてくれた事だと感じたからだ。

ゾーイは感謝の言葉に、子供らしい無垢な笑顔を向けてくれた。それを見たシンの心も少し晴れやかになった。


「それに、シンは頭も良い!」

「お前とギルが悪いだけだよ。」

「ま、それは否定出来ないんだけど。」


二人共、笑った。
ちゃんと笑ったのは久し振りだった。
が、次にゾーイを見た時には、ゾーイの笑みは違う感情を浮かべていた。楽しさから来る笑みに混ざって、不敵な、意味有り気な表情が見えた。


「で、シンは何を思ってる?」

「頭の良いシンは、きっと僕達とは違う見方をしているはずでしょう。」

「君の脳は何て言ってるの?」


ゾーイは勉強に対する頭や、計算や策を練る頭はまるで無い。
が、人の心や考えを見据える力は誰よりもあると、シンは元から気付いていた。

これがそうだ。どうやったって見透かされてしまうのだ。
シンは観念した様に口を開いた。


「ガン・キューブを撃ったのは、ラギスやガーロンの者じゃない。」

「...どうしてそう思うの?」

「あの時俺達はリリィの周りを囲んでいた。一発で仕留めるならば、普段から慣れている武器を使うだろう。」

「成る程ね、じゃあ情報が渡ってしまう事を恐れた敵の仕業では無く、リリィに恨みを持った味方の仕業だって事?」

「いや...俺は味方だとも思えない。」


暗い目の奥に鈍い光が見えた。
時折、ゾーイはそんな反応をする。
それは興味を唆られた時の光だと、シンは勝手に決め付けていた。


「じゃあ、一体誰が?」

「わからない。だけど、その情報の中にその誰かに関する情報もあったんじゃ無いかと俺は思う。ミジュラに関する情報はお前が殆ど持って来ただろう?」

「何か、嫌な予感がするんだ。暗黒時代の幻獣ミジュラが蘇ったのなら、他の幻獣だって目覚めている筈だ。俺達の知らない所で、何か別の組織が動いている気がする。」


シンはそこで言葉を切った。
考え込む様に黙って、地面を見る。
ゾーイも何も言わずに、シンを見つめた。その目に滅多に見られない鮮やかな光が浮かんでいるのを、シンは見逃してしまった。


「...ただの憶測だ。誰にも言ってない。あいつらにも言うなよ、あれ以上混乱させたく無いからな。」

「わかってるよ。ギルもカレンも、強がる事しか出来ないからそうしているだけで、内面はボロボロだろうし。」


そう言って、ゾーイは立ち上がった。

少し、ふらついたか?
シンにはそう見えた。

が、振り向いたゾーイの顔は変わらず笑顔を浮かべていた。気のせいか?いやでも、心なしか青ざめている様に見える。


「じゃあ、僕は行くね。」

「ああ...」


シンは声をかけるか迷った。大丈夫かと。
が、スタスタと出口へ向かうゾーイの後ろ姿を見続けるだけに終わった。

ああ、きっと気のせいだったんだ。
そう思った、その瞬間。

ゾーイは立ち止まった。
シンと出口の真ん中で、いきなり。

最初、別に怪訝にも思わなかった。
何か言い忘れた事があったのだろう、そのまま振り返って何か言うのであろうと思った。

が、ゾーイはそのまま固まった。
流石におかしい、とシンが思うと同時に、ゾーイは何かを呟いた。


「....」

「ゾーイ?」


その呟きは、数メートルしか離れていないシンの耳にも全く聞き取れない程に微かな声だった。

そして、ゾーイの身体はゆっくりと重力に逆らう事無く前へ倒れ出した。


「ゾーイ!!」


声を荒げ、急いで立ち上がるシン。

が、一歩足を踏み出す前に、風が吹いた。
突風がゾーイの周りを吹き荒れる。シンは思わず立ち止まって目を細めた。

微かな視界に、誰かが入り込んだ。
地面にぶつかる前にゾーイの身体を支える。

突風が止んだ。
シンが視界を正常に広げると、その人物の姿がようやくハッキリと映し出された。


それは、見た事のある人物であった。

ガーディアンの黒コート。
マスクは、付けていない。


「リーダー...?」


間違っていないだろう。その獣の様に鋭い金色の目は、リーダー、アランと呼ばれる男のマスクから覗いていたものだ。

だがその髪は血色、腰まである長髪。
シンは即座に思い出した。あの戦争時に自分を助け出してくれた、謎の男の姿だ。


「誰にも言うな。」


何か言葉を発しようとするシンに、アランが冷たい声をかけた。
えっ、と情け無い声が出る。それは自分の素顔の事か、ゾーイの事か。どちらの事も指すのだろうか。


「あ、の...」

「わかったな。」


シンの言葉を遮り、アランと、アランに抱かれたゾーイの周りにまた突風が吹き荒れる。
そして、風が吹き止んだ頃には姿は無かった。風と共に消えてしまったのだ。
あの時と同じ様に。


「まさか、じゃあ...アラン、は」


 ガーディアンのリーダー、アランは自分を助け、自分が目標にしていた人物だった。
衝撃のあまり、その場にただ立ち尽くすシン。

意図せずして、アランの正体はシンに明かされてしまった。










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