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6話
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「挙兵の日取りが決まっただと・・・?」
「うむ。実はな・・・早くに連絡できればよかったろうが。」
高津は目を見開いて阿部を凝視した。
阿部は言葉詰りながらゆっくりと話を進めていく・・・。
「今夜、鎮台に仕掛けるつもりだ」
この言葉を聴いた瞬間、高津は覚悟という言葉と共に、全身総毛だった。背筋を伸ばし、顔は高潮し、いよいよ自分も志を以って散っていくのかと・・・・・・
汗ばむ手で袴をギュッと握り締めて気を静めるのが精一杯であった。ふと、そんな彼に一つ二つ・・・顔が浮かぶ。
彼は三歳になる娘がいた。おそらく自分が帰ってきている事も、挙兵なぞする事も露ほど知らぬだろう。きっと娘は、妻は、母は、皆今自分が人吉で祭事に励んでいるだろうと今この時とて疑いはしないだろう。そして、彼を育てた母は果たして無事であろう・・・。そう思うと高津は居た堪れなくなった。
彼は、一度新開へ言って方策を尋ねんと言い阿部邸を後にした。
-新開皇大神宮-
古い伝統ある鳥居が視界に入り、立派な神殿が姿を現すと高津は襟を整え、背筋を伸ばしその厳かな門を潜った。
さて、一方その中では太田黒加屋両帥が密議を凝らし、一室に篭っていた。
「では、富永君の言う通りに幾手に分隊させて攻め寄せよう」
「うん。粗方の配置は決めて居るが・・・肝心の種田らを打つ手が・・・」
「ああ、確かにそれは私も気にかけて居りましたが・・・今一度腕の立つ者をよく選考し、一隊を任せる人材を検討せねばなりませんな」
太田黒は日頃穏やかな空気を纏う人だが、この日ばかりは流石の彼もピリっとしてその表情は緊張に強張っていた。
「・・・しかし・・・この様に全て決してしもうたが・・・・霽堅、本当にすまなかったな」
「・・・は?」
太田黒の口から出てきた謝罪とも取れる言葉に彼は思わず目を白黒させた。何の事を言っているのかまるで検討もつかない。
太田黒という人は人格者といえばそうだが、常人と一風変わった所もある人物である。
唐突に何を思って言い出したのかと小首を傾げ訝る彼に微笑すると、太田黒はふとそこにある火鉢に視線をやった。
「いや・・・、お前は別の御神慮を願って居ったものをこの様に断念させてしもうたしな。
自身の志を・・・宇気比による結果とはいえ曲げさせてすまなかったと思ってな」
「いえ・・・神の御意志それこそが私の志でもある訳ですから、誰に左右されるものでもなく・・・お気になさるな」
加屋は目を伏せ正座したまま姿勢を整えながら呟いた。
「・・・・・・子供らには別れを告げてきたかね」
ここではじめて、淡々と落ち着いて語り返す彼の表情に僅かな同様の色が伺えた。加屋霽堅は平生より子供を愛し、男親にはなかなか懐き難い二人の女児までもが母親以上に纏わり懐いたと言われている。彼はこの挙兵に際しても、この2日程前の夜に一人褥を出て愛児の寝顔を愛でつつ後ろ髪引かれる想いで自宅を出てきたのだ。
「伴雄さん、私はもう一人の兵に過ぎません。妻も子も家も全てを捨ててこの戦に向わんとする者に御座います。貴方方とて同じではありませぬか・・・」
太田黒はこれを聞いて、全身が熱くなるのを感じた。
しんみりと静まり返った室内に大きな声が響いたのは、それから直ぐのことであった。
「伴雄さん、高津さんがお見えですよ」
老いた義母が障子の向こうから高津来訪を告げると、二人は一斉にそちらを振り向いた。義母はこの一室へ招く旨了承を取りつけると、小走りに長い廊下を歩き去って行った。
やがて、二人の前に件の人物が姿を現すのである。
「お二方、ご無沙汰しております」
高津は膝を突いて丁寧に挨拶を交わすと、招かれるままに室内へと入ってきた。
「やあ、元気そうでよかった。たしか人吉では大祭の最中だったかな?」
太田黒は申し訳なさそうに言った、当の高津はからりとして手を軽く振ってみせるのだった。
「うむ。実はな・・・早くに連絡できればよかったろうが。」
高津は目を見開いて阿部を凝視した。
阿部は言葉詰りながらゆっくりと話を進めていく・・・。
「今夜、鎮台に仕掛けるつもりだ」
この言葉を聴いた瞬間、高津は覚悟という言葉と共に、全身総毛だった。背筋を伸ばし、顔は高潮し、いよいよ自分も志を以って散っていくのかと・・・・・・
汗ばむ手で袴をギュッと握り締めて気を静めるのが精一杯であった。ふと、そんな彼に一つ二つ・・・顔が浮かぶ。
彼は三歳になる娘がいた。おそらく自分が帰ってきている事も、挙兵なぞする事も露ほど知らぬだろう。きっと娘は、妻は、母は、皆今自分が人吉で祭事に励んでいるだろうと今この時とて疑いはしないだろう。そして、彼を育てた母は果たして無事であろう・・・。そう思うと高津は居た堪れなくなった。
彼は、一度新開へ言って方策を尋ねんと言い阿部邸を後にした。
-新開皇大神宮-
古い伝統ある鳥居が視界に入り、立派な神殿が姿を現すと高津は襟を整え、背筋を伸ばしその厳かな門を潜った。
さて、一方その中では太田黒加屋両帥が密議を凝らし、一室に篭っていた。
「では、富永君の言う通りに幾手に分隊させて攻め寄せよう」
「うん。粗方の配置は決めて居るが・・・肝心の種田らを打つ手が・・・」
「ああ、確かにそれは私も気にかけて居りましたが・・・今一度腕の立つ者をよく選考し、一隊を任せる人材を検討せねばなりませんな」
太田黒は日頃穏やかな空気を纏う人だが、この日ばかりは流石の彼もピリっとしてその表情は緊張に強張っていた。
「・・・しかし・・・この様に全て決してしもうたが・・・・霽堅、本当にすまなかったな」
「・・・は?」
太田黒の口から出てきた謝罪とも取れる言葉に彼は思わず目を白黒させた。何の事を言っているのかまるで検討もつかない。
太田黒という人は人格者といえばそうだが、常人と一風変わった所もある人物である。
唐突に何を思って言い出したのかと小首を傾げ訝る彼に微笑すると、太田黒はふとそこにある火鉢に視線をやった。
「いや・・・、お前は別の御神慮を願って居ったものをこの様に断念させてしもうたしな。
自身の志を・・・宇気比による結果とはいえ曲げさせてすまなかったと思ってな」
「いえ・・・神の御意志それこそが私の志でもある訳ですから、誰に左右されるものでもなく・・・お気になさるな」
加屋は目を伏せ正座したまま姿勢を整えながら呟いた。
「・・・・・・子供らには別れを告げてきたかね」
ここではじめて、淡々と落ち着いて語り返す彼の表情に僅かな同様の色が伺えた。加屋霽堅は平生より子供を愛し、男親にはなかなか懐き難い二人の女児までもが母親以上に纏わり懐いたと言われている。彼はこの挙兵に際しても、この2日程前の夜に一人褥を出て愛児の寝顔を愛でつつ後ろ髪引かれる想いで自宅を出てきたのだ。
「伴雄さん、私はもう一人の兵に過ぎません。妻も子も家も全てを捨ててこの戦に向わんとする者に御座います。貴方方とて同じではありませぬか・・・」
太田黒はこれを聞いて、全身が熱くなるのを感じた。
しんみりと静まり返った室内に大きな声が響いたのは、それから直ぐのことであった。
「伴雄さん、高津さんがお見えですよ」
老いた義母が障子の向こうから高津来訪を告げると、二人は一斉にそちらを振り向いた。義母はこの一室へ招く旨了承を取りつけると、小走りに長い廊下を歩き去って行った。
やがて、二人の前に件の人物が姿を現すのである。
「お二方、ご無沙汰しております」
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