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第6話 大暴れのガルー

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「アオオオオオオオオーーーーーーンッ!!!」

 冥獣ガルムのガルーが吠える。
 地獄の底から響くようなその咆哮は、ガルーの背中に乗っている俺の背筋をも凍らせる。
 やっぱこの番犬ヤバいって……。

「ガルー、くれぐれも殺さずに捕まえるんだ。いいね?」

「了解した! そう心配するな! 殺しはせん! 殺しはな!」

 逆に不安なんですけどその言い方……。
 まあ、彼の力なしでは戦えない。
 ある程度は好きにやってもらおう。

 賊のアジトは目前だ。
 ガルーが封印されていた牧場近くの山から、そこまで遠くないところにある廃墟に奴らはいるらしい。
 やっぱり廃墟は放置しているとダメだ。
 犯罪の温床になる。

「先ほどの咆哮に恐れおののき、奴らはおそらく建物の外に出ているだろう。そこを一網打尽にする! 大船に乗ったつもりでくつろいでいろ!」

「は、はい……」

「乗り心地わりーぞこの船!」

「不死鳥は飛んでいろ!」

「まだ飛べねーんだよ!」

 死者の国、冥府に通じる門を守ると言い伝えられいるガルム。
 そもそも死とは無縁の不死鳥。
 この二つの種族はどうやら根っこから噛み合わないらしい。
 移動中は口喧嘩ばかりしている。

 とはいえ、流石に今の二人には戦闘能力に差がありすぎる。
 ガルーも手を出そうとはしない。
 もしかしたら、封印中は出来なかった会話を楽しんでいるのかも。

「ルイよ! 見えてきたぞ! 敵は二十はいるな! 全員武装しているうえ、なかなかの手練れと見える! 我の咆哮を聞いて誰一人狂ってもおらんとはな!」

「やっぱりそれなりの犯罪集団なのかも」

 賊の男たちは召喚の魔法陣を発動している。
 召喚されたのは三体。
 二体は二つの角を持つ馬型モンスター。
 もう一体は大きな翼と流線型の体を持つモンスターだ。
 どちらも図鑑で見たことがある。
 逆に言えば、図鑑ぐらいでしか見れない!

二角獣バイコーン飛竜ワイバーンだ!」

「それなりどころかヤベー奴らだな! おい! そりゃ不死鳥捕獲をついで扱いするわ!」

 ノームやガルム、不死鳥に並ぶほど希少ではないが、どちらも欲しいと思ってすぐ手に入るようなモンスターではない。
 年単位の捜索を行い、テイムにも実力がいる。

 おそらく敵には表で働けないほどの問題を起こしたテイマーが多数所属しているのだろう。
 性格と実力は必ずしも釣り合わない。
 悪い奴でもテイマーとして優れていることもある。
 いや、モンスターを従わせる職業ならば、我が強い方が向いているのかも。
 今はどっちでもいいか。

「やっちゃってガルー! でも、モンスターには攻撃を加えないでくれ!」

「我にしたように呪縛を解くのだな! お安い御用だ! 冥府の冷気と旋風を食らえ!!」

 勝負は一瞬だった。
 賊の間を駆け抜けた冷たい風がすべてを凍らせ、出来上がったのは二十人の賊が入った大きな氷塊だった。
 もちろんバイコーンとワイバーンは無傷だ。

「バイコーン! ワイバーン! もうあいつらに従う必要はない!」

 俺の魔法……と言っていいのかわからない能力で彼らはテイムから解放された。
 トロールと同じく良い扱いを受けていなかったのだろう。

「さて、我はこの悪党入った氷を近くの人間の町の前まで届けておくとしよう。朝日と共に氷は溶けだし、ちょうど連行しやすい具合になっているのだ。ワハハハハハハ!! 犯した罪の重さによっては冥府送りだろう!」

 ガルーってまじめだ。
 ちゃんと人は人の法によって裁かせるようだ。
 賊は彼に任せるとしよう。
 俺たちの匂いをたどれば離れていても牧場まで来られるだろうし。

 俺とネクスは牧場に直帰する。
 弱ったバイコーンとワイバーンをガルーと共に人間の町まで走らせるわけにもいかない。
 二手に分かれて移動を開始したところで、重大な事実に気がついた。

「もしかして……帰り道がわからないのってガルーじゃなくて俺たちなんじゃ……」

「あっ……」

 ここまでの道はガルーが決め、ガルーがすごいスピードで走ってやってきた。
 こんなところには初めてきたんだ。
 俺もネクスも牧場までの帰り道がわからない!

 そんな時、バイコーンの一頭が鼻を鳴らしクイっと首を動かす。
 まるで乗れと言ってるかのように。

「もしかして……君たちも匂いで来た道がわかるの?」

 ブルルッと自信ありげに鼻を鳴らす。
 弱っているところ悪いが甘えさせてもらおう。

「あっ、ネクス。彼らに応急処置は出来ない? 俺の骨折を治した時の炎でさ」

「今日はもう体力がない。長く感じるが今日がまだ誕生日なもんでな」

「そうだった」

 いろんな人に助けてもらってる日だ。
 このまま極力みんなに負担をかけないようにゆっくり帰ろう。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ゆっくり帰っていたらほとんど日が落ちてしまい、心配していたマリーに叱られてしまった。

「もう! 本当に心配したんだよ! 久しぶりに会って、もうお別れかもって! そんなのってないよ……」

「本当にごめん! でも、そのおかげで今日は良いことも出来たし、良い出会いもあった」

「わかってるけど……誰と出会うよりも、何を手に入れるよりもルイくんを大事にしている人がいるってこと忘れないでね。もう、お爺さんはいなくて、血のつながった家族はいないけど、それでも私がいるんだから」

「うん……本当に心配させてごめん」

 もう危険なことは極力しないようにしよう。
 今回が上手くいき過ぎただけだ。
 ガルーに出会えていなければ、今回の敵は危険すぎる存在だった。
 だが、危険なことをしてでもガルーに出会えたことは牧場にとって大きい。
 それだけは否定できない。
 だから、これからはしないと誓おう!

「ルイよ! 帰ったぞ!」

 ウワサをすればガルーが帰ってきた。
 しかも、山に入った本来の目的である切った木を持って。

「ただ賊どもを置いて帰ってくるのでは味気ないと思ってな! これは土産だ。これが本来の目的だったのだろう?」

 まったくイケてる番犬だ。
 木が綺麗にひもで結ばれて引っ張られていることは気になるが……。
 いや、賊の入った氷塊もそういえばひもで引っ張っていたな。
 意外と手先が器用なのか?

 そこは保留として、ノームに木を渡してサッと木材に加工してもらう。
 そして、急いでトロール、バイコーン、ワイバーンが眠る牧舎を修復してもらった。
 今日一日でこんなにモンスターたちが牧場に来るとは思わなかったなぁ。
 もちろん、手伝ってくれた頼れる仲間たちも。

「暗くなってきたな不死鳥よ」

「なんだ夜が怖いのか? 冥府の番犬が」

「なに、ノームの手元が暗そうだと思ってな。お前も明かりの代わりにくらいはなるだろう?」

「俺はロウソクか! それより、お前の寝床はないなぁ? 修復したところには他のモンスターが入ってるぜ?」

「ふっ、我は体を小さくできるのだ。このように!」

 ガルーの漆黒の巨体がどんどん縮み、家で飼える犬のサイズに変わった。
 これはかわいいし、一見伝説のモンスターには見えない。

「冥府の番犬ならばあの姿でいいがな! 牧場の番犬はこうでなくては!」

「ちっ、かわいくなりやがって」

「かわいさならばお前も負けていないのではないか雛鳥よ?」

「くっ……!」

 今回の口喧嘩はガルーの勝ちだな。
 まあ勝敗関係なく、にぎやかなのは楽しいものだ。
 爺ちゃんありがとう。
 牧場を残しておいてくれて。
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