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3rd STAGE はぐれエルフと魔蟲軍団

Data.124 桜ノ蝶

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 私は黙ってクロッカスとシュリンを見守る。
 クロッカス自身も覚悟したのか騒がなくなった。シュリンも無言だ。
 眼下のミュールメグズも今のところ動く気配がない。
 何分……いや何秒かの時間がとても長く感じられる。

「……ふぅ。私の方は上手くいったわ。あとはクロッカス次第よ」

 シュリンが足をどける。

「ん……ああ、いきなり創り変えるなんて言っておいて無責任だぜそりゃあ」

「クロッカス、大丈夫なの?」

「別人になった気はしねぇ。記憶もちゃんとあるぜ。これで本当に上手くいったのか?」

「ええ、創り変えはね。今から魔力を注ぐわ!」

 再びシュリンがクロッカスに足を当てる。

「うおっ!? うおおおぉぉぉーーーッッッ!!?」

 バチバチと稲妻がほとばしる。それと同時にクロッカスの身体がぐらぐらと揺れる。

「うわわっ、落ちる落ちる!」

 私も手足をバタバタせざるを得ない。ただでさえ高いところにいるうえに、下にはライオンみたいなアリが待ち構えているんだから!

「よし……これで魔力満タン! 行ってらっしゃい!」

 桜色の閃光が花びらのように舞い散る。
 これが本来のクロッカスの魔力と魔王の魔力が混ざった色という事なのかしら。

「びっくりしたがこりゃいけるぜマココ! 接続形態だ!」

「了解! 展開、TYPE……いや特式・桜ノ蝶サクラノチョウ!」

 今度の接続形態は今までと全く違う。
 どす黒い装甲も鮮血のような赤いラインもない。
 いうならば着物……桜色、朱色、白色のようなふんわりとした色をした何枚もの羽織。金色にかがやく羽衣。
 さらには淡く光る蝶のような羽。これにより炎の噴射とは違う安定した飛行が可能になっている。

 そして『卍』をひし形のように縦に伸ばした形のブーメランが二つ。
 このブーメランは四つの羽のうち一つが刃の無い完全な持ち手になって、その端には紐に結ばれた鈴が装飾として付いている。
 鈴は風に揺られてしゃんしゃんと上品な音を響かせる。

「すごい……体の中を強い力が駆け巡ってるのがわかる。装備も派手なのに軽くて動きやすい」

「ああ、俺にもわかるぜ。この迸るような魔力……これならあいつにも……」

 力は自信に変わり、この力を早くぶつけてみたいという欲求になった。
 私は急降下しミュールメグズに突撃する。

「待たせて悪かったわね。さぁ、続きを始めましょう!」

 手に持ったブーメランを構え、接近戦に持ち込む。
 その時、急激に桜色の光が弱くなり始めた。

「えっ、あっ、あれれ??」

 戸惑った私の斬撃はひょいと避けられ、かわりに薙ぎ払うような拳が横腹に入る。

「ぐえっ!」

 数メートル横に吹っ飛んんだ後、態勢を立て直し着地する。
 うん、見た目は薄着になったけど防御力も上がっている。
 でもなんで急に光が……。

「やっぱ魔王の魔力を一度に大量に所持することは一般人には難しいみたいね」

 シュリンが背後から抱きつきながら言う。そのまま彼女は私におんぶされるような形になり、桜色の淡い羽も彼女の背中から生えるようになった。

「こうやって体をくっつけて魔力を送り続けるわ。だから全力で戦いなさいマココ」

「ありがとう、シュリン」

「ふふっ……こうやって背負われてるとあなたとの日々を思い出すわ」

「昔を懐かしむのはまだ早いわよ」

 シュリンから魔力の供給を受け、再び私たちの体は輝きだす。

「今度こそ!」

 光の残像を残しながらミュールメグズに接近。
 二つのブーメランを構え、振る。刃は拳とぶつかり火花を散らす。
 ……うん、力負けしない!
 これならば接近戦でも互角にわたり合える!

「はぁぁああッッ!!」
「ぬぉぉぉおおおッッ!!」

 お互い両手両足をフルに使った打ち合いが続く。
 刃と拳のぶつかる鈍い音、鈴のなる音、草を踏みしめる音、風の吹き抜ける音……。
 まるで自然と一体化しているように、無駄のない洗礼された踊りのように、側から見れば見えるかもしれない。

 しかし、これは紛れもなく戦いだ。
 一瞬一瞬的確な判断が要求され、それを間違えればこの一体感すら感じられるリズムが崩れ一方的に攻撃を食らうことになる。
 お互いいかにして相手を崩すのか、そのタイミングをうかがっているところだ。

「くっ……ちぃ!」

 お互いに一時距離を取る。
 またどのタイミングで攻撃を仕掛けるかの読み合いだ。焦った方が負ける。

「マココ、次で仕留めるわよ。心の準備はしておきなさい」

「え?」

 背負っているシュリンに一瞬視線を向けた瞬間、ミュールメグズの攻撃が再開された。
 とっさに反応し攻撃を受けたのはいいものの、後手に回ったせいでどうしても受け身のまま打ち合いが続く。シュリンに期待するしかない!

 ひたすら攻撃を防ぎ受け流すことに集中する。
 数分間そんな状態が続き、ミュールメグズがまたもや一時的に距離を取ろうと大ぶりの攻撃を構えた時だった。

「そこっ!」

 シュリンが私に装備されている金色の羽衣を手で持ち、鞭のようにミュールメグズの頭部に振るう。するとその羽衣は目隠しのように絡みつき彼の視界を塞いだ。
 これがチャンス、原始的だけど確かに効果的!

桜花旋風おうかせんぷう……狂い裂きッ!!」

 私自身が回転しながらブーメランの斬撃を加える。
 同時にその回転によって起こった旋風に乗った桜の花びら状の魔力の刃が敵を引き裂く!

「おぉぉぉーーーりゃあッッ!!」

 回転が終わるとともに放った全力の一撃でミュールメグズが吹き飛ぶ。そしてそのまま叩きつけられるように地面に倒れる。

「これで……勝ったの? 勝って……良かったの?」

「実力が拮抗したもの同士の勝負は案外ああいう簡単な差で決まるものなのよ。まあ、あいつも体力を消費してたってことかしらね」

 ミュールメグズは仰向けに倒れたまま肩で息をしている。
 演技でもない限り相当疲労やダメージが効いていそうだ。

「今なら多少は冷静に話せるかしら?」

 シュリンが軽く声をかける。

「ああ……魔力をほぼ使い果たしたせいで、以前のようなスッキリとした意識がある」

「それは良かったわね。私に感謝しなさい。話は変わるけど案外スタミナがなかったわね。もっと粘ってくるかと思ってたけど」

「ふっ、言いよるわ。お前も限界が近かったからこそあんな小細工に全てを任せたのだろう。まんまと引っかかった俺は何も言えんがな」

「他の何かに魔力を持っていかれてるわね?」

「ああ、城の近くに隠してあるモンスターの発生装置のような物には俺の魔力が使われている。一度使い始めたらただでは止まらぬ面倒な代物だ。今はもう俺の魔力がないので動いていないだろうがな」

「あの魔蟲人とかいうのもその装置で?」

「いや……あいつらは俺に与えられた魔王とは別の力、『強化』の力で生み出した。独立した生き物だ。俺の魔力に関係なく生きる。もっとも初めはそこまでの存在にするつもりはなかったが、与えられた力の制御を誤り力を与え過ぎてしまった。その際、広範囲の虫まで一時的に強化までしてしまったため、しばらくは動けなかった」

「そう。じゃあ、あんたに力を与えた存在について聞きたいわ。私もマココもそれが一番気になっているところよ」

「……俺にもよくわからない。顔も見たことがない。今になって振り返れば怪しさだけが目立つ男だったが、それでも俺は力が欲しかった。そして、その力は本物だった……」

 ミュールメグズは空を見上げる。今日は雲が多い。

「俺は……間違った選択をしたのかもしれないが、あの時の俺がそれ以外の選択を出来たとは思えない。力が……欲しかった。仲間と家族と国を豊かにする力が。だから後悔はしていない。しようがない。俺が弱き者なのは揺るぎのない事実だったのだから」

「後悔はしなくていいけど、反省はしなさい。これからあなたはまたその力で仲間を率いてみんなのために戦わなくてはならないんだから。よーく先のことまで考えて動かないといけないのよリーダーは」

「俺を……殺さないのか? 俺は……」

「何も出来てないわよ。虫の侵攻は私の砦と私の仲間が防いだ。エルフの里は私のエリファと私のサブリナと私のアチルが守った。そして、あんたは私と私のマココで倒した。あんたに何が出来たっていうのよ」

 シュリンは私の背から降りて自分の足で大地に立つ。

「結局あんたは同じ場所でもがき続けてただけ。何も変えられやしなかった。だって私の方が強いし賢いしかわいいんだもん。だからさ……」

 シュリンは空を見上げる。

「次は私を頼っても構わないわよ。まあ、あんたには今でも慕ってくれる人が何人もいるみたいだからいらないかもしれないけど」

「……ああ、ありがとう」

 二人の魔王の間に私とクロッカスは入らなかった。
 同じものを背負って生きてきた二人にしか伝わらないものがあると思って。
 ただ、私たちも同じように空を見上げていた。
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