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歓楽街
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カガリナの街は、一言で表現すれば新興の歓楽街だ。元々はささやかな劇場街だったらしいが、徐々に娼館ができ、闇市ができ、非合法のカジノができ、今のごった煮のような街になったそうだ。全部ばあばから聞いた話で、俺がカガリナに来るようになったのは、ばあばが足を痛めてからだから、だいたい四年前だ。四年の間、この街は人や店こそ入れ替わっても、俺からすればそんなに変わらない。よくわからなくて怖いけれど、いろんなものがあって少しわくわくする大人の街だ。
闇市は以前と変わらず迷路のように雑然としていて、薄汚れているが人間くさくて、とても活気に溢れていた。普段なら物怖じしてしまう場所だが、今日はセブさんが一緒なので心強い。顔を隠していてもその長身で十分に威圧感があり、いつもなら闇市にたどり着くまでに二、三は必ずある風俗店への勧誘や遊技場の強引な客引きなどにもあわなかった。虎の威を借るなんとやら。こんなにびくびくせずに闇市を歩ける日が来るとは思わなかった。
闇市に何軒かある馴染みの店もありがたいことに健在で、当初の予定通りに薬の材料を買い集め何もかも順調───だったのだが、ほぼほぼ目的のものを揃え切り安心しきったところで不意に蹴躓いた。
「金竜涎、品切れなんですか…?」
「すまんな、嬢ちゃん。昨日大口の客が来たとかで、デカい店が買い占めちまったよ。元々そんなに数があるもんじゃねえし、しばらくうちでは取り扱えないよ」
「そんなあ…」
俺の落ち込みようがあまりにも見るに耐えなかったらしく、店主はあまりいいとは言えない人相をこれでもかと申し訳無さそうにして、他に取り扱っていそうな店を教えてくれた。でも、言い方から察するに望み薄なのだろう。
金竜涎はかなり高価な嗜好品香料なので、売り切れるなど聞いたことがない。
「店主。その買い占めた店とはどこだ」
今まで無言で俺の後ろにぴたりとついていたセブさんが、不意に店主に問い掛けた。親しさの微塵もないその声は酷く硬質で、一瞬セブさんのものだと思わず少しびくついてしまった。
「南通りのクラフテアって店だよ。ここでは一番の大手だ。昨日の今日だし直接取引持ち掛けるのも有りだな。まあ、足元見られたら相当吹っ掛けられるだろうがな」
「そうですよね…ありがとうございました。また今度よろしくお願いします」
しょげかえったまま俺は馴染みの店を出て、先程店主が紹介してくれた店をまわったが、想像の通りどこも在庫がなく行き詰まってしまった。
「金竜涎であれば、王都に戻れば手に入る方法があるだろう。私が明日にでも王都に向かい、手に入り次第またこちらに届けよう。ハバトが気に病むことは何もない」
闇市のど真ん中で半べそをかき始めた俺を、セブさんは苛立つことなく穏やかに手を引いて、飲食店の並ぶ華やかな通りまで連れ出してくれた。
「いい時間だ。店に入って何か食べようか」
僅かな逡巡の後、頷いた俺を確認して、セブさんは小綺麗なレストランを選んで手際良く入店した。広々とした店内は、クリーム色を基調に、赤を差し色にしたとても鮮やかで清潔ものだった。俺たちは、店内中央の丸テーブルに案内された。椅子は二脚だが、テーブルが広くゆったりしている。
この店が乗り合い馬車でミラルダさんが話していた店だと気付いたのは、セブさんに「確かに甘味が豊富だな」とメニューを見せられてからだった。俺の依頼主はどこまで気遣い深くて完璧なんだ。
「君は頑張ってくれた。好きなものを頼むといい」
「…ありがとうございます」
そう返事をしつつも、視線がメニューを上滑りしてそのまま下がっていく。真っ白なテーブルクロスの、レース編みの目をじっと見つめて固まってしまった俺に、セブさんは呆れてしまったのだろう。テーブルの向かいから軽い溜め息を聞こえた。俺の自分勝手さに、きっとセブさんは嫌になっただろう。じわりと視界が涙で滲む。
かたり、とセブさんが席を立ったのを気配で察する。どこかに行ってしまったら嫌だ、と思うが、それを引き止める権利は俺にはない。零れそうになる涙を拳で拭う。
「ハバト、何を悲しんでいる?」
予想に反して、声は俺のすぐ横からかけられた。驚いてそちらを見ると、俺の座ったイスのすぐそばで片膝をついたセブさんが気遣わしげにこちらを見つめていた。フードが取られていて、彼の眩しい程真摯な深翠の眼差しに射抜かれる。
セブさんは所作美しいところからして、たぶん貴族だろう。その人が身寄りのない平民の俺に、こんなに心砕き甲斐甲斐しく寄り添ってくれていることがとても嬉しくて、胸が甘く締め付けられる。
「…セブさんの腕、すぐ治したいんです。あなたは誰よりも優しい人なのに、なんでこんなつらい目に合わなきゃいけないんだろうって、考え出したら、悲しくなってしまいました」
俺がこんなにめそめそしているのと対照的に、当の本人であるセブさんは「ああ。そんな素直に悲しんでくれていたのか」とあっけらかんと笑った。
「今、私はこの腕のことより、君が喜んでくれるところを見たいのだが、どうしたら私の魔女は笑ってくれるんだ?」
「わたしが、ですか?」
そんなことを言われると思わなかったので、涙も引っ込んで、心底間抜けな顔をしてしまった。
「正直言えば、私は材料が揃わなくて良かったとさえ思っている。また、君に会う為の口実ができた」
「…?人に会うのって、口実がいるんですか?」
口実って誰かに言い訳するってことだよな。気ままな生活をしてる俺にはよくわからないが、セブさんのような偉い人は特に理由もなく、ふらっと人に会いに行くことが許されないのだろうか。それは、きっととても不便だ。「規則の厳しい生活をしてるのですね。人に会う自由すら利かないのはさぞ窮屈でしょう」と、また悲しくなって眉尻を下げて俯くと、しばしの沈黙の後、何故かセブさんが吹き出した。
慌てて顔を上げてセブさんを見ると、顔を背けて咳払いをされた。なんで?なんで?俺笑われた?
「うう、ごめんなさい」
羞恥に耐え切れず、でも何を言ったらいいのかもわからず謝ってしまった。今俺の顔はきっと真っ赤だろう。両手で顔を隠すが正直今更だろう。
「すまない。あまりに可愛らしくてたまらなくなってしまった。どうか顔を見せてくれ」
「…可愛くないです」
あなたが可愛いと思ってるのは幻なんです。あなたが見てるのは実物の俺じゃない、なんて、八つ当たりみたいなことを考える。
「可愛いだろう。俺を容易く救っておいて、まだ足りないと泣くのだから」
「…救えてません。まだ、何も」
「十分救われた。俺はここに来たのも正直に言えば駄目元で、腕はもうすでに切り落とすつもりでいた。それを思い留まらせてくれたのは君だ。それを救われたと言わなくて何というのだ」
自身の腕を落とすなんて、相当な葛藤と勇気が要る決断だ。そんな重くつらい覚悟をしたセブさんを思うと胸が苦しい。
なんでこの人ばかりこんな酷い目に合うんだろう。悲しくてやり切れない。
「切ったらダメですうう」
「ああ、泣くな。もったいない」
立ち上がったセブさんの手が俺の頬に伸びて、流れたばかりの涙を指の背で払い、手のひらで拭った。手慣れていない少し荒っぽい手付きが、彼の懸命さの表れのようで嬉しい。
「君がどう捉えていようと、私が君に感謝しているということは事実だと理解してくれ」
まだ何も根本的な問題を解決していない拙い俺の仕事に、こんなに感謝してもらえることがあるなんて思わなかった。セブさんは優しいだけじゃなく、無欲で謙虚な人なようだ。俺の個人的な感情で彼を振り回してしまったことが心底恥ずかしいし、申し訳ない。
「……わたし、肉が食べたいです。あとケーキも」
俺がねだると、セブさんは「もっと君のことを教えてくれ、私の魔女」と嬉しそうに笑って俺の前のメニューを覗き込む。俺に好みをいくつか確認すると、給仕を呼び付け手際良く注文を終えた。
そのまま、丸テーブルの向かいの席に戻るのかと思ったが、セブさんは軽々とイスを持ち上げるとそれを俺の真横に置き、優雅な所作でそこに腰掛けた。
「なんで、こちらに?」
「君が泣いたら抱き締めてしまおうかと思ってな」
きらきら、ぴかぴか。
そんな何の陰りもなく微笑まれたら、それこそエメラルドと白金を惜しみなく使った美術品だ。いつの間にか、近くのテーブル席の客たちの目がセブさんに釘付けになっている。
その麗しい美術品がテーブルに肩肘をついてこちらを覗き込む。皆さん、この見事な彫像みたいな人はキレイなだけじゃなくてとても優しいんですよ、って教えてあげたい。目尻と頬がむずむずして自然と笑ってしまう。
「セブさんはそんな、人に親切にするばっかりじゃなくて、もっと自分本位に振る舞って良いんですよ」
「それは、抱き締めてもいいという許可と受け取って良いだろうか」
「んふふ。じゃあ次泣いてしまったらお願いします」
まるで自分の要望のように言うが、それは俺を慰める為じゃないか。こんなにも他人に親切なセブさんは、自分勝手な要求をするなどなかなかできないのだろう。
「治療が終わった後も会いに来ていいか」
「それはもちろん。セブさんなら大歓迎です。不安なことがあればすぐ来てください。わたしはいつでもあの家にいます」
人に会うことは苦手だけど、相手がセブさんだと思うとすごく嬉しいことになるのが不思議だ。また胸がふわふわする。
セブさんがにこりとして俺の手を握ると、今度は胸がぎゅっとする。
「必ず会いに行く。待っていてくれ」
「…はい。お待ちしてます」
俺に会いに来てくれる人なんて、今までひとりもいなかった。みんな用があるのはばあばなんだ。俺がばあばの代わりにならなくても、こんなに優しいセブさんならきっと本当に会いに来てくれるだろう。
そうなったら、それは友人と呼んでいいんじゃないかな。セブさんが友人になってくれたらとても素敵だ。嬉しい。ふわふわ、ぽわぽわ。胸と頬が温かい。
とても誠実で優しい彼なら、ずっとずっと、そばにいてくれるだろうか。
ばあばみたいに俺を置いていかないで、ずっとそばに。
闇市は以前と変わらず迷路のように雑然としていて、薄汚れているが人間くさくて、とても活気に溢れていた。普段なら物怖じしてしまう場所だが、今日はセブさんが一緒なので心強い。顔を隠していてもその長身で十分に威圧感があり、いつもなら闇市にたどり着くまでに二、三は必ずある風俗店への勧誘や遊技場の強引な客引きなどにもあわなかった。虎の威を借るなんとやら。こんなにびくびくせずに闇市を歩ける日が来るとは思わなかった。
闇市に何軒かある馴染みの店もありがたいことに健在で、当初の予定通りに薬の材料を買い集め何もかも順調───だったのだが、ほぼほぼ目的のものを揃え切り安心しきったところで不意に蹴躓いた。
「金竜涎、品切れなんですか…?」
「すまんな、嬢ちゃん。昨日大口の客が来たとかで、デカい店が買い占めちまったよ。元々そんなに数があるもんじゃねえし、しばらくうちでは取り扱えないよ」
「そんなあ…」
俺の落ち込みようがあまりにも見るに耐えなかったらしく、店主はあまりいいとは言えない人相をこれでもかと申し訳無さそうにして、他に取り扱っていそうな店を教えてくれた。でも、言い方から察するに望み薄なのだろう。
金竜涎はかなり高価な嗜好品香料なので、売り切れるなど聞いたことがない。
「店主。その買い占めた店とはどこだ」
今まで無言で俺の後ろにぴたりとついていたセブさんが、不意に店主に問い掛けた。親しさの微塵もないその声は酷く硬質で、一瞬セブさんのものだと思わず少しびくついてしまった。
「南通りのクラフテアって店だよ。ここでは一番の大手だ。昨日の今日だし直接取引持ち掛けるのも有りだな。まあ、足元見られたら相当吹っ掛けられるだろうがな」
「そうですよね…ありがとうございました。また今度よろしくお願いします」
しょげかえったまま俺は馴染みの店を出て、先程店主が紹介してくれた店をまわったが、想像の通りどこも在庫がなく行き詰まってしまった。
「金竜涎であれば、王都に戻れば手に入る方法があるだろう。私が明日にでも王都に向かい、手に入り次第またこちらに届けよう。ハバトが気に病むことは何もない」
闇市のど真ん中で半べそをかき始めた俺を、セブさんは苛立つことなく穏やかに手を引いて、飲食店の並ぶ華やかな通りまで連れ出してくれた。
「いい時間だ。店に入って何か食べようか」
僅かな逡巡の後、頷いた俺を確認して、セブさんは小綺麗なレストランを選んで手際良く入店した。広々とした店内は、クリーム色を基調に、赤を差し色にしたとても鮮やかで清潔ものだった。俺たちは、店内中央の丸テーブルに案内された。椅子は二脚だが、テーブルが広くゆったりしている。
この店が乗り合い馬車でミラルダさんが話していた店だと気付いたのは、セブさんに「確かに甘味が豊富だな」とメニューを見せられてからだった。俺の依頼主はどこまで気遣い深くて完璧なんだ。
「君は頑張ってくれた。好きなものを頼むといい」
「…ありがとうございます」
そう返事をしつつも、視線がメニューを上滑りしてそのまま下がっていく。真っ白なテーブルクロスの、レース編みの目をじっと見つめて固まってしまった俺に、セブさんは呆れてしまったのだろう。テーブルの向かいから軽い溜め息を聞こえた。俺の自分勝手さに、きっとセブさんは嫌になっただろう。じわりと視界が涙で滲む。
かたり、とセブさんが席を立ったのを気配で察する。どこかに行ってしまったら嫌だ、と思うが、それを引き止める権利は俺にはない。零れそうになる涙を拳で拭う。
「ハバト、何を悲しんでいる?」
予想に反して、声は俺のすぐ横からかけられた。驚いてそちらを見ると、俺の座ったイスのすぐそばで片膝をついたセブさんが気遣わしげにこちらを見つめていた。フードが取られていて、彼の眩しい程真摯な深翠の眼差しに射抜かれる。
セブさんは所作美しいところからして、たぶん貴族だろう。その人が身寄りのない平民の俺に、こんなに心砕き甲斐甲斐しく寄り添ってくれていることがとても嬉しくて、胸が甘く締め付けられる。
「…セブさんの腕、すぐ治したいんです。あなたは誰よりも優しい人なのに、なんでこんなつらい目に合わなきゃいけないんだろうって、考え出したら、悲しくなってしまいました」
俺がこんなにめそめそしているのと対照的に、当の本人であるセブさんは「ああ。そんな素直に悲しんでくれていたのか」とあっけらかんと笑った。
「今、私はこの腕のことより、君が喜んでくれるところを見たいのだが、どうしたら私の魔女は笑ってくれるんだ?」
「わたしが、ですか?」
そんなことを言われると思わなかったので、涙も引っ込んで、心底間抜けな顔をしてしまった。
「正直言えば、私は材料が揃わなくて良かったとさえ思っている。また、君に会う為の口実ができた」
「…?人に会うのって、口実がいるんですか?」
口実って誰かに言い訳するってことだよな。気ままな生活をしてる俺にはよくわからないが、セブさんのような偉い人は特に理由もなく、ふらっと人に会いに行くことが許されないのだろうか。それは、きっととても不便だ。「規則の厳しい生活をしてるのですね。人に会う自由すら利かないのはさぞ窮屈でしょう」と、また悲しくなって眉尻を下げて俯くと、しばしの沈黙の後、何故かセブさんが吹き出した。
慌てて顔を上げてセブさんを見ると、顔を背けて咳払いをされた。なんで?なんで?俺笑われた?
「うう、ごめんなさい」
羞恥に耐え切れず、でも何を言ったらいいのかもわからず謝ってしまった。今俺の顔はきっと真っ赤だろう。両手で顔を隠すが正直今更だろう。
「すまない。あまりに可愛らしくてたまらなくなってしまった。どうか顔を見せてくれ」
「…可愛くないです」
あなたが可愛いと思ってるのは幻なんです。あなたが見てるのは実物の俺じゃない、なんて、八つ当たりみたいなことを考える。
「可愛いだろう。俺を容易く救っておいて、まだ足りないと泣くのだから」
「…救えてません。まだ、何も」
「十分救われた。俺はここに来たのも正直に言えば駄目元で、腕はもうすでに切り落とすつもりでいた。それを思い留まらせてくれたのは君だ。それを救われたと言わなくて何というのだ」
自身の腕を落とすなんて、相当な葛藤と勇気が要る決断だ。そんな重くつらい覚悟をしたセブさんを思うと胸が苦しい。
なんでこの人ばかりこんな酷い目に合うんだろう。悲しくてやり切れない。
「切ったらダメですうう」
「ああ、泣くな。もったいない」
立ち上がったセブさんの手が俺の頬に伸びて、流れたばかりの涙を指の背で払い、手のひらで拭った。手慣れていない少し荒っぽい手付きが、彼の懸命さの表れのようで嬉しい。
「君がどう捉えていようと、私が君に感謝しているということは事実だと理解してくれ」
まだ何も根本的な問題を解決していない拙い俺の仕事に、こんなに感謝してもらえることがあるなんて思わなかった。セブさんは優しいだけじゃなく、無欲で謙虚な人なようだ。俺の個人的な感情で彼を振り回してしまったことが心底恥ずかしいし、申し訳ない。
「……わたし、肉が食べたいです。あとケーキも」
俺がねだると、セブさんは「もっと君のことを教えてくれ、私の魔女」と嬉しそうに笑って俺の前のメニューを覗き込む。俺に好みをいくつか確認すると、給仕を呼び付け手際良く注文を終えた。
そのまま、丸テーブルの向かいの席に戻るのかと思ったが、セブさんは軽々とイスを持ち上げるとそれを俺の真横に置き、優雅な所作でそこに腰掛けた。
「なんで、こちらに?」
「君が泣いたら抱き締めてしまおうかと思ってな」
きらきら、ぴかぴか。
そんな何の陰りもなく微笑まれたら、それこそエメラルドと白金を惜しみなく使った美術品だ。いつの間にか、近くのテーブル席の客たちの目がセブさんに釘付けになっている。
その麗しい美術品がテーブルに肩肘をついてこちらを覗き込む。皆さん、この見事な彫像みたいな人はキレイなだけじゃなくてとても優しいんですよ、って教えてあげたい。目尻と頬がむずむずして自然と笑ってしまう。
「セブさんはそんな、人に親切にするばっかりじゃなくて、もっと自分本位に振る舞って良いんですよ」
「それは、抱き締めてもいいという許可と受け取って良いだろうか」
「んふふ。じゃあ次泣いてしまったらお願いします」
まるで自分の要望のように言うが、それは俺を慰める為じゃないか。こんなにも他人に親切なセブさんは、自分勝手な要求をするなどなかなかできないのだろう。
「治療が終わった後も会いに来ていいか」
「それはもちろん。セブさんなら大歓迎です。不安なことがあればすぐ来てください。わたしはいつでもあの家にいます」
人に会うことは苦手だけど、相手がセブさんだと思うとすごく嬉しいことになるのが不思議だ。また胸がふわふわする。
セブさんがにこりとして俺の手を握ると、今度は胸がぎゅっとする。
「必ず会いに行く。待っていてくれ」
「…はい。お待ちしてます」
俺に会いに来てくれる人なんて、今までひとりもいなかった。みんな用があるのはばあばなんだ。俺がばあばの代わりにならなくても、こんなに優しいセブさんならきっと本当に会いに来てくれるだろう。
そうなったら、それは友人と呼んでいいんじゃないかな。セブさんが友人になってくれたらとても素敵だ。嬉しい。ふわふわ、ぽわぽわ。胸と頬が温かい。
とても誠実で優しい彼なら、ずっとずっと、そばにいてくれるだろうか。
ばあばみたいに俺を置いていかないで、ずっとそばに。
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