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酒と友2
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口周りをタレでベタベタにしながら肉に齧りついていると、「遅くなってごめんねえ」と大柄な女性店員が追加のアルコールと小魚の塩焼きと揚げ鶏が乗った大皿を運んできた。
「イアン、あんたまた違う女の子連れてんの?遊んでばっかりいないで、いい年なんだからちゃんとパートナー見つけなさいよ」
「うるっせえババアだな。こいつはそういうんじゃねえよ」
酒を受け取りながら毒づくイアンは楽しそうだ。この人もイアンの友人なのかな。俺はほかほか湯気を立てる揚げ鶏に心躍りつつ大皿を受け取る。女性店員が片手で持っていたので油断したが結構重い。両手で慎重にテーブルに下ろす。
「あら、その子が本命ってこと?なら余計なこと言ったわね。ごめんなさい」
「ちげえ。こいつは友達」
また友達と言ってくれたことが嬉しくて、俺はイアンの顔を見てにっこりしてしまう。それをイアンはうざったそうに手で払った。
「女好きのあんたが、女の子と二人っきりで遊んで手出さないなんてあるの?」
声がこちらに向いたのがわかる。目深に被ったフード越しに視線を受けている気がするが、顔を見るのは少し怖くて誤魔化すように軽い会釈だけした。どうやら汚れた口周りが見つかってしまったらしく、「おくち拭きなさいね」と手早く手拭き布を出してくれた。差し出された腕は太くて、筋肉に血管が浮き上がっててとてもかっこいい。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
卒のない気遣いが嬉しくて、口を布で拭きながらイアンの肩を引っ張り「かっこいいお姉さんだね」と耳打ちすると、イアンは思いっきり吹き出した。
「メイベルもかよ。お前の趣味わかりやす過ぎるだろ。笑かすな」
笑われる意味がわからなくてぽかんとしていたら、がしりと頭頂部を掴まれた。お姉さんに。
「あんたらこそこそうざったいわね。私、陰口は嫌いよ。私に思うところは面と向かって言いなさい」
お姉さんの陰口を言っていたと思って怒ってるらしい。そんなことあるわけないのに。否定したくて首を振ろうとするが、頭を押さえられてるので振り払おうとしたみたいになった。
「ちっげえよ。こいつが筋肉好きだってだけの話。メイベルのことかっこいいお姉さんなんて嬉しそうに言うから、そりゃ笑えるだろ」
俺らの頭はすぐ開放されたが、イアンだけは後頭部に平手を受けた。痛そう。
「あらあら。お友達そんな可愛いこと言ってくれてたのね。早とちりしてごめんなさいね」
「いえ。こちらこそ、こそこそしてごめんなさい」
子供の頃は俺も内緒話されると、悲しかった覚えがある。だいたいみんな俺のこと嫌いだったから。
お姉さんにはそんな思いをして欲しくなくて、「お姉さんを悪く言うことなんて絶対ありえません」と言うと、お姉さんは「なんでイアンの友達なのにいい子なの?」と不思議そうにした。失礼なことした俺を、いい子だなんて言ってくれるお姉さんこそいい人だと思う。
「おら、メイベル。女将が呼んでるぞ」
厨房の方から女性の声が聞こえる。口調が荒いを通り越して怒声のようだ。反射的にメイベルさんを見ると、そんな女将さんの大声に動じることなく、俺ににこりと微笑んでくれた。
「まあ、サボってるの見つかっちゃったわね。残念だけど、またあとでね。ゆっくりしていってちょーだい、可愛い子ちゃん」
「はい。メイベルさん、お仕事頑張ってください」
厨房に消えていくメイベルさんに手を振って見送っていたら、「お前は友達よりパトロン作る方がうまそうだな」とイアンが失礼なことを言い出したので、揚げ鶏を多めに奪ってやった。でも俺のささやかな仕返しは「食い意地が汚い」と正しく罵られただけだった。
「ハバトはさ、メイベルのこと気持ち悪いって思うか?」
「え?思わないよ。なにそれ?なんで?」
あまりに脈絡も何もない問いかけにびっくりして、何も後ろ暗いことなんてないのにおどおどしてしまった。イアンは新しい酒を飲みながら「そうだよな」と端的に俺の発言を肯定した。
「お前が俺に聞いたじゃねえか。女の格好した男が気持ち悪くないかって。メイベルは見るからに男だろ。でもこの街じゃ別に珍しいもんでもねえよ。俺は男に興味ねえし、良くも悪くも何にも思わねえわ」
そういえば、イアンに素顔を見られた時にそんなことを聞いた覚えがある。それを今まで気にかけてくれてたことに感心する。
「そっか。メイベルさんも男なのか」
だから大柄でかっこいいのか。下手したらイアンより背が高そうだったな、目算を頭の上に描いて羨ましく思う。
「あいつちゃっかりしてるから、温厚で稼ぎの良い職人の旦那と事実婚までしてんだぜ。お前も好きな見た目で好きな相手と好きに生きればいいじゃねえか」
どちらの俺で生きてもいいなんて言ってもらえると思っていなかったので、妙に感動してしまった。いつか、俺本来の顔のままを好きだと言ってくれる人も見つけられるだろうか。
「女になりたいならそういうやつがいっぱい働いてる飲み屋もあるぜ。お前貧乏そうだから掛け持ちで働くか?でもまあ、お前がまともに接客出来るとは思えないけどなあ」
小馬鹿にして笑うイアンが憎たらしくて睨んでみるけど、悔しいことに大正解だ。俺が接客なんて出来るわけがない。いっそ今の仕事も、ばあばの交友関係の伝手がなければ成り立ってない。急に自分の甲斐性の無さに絶望してしまう。気持ちを奮い立たせて「俺は元の顔が嫌なだけで女になりたいんじゃないし…」と反論してみるが、弁明としては的外れなことに気付いて尻すぼむ。
「別にいいじゃねえか。今の仕事に不満はねえんだろ?お前の卸す調味料うちの店でもそこそこ人気だぞ。編みカゴの方はまあ、普通だけど」
「普通か…」
「普通だな」
「くそう。どうせ俺は甲斐性無しだよお」
居た堪れなくなった俺は、ヤケを起こして手元のグラスの中身を一気に飲み干した。例の果実風味の高濃度アルコールをだ。ひょろくて何をしても脆弱なことに自信のある俺の体が、そんな凶悪なもんに勝てるわけがない。
結果、でろでろに酔いつぶれてイアンと酒場に迷惑を掛けた、らしい。記憶喪失。ここ数年で一番の反省。
「イアン、あんたまた違う女の子連れてんの?遊んでばっかりいないで、いい年なんだからちゃんとパートナー見つけなさいよ」
「うるっせえババアだな。こいつはそういうんじゃねえよ」
酒を受け取りながら毒づくイアンは楽しそうだ。この人もイアンの友人なのかな。俺はほかほか湯気を立てる揚げ鶏に心躍りつつ大皿を受け取る。女性店員が片手で持っていたので油断したが結構重い。両手で慎重にテーブルに下ろす。
「あら、その子が本命ってこと?なら余計なこと言ったわね。ごめんなさい」
「ちげえ。こいつは友達」
また友達と言ってくれたことが嬉しくて、俺はイアンの顔を見てにっこりしてしまう。それをイアンはうざったそうに手で払った。
「女好きのあんたが、女の子と二人っきりで遊んで手出さないなんてあるの?」
声がこちらに向いたのがわかる。目深に被ったフード越しに視線を受けている気がするが、顔を見るのは少し怖くて誤魔化すように軽い会釈だけした。どうやら汚れた口周りが見つかってしまったらしく、「おくち拭きなさいね」と手早く手拭き布を出してくれた。差し出された腕は太くて、筋肉に血管が浮き上がっててとてもかっこいい。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
卒のない気遣いが嬉しくて、口を布で拭きながらイアンの肩を引っ張り「かっこいいお姉さんだね」と耳打ちすると、イアンは思いっきり吹き出した。
「メイベルもかよ。お前の趣味わかりやす過ぎるだろ。笑かすな」
笑われる意味がわからなくてぽかんとしていたら、がしりと頭頂部を掴まれた。お姉さんに。
「あんたらこそこそうざったいわね。私、陰口は嫌いよ。私に思うところは面と向かって言いなさい」
お姉さんの陰口を言っていたと思って怒ってるらしい。そんなことあるわけないのに。否定したくて首を振ろうとするが、頭を押さえられてるので振り払おうとしたみたいになった。
「ちっげえよ。こいつが筋肉好きだってだけの話。メイベルのことかっこいいお姉さんなんて嬉しそうに言うから、そりゃ笑えるだろ」
俺らの頭はすぐ開放されたが、イアンだけは後頭部に平手を受けた。痛そう。
「あらあら。お友達そんな可愛いこと言ってくれてたのね。早とちりしてごめんなさいね」
「いえ。こちらこそ、こそこそしてごめんなさい」
子供の頃は俺も内緒話されると、悲しかった覚えがある。だいたいみんな俺のこと嫌いだったから。
お姉さんにはそんな思いをして欲しくなくて、「お姉さんを悪く言うことなんて絶対ありえません」と言うと、お姉さんは「なんでイアンの友達なのにいい子なの?」と不思議そうにした。失礼なことした俺を、いい子だなんて言ってくれるお姉さんこそいい人だと思う。
「おら、メイベル。女将が呼んでるぞ」
厨房の方から女性の声が聞こえる。口調が荒いを通り越して怒声のようだ。反射的にメイベルさんを見ると、そんな女将さんの大声に動じることなく、俺ににこりと微笑んでくれた。
「まあ、サボってるの見つかっちゃったわね。残念だけど、またあとでね。ゆっくりしていってちょーだい、可愛い子ちゃん」
「はい。メイベルさん、お仕事頑張ってください」
厨房に消えていくメイベルさんに手を振って見送っていたら、「お前は友達よりパトロン作る方がうまそうだな」とイアンが失礼なことを言い出したので、揚げ鶏を多めに奪ってやった。でも俺のささやかな仕返しは「食い意地が汚い」と正しく罵られただけだった。
「ハバトはさ、メイベルのこと気持ち悪いって思うか?」
「え?思わないよ。なにそれ?なんで?」
あまりに脈絡も何もない問いかけにびっくりして、何も後ろ暗いことなんてないのにおどおどしてしまった。イアンは新しい酒を飲みながら「そうだよな」と端的に俺の発言を肯定した。
「お前が俺に聞いたじゃねえか。女の格好した男が気持ち悪くないかって。メイベルは見るからに男だろ。でもこの街じゃ別に珍しいもんでもねえよ。俺は男に興味ねえし、良くも悪くも何にも思わねえわ」
そういえば、イアンに素顔を見られた時にそんなことを聞いた覚えがある。それを今まで気にかけてくれてたことに感心する。
「そっか。メイベルさんも男なのか」
だから大柄でかっこいいのか。下手したらイアンより背が高そうだったな、目算を頭の上に描いて羨ましく思う。
「あいつちゃっかりしてるから、温厚で稼ぎの良い職人の旦那と事実婚までしてんだぜ。お前も好きな見た目で好きな相手と好きに生きればいいじゃねえか」
どちらの俺で生きてもいいなんて言ってもらえると思っていなかったので、妙に感動してしまった。いつか、俺本来の顔のままを好きだと言ってくれる人も見つけられるだろうか。
「女になりたいならそういうやつがいっぱい働いてる飲み屋もあるぜ。お前貧乏そうだから掛け持ちで働くか?でもまあ、お前がまともに接客出来るとは思えないけどなあ」
小馬鹿にして笑うイアンが憎たらしくて睨んでみるけど、悔しいことに大正解だ。俺が接客なんて出来るわけがない。いっそ今の仕事も、ばあばの交友関係の伝手がなければ成り立ってない。急に自分の甲斐性の無さに絶望してしまう。気持ちを奮い立たせて「俺は元の顔が嫌なだけで女になりたいんじゃないし…」と反論してみるが、弁明としては的外れなことに気付いて尻すぼむ。
「別にいいじゃねえか。今の仕事に不満はねえんだろ?お前の卸す調味料うちの店でもそこそこ人気だぞ。編みカゴの方はまあ、普通だけど」
「普通か…」
「普通だな」
「くそう。どうせ俺は甲斐性無しだよお」
居た堪れなくなった俺は、ヤケを起こして手元のグラスの中身を一気に飲み干した。例の果実風味の高濃度アルコールをだ。ひょろくて何をしても脆弱なことに自信のある俺の体が、そんな凶悪なもんに勝てるわけがない。
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