稀代の英雄に求婚された少年が、嫌われたくなくて逃げ出すけどすぐ捕まる話

こぶじ

文字の大きさ
42 / 83

交歓会2

しおりを挟む
 肩を震わせ、今にも泣き崩れてしまいそうな儚い姫君は、真っ直ぐにセブさんを見つめている。

「セバス様。何故他所の女をそのように目に掛けるのですか! 私に仰っしゃりたいことがあるのではないのですか!」

 うう、と嗚咽をこぼして両手で顔を覆ってしまった ベルさんに、背の高い侍女が駆け寄りハンカチを手渡す。その横には、前に少しだけ見かけた小柄な護衛も様子をうかがうように立っている。

 周囲が静まり返り、物見高い目を向けられているのがわかる。そこにぽつりと、「治療士と偽って妾を囲う算段か」と誰かがこぼした嘲りが聞こえた。

 腹の奥に嫌な感情が渦巻く。セブさんは素晴らしい人なのに。セブさんのおかげで助かった人たちはいっぱいいるのに。俺がここにいるせいで、セブさんほどの人が品のない侮蔑を受けるなんて。

 セブさんを愚弄した人間へと怒りと、自分への嫌悪感で頭がくらくらする。「違う」って言わないと。俺は彼にとってただの治療士で、彼は俺への償いのつもりで特段優しいだけで。


 本当にそうなのか…?あんなことの償いのためだけに、彼は俺に触れ続けるのか?愛おしいはずのベルさんを泣かせてまで?

 急激に、自分勝手な馬鹿げた期待が湧き上がってきて、俺はセブさんを仰ぎ見た。俺の視線にすぐさま気付いた彼は、その視線をしっかり受け止めて幸せそうに笑った。
 

「殿下は何か勘違いをしているようですね」

「勘違い…?」

 華奢な指の隙間から覗いた薄氷は、悲しみより怒りがこもっているように見えた。

「貴台は婚約者がいる身でしょう」

 セブさんが俺の腰を抱いたまま、ベルさんを見て薄情に口の端を上げた。冷え冷えとした表情だったが、それを向けられた当人は「ああ、そういうことですの」と、何故か嬉しそうな声を出した。
 両手の取り払われた彼女の顔に、泣き跡はなかった。

「セバス様は、私とジャスティン皇子の婚約を早く解消させようと、そんな女を使って当てつけていたのですね。それなら問題ありませんわ。セバス様との婚約と同時に公表するつもりでまだ公にしておりませんでしたが、つい先日ジャスティン皇子は別の人間との婚約変更が済みましたの」

 ベルさんがさらりと口にした事柄に、周囲が驚きざわつく。以前彼女はサンロマリナには恩があるから婚約破棄出来ると言っていたが、賓客たちの渋い顔から、婚約者の変更はあまりあっていい話ではないんだろうと察せられた。
 そんな周囲の否定的な反応を、ベルさんは気にした様子もなくセブさんだけを見つめてにっこり笑っている。とても愛らしい笑顔のはずなのに、何故か底が知れない恐ろしさを感じる。

「その婚約変更は、ここ二日程で急遽為されたものではないですか」

「………もしそうだとして、何か問題が?」

「ならばジャスティン皇子のお相手は、第二王女のブリジット殿下でしょう」

 ベルさんの表情が明らかに翳った。ベルさんにとっては何か都合の悪いことなのかもしれない。

「…ジャスティン皇子の婚約相手など、今は関係がないことじゃない。大事なのは私たち二人のことでしょう?」

「関係のないことではありません。叙爵式を終えるまでが最後の契機だと、ジャスティン皇子にブリジット殿下との婚約を後押ししたのは私です」

 パッと花が咲くように、ベルさんに喜色が戻る。握り締めていた、侍女から受け取ったハンカチを流れるように床に投げ捨てた。

「やはり、セバス様は私の婚約解消を急ぎたかったのですね。それならば、回りくどいことをせずに最初から私にそう仰ってくださればよかったのに」

 ころころと表情を変えるベルさんと対照的に、セブさんは背筋が冷えるほど、硬質で陰りのあるエメラルドの瞳をしている。

「ジャスティン皇子は、永くブリジット殿下を想っておいでだったでしょう。貴台と婚約をする前からずっと。愛おしい人を諦めてしまって本当に良いのか、二晩前にジャスティン皇子に問いました」

 こちらへ足を踏み出そうとしていたベルさんが、唐突に動きを止める。笑顔も完全に消え、小さな顔の色白さばかりが際立つ。

「…そんな訳ないわ。ブリジットは見た目も性格も地味だし、昔から身体も弱くて子供を産めるかも怪しいのに、私よりそんな子を好むなんてことあるわけないじゃない」

 力なく話すベルさんはとても儚くて、こんな状況でさえなければたくさんの人が手を差し伸べただろう。そんな庇護欲をそそるベルさんに対して、セブさんは微塵も動じることなくあまつさえ突き放すようにくつくつと嗤った。

「人は美点だけを愛す訳ではありません」

 そう言って、セブさんは再び俺を抱き寄せて、仰ぎ見る俺の額に口付けを落とした。「そんな」「だって」と細切れの言葉を呟くベルさんの唇は震えていて、酷く動揺しているのがわかった。

「セバス様は私を愛しているのですよね?貴方の部下たちも専ら噂していたし…」

「男所帯の異性の噂などただの言葉遊びです。殿下はそれを真に受けていたのですか?私が貴台に愛を告げたことなど一度もないのに」

「巷でも噂に…」

「それこそただの創作物でしかない」

「そんな…」

 息を飲んで俯いたベルさんは、静かに両手で顔を覆うと黙り込んでしまった。

「これ以上話すことはないでしょう」

 冷めた目のまま、セブさんは満足気に嗤った。見慣れぬ冷淡な彼を、俺はただぼんやりと見つめた。

 その場に崩れ落ちたベルさんに、先程の侍女だけが駆け寄って手を差し伸べた。
しおりを挟む
感想 69

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

僕の太客が義兄弟になるとか聞いてない

コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26
BL
 没落名士の長男ノアゼットは日々困窮していく家族を支えるべく上級学校への進学を断念して仕送りのために王都で働き出す。しかし賢くても後見の無いノアゼットが仕送り出来るほど稼げはしなかった。  そんな時に声を掛けてきた高級娼家のマダムの引き抜きで、男娼のノアとして働き出したノアゼット。研究肌のノアはたちまち人気の男娼に躍り出る。懇意にしてくれる太客がついて仕送りは十分過ぎるほどだ。  そんな中、母親の再婚で仕送りの要らなくなったノアは、一念発起して自分の人生を始めようと決意する。順風満帆に滑り出した自分の生活に満ち足りていた頃、ノアは再婚相手の元に居る家族の元に二度目の帰省をする事になった。 そこで巻き起こる自分の過去との引き合わせに動揺するノア。ノアと太客の男との秘密の関係がまた動き出すのか?

【完結】スパダリを目指していたらスパダリに食われた話

紫蘇
BL
給湯室で女の子が話していた。 理想の彼氏はスパダリよ! スパダリ、というやつになったらモテるらしいと分かった俺、安田陽向(ヒナタ)は、スパダリになるべく会社でも有名なスパダリ…長船政景(マサカゲ)課長に弟子入りするのであった。 受:安田陽向 天性の人たらしで、誰からも好かれる人間。 社会人になってからは友人と遊ぶことも減り、独り身の寂しさを噛み締めている。 社内システム開発課という変人どもの集まりの中で唯一まともに一般人と会話できる貴重な存在。 ただ、孤独を脱したいからスパダリになろうという思考はやはり変人のそれである。 攻:長船政景 35歳、大人の雰囲気を漂わせる男前。 いわゆるスパダリ、中身は拗らせ変態。 妹の美咲がモデルをしており、交友関係にキラキラしたものが垣間見える。 サブキャラ 長船美咲:27歳、長船政景の年の離れた妹。 抜群のスタイルを生かし、ランウェイで長らく活躍しているモデル。 兄の恋を応援するつもりがまさかこんなことになるとは。 高田寿也:28歳、美咲の彼氏。 そろそろ美咲と結婚したいなと思っているが、義理の兄がコレになるのかと思うと悩ましい。 義理の兄の恋愛事情に巻き込まれ、事件にだけはならないでくれと祈る日々が始まる…。

中年冒険者、年下美青年騎士に番認定されたことで全てを告白するはめになったこと

mayo
BL
王宮騎士(24)×Cランク冒険者(36) 低ランク冒険者であるカイは18年前この世界にやって来た異邦人だ。 諸々あって、現在は雑用専門冒険者として貧乏ながら穏やかな生活を送っている。 冒険者ランクがDからCにあがり、隣国の公女様が街にやってきた日、突然現れた美青年騎士に声をかけられて、攫われた。 その後、カイを〝番〟だと主張する美青年騎士のせいで今まで何をしていたのかを文官の前で語ることを強要される。 語らなければ罪に問われると言われ、カイは渋々語ることにしたのだった、生まれてから36年間の出来事を。

辺境の酒場で育った少年が、美貌の伯爵にとろけるほど愛されるまで

月ノ江リオ
BL
◆ウィリアム邸でのひだまり家族な子育て編 始動。不器用な父と、懐いた子どもと愛される十五歳の青年と……な第二部追加◆断章は残酷描写があるので、ご注意ください◆ 辺境の酒場で育った十三歳の少年ノアは、八歳年上の若き伯爵ユリウスに見初められ肌を重ねる。 けれど、それは一時の戯れに過ぎなかった。 孤独を抱えた伯爵は女性関係において奔放でありながら、幼い息子を育てる父でもあった。 年齢差、身分差、そして心の距離。 不安定だった二人の関係は年月を経て、やがて蜜月へと移り変わり、交差していく想いは複雑な運命の糸をも巻き込んでいく。

大学一軍イケメンにいちご狩りに誘われた陰キャの俺、なぜかいちごじゃなくて俺が喰われたんだが(?)

子犬一 はぁて
BL
大学一軍イケメン×大学九軍陰キャ 喰われるなんて聞いてないんだが(?) 俺はただ、 いちご狩りに誘われただけだが。 なのに── 誘ってきた大学一軍イケメンの海皇(21)に なぜか俺が捕まって食われる展開に? ちょっと待てい。 意味がわからないんだが! いちご狩りから始まる ケンカップルいちゃらぶBL ※大人描写のある話はタイトルに『※』あり

初夜の翌朝失踪する受けの話

春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…? タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。 歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け

転生したらスパダリに囲われていました……え、違う?

米山のら
BL
王子悠里。苗字のせいで“王子さま”と呼ばれ、距離を置かれてきた、ぼっち新社会人。 ストーカーに追われ、車に轢かれ――気づけば豪奢なベッドで目を覚ましていた。 隣にいたのは、氷の騎士団長であり第二王子でもある、美しきスパダリ。 「愛してるよ、私のユリタン」 そう言って差し出されたのは、彼色の婚約指輪。 “最難関ルート”と恐れられる、甘さと狂気の狭間に立つ騎士団長。 成功すれば溺愛一直線、けれど一歩誤れば廃人コース。 怖いほどの執着と、甘すぎる愛の狭間で――悠里の新しい人生は、いったいどこへ向かうのか? ……え、違う?

処理中です...