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愛の言葉1
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屋敷へ帰る馬車の中、セブさんは何も話さなかった。ただ隣りで俺の肩を抱き寄せて、時折楽しそうに俺の髪や頬に口付け、俺のカサついた指先を握り締めた。見上げれば白金色の長い睫毛に縁取られた濃緑が優しく細められる。
俺はそれら全てを、ぼんやりとした夢見心地で受け入れた。心も体もふわふわとしていて覚束ない。
ただただ、幸せだ。そう思った。
空が橙を帯びる前に屋敷に着いた。久々の主の帰宅に、女中さんたちは驚きつつも勇んで寝室や食事の準備を大慌てで増やした。
居間のソファーに腰を落ち着けたセブさんに「楽な服に着替えておいで」と言われて、オリヴィアさんと共に慣れた居室に行くと、いつもよりだいぶ早い時間にも関わらず、女中さんたちがにこにこと嬉しそうに湯浴みの準備をしてくれていた。ありがたく、自前の鞄から着替えを出そうとすると、それをやんわり止められて、一段と肌当たりの良い部屋着と呼ぶには上質過ぎるワンピースを渡された。女中さんからしたら、雇い主がいる手前、客扱いの俺も飾り立ておきたいんだろう。
薔薇と柑橘を浮かべた湯船に浸かり、与えられた芳しい保湿油を肌に塗り込んで、着替えまで終えた頃には日が翳ってしまっていた。もしかしてセブさんを待たせてしまっただろうかと慌てたものの、女中さんに聞いて書斎に向かえば、彼は苛立った様子もなく、部屋着姿でゆったりと机で書き物をしていた。彼も湯を浴びたのか、後ろに流されていた前髪は下りていて、編まれていた長い後ろ髪も解けて左肩に流されている。
「随分と身奇麗にされてしまったようだな」
「はい。おかげさまでさっぱりしました」
首を擦り上げると、セブさんが「君にその気がないのはわかっているが目に毒だ」と苦笑いをされた。たぶん、そういう意味なのだろうと思って頬が熱くなった。
セブさん付きの女中さんに促されて食堂に行けば、いつもより豪華な食事が用意されていた。特にいつもと違ったのは、食卓に酒が並んでいることだ。そういえば王都に来てから一度も酒の類を見てない。セブさんはどうにも俺を子供扱いするきらいがあるから、そのせいで屋敷の食事には酒を出さないようにしてたのかもしれない。酒が好物というわけではないが、子供扱いは面白くない。
食前酒のグラスを手にしたセブさんを恨めしく見る。
「わたしもお酒、飲んでいいですか?」
俺の申し出が意外だったらしく、セブさんは少しの間考えてからゆっくりと頷いた。
「同じものでいいか?」
酒の種類はよくわからないので「はい」と答えて人任せにした。
女中さんがグラスにセブさんが飲んでいるものと同じらしき黄味掛かった透明な酒をほんの少しだけ注いでくれた。本当に小指の先ほどのほんの少しだ。その量もセブさんの指示なんだろうと察しがついて、目の前の白金色の主をまた睨む。
彼は俺の視線の意味を正しく理解して笑う。
「まずは飲んでからにしなさい。一口飲んで気に入るようなら注がせよう」
ふてくされつつ飲み干すと、爽やかな風味とアルコールの程よい熱が胃に落ちた。「気に入ったか?」と聞かれて勢いよく頷くと、「酒気が低くとも飲み過ぎれば意味がないからな」と釘は刺されたが、次はなみなみと注いでもらえた。
セブさんと飲む酒は楽しかった。彼の優しい笑顔が目の前にあるだけで酷く幸せだ。胸がいっぱいで食事はあまり入らなかったけど、酒は容易く入った。
六杯目を飲み切ったところで、セブさんが徐ろに立ち上がり俺の横にやってきて俺の持っていたグラスを取り上げた。
「君は酒の飲み方が下手だな。今日はこれくらいにしておこう。潰れてもらっては困る」
そんなに酔ってるつもりはなかったけど、いつぞや潰れて記憶をなくした時のことを思い出して、セブさんの制止に素直に従うことにした。
「じゃあ、お酒はまた今度にします」
「先程は酒欲しさに可愛らしく睨んできたのに、今は嫌に素直だな」
くすくすと楽しそうに笑ったセブさんは、俺の髪を梳くように撫でた。
「前に酔い潰れて、イアンたちに迷惑かけたので懲りたんです」
「…ああ、またあいつか」
撫でる手が止まった。今更になって、セブさんの“嫉妬”の意味がなんとなくわかってきた。我ながら、本当に今更だと思う。
「イアンはたったひとりの友達なんです。今はあまり会えませんけど、ずっと友達です」
「…ハバトにずっと思われるなんて、羨ましい限りだな」
彼の声が少しだけ低く冷たくなったのも、きっと“嫉妬”なんだろう。そう思うと冷たい声も、物憂げに伏せられた睫毛も愛おしい。酒のせいだけでなく頬がほこほこと熱っぽい。
「俺、初めて会った時、すぐにセブさんの優しいところがすごく好きになって、セブさんに友達になって欲しいって思ってたんです」
「ん、そうか」
髪を梳く手がまたゆっくりと動き出す。その心地よい手を振り払ってしまわないように、あまり首は動かさずに目だけで、横に立つ端整な彼の顔を仰ぎ見る。
「今も一番好きなのはセブさんなんです。でも、今俺はセブさんに友達になって欲しいわけじゃないんです…あの、もっと、特別に好きだから」
キレイなエメラルドが一度見開かれ、その後ゆっくりと優しい笑顔に眇められた。彼の目元がかすかに赤い。
「ああ。先に言われてしまったか。何もかも私の負けだ。本当に君には敵わない」
キラキラ煌めく宝石の人は、とてもとても嬉しそうに微笑んだと思えば、俺を子供相手のようにいとも簡単に抱え上げてしまった。そして、抱え上げられてからここは食堂で、オリヴィアさんも女中さんもいて、しかもそれとなく目をそらされてることに気付いて俺は声もなく身悶えた。
俺はそれら全てを、ぼんやりとした夢見心地で受け入れた。心も体もふわふわとしていて覚束ない。
ただただ、幸せだ。そう思った。
空が橙を帯びる前に屋敷に着いた。久々の主の帰宅に、女中さんたちは驚きつつも勇んで寝室や食事の準備を大慌てで増やした。
居間のソファーに腰を落ち着けたセブさんに「楽な服に着替えておいで」と言われて、オリヴィアさんと共に慣れた居室に行くと、いつもよりだいぶ早い時間にも関わらず、女中さんたちがにこにこと嬉しそうに湯浴みの準備をしてくれていた。ありがたく、自前の鞄から着替えを出そうとすると、それをやんわり止められて、一段と肌当たりの良い部屋着と呼ぶには上質過ぎるワンピースを渡された。女中さんからしたら、雇い主がいる手前、客扱いの俺も飾り立ておきたいんだろう。
薔薇と柑橘を浮かべた湯船に浸かり、与えられた芳しい保湿油を肌に塗り込んで、着替えまで終えた頃には日が翳ってしまっていた。もしかしてセブさんを待たせてしまっただろうかと慌てたものの、女中さんに聞いて書斎に向かえば、彼は苛立った様子もなく、部屋着姿でゆったりと机で書き物をしていた。彼も湯を浴びたのか、後ろに流されていた前髪は下りていて、編まれていた長い後ろ髪も解けて左肩に流されている。
「随分と身奇麗にされてしまったようだな」
「はい。おかげさまでさっぱりしました」
首を擦り上げると、セブさんが「君にその気がないのはわかっているが目に毒だ」と苦笑いをされた。たぶん、そういう意味なのだろうと思って頬が熱くなった。
セブさん付きの女中さんに促されて食堂に行けば、いつもより豪華な食事が用意されていた。特にいつもと違ったのは、食卓に酒が並んでいることだ。そういえば王都に来てから一度も酒の類を見てない。セブさんはどうにも俺を子供扱いするきらいがあるから、そのせいで屋敷の食事には酒を出さないようにしてたのかもしれない。酒が好物というわけではないが、子供扱いは面白くない。
食前酒のグラスを手にしたセブさんを恨めしく見る。
「わたしもお酒、飲んでいいですか?」
俺の申し出が意外だったらしく、セブさんは少しの間考えてからゆっくりと頷いた。
「同じものでいいか?」
酒の種類はよくわからないので「はい」と答えて人任せにした。
女中さんがグラスにセブさんが飲んでいるものと同じらしき黄味掛かった透明な酒をほんの少しだけ注いでくれた。本当に小指の先ほどのほんの少しだ。その量もセブさんの指示なんだろうと察しがついて、目の前の白金色の主をまた睨む。
彼は俺の視線の意味を正しく理解して笑う。
「まずは飲んでからにしなさい。一口飲んで気に入るようなら注がせよう」
ふてくされつつ飲み干すと、爽やかな風味とアルコールの程よい熱が胃に落ちた。「気に入ったか?」と聞かれて勢いよく頷くと、「酒気が低くとも飲み過ぎれば意味がないからな」と釘は刺されたが、次はなみなみと注いでもらえた。
セブさんと飲む酒は楽しかった。彼の優しい笑顔が目の前にあるだけで酷く幸せだ。胸がいっぱいで食事はあまり入らなかったけど、酒は容易く入った。
六杯目を飲み切ったところで、セブさんが徐ろに立ち上がり俺の横にやってきて俺の持っていたグラスを取り上げた。
「君は酒の飲み方が下手だな。今日はこれくらいにしておこう。潰れてもらっては困る」
そんなに酔ってるつもりはなかったけど、いつぞや潰れて記憶をなくした時のことを思い出して、セブさんの制止に素直に従うことにした。
「じゃあ、お酒はまた今度にします」
「先程は酒欲しさに可愛らしく睨んできたのに、今は嫌に素直だな」
くすくすと楽しそうに笑ったセブさんは、俺の髪を梳くように撫でた。
「前に酔い潰れて、イアンたちに迷惑かけたので懲りたんです」
「…ああ、またあいつか」
撫でる手が止まった。今更になって、セブさんの“嫉妬”の意味がなんとなくわかってきた。我ながら、本当に今更だと思う。
「イアンはたったひとりの友達なんです。今はあまり会えませんけど、ずっと友達です」
「…ハバトにずっと思われるなんて、羨ましい限りだな」
彼の声が少しだけ低く冷たくなったのも、きっと“嫉妬”なんだろう。そう思うと冷たい声も、物憂げに伏せられた睫毛も愛おしい。酒のせいだけでなく頬がほこほこと熱っぽい。
「俺、初めて会った時、すぐにセブさんの優しいところがすごく好きになって、セブさんに友達になって欲しいって思ってたんです」
「ん、そうか」
髪を梳く手がまたゆっくりと動き出す。その心地よい手を振り払ってしまわないように、あまり首は動かさずに目だけで、横に立つ端整な彼の顔を仰ぎ見る。
「今も一番好きなのはセブさんなんです。でも、今俺はセブさんに友達になって欲しいわけじゃないんです…あの、もっと、特別に好きだから」
キレイなエメラルドが一度見開かれ、その後ゆっくりと優しい笑顔に眇められた。彼の目元がかすかに赤い。
「ああ。先に言われてしまったか。何もかも私の負けだ。本当に君には敵わない」
キラキラ煌めく宝石の人は、とてもとても嬉しそうに微笑んだと思えば、俺を子供相手のようにいとも簡単に抱え上げてしまった。そして、抱え上げられてからここは食堂で、オリヴィアさんも女中さんもいて、しかもそれとなく目をそらされてることに気付いて俺は声もなく身悶えた。
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