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決心
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屋敷を離れる直前、俺は無地の白い便箋にありのままのことを書いた。そして、最後に「心の底から、貴方のこれからの日々が、安寧で健やかであることを祈っています」と締めた。セブさんに出会ったあの日に、俺の力で彼に安寧で健やかな暮らしを取り戻すと宣言したのに、結局は一番その邪魔をしたのは俺だったみたいだ。
きっとこんな大きな懺悔は、逃げるように手紙でするべきものじゃない。怒りのぶつけ先が目の前にいないなんてさぞ不完全燃焼だろう。
でも、一方では手紙で良かったのかもしれないとも思った。文字にするだけでこんなに罪悪感で胸が痛んで仕方がないのに、これを彼の目を見て正しく言葉に出来る自信がない。
臆病な俺は結局、彼に直接罵られ、憎しみのこもった目で別れを告げられるのが怖い。なんて自分勝手で卑怯なんだろう。
最後に、丁寧に折り畳んだ便箋を封筒の中に入れた後、左手の薬指から指輪を抜いて封筒の中に落とした。
もう会えないと思うと、オリヴィアさんたちとの別れの寂しさもひとしおだった。涙を浮かべる俺に、善良な彼らはいつも通り優しかった。馬車の中で食べるようにと、昼食用のパンと一緒に、とてもキレイな砂糖菓子や色とりどりの豆菓子をくれた。全てを食べることは無理かもしれないが、その気遣いが嬉しかった。その気遣いに報いることが出来たら本当はよかったけど、それは叶わないのでただひたすら感謝の気持ちを口にした。
馬車での帰路は、見ているものは数日前の往路と変わらないはずなのに、どうにも物悲しい。
護衛と御者も往路と同じ人だったが、俺が元気のないことは彼女たちにも周知の事実だったようで、特段理由を探られたりはしなかった。屋敷の男女の護衛二人組のようにやたらとちょっかいをかけるわけでもなく、静かに見守ってくれる二人には大いに救われた。
俺が濃石の森に着く頃には、家を出てから月がひとつ進んでいて、それだけ日が空けば春先の森は様変わりする。実りの気配が色濃く、これからどんどん豊かな季節になる。食べることが大好きなばあばが大好きな季節だ。庭の薬草畑は雑草が酷くて、元に戻そうとするなら根本的な手入れから必要だろうが、そんなことは大した問題じゃない。
帰路の馬車の中でずっと考えた結果、薬作りは辞めようと決めた。以前セブさんからも魔女の代行は辞めた方がいいと忠告されたように、俺が魔女の真似事をすることは他人からはあまり望まれないことなんだろう。今までは、俺が魔女の秘術を使うことで困った人が助かるならいいと思っていた。でも、そんなのただの自己満足なのかもしれないと考え直した。今回のセブさんの件だって、別に治療をするのは俺である必要はなかったと思う。多少遠方でも、魔女は他にもいるんだから。それなのに、俺が軽率に治療に手を出して、その上、愚かにも不相応な恋なんてするから周りを余計なことに巻き込んでしまった。
魔女の仕事には、今後一切関わらない。そう決めた。
そして、もう一つ決めたことがある。
ずっと肩に掛けていた帆布の鞄を粗末なベッドの上に放った。そして、小さなワードローブから擦り切れかけているいつもの服たちを取り出す。帆布の鞄の中に詰まっている小綺麗なワンピースなどの女物の服を全部ぶちまけて、代わりに見慣れたシャツとズボンの類だけを詰めていく。最後に、今着ていたセブさんからもらった上等な服も脱いで、元々持っていた安物の服に着替える。ワードローブの奥から、怖くて手を付けられなかった金貨の詰まった革袋も引っ張り出してそれも鞄の奥底に押し込む。
屋敷の人たちからもらったお菓子などは少し迷ったが、食べ物を粗末にするのはどうしても貧乏性が許さなくて、もう一度鞄に入れ直した。
季節外れの暖炉に火を入れ、そこに物置の薬の保管材料を放り込んで燃やす。保存調味料も、腐ってしまうようなものは同じく燃したり、庭に撒いたりして全て処分した。
俺は、揺り椅子の前に立ってしばらく思いを巡らす。揺り椅子は、ばあばの思い出が一番濃い形見だ。他のものはほとんど遺体と一緒に燃やしてしまったから。どういう形でもいいからこれも持っていけたらいいなと考えていたけど、こんな大きなものなかなか難しいし、何でもかんでもと欲張り過ぎたらいけない、と考え直す。ばあばのお古のローブは持って行くんだし、それで今は十分だ。
「ばあばはここで待っててね。たまに帰って来るからさ」
長居をすると決心が鈍る。家の中の整理をひと通り終えた俺は、茶褐色のロングローブを羽織って、愛着ある我が家を出た。ここにはしばらく帰らない。
セブさんへの恋を無くして、俺は少しヤケを起こしてると自分でも思う。馬車の中でひとり悩みに悩んだ俺の頭の中に、出会ったばかりの頃の友人から「ブチ切れられるのも抱かれるのも嫌なら俺と逃げるか」と極端な選択を迫られたことが思い出された。
もうどうせ、俺はセブさんから逃げてしまったも同然だ。なら、俺はもう濃石の森の魔女の代行としての俺も、薔薇色の目のハバトとしての俺も、全部かなぐり捨てて逃げてしまおうと思った。
日の陰り始めた道を馬車のりばに急ぎながら、俺は変装魔法を解いた。
きっとこんな大きな懺悔は、逃げるように手紙でするべきものじゃない。怒りのぶつけ先が目の前にいないなんてさぞ不完全燃焼だろう。
でも、一方では手紙で良かったのかもしれないとも思った。文字にするだけでこんなに罪悪感で胸が痛んで仕方がないのに、これを彼の目を見て正しく言葉に出来る自信がない。
臆病な俺は結局、彼に直接罵られ、憎しみのこもった目で別れを告げられるのが怖い。なんて自分勝手で卑怯なんだろう。
最後に、丁寧に折り畳んだ便箋を封筒の中に入れた後、左手の薬指から指輪を抜いて封筒の中に落とした。
もう会えないと思うと、オリヴィアさんたちとの別れの寂しさもひとしおだった。涙を浮かべる俺に、善良な彼らはいつも通り優しかった。馬車の中で食べるようにと、昼食用のパンと一緒に、とてもキレイな砂糖菓子や色とりどりの豆菓子をくれた。全てを食べることは無理かもしれないが、その気遣いが嬉しかった。その気遣いに報いることが出来たら本当はよかったけど、それは叶わないのでただひたすら感謝の気持ちを口にした。
馬車での帰路は、見ているものは数日前の往路と変わらないはずなのに、どうにも物悲しい。
護衛と御者も往路と同じ人だったが、俺が元気のないことは彼女たちにも周知の事実だったようで、特段理由を探られたりはしなかった。屋敷の男女の護衛二人組のようにやたらとちょっかいをかけるわけでもなく、静かに見守ってくれる二人には大いに救われた。
俺が濃石の森に着く頃には、家を出てから月がひとつ進んでいて、それだけ日が空けば春先の森は様変わりする。実りの気配が色濃く、これからどんどん豊かな季節になる。食べることが大好きなばあばが大好きな季節だ。庭の薬草畑は雑草が酷くて、元に戻そうとするなら根本的な手入れから必要だろうが、そんなことは大した問題じゃない。
帰路の馬車の中でずっと考えた結果、薬作りは辞めようと決めた。以前セブさんからも魔女の代行は辞めた方がいいと忠告されたように、俺が魔女の真似事をすることは他人からはあまり望まれないことなんだろう。今までは、俺が魔女の秘術を使うことで困った人が助かるならいいと思っていた。でも、そんなのただの自己満足なのかもしれないと考え直した。今回のセブさんの件だって、別に治療をするのは俺である必要はなかったと思う。多少遠方でも、魔女は他にもいるんだから。それなのに、俺が軽率に治療に手を出して、その上、愚かにも不相応な恋なんてするから周りを余計なことに巻き込んでしまった。
魔女の仕事には、今後一切関わらない。そう決めた。
そして、もう一つ決めたことがある。
ずっと肩に掛けていた帆布の鞄を粗末なベッドの上に放った。そして、小さなワードローブから擦り切れかけているいつもの服たちを取り出す。帆布の鞄の中に詰まっている小綺麗なワンピースなどの女物の服を全部ぶちまけて、代わりに見慣れたシャツとズボンの類だけを詰めていく。最後に、今着ていたセブさんからもらった上等な服も脱いで、元々持っていた安物の服に着替える。ワードローブの奥から、怖くて手を付けられなかった金貨の詰まった革袋も引っ張り出してそれも鞄の奥底に押し込む。
屋敷の人たちからもらったお菓子などは少し迷ったが、食べ物を粗末にするのはどうしても貧乏性が許さなくて、もう一度鞄に入れ直した。
季節外れの暖炉に火を入れ、そこに物置の薬の保管材料を放り込んで燃やす。保存調味料も、腐ってしまうようなものは同じく燃したり、庭に撒いたりして全て処分した。
俺は、揺り椅子の前に立ってしばらく思いを巡らす。揺り椅子は、ばあばの思い出が一番濃い形見だ。他のものはほとんど遺体と一緒に燃やしてしまったから。どういう形でもいいからこれも持っていけたらいいなと考えていたけど、こんな大きなものなかなか難しいし、何でもかんでもと欲張り過ぎたらいけない、と考え直す。ばあばのお古のローブは持って行くんだし、それで今は十分だ。
「ばあばはここで待っててね。たまに帰って来るからさ」
長居をすると決心が鈍る。家の中の整理をひと通り終えた俺は、茶褐色のロングローブを羽織って、愛着ある我が家を出た。ここにはしばらく帰らない。
セブさんへの恋を無くして、俺は少しヤケを起こしてると自分でも思う。馬車の中でひとり悩みに悩んだ俺の頭の中に、出会ったばかりの頃の友人から「ブチ切れられるのも抱かれるのも嫌なら俺と逃げるか」と極端な選択を迫られたことが思い出された。
もうどうせ、俺はセブさんから逃げてしまったも同然だ。なら、俺はもう濃石の森の魔女の代行としての俺も、薔薇色の目のハバトとしての俺も、全部かなぐり捨てて逃げてしまおうと思った。
日の陰り始めた道を馬車のりばに急ぎながら、俺は変装魔法を解いた。
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