稀代の英雄に求婚された少年が、嫌われたくなくて逃げ出すけどすぐ捕まる話

こぶじ

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迂闊な少年2

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 部屋に戻って仕方なく洗面室で身支度を整えた後、酷くにこにこ訳知り顔の女中さんたちにやたら豪華な朝ご飯を振る舞われ、「お昼前には帰りの馬車の準備も整いますけど、その前にお土産でも買ってきましょうか?」と護衛たちに構い倒された。
 どうやら屋敷の使用人たちの中で、俺は「大好きなセブさんに会えなくて寂しくてしょげている」ということになっているらしい。
 聞けば、俺がここに来るより前に、この屋敷に集められた使用人全員に俺は「セバスチャン・バルダッローダの最愛の人」として、セブさん本人から丁重に扱うよう強く指示と周知がされたらしい。そして、昨夜はセブさんと共に親密そうに帰宅したことで使用人たちが妙な気を回した結果、俺はやたらと身奇麗にされてセブさんの元に送り出されてしまったわけだ。
 女中さんたちからは、かすれた声や腫れぼったい目を、「主に無理をさせられてしまったのですね。若いですからね」と温かい目で見られてとんでもなく気まずかった。違う。全く違うとは言えないけど、違う。
 どんなに俺がこれからに絶望して落ち込んで泣いても、どこまでも恋煩いの扱いを受けるのだから堪らない。



「今日帰られることにしたんですね」

 俺がベッドの上で帰り支度で、護衛たちがお土産として買ってきてくれた焼き菓子を鞄に詰めていると、オリヴィアさんが部屋に顔を出した。出勤して真っ直ぐ俺のところに来てくれたらしい。

「セブさんがいないならここに残っても仕方がないです」

 どうせ俺はセブさんの「最愛の人」ではなくなるのだから、ここの人たちに歓待を受け続けるのはあまりに忍びない。居座ったら申し訳無さで心が擦り切れてしまいそうだ。

「ハバト様が主を選んでくださって本当に喜ばしく思います。貴方が連れ合ってくださらなければ、主は英雄なんてものではいられなかったでしょうね」

 俺の薬指に光る指輪を見たオリヴィアさんが、溜め息まじりに苦笑いを浮かべた。

「そんなことないです。私がいなくても、セブさんは誰よりも英雄に相応しい人です」

「ハハ。本当にハバト様は謙虚な人ですね。それはとても美しいことですが、貴方の場合はより卑屈に近い。過小評価は目を曇らせますよ。セバスチャン様の全ては、もうハバト様の存在無しで成り立ちません。それは貴方が認める認めないに関わらず、揺るぎない事実なんだとご理解ください」

 俺がいないとセブさんの全てが成り立たない、そんなことあるんだろうか。でも、それが本当だとしても、俺にはもうどうしようもない。彼の愛した可愛らしい魔女は本来どこにもいないんだと知れば、俺をそばに置くことをセブさん自身が拒絶するだろう。
 そんなことをオリヴィアさんに言い募っても仕方がないことはわかりきっているから、俺はそれを飲み込んで、ただ「はい」と物わかりの良いふりをした。

「あの、セブさんはどちらまで仕事に行かれたんでしょうか?半月程帰ってこないって聞いたんですが、遠いんですか?」

「ああ、そうですね。でも、今回は騎士の仕事ではないんです。やはり主は騎士職を退く気はないようで、昨日与えられた領地経営の代行者を縁戚に頼まれるためにご実家に行かれたそうです。すでに王都を出ているでしょうが、旅程にさしたる危険もありませんので、どうぞご心配なさらないでください」

 セブさんの居場所が知れたのはありがたいが、同時にセブさんを追いかけて話をするのは到底無理なことだと理解した。公爵家に乗り込んで全て包み隠さず懺悔出来る程、俺の心は強くない。
 俺が表情を曇らせたのを、例によってオリヴィアさんも「大好きなセブさんと会えなくて云々」と理解したらしく、まるで微笑ましいものを見るように優しく笑った。
 ここの人たちは、誰もが俺が心身共に醜い人間だって知らずに甘やかす。いっそ今ここでオリヴィアさんに一から俺の悪事を話してしまおうかと一瞬思った。でも、セブさんに打ち明ける前に他の人へ事の次第漏らすのは、更に不誠実を重ねることのように思えて、自分勝手な告解を飲み込んだ。

「オリヴィアさん。申し訳ないんですが、便箋と封筒を頂くこと出来ますか?丈夫な封筒だとありがたいです」

「どなたかにお手紙を書くのですか?」

「セブさんに置き手紙を残そうと思います」

 このまま俺が何も本当のことを伝えずに帰ってしまったら、領地の件から戻ったセブさんは、薔薇色の瞳の結婚相手を訪ねてハービル村に来てしまうだろう。そんな無駄足を踏む必要はない。もうそんなものはいないんだと知れば、彼がハービル村までの長い長い無駄足を踏むこともない。

「それはとても良いですね。ハバト様からのお手紙ならきっと、セバスチャン様は大いに喜ぶでしょう」

 オリヴィアさんの言葉がぐさりと胸に刺さってやるせない。目線が自然と下がっていく。

「…そうだったら、本当はよかったんですけど…」

「もう。またそんな卑屈になるんですから。その癖、どうか直してくださいませ。便箋と封筒、すぐお持ちしますね」

 何の悪意もない笑顔が眩しくて仕方ない。俺が後ろめたさから曖昧に笑うと、オリヴィアさんは「せっかくですから、ハバト様に似合う可愛らしいものをお持ちしましょうか」と冗談めかした。当然、可愛らしい便箋に書けるような内容ではないので、それはよくよく頼みこんでやめてもらった。
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