稀代の英雄に求婚された少年が、嫌われたくなくて逃げ出すけどすぐ捕まる話

こぶじ

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南東の島国6

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 可愛くてどうする。
 蛇とリスなんて、明らかに食べるやつと食べられるやつじゃないか。

 俺の服をいくら嗅いでもおやつは出てこないと理解した蛇が、ゆったりと首を持ち上げた。すぐに俺の存在に気付いて、照準を合わせるように頭の向きを変えた。
 もう、こうなったら俺に出来ることはただひとつ。いっそ、こうなる前からただひとつだ。つまりは逃げるしかない。


 蛇が動き出す前に俺は走り出した。
 四足だから速い、ような気がする。でも一歩がかなり小さいから相対的にどれくらい速くなったのかはよくわからない。小さな体は全力で走っても疲労感は少なくて、それだけは救いかもしれない。

 意を決して小山を下るように向かう方向を変える。こんな蛇魔獣を人里に向かわせるのは本当に心苦しいが、山の奥へ行く程に中身が人間な俺には不利だ。もしこの蛇が山から出ることを嫌ってくれれば逃げ切れるかもしれない、という淡い期待もある。

 しばらく草木の上を跳ねるように走り抜けていくと、どこからか人の声が聞こえた。まだ山中だというのに、思っていたよりずっと早い段階で人に出くわしてしまった。このまま進んでいいのか一瞬迷いが生まれるが、その声が一際大きく何かを叫んだ。それが、つい先程聞いたばかりの知人、スペンサーさんの声だと気付いて俺は歓喜した。スペンサーさんも騎士だから、きっと蛇を何とかしてくれるだろう。他力万歳。
 残っている力全て振り絞るつもりで木立を駆け抜けると、高く茂った下草が途切れた辺りに人影が見えた。俺の低い視界では見づらいが、濃い茶色をした頭がちらりと見えて、スペンサーさんの存在を確信する。
 助けて!と叫んだつもりで「キー!」と鳴いて下草を飛び出し、スペンサーさんの太腿のあたりにしがみつく。

「うわっ。びっくりした。リスか」

 一瞬払いのけようとスペンサーさんは手を振り上げたが、張り付いているのが無害そうなリスだとわかるとその手を下げた。危なかった。今の俺、可愛くてよかった。

「懐っこいなお前。残念ながらエサは持ってないんだよ。宿に帰ればつまみのナッツがいっぱい余ってるんだけどなあ」

 どうやらスペンサーさんはリスがお好きなようだ。見たことないくらい優しい顔をして、そっと俺の頭を撫でてくれる。嬉しくて「チチチ」と鳴いて太腿から素早くよじ登ってスペンサーさんの肩に乗った。
 蛇が来ることを知らせなくちゃいけない。そう思って「キー!キー!」と今来た方向に向かって鳴くと、スペンサーさんは「ああ、大丈夫だよ。うちの子が帰って来るだけだ」と微笑んだ。
 意味がわからずリス姿できょとんとしていると、俺が来た方向の木々が大きく揺れた。蛇が来た、と思ったが、のそりと姿を現したのは、巨大な蛇ではなく超巨大なカマキリだった。そのカマには、ついさっきまで俺を追い回していた憎き蛇が突き刺さっている。

「結構でかいの捕まえたな、ジョスリーン。それ食ったらまた宿に戻ろう」

 あまりの呆気なさに気が抜けて、転げ落ちそうになったところをスペンサーさんの温かな手が拾い上げてくれた。でも俺は、また優しく撫でてくれるその手に反応することは出来なかった。俺はスペンサーさんの手の中でくたり、と伸びてしまって起き上がれなくなった。

「リスくん?」

 スペンサーさんの声が少し遠く感じる。
 ああ、そうか。これは魔力切れだ。思ったよりずっと早かった。どうやら、魔獣化の呪いに魔力を飲まれ切ってしまったらしい。
 本来ならこうなる前に呪いを解くべきだ。でも、正直言ってしまえば、どうやって呪いを解くかを全く考えてなかった。だって、蛇に殺されそうでそれどころじゃなかったし。

「可哀想に、そんなに弱ってたのか。後味悪いからこんなところで死なないでくれよ」

 心配してくれてるのかと見せかけて、なかなか酷い言い草だ。愛着もない動物が急に自分の手の中で死にかけてたら確かに嫌だろうけどさ。

 本来なら、魔力切れだけでは死ぬことはない。魔力を回復させようと、体が休もうとしているのが今の状態だ。でも、俺にかかっている呪いが魔力が回復するそばからまた吸い取ってしまうから、きっとこの脱力状態から抜け出せない。人間動けないでいたら、すぐに死ぬことはないけどじわじわ死ぬだろう。それも、嫌だな。
 そんなこと考えていたら、ジョスリーンが出てきた方とは違う木立の影から、白金色の長い髪を揺らした長駆が現れた。彼から散々逃げ回ったくせに、自分が弱ってる時は愛おしい人の姿を見られて嬉しいなんて、俺はなんて自分勝手なんだろう。手のひら返しも甚だしい。
 セブさんのその手にはボロボロの布束が握り締められている。ぼんやりした頭でじっと見つめ、それがついさっき俺が脱ぎ捨てた服だと思い至る。

「バルダッローダ。それはもしかして、ハバトちゃんのものかい?」

「…そうだ」

 セブさんの声は暗い。

「…あったのは服だけか?」

「小さな血痕がいくつかあった。魔獣か何かに追い回されたような跡も」

「魔獣…?魔獣が服を脱がすか?」

「…さあ。ハバトを襲った下衆がけしかけたのかもしれない」

「まさか…乱暴を働いた上に魔獣にまで…」

 言葉を詰まらせたスペンサーさんは、酷く苦い顔をしてぼろきれ同然の俺の服から目をそらした。握り締めたセブさんの拳がかすかに震えている。


 とても居た堪れない。二人が最悪の事態を想定して憤ってくれているのに、実はその服は自ら脱いだだけだし、俺を追い回していた魔獣をスペンサーさんになすりつけようとしたし、俺本人は今ただリスぶってひと様の手の上でぐったりしてるだけだなんて。
 いくら疲労困憊だとはいえ、このままただ傍観しているわけにもいかない。
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