53 / 83
南東の島国6
しおりを挟む
可愛くてどうする。
蛇とリスなんて、明らかに食べるやつと食べられるやつじゃないか。
俺の服をいくら嗅いでもおやつは出てこないと理解した蛇が、ゆったりと首を持ち上げた。すぐに俺の存在に気付いて、照準を合わせるように頭の向きを変えた。
もう、こうなったら俺に出来ることはただひとつ。いっそ、こうなる前からただひとつだ。つまりは逃げるしかない。
蛇が動き出す前に俺は走り出した。
四足だから速い、ような気がする。でも一歩がかなり小さいから相対的にどれくらい速くなったのかはよくわからない。小さな体は全力で走っても疲労感は少なくて、それだけは救いかもしれない。
意を決して小山を下るように向かう方向を変える。こんな蛇魔獣を人里に向かわせるのは本当に心苦しいが、山の奥へ行く程に中身が人間な俺には不利だ。もしこの蛇が山から出ることを嫌ってくれれば逃げ切れるかもしれない、という淡い期待もある。
しばらく草木の上を跳ねるように走り抜けていくと、どこからか人の声が聞こえた。まだ山中だというのに、思っていたよりずっと早い段階で人に出くわしてしまった。このまま進んでいいのか一瞬迷いが生まれるが、その声が一際大きく何かを叫んだ。それが、つい先程聞いたばかりの知人、スペンサーさんの声だと気付いて俺は歓喜した。スペンサーさんも騎士だから、きっと蛇を何とかしてくれるだろう。他力万歳。
残っている力全て振り絞るつもりで木立を駆け抜けると、高く茂った下草が途切れた辺りに人影が見えた。俺の低い視界では見づらいが、濃い茶色をした頭がちらりと見えて、スペンサーさんの存在を確信する。
助けて!と叫んだつもりで「キー!」と鳴いて下草を飛び出し、スペンサーさんの太腿のあたりにしがみつく。
「うわっ。びっくりした。リスか」
一瞬払いのけようとスペンサーさんは手を振り上げたが、張り付いているのが無害そうなリスだとわかるとその手を下げた。危なかった。今の俺、可愛くてよかった。
「懐っこいなお前。残念ながらエサは持ってないんだよ。宿に帰ればつまみのナッツがいっぱい余ってるんだけどなあ」
どうやらスペンサーさんはリスがお好きなようだ。見たことないくらい優しい顔をして、そっと俺の頭を撫でてくれる。嬉しくて「チチチ」と鳴いて太腿から素早くよじ登ってスペンサーさんの肩に乗った。
蛇が来ることを知らせなくちゃいけない。そう思って「キー!キー!」と今来た方向に向かって鳴くと、スペンサーさんは「ああ、大丈夫だよ。うちの子が帰って来るだけだ」と微笑んだ。
意味がわからずリス姿できょとんとしていると、俺が来た方向の木々が大きく揺れた。蛇が来た、と思ったが、のそりと姿を現したのは、巨大な蛇ではなく超巨大なカマキリだった。そのカマには、ついさっきまで俺を追い回していた憎き蛇が突き刺さっている。
「結構でかいの捕まえたな、ジョスリーン。それ食ったらまた宿に戻ろう」
あまりの呆気なさに気が抜けて、転げ落ちそうになったところをスペンサーさんの温かな手が拾い上げてくれた。でも俺は、また優しく撫でてくれるその手に反応することは出来なかった。俺はスペンサーさんの手の中でくたり、と伸びてしまって起き上がれなくなった。
「リスくん?」
スペンサーさんの声が少し遠く感じる。
ああ、そうか。これは魔力切れだ。思ったよりずっと早かった。どうやら、魔獣化の呪いに魔力を飲まれ切ってしまったらしい。
本来ならこうなる前に呪いを解くべきだ。でも、正直言ってしまえば、どうやって呪いを解くかを全く考えてなかった。だって、蛇に殺されそうでそれどころじゃなかったし。
「可哀想に、そんなに弱ってたのか。後味悪いからこんなところで死なないでくれよ」
心配してくれてるのかと見せかけて、なかなか酷い言い草だ。愛着もない動物が急に自分の手の中で死にかけてたら確かに嫌だろうけどさ。
本来なら、魔力切れだけでは死ぬことはない。魔力を回復させようと、体が休もうとしているのが今の状態だ。でも、俺にかかっている呪いが魔力が回復するそばからまた吸い取ってしまうから、きっとこの脱力状態から抜け出せない。人間動けないでいたら、すぐに死ぬことはないけどじわじわ死ぬだろう。それも、嫌だな。
そんなこと考えていたら、ジョスリーンが出てきた方とは違う木立の影から、白金色の長い髪を揺らした長駆が現れた。彼から散々逃げ回ったくせに、自分が弱ってる時は愛おしい人の姿を見られて嬉しいなんて、俺はなんて自分勝手なんだろう。手のひら返しも甚だしい。
セブさんのその手にはボロボロの布束が握り締められている。ぼんやりした頭でじっと見つめ、それがついさっき俺が脱ぎ捨てた服だと思い至る。
「バルダッローダ。それはもしかして、ハバトちゃんのものかい?」
「…そうだ」
セブさんの声は暗い。
「…あったのは服だけか?」
「小さな血痕がいくつかあった。魔獣か何かに追い回されたような跡も」
「魔獣…?魔獣が服を脱がすか?」
「…さあ。ハバトを襲った下衆がけしかけたのかもしれない」
「まさか…乱暴を働いた上に魔獣にまで…」
言葉を詰まらせたスペンサーさんは、酷く苦い顔をしてぼろきれ同然の俺の服から目をそらした。握り締めたセブさんの拳がかすかに震えている。
とても居た堪れない。二人が最悪の事態を想定して憤ってくれているのに、実はその服は自ら脱いだだけだし、俺を追い回していた魔獣をスペンサーさんになすりつけようとしたし、俺本人は今ただリスぶってひと様の手の上でぐったりしてるだけだなんて。
いくら疲労困憊だとはいえ、このままただ傍観しているわけにもいかない。
蛇とリスなんて、明らかに食べるやつと食べられるやつじゃないか。
俺の服をいくら嗅いでもおやつは出てこないと理解した蛇が、ゆったりと首を持ち上げた。すぐに俺の存在に気付いて、照準を合わせるように頭の向きを変えた。
もう、こうなったら俺に出来ることはただひとつ。いっそ、こうなる前からただひとつだ。つまりは逃げるしかない。
蛇が動き出す前に俺は走り出した。
四足だから速い、ような気がする。でも一歩がかなり小さいから相対的にどれくらい速くなったのかはよくわからない。小さな体は全力で走っても疲労感は少なくて、それだけは救いかもしれない。
意を決して小山を下るように向かう方向を変える。こんな蛇魔獣を人里に向かわせるのは本当に心苦しいが、山の奥へ行く程に中身が人間な俺には不利だ。もしこの蛇が山から出ることを嫌ってくれれば逃げ切れるかもしれない、という淡い期待もある。
しばらく草木の上を跳ねるように走り抜けていくと、どこからか人の声が聞こえた。まだ山中だというのに、思っていたよりずっと早い段階で人に出くわしてしまった。このまま進んでいいのか一瞬迷いが生まれるが、その声が一際大きく何かを叫んだ。それが、つい先程聞いたばかりの知人、スペンサーさんの声だと気付いて俺は歓喜した。スペンサーさんも騎士だから、きっと蛇を何とかしてくれるだろう。他力万歳。
残っている力全て振り絞るつもりで木立を駆け抜けると、高く茂った下草が途切れた辺りに人影が見えた。俺の低い視界では見づらいが、濃い茶色をした頭がちらりと見えて、スペンサーさんの存在を確信する。
助けて!と叫んだつもりで「キー!」と鳴いて下草を飛び出し、スペンサーさんの太腿のあたりにしがみつく。
「うわっ。びっくりした。リスか」
一瞬払いのけようとスペンサーさんは手を振り上げたが、張り付いているのが無害そうなリスだとわかるとその手を下げた。危なかった。今の俺、可愛くてよかった。
「懐っこいなお前。残念ながらエサは持ってないんだよ。宿に帰ればつまみのナッツがいっぱい余ってるんだけどなあ」
どうやらスペンサーさんはリスがお好きなようだ。見たことないくらい優しい顔をして、そっと俺の頭を撫でてくれる。嬉しくて「チチチ」と鳴いて太腿から素早くよじ登ってスペンサーさんの肩に乗った。
蛇が来ることを知らせなくちゃいけない。そう思って「キー!キー!」と今来た方向に向かって鳴くと、スペンサーさんは「ああ、大丈夫だよ。うちの子が帰って来るだけだ」と微笑んだ。
意味がわからずリス姿できょとんとしていると、俺が来た方向の木々が大きく揺れた。蛇が来た、と思ったが、のそりと姿を現したのは、巨大な蛇ではなく超巨大なカマキリだった。そのカマには、ついさっきまで俺を追い回していた憎き蛇が突き刺さっている。
「結構でかいの捕まえたな、ジョスリーン。それ食ったらまた宿に戻ろう」
あまりの呆気なさに気が抜けて、転げ落ちそうになったところをスペンサーさんの温かな手が拾い上げてくれた。でも俺は、また優しく撫でてくれるその手に反応することは出来なかった。俺はスペンサーさんの手の中でくたり、と伸びてしまって起き上がれなくなった。
「リスくん?」
スペンサーさんの声が少し遠く感じる。
ああ、そうか。これは魔力切れだ。思ったよりずっと早かった。どうやら、魔獣化の呪いに魔力を飲まれ切ってしまったらしい。
本来ならこうなる前に呪いを解くべきだ。でも、正直言ってしまえば、どうやって呪いを解くかを全く考えてなかった。だって、蛇に殺されそうでそれどころじゃなかったし。
「可哀想に、そんなに弱ってたのか。後味悪いからこんなところで死なないでくれよ」
心配してくれてるのかと見せかけて、なかなか酷い言い草だ。愛着もない動物が急に自分の手の中で死にかけてたら確かに嫌だろうけどさ。
本来なら、魔力切れだけでは死ぬことはない。魔力を回復させようと、体が休もうとしているのが今の状態だ。でも、俺にかかっている呪いが魔力が回復するそばからまた吸い取ってしまうから、きっとこの脱力状態から抜け出せない。人間動けないでいたら、すぐに死ぬことはないけどじわじわ死ぬだろう。それも、嫌だな。
そんなこと考えていたら、ジョスリーンが出てきた方とは違う木立の影から、白金色の長い髪を揺らした長駆が現れた。彼から散々逃げ回ったくせに、自分が弱ってる時は愛おしい人の姿を見られて嬉しいなんて、俺はなんて自分勝手なんだろう。手のひら返しも甚だしい。
セブさんのその手にはボロボロの布束が握り締められている。ぼんやりした頭でじっと見つめ、それがついさっき俺が脱ぎ捨てた服だと思い至る。
「バルダッローダ。それはもしかして、ハバトちゃんのものかい?」
「…そうだ」
セブさんの声は暗い。
「…あったのは服だけか?」
「小さな血痕がいくつかあった。魔獣か何かに追い回されたような跡も」
「魔獣…?魔獣が服を脱がすか?」
「…さあ。ハバトを襲った下衆がけしかけたのかもしれない」
「まさか…乱暴を働いた上に魔獣にまで…」
言葉を詰まらせたスペンサーさんは、酷く苦い顔をしてぼろきれ同然の俺の服から目をそらした。握り締めたセブさんの拳がかすかに震えている。
とても居た堪れない。二人が最悪の事態を想定して憤ってくれているのに、実はその服は自ら脱いだだけだし、俺を追い回していた魔獣をスペンサーさんになすりつけようとしたし、俺本人は今ただリスぶってひと様の手の上でぐったりしてるだけだなんて。
いくら疲労困憊だとはいえ、このままただ傍観しているわけにもいかない。
253
あなたにおすすめの小説
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました!
最終17位でした!応援ありがとうございます!
あらすじ
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
【完結】ネクラ実況者、人気配信者に狙われる
ちょんす
BL
自分の居場所がほしくて始めたゲーム実況。けれど、現実は甘くない。再生数は伸びず、コメントもほとんどつかない。いつしか実況は、夢を叶える手段ではなく、自分の無価値さを突きつける“鏡”のようになっていた。
そんなある日、届いた一通のDM。送信者の名前は、俺が心から尊敬している大人気実況者「桐山キリト」。まさかと思いながらも、なりすましだと決めつけて無視しようとした。……でも、その相手は、本物だった。
「一緒にコラボ配信、しない?」
顔も知らない。会ったこともない。でも、画面の向こうから届いた言葉が、少しずつ、俺の心を変えていく。
これは、ネクラ実況者と人気配信者の、すれ違いとまっすぐな好意が交差する、ネット発ラブストーリー。
※プロットや構成をAIに相談しながら制作しています。執筆・仕上げはすべて自分で行っています。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!一肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
最強βの俺が偽装Ωになったら、フェロモン無効なのに狂犬王子に求愛されました~前世武道家なので物理で分からせます~
水凪しおん
BL
前世は日本の武道家、今世は平民β(ベータ)のルッツ。
「Ωだって強い」ことを証明するため、性別を偽り「Ω」として騎士団へ入団した彼は、その卓越した身体能力と前世の武術で周囲を圧倒する。
しかし、その強さと堂々とした態度が仇となり、最強のα(アルファ)である第一王子・イグニスの目に止まってしまった!
「お前こそ俺の運命の番だ」
βだからフェロモンなんて効かないのに、なぜかイグニスの熱烈な求愛(物理)攻撃を受ける日々に突入!?
勘違いから始まる、武闘派β×最強王子のドタバタ王宮BLファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる