稀代の英雄に求婚された少年が、嫌われたくなくて逃げ出すけどすぐ捕まる話

こぶじ

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後日談

【後日談10】帰宅1(セブ視点)

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 夜会での悶着は、スペンサーを含めた部下らの仕様もない笑い話になった。「自国に留まらず、皇国の女達まで手酷く弄んだ」「英雄様が本気で女を垂らしにいった」「被害者は実質全国民」などと、上官本人の目の前でよくもまあそんな事実無根な話が出来るものだ。万が一ハバトの耳に入れば、残らず全員斬り捨ててやる。



 当初の予定通り、私達はジャスティン皇子をラバに残して帰路についた。皇子がブリジット殿下との別れを渋ったこと以外は復路は往路以上に平和なもので、計画より丸一日近く早く殿下を王城に送り届けることが出来た。
 陛下への報告も済ませ、駐屯所へ戻る為王城前に寄せた馬車に乗り込もうとしていた副官を呼び止める。

「スペンサー、団内での事後処理と同行団員の管理指示、全て任せる」

「え?何それ?帰る気?なんかそわそわしてるなって思ったらお前端からそういう算段か」

「この任務にお前の名が上がった時点でな」

「うわ。えぐいなあ」

 そう言いつつもスペンサーは食い下がるつもりはないらしく、「おーい。僕らの隊長は可愛い可愛い赤毛ちゃんに会いたいから先に帰るってさ」と団員らに雑に報告しながら馬車に乗り込んだ。
 スペンサーが乗る馬車の後に、団員が騎乗した複数の単騎が続く。団員からの冷やかしが途切れ途切れに聞こえてくるが、それに応えてやるつもりはない。
 騎士団の馬列が見えなくなってから、私は辻馬車を拾い西地区の自宅に向かった。まだ日は高いが、今日もきっと私の可愛い魔女は私達の家にいるはずだ。





 自宅にさえ着けば、愛おしい伴侶が真っ先に愛くるしい笑顔で出迎えてくれるものと思っていた。すぐに捕まえて抱き締め堪能しまおうと、柄にもなく胸躍らせていたというのに、自宅の前には伴侶につけている護衛騎士が妙に気まず気な様子で私を引き止めた。

「セバスチャン様、お早いお帰りで何よりでございます。えー、申し訳ごさいませんが、少々お待ち頂けますか?」

「…ハバトはどこだ」 

 平素であれば直ぐ様玄関前から身を引いて私を通す騎士が、何故か目を泳がせ頻りに自宅の中を気にしている。

「ハバト様は家の中にいらっしゃいます。が、本当に少々だけお待ちください。呼んで参ります」

「何故呼ぶ必要がある」

 何を隠している、そう鞠訊しようと言葉を続けようとした所で不意に玄関扉が開き、そこから見たくもない男が現れた。我が伴侶が唯一の友人と呼んで特段心許しているその男は、私を見て僅かに瞠目した後、苦々しく顔を歪めた。そして室内を振り返ると「お前が散々引き止めるから結局出会しちまったじゃねえかよ」と、その視線の先にいるだろう私の伴侶を威迫した。

「え?なあに?誰?」

 待ち望んだ愛おしい伴侶の声だったが、私の帰りを日々待っていると言ったその口で誰何されて幾分腹立たしさが湧く。

「誰だなど、随分な挨拶じゃないか。なあ、ハバト」

 玄関先を塞いでいた騎士を押し退けると、忌々しくも察しのいい例の男は、直ぐ様背後のハバトを差し出すようにその場を退いた。
 私の顔を見たハバトは花開くようにそれはそれは愛らしく顔を綻ばせたが、何かを思い出したように何故か下唇を突き出して拗ねた表情を作った。ハバトの不機嫌の理由は気になりはするが、その拗ねた様の愛らしさに堪らず目元が緩む。

「おかえりなさい、セブさん」

 声色もいじけていてあまりに可愛らしい。ただ、いつもであれば直ぐ様駆け寄ってくるその細い身体が、その場で逡巡していることがもどかしい。

「私のいない間に他の男と二人きりで会うなど、なかなか憎たらしいことをしてくれるな」

 冗談半分だったが、私の口から出た声は酷く低く腹立ち紛れだった。ハバトとこの男に、お互い友愛を超える感情がないことは重々承知している。しかし、そうわかった上でも気の置けない二人の様子は頗る憎たらしいと常々思っている。

「そんなの、セブさんだって、いっぱい女の人から…」

 珍しく眉間に皺を作って怒りを顕にしたハバトがぽつぽつと呟く。だが、それは彼にとっては言いにくいことらしく、全てが言葉になる前に固く口を閉ざして俯いてしまった。

「ハバト、君の言葉ならば何でも聞かせて欲しい。どんなことでも構わないから全て教えてくれ」

 出来得るだけ穏やかに続きを促したが、私の思惑に反してハバトは眉間を寄せたままゆっくりと首を横に振った。
 そして、しばらく何かを堪えていたが、酷く拗ねた声で溢した、

「…セブさん嫌い」

という囁き一つで私の思考を容赦なく殴り付けた。
 息の根が止まらなかったことが奇跡かと思うほど、それこそ呪いを受けたあの時以上の絶望だった。

 ハバトの本心からの言葉でないことはわかっている。子供の駄々捏ねのようなものだと。そうわかっているが、それでもあまりの衝撃で、思考が跡形もなく真っ白に吹き飛ばされた。

「お前、よりによって一番効くこと言うなよ。騎士様動揺し過ぎて固まっちまったじゃん。お前もそんなこと嘘だとしても騎士様に言われたら嫌だろ?」

 友人の言葉に慌てて顔を上げたハバトが、「あっ、ごめんなさい」と泣き出してしまいそうな視線で縋ってくる。

「今のは、違います。セブさんのこと、大好きです!ちょっと、嫌なことがあって、八つ当たりしました…ごめんなさい」

 私が応えないことに不安になったのか、湿った目元を拳で擦ったハバトがじりじりと後退りながらまた「ごめんなさい」と小さく呟いた。酷く臆病で正直なハバトらしいその素振りに安堵を覚える。ただ、それと同時に、私以外に容易くその愛らしい涙を見せる伴侶に燻るような怒りも覚える。
 旅長靴の重い足音をさせてハバトに歩み寄り、反射的にびくついて逃げようとするその硬く張りのある薄い肩を確と抱き寄せる。

「見るな。私のものだ」

 振り返りハバトの友人を睨み付けると、潔白を主張するように両手を雑に振られた。

「こっわいこっわい。ハバト、俺はもう帰るぞ。騎士様はちゃんと嫁の尻に敷かれてやれよ。あんたも大概だけど、嫁の方も結構嫉妬深いぞ。ヤキモチで拗てんだよそいつ。妬いてもらえて良かったなあ、旦那様」

 至極要領のいいその男は、まるで近所に住む人間の気安さで「じゃあな」と軽い挨拶だけ残して、振り返りもせずに立ち去った。ハバトもそれに対して「ん。今度は俺が行く」と気安く返すのでそれもまた面白くない。
 所在無気に立っていた護衛騎士に「所定の場所で立哨を続けろ」と強く言いおいて、玄関扉を固く閉じた。
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