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前世の恋人との再会
幼い頃から繰り返し見る夢がある。
夢はいつも違うシーンだが、出てくるのはたいていが「私」と「君」だ。おそらく恋人同士。楽しそうに、幸せそうに過ごす二人。
「君」は鋭いくらい男臭いが整った顔立ちの、とても頑強で均整の取れた肉体を持った、でも底抜けにお人好しで実直な男。
「私」は白百合の花に例えられるような儚げな美貌と、滑らかな白い肌に包まれた靭やかで美しい肢体を持った、でも食えないところのある気骨稜稜な男。
人前では決して口にすることはなかったが、「私」は「君」を唯一無二として心から愛していた。俺は恋慕の感情を「君」をして初めて知り、未だに夢の中の「私」を通してしかそれを感じたことがない。
もしかしてそれは前世の記憶だろうか、なんて思うことは何度もあった。ただ、「前世の記憶がある」なんて確証を示しようもないことを誰に訴えても建設的ではない。第一、麗しの「私」と地味な俺は似ても似つかないから誰も信じない。
「君」と「私」の優しい記憶は、誰に理解されなくても、ずっと俺の心の中にだけあればいい。そう思っていた。
国立シマロン魔法術学高等院は、その分野において最高ランクの学院であるが、広く門戸を開けており王族から貧民街出身者まで、一定の魔法術特性のあるものは身分を問わず入学を許されている。豊かな国だからこそ成り立つ国税による手厚い援助により、高い特性と意欲を証せるものは返済不要の奨学金制度を利用することもできる。
俺は戦火に巻かれた隣国からの亡命孤児で、国境近い貧民街にある孤児院で育った。貧民街故に決して伸び伸び子供らしく育てるような環境ではなかったが、自分は運のいいことに健康で丈夫な体を持っていた為、飢えや寒さで病み伏せっても死んでしまうことなく、魔法術学高等院に入学できる年齢まで生き延び、また、偶然持って生まれた魔法術特性を自力で伸ばせるだけの気力もあった。
入学式の壇上、在校生祝辞を述べる彼を見た瞬間、「彼」が今世の「君」なんだという“確信”が胸を貫いた。そこには決して確証も理屈も無い。神託がごとく平明なまでの“確信”だ。
目の前の彼は、過去の「君」と同じく力強い眼差しと武人めいた恵まれた体格を持ち、「君」の面影そのままの甘さを含まない端正な顔立ちをしている。威圧感のある見た目に反し、発せられる声は人柄の表したように明朗で優しく耳当りがいい所も変わらない。それら全てを好ましいと感じる。
彼はこの高等院の生徒会長であるらしい。そして、あの大人びた見た目を裏切り、俺とたった一つしか歳の変わらない16歳だという。生徒たちから絶大なる支持を得ている彼の名はジェラード・オリオス殿下。彼はこのオリオス王国の現国王ヴィンセント陛下の正統なる第一子、ジェラード王子なのだそうだ。
学院内での絶大な人気と裏腹に、“オリオス王国の第一王子”は政界では今ひとつ期待をされていない。正直、ジェラード殿下は未だ未成年王族であり、正式な公務を担っているわけではない。それにも関わらず、外野が彼の資質の何を評せるのか、と苦々しく思う。
第一、その政界からの評価とやらは、単純に彼が未だ立太子されていないことからの憶測を因るものだ。そして、国王陛下は第一子を王太子と称していない理由を明かしておらず、いっそ理由があるのかすら判然としない。なにしろ、オリオス王国は豊かで情勢の安定した国の一つだ。陛下も壮健であられ、後継者の指名なんてもの誰もせっついては来ないのだろう。平和の御空でそんなものを急かすことは、一步間違えば不敬とも取られかねない。
ただ、もしもジェラード殿下が「君」と同じような度し難いお人好しな男なのであれば、立太子されていない理由にもなり得るだろう。王が底抜けのお人好しでは、それを甘さと捉えられかねない。
それでも俺は、殿下もまた「君」のような優しい人であってくれたら良いのに、と思う。
入学からひと月も経てば、格段有名人であるかの殿下を見掛ける機会は一度や二度ではすまなかった。殿下は人目を引くのだ。校内で見掛ける度、殿下は複数の生徒たちの羨望や憧憬、様々な好意に囲まれていて賑々しい。
そんな綺羅びやかな殿下と、平民でひと学年違いの俺との接点は皆無と言っても過言ではなく、遠くからちらと姿を見るだけなのが常だ。
「私」は、来世での運命的な逢瀬なんてものは微塵も望んでいなかったし、また、今世で出会っても俺では殿下と釣り合いようもない。相手が第一王子なのにも関わらず、俺は平民の中でも肩身の狭い孤児だ。仮に想い合っても、幸せになれるわけがないだろう。
きっとこのまま殿下とは関わらないまま学院を卒業するのだろうな、と思っていた俺に、ある日転機が訪れた。
大事な大事な紙束を握り締め、俺は使命に燃えていた。この想いを伝える為に、ぜひともジェラード殿下と二人きりで話をしなければいけない。
たいてい人に囲まれている事の多い殿下を、教室や食堂で捕まえ連れ出すのは難しそうだと判断し、二人きりになるにはどうしたらいいか考えた。その結果、急遽思い立ち、俺は生徒会の活動がある第二水の日の放課後を狙って、単身生徒会室に赴いた。自己都合の用件の為、殿下の邪魔は最低限にしなければいけない。五分程度で用件を伝え切れるようイメトレまでした。
生徒会室の前には、殿下付きの護衛が一名立っている。殿下が在室している証拠だ。
逞しい壮年の護衛騎士に、自分の所属と氏名、殿下に数分でいいので話をさせて欲しい旨と、もし会えないのであれば手紙を渡して欲しいと慇懃に伝える。護衛騎士は慣れた様子で「しばし待て」とやや冷たく言い置いて室内に入っていった。あまり忙しくしていないといいなあと、そわそわして待つ。しばらくして室内から出てきた護衛騎士は、何故か殿下ではなく生徒会副会長を連れていた。
「悪いけど、ジェラードは忙しいんだ。用件は僕が聞こう」
しまった、と思った。どうやら相当迷惑なタイミングで来てしまったらしい。副会長の表情も口調も不機嫌を全面に押し出していた。
「お会いできないのであればまたの機会に改めます。お忙しいところ大変失礼致しました」
「あー、そういうのもやめて欲しいんだよね。何度来られてもその度断る事になるし、その手間が本当に迷惑だ」
「なるほど。ご多忙のところ申し訳ありません。では、やはり手紙だけでもお渡し頂けませんか。読まれる方がお手間かもしれませんが、どうしてもお伝えしたいのです」
ずい、と白無地のシンプルな手紙封筒を差し出すが、副会長は腕を組んで頑なに受け取りを拒否した為、心底困り果ててしまった。
「勉強不足でお恥ずかしいです。殿下にお渡しするにはもっと相応しい書簡の体裁を持たなければいけないということでしょうか」
殿下は同窓の方たちと別け隔てなく接しているように見えたので、礼儀作法についてそこまで厳しくされないだろうと詳しく調べていなかった。
「いやいやいや。そういう事じゃないから」
「ああ、失礼致しました。人に頼らず書簡の様式については自身で調べます」
「…あ、そ。どんな手紙でも受け取れないからね」
「それは職務中に来た時点で礼儀がなっていないと言う事でしょうかーー」
俺が更に言い募ろうとしていると、副会長の後ろから「もういい」と殿下の声がかかった。
「アレクス、手間をかけた。俺が直接対応する」
「でも、ジェラード」
「トマス・デーン、入室を許可する」
「はい。ありがとうございます」
不服そうに口を噤んだ副会長が一歩引いて、俺が通れるように生徒会室の扉を押し開けてくれたので黙礼で返して横を通り抜ける。室内には講義室にある長机よりやや上等そうな会議机があり、その横に殿下が立ってこちらを無表情に見つめいた。
「用件を簡潔に述べろ」
「はい」
俺は、殿下の魔法術陣に関するレポートを魔法術式学担当のメアリーデン先生経由で貸し出す許可をくださった事へのお礼と、その斬新で素晴らしいレポートに大変、大変、大変感銘を受けた事、そしてそこに記載されていた水を液体でない状態でも自在に動かす陣に更に細かな指示を任意の数だけ制限なく付け足せるようにした画期的な陣を更に発展させた研究レポートを書かせてもらいたい旨を、かなり早口で述べた。早口過ぎてかなりキモいなと自分でも思った。でもこれ以上時間を取らせたら副会長に本気で恨まれそうだと思ったから仕方ない。
「……それだけか」
「え、はい」
手紙封筒とは別に持っていた書類封筒から、借り受けていた殿下のレポートを取り出して見せる。レポート表紙の左辺には、貸出許可についてメアリーデン先生の一筆が入った付箋がついている。「これの、お礼です」とやや片言気味に言うと、何故か背後から「えー!まじか!」と副会長の驚嘆の声が聞こえた。
「魔法術陣の件は好きにしてくれ。わざわざ許可を取りに来させて悪かった」
「いえ。こちらこそご多忙にも関わらずご対応の手間とお時間を頂戴してしまい申し訳ございませんでした。今後も殿下のご活躍を応援致しております」
では失礼致します、と簡潔に退室の意を告げようとすると、不意打ちで背後からガシっと肩を組まれた。
「めっちゃ感じ悪くしちゃってごーめーんー。トマスくんのこと勘違いしてたあ」
急に態度を砕けさせた副会長が、情けない声でよくわからない申し開きのようなことをし始めた。
しかし、その告げられた言葉より、初対面の俺にそんな緩い絡み方ができるその社交性というかメンタルの強さに動揺と感心をしてしまい、副会長の真意の精査に頭が行かない。
「礼儀足らずな私に大いに非がありました。アレクス侯爵令息には何も落ち度のないことです」
何をもって急に態度を軟化させたのか答えが分からず、無難に慇懃な対応を貫く。
「ねえ、怒ってる?そのすげえよそよそしい感じってめっちゃ怒ってるから?令息なんて俺この学院内で初めて呼ばれたよお。絶対怒ってるじゃーん」
「いえ、私が殿下やアレクス侯爵令息に怒るなど分不相応なことは決してございません」
初対面で目上の高位貴族相手に怒りなんてものを覚えるほど、俺の沸点は低くない。瞼が重くて目つきが悪いからそう取られるのだろうか、と思い直して愛想笑いをしてみるが、副会長のすがりつくような腕に変化がない。どうしたものか。
「デーンくん、アレクスは悪くないんだ。俺の威厳が足りない為か、ここ最近は連日見知らぬ学生たちからコネ目的の不適切な交遊の申込みをしつこくされていたので、てっきり君の用件もその関係かと早合点してしまった。気分を害したようで申し訳ない」
殿下は案の定、どうやら底抜けに人がいいらしい。今後もう会う事もないだろうただの後輩に、そこまで赤裸々に説明しなくていいのに。でもそのおかげでやっと状況がはっきり見え、肩の力が抜けた。
「なるほど。俺、変な勧誘に来たやべえやつだと思われてたんですね」
交流の微塵もない見知らぬ男からそんなものされたらそれは怖いだろうし、関心があるように思われたくないから手紙も必死に受け取り拒否するだろう。
「ほんっと毎日毎日怪しげなごますり勧誘が続いてて俺らピリついちゃってて確認不足でしたあー。まじでごめええん」
「レポートの貸出時に君の名前をしっかり把握していなかった俺の落ち度だ。気分を害してしまったと思う。どうとでも罵ってくれ」
更に謝り倒そうとする副会長と、一介の平民相手に頭を下げようとする殿下を、「正真正銘怒ってないです。正直先輩方に俺が付き纏いする輩だと思われようが別にどうでもいいです」と宥め、そんなことより不逞の輩が過激化して殿下の御身や権威に何かあってからではいけない、と必死に懸念を熱弁すると、なぜか頷きあったアレクス副会長とジェラード殿下から順繰りに頭を撫でられ、あまりに擽ったくて笑ってしまった。
夢はいつも違うシーンだが、出てくるのはたいていが「私」と「君」だ。おそらく恋人同士。楽しそうに、幸せそうに過ごす二人。
「君」は鋭いくらい男臭いが整った顔立ちの、とても頑強で均整の取れた肉体を持った、でも底抜けにお人好しで実直な男。
「私」は白百合の花に例えられるような儚げな美貌と、滑らかな白い肌に包まれた靭やかで美しい肢体を持った、でも食えないところのある気骨稜稜な男。
人前では決して口にすることはなかったが、「私」は「君」を唯一無二として心から愛していた。俺は恋慕の感情を「君」をして初めて知り、未だに夢の中の「私」を通してしかそれを感じたことがない。
もしかしてそれは前世の記憶だろうか、なんて思うことは何度もあった。ただ、「前世の記憶がある」なんて確証を示しようもないことを誰に訴えても建設的ではない。第一、麗しの「私」と地味な俺は似ても似つかないから誰も信じない。
「君」と「私」の優しい記憶は、誰に理解されなくても、ずっと俺の心の中にだけあればいい。そう思っていた。
国立シマロン魔法術学高等院は、その分野において最高ランクの学院であるが、広く門戸を開けており王族から貧民街出身者まで、一定の魔法術特性のあるものは身分を問わず入学を許されている。豊かな国だからこそ成り立つ国税による手厚い援助により、高い特性と意欲を証せるものは返済不要の奨学金制度を利用することもできる。
俺は戦火に巻かれた隣国からの亡命孤児で、国境近い貧民街にある孤児院で育った。貧民街故に決して伸び伸び子供らしく育てるような環境ではなかったが、自分は運のいいことに健康で丈夫な体を持っていた為、飢えや寒さで病み伏せっても死んでしまうことなく、魔法術学高等院に入学できる年齢まで生き延び、また、偶然持って生まれた魔法術特性を自力で伸ばせるだけの気力もあった。
入学式の壇上、在校生祝辞を述べる彼を見た瞬間、「彼」が今世の「君」なんだという“確信”が胸を貫いた。そこには決して確証も理屈も無い。神託がごとく平明なまでの“確信”だ。
目の前の彼は、過去の「君」と同じく力強い眼差しと武人めいた恵まれた体格を持ち、「君」の面影そのままの甘さを含まない端正な顔立ちをしている。威圧感のある見た目に反し、発せられる声は人柄の表したように明朗で優しく耳当りがいい所も変わらない。それら全てを好ましいと感じる。
彼はこの高等院の生徒会長であるらしい。そして、あの大人びた見た目を裏切り、俺とたった一つしか歳の変わらない16歳だという。生徒たちから絶大なる支持を得ている彼の名はジェラード・オリオス殿下。彼はこのオリオス王国の現国王ヴィンセント陛下の正統なる第一子、ジェラード王子なのだそうだ。
学院内での絶大な人気と裏腹に、“オリオス王国の第一王子”は政界では今ひとつ期待をされていない。正直、ジェラード殿下は未だ未成年王族であり、正式な公務を担っているわけではない。それにも関わらず、外野が彼の資質の何を評せるのか、と苦々しく思う。
第一、その政界からの評価とやらは、単純に彼が未だ立太子されていないことからの憶測を因るものだ。そして、国王陛下は第一子を王太子と称していない理由を明かしておらず、いっそ理由があるのかすら判然としない。なにしろ、オリオス王国は豊かで情勢の安定した国の一つだ。陛下も壮健であられ、後継者の指名なんてもの誰もせっついては来ないのだろう。平和の御空でそんなものを急かすことは、一步間違えば不敬とも取られかねない。
ただ、もしもジェラード殿下が「君」と同じような度し難いお人好しな男なのであれば、立太子されていない理由にもなり得るだろう。王が底抜けのお人好しでは、それを甘さと捉えられかねない。
それでも俺は、殿下もまた「君」のような優しい人であってくれたら良いのに、と思う。
入学からひと月も経てば、格段有名人であるかの殿下を見掛ける機会は一度や二度ではすまなかった。殿下は人目を引くのだ。校内で見掛ける度、殿下は複数の生徒たちの羨望や憧憬、様々な好意に囲まれていて賑々しい。
そんな綺羅びやかな殿下と、平民でひと学年違いの俺との接点は皆無と言っても過言ではなく、遠くからちらと姿を見るだけなのが常だ。
「私」は、来世での運命的な逢瀬なんてものは微塵も望んでいなかったし、また、今世で出会っても俺では殿下と釣り合いようもない。相手が第一王子なのにも関わらず、俺は平民の中でも肩身の狭い孤児だ。仮に想い合っても、幸せになれるわけがないだろう。
きっとこのまま殿下とは関わらないまま学院を卒業するのだろうな、と思っていた俺に、ある日転機が訪れた。
大事な大事な紙束を握り締め、俺は使命に燃えていた。この想いを伝える為に、ぜひともジェラード殿下と二人きりで話をしなければいけない。
たいてい人に囲まれている事の多い殿下を、教室や食堂で捕まえ連れ出すのは難しそうだと判断し、二人きりになるにはどうしたらいいか考えた。その結果、急遽思い立ち、俺は生徒会の活動がある第二水の日の放課後を狙って、単身生徒会室に赴いた。自己都合の用件の為、殿下の邪魔は最低限にしなければいけない。五分程度で用件を伝え切れるようイメトレまでした。
生徒会室の前には、殿下付きの護衛が一名立っている。殿下が在室している証拠だ。
逞しい壮年の護衛騎士に、自分の所属と氏名、殿下に数分でいいので話をさせて欲しい旨と、もし会えないのであれば手紙を渡して欲しいと慇懃に伝える。護衛騎士は慣れた様子で「しばし待て」とやや冷たく言い置いて室内に入っていった。あまり忙しくしていないといいなあと、そわそわして待つ。しばらくして室内から出てきた護衛騎士は、何故か殿下ではなく生徒会副会長を連れていた。
「悪いけど、ジェラードは忙しいんだ。用件は僕が聞こう」
しまった、と思った。どうやら相当迷惑なタイミングで来てしまったらしい。副会長の表情も口調も不機嫌を全面に押し出していた。
「お会いできないのであればまたの機会に改めます。お忙しいところ大変失礼致しました」
「あー、そういうのもやめて欲しいんだよね。何度来られてもその度断る事になるし、その手間が本当に迷惑だ」
「なるほど。ご多忙のところ申し訳ありません。では、やはり手紙だけでもお渡し頂けませんか。読まれる方がお手間かもしれませんが、どうしてもお伝えしたいのです」
ずい、と白無地のシンプルな手紙封筒を差し出すが、副会長は腕を組んで頑なに受け取りを拒否した為、心底困り果ててしまった。
「勉強不足でお恥ずかしいです。殿下にお渡しするにはもっと相応しい書簡の体裁を持たなければいけないということでしょうか」
殿下は同窓の方たちと別け隔てなく接しているように見えたので、礼儀作法についてそこまで厳しくされないだろうと詳しく調べていなかった。
「いやいやいや。そういう事じゃないから」
「ああ、失礼致しました。人に頼らず書簡の様式については自身で調べます」
「…あ、そ。どんな手紙でも受け取れないからね」
「それは職務中に来た時点で礼儀がなっていないと言う事でしょうかーー」
俺が更に言い募ろうとしていると、副会長の後ろから「もういい」と殿下の声がかかった。
「アレクス、手間をかけた。俺が直接対応する」
「でも、ジェラード」
「トマス・デーン、入室を許可する」
「はい。ありがとうございます」
不服そうに口を噤んだ副会長が一歩引いて、俺が通れるように生徒会室の扉を押し開けてくれたので黙礼で返して横を通り抜ける。室内には講義室にある長机よりやや上等そうな会議机があり、その横に殿下が立ってこちらを無表情に見つめいた。
「用件を簡潔に述べろ」
「はい」
俺は、殿下の魔法術陣に関するレポートを魔法術式学担当のメアリーデン先生経由で貸し出す許可をくださった事へのお礼と、その斬新で素晴らしいレポートに大変、大変、大変感銘を受けた事、そしてそこに記載されていた水を液体でない状態でも自在に動かす陣に更に細かな指示を任意の数だけ制限なく付け足せるようにした画期的な陣を更に発展させた研究レポートを書かせてもらいたい旨を、かなり早口で述べた。早口過ぎてかなりキモいなと自分でも思った。でもこれ以上時間を取らせたら副会長に本気で恨まれそうだと思ったから仕方ない。
「……それだけか」
「え、はい」
手紙封筒とは別に持っていた書類封筒から、借り受けていた殿下のレポートを取り出して見せる。レポート表紙の左辺には、貸出許可についてメアリーデン先生の一筆が入った付箋がついている。「これの、お礼です」とやや片言気味に言うと、何故か背後から「えー!まじか!」と副会長の驚嘆の声が聞こえた。
「魔法術陣の件は好きにしてくれ。わざわざ許可を取りに来させて悪かった」
「いえ。こちらこそご多忙にも関わらずご対応の手間とお時間を頂戴してしまい申し訳ございませんでした。今後も殿下のご活躍を応援致しております」
では失礼致します、と簡潔に退室の意を告げようとすると、不意打ちで背後からガシっと肩を組まれた。
「めっちゃ感じ悪くしちゃってごーめーんー。トマスくんのこと勘違いしてたあ」
急に態度を砕けさせた副会長が、情けない声でよくわからない申し開きのようなことをし始めた。
しかし、その告げられた言葉より、初対面の俺にそんな緩い絡み方ができるその社交性というかメンタルの強さに動揺と感心をしてしまい、副会長の真意の精査に頭が行かない。
「礼儀足らずな私に大いに非がありました。アレクス侯爵令息には何も落ち度のないことです」
何をもって急に態度を軟化させたのか答えが分からず、無難に慇懃な対応を貫く。
「ねえ、怒ってる?そのすげえよそよそしい感じってめっちゃ怒ってるから?令息なんて俺この学院内で初めて呼ばれたよお。絶対怒ってるじゃーん」
「いえ、私が殿下やアレクス侯爵令息に怒るなど分不相応なことは決してございません」
初対面で目上の高位貴族相手に怒りなんてものを覚えるほど、俺の沸点は低くない。瞼が重くて目つきが悪いからそう取られるのだろうか、と思い直して愛想笑いをしてみるが、副会長のすがりつくような腕に変化がない。どうしたものか。
「デーンくん、アレクスは悪くないんだ。俺の威厳が足りない為か、ここ最近は連日見知らぬ学生たちからコネ目的の不適切な交遊の申込みをしつこくされていたので、てっきり君の用件もその関係かと早合点してしまった。気分を害したようで申し訳ない」
殿下は案の定、どうやら底抜けに人がいいらしい。今後もう会う事もないだろうただの後輩に、そこまで赤裸々に説明しなくていいのに。でもそのおかげでやっと状況がはっきり見え、肩の力が抜けた。
「なるほど。俺、変な勧誘に来たやべえやつだと思われてたんですね」
交流の微塵もない見知らぬ男からそんなものされたらそれは怖いだろうし、関心があるように思われたくないから手紙も必死に受け取り拒否するだろう。
「ほんっと毎日毎日怪しげなごますり勧誘が続いてて俺らピリついちゃってて確認不足でしたあー。まじでごめええん」
「レポートの貸出時に君の名前をしっかり把握していなかった俺の落ち度だ。気分を害してしまったと思う。どうとでも罵ってくれ」
更に謝り倒そうとする副会長と、一介の平民相手に頭を下げようとする殿下を、「正真正銘怒ってないです。正直先輩方に俺が付き纏いする輩だと思われようが別にどうでもいいです」と宥め、そんなことより不逞の輩が過激化して殿下の御身や権威に何かあってからではいけない、と必死に懸念を熱弁すると、なぜか頷きあったアレクス副会長とジェラード殿下から順繰りに頭を撫でられ、あまりに擽ったくて笑ってしまった。
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