美丈夫から地味な俺に生まれ変わったけど、前世の恋人王子とまた恋に落ちる話

こぶじ

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【前世】対なる新参者

 本神殿二人目の特別位神官アシュリーもまた、美しい男だった。

 よく手入れの行き届いた、癖の少ない漆黒の髪は腰まで届く程長い。赤茶の瞳を有するアーモンド型の目は常に優しく細められていて、慈悲深い印象を与えている。エゼキエルよりやや長身だが、彼と似た男らしさも残した細身で姿勢のいい立ち姿は、隣に並び立つと対の存在のようで見映えがする。


 新しく着任した、かの神官のお披露目の臨時祭は、広く国民を喜ばせた。元よりエゼキエルの人気は国教会の熱心な信者に留まらない。事実、幼子や隣国からの行商人までも彼の虜なのだ。もはや宗教としてのイドルの枠を超えて、娯楽の一端を担っていると言っても過言ではない。

 その国民のイドルであるエゼキエルとその相方―――この表現はミラードの心を大いに曇らせた―――をひと目見ようと、王都には近隣の町村からも多く人が集まった。


 神官の就任催事と併せて、王都内を馬車で巡るパレードが催された。国教会がパレードを主催するなど、ミラードの知るうちでは初めての事だった。神殿敷地内にある王族席にいたミラードは、そのパレードの様子を直接見てはいないが、非常に盛況だったという事は後に紙面でも口伝でも知らされ面白くない思いをした。

 何故そこまで面白くなかったのかと言うと、エゼキエルの肩に常に回された手があった為だった。それを見た民衆が、白百合の君と対なすような色味の新参者を指して「お似合いだ」「とても親密な様子だった」と言い出したからだ。
 ジークの伴侶は私だ!と、ミラードは柄にもなく叫び出したかった。


 エゼキエルはどこまでも空気を読む男だが、空気を掌握するのもうまい。真に嫌な事は、場の雰囲気を悪くするでもなくすんなりと躱すのだ。そのエゼキエルが親しげな様子をアシュリーに許した事に、ミラードはひどく狼狽していた。
 パレード後の本祭事でエゼキエルとアシュリーが見つめ合い、笑い合う様を目の当たりにして、ミラードの胸中にはしずしずと澱が溜まっていく。


 我ながら、心の狭い見苦しい男だ、と独り言つ。そんなに嫉妬に狂うくらいなら、現状を変える努力をすべきなのだ。悪いのは自分自身だと、ミラードはよくわかっていた。

 ミラードには、近い将来実行しなければいけない計画がある。神官を生涯の伴侶に望む者がなすべき事と言えばたった一つ、単純な話だ。

 ミラードはエゼキエルに神官をやめさせ、王宮に囲い込みたいと考えている。もちろん、王宮でなくても構わない。現状は高位の王位継承権を持っている為に身動きが取りづらいものの、数年後には兄王の元に子ができるだろう。そうすればミラードは王位継承権を放棄し、一代限りの公爵位を賜って、手頃な領地で静かにエゼキエルと余生を過ごす。
 それはミラードにとって唯一の、苦しい程に願ってやまない未来だ。

 エゼキエルにいつその願いを伝えるか、ミラードはその事にひどく苦心していた。ミラードの願いの為に、エゼキエルが血の滲む思いで築いてきた全てを捨てろと言う話なのだから。





 ミラードがいつものように大神殿の通用門を潜ると、件の新任神官の青年が目の前に現れた。まさか下使えの神官ばかりが行き来する場に、今巷で一番の噂の的である、高貴な特別位神官自ら現れるとは思っておらず、ミラードは少しばかり驚いた。
 元孤児であるエゼキエルと違い、アシュリーは高位貴族出身だと言う。貴族出らしい気位の高い人種であった方が掴みどころが見えて扱いやすいのだが、自らこんな所まで出向くという事はこの男はそうではないらしい。

「お初にお目にかかります、ミラード王弟殿下。私、ディダイダッドより参りましたアシュリーと申します。唐突にお声掛けしてしまい、大変失礼かとは存じますが、以後お見知り置き頂きたくご挨拶に上がりました」

 理想的なアーモンド型の目を柔らかく細めて、新参者は過不足無い正しい礼儀で腰を折った。諂いも、嘲りも、企みも感じられない、慎み深い好青年然としている。

 ミラードはここに来るまで、アシュリーという男を測り兼ねていた。完全なる相対敵として勝手に緊張感を持っていたものの、今の彼自身の敬意に溢れたすんなりとした対応に毒気を抜かれた心地だった。こちらが自分勝手な嫉妬に従って強硬な態度をとってしまえば、ただただ自身の拙陋を晒すだけになるだろう。本当に自分の未熟さに嫌気が差す。

 ミラードは全ての思案を包み隠して、王族らしい鷹揚とした仕草で頷く。

「アシュリー特別位神官、敬虔で仕事ぶりも熱心だと聞いている。特別位神官は元より駆り出される場が多い特殊職である上に、貴殿は多方面から相当に期待されているようだ。多忙は覚悟しているだろうが、くれぐれも自愛怠るな。ひいてはそれが民の為にもなる」

「優しきお言葉、恐悦至極にございます」

「ここの暮らしで、何か不自由はないか」

「お心遣い痛み入ります。何処の神殿でも、神官の暮らしはあまり変わりません。便利も不便も慣れた暮らしのままです」

 虚飾の気配のない滑らかな言葉と表情だ。やはり、貴族らしい居丈高なところはなく、生真面目な神官という印象しか無い。彼を仮想敵に独り相撲をしていた自身の狭量が身に沁みて、ミラードは口元を自嘲で緩めた。

 ミラードはアシュリーを視線で促し、勝手知ったる神殿内通路を住居棟へ進む。

「常々思うのだが、神に仕える身だからと言って必要以上の不便を受諾することを美徳とする必要はない。国教会の教義の主軸はそんなところにないし、戒律に反しない範囲の自由と利便を求めることは間違いではないだろう」

 アシュリーにはミラードの言葉がただ堕落を促す甘言にでも聞こえてたのか、少しばかり困ったような不思議そうな表情になった。

「失礼ながら、それはどう言った意味でしょうか…」

 アシュリーはエゼキエルより五、六年上だったように思うが、こういった表情をされると幼く見えるな、とミラードは呑気に考える。自然と笑みが溢れる。

「私のここでの仕事は密輸と呼ばれているらしい。普段は菓子だが、新聞や雑誌、娯楽小説、歌劇の写し絵をよこせと言われる事もある。貴殿の先輩神官は王弟を顎で使うのだ。大した事はできないが、気が向けば貴殿の要望もついでに聞くがどうだ、という意味だ」

 子供のようにきょとんと目を丸めた後、好青年の特別位神官は眩しいものを見るように目を細めた。

「なるほど。エゼキエル殿が殿下をそばに置きたがる理由がわかりますね」

「便利な男だろう?」

「それだけの理由で人を懐に入れる方ではないでしょう」

 会得がいったとばかりの笑みを浮かべるアシュリーを、少しばかり座りの悪い気持ちでミラードが見やる。





 エゼキエルの私室は不在だった。
 聞けば、今はお披露目の臨時祭の反響で、飛び入りの礼拝や洗礼の件数が増えているらしく、非番でも緊急招致が多いとの事だった。

 アシュリーもミラードにそれを告げると、不十分な歓待を丁寧に詫びつつ、礼拝堂の方に足早に去った。言われてみれば、すれ違った下使えの神官たちすらどことなく忙しなかったように思う。それを知っても、部外者であるミラードには何か助力できるわけでもなし。恋人の私室内で荷を下ろし、使い慣れたイスに腰掛ける。

 それもそうか。神官が増えれば仕事も増える、人気職は何とも面倒なものだ。ミラードは長く長く溜め息を吐いた。愛おしい人を独占できる日がいつになれば来るのか。考えるだけで目眩がしそうだ。


 相変わらず雑然とした部屋だ。狭い部屋に不釣り合いな物の量だ。本来であれば決して居心地のいい場所ではないだろう。しかし、その全てがエゼキエルの生活痕だと思うと愛おしくて胸が満たされる。

 デスクの上に無造作に置かれた、薄青色の書付紙の束を何となしに見る。一番上の一枚には隅の方にひょろひょろぐしゃぐしゃと何かペンを滑らせた跡があるが、インクがよれ過ぎて書いた本人も決して読めやしないだろう有り様が可愛らしい。そんな些細な事ですら、容易く愛おしさを募らせるのだから困る。

 しばしぼんやりとそれを見つめていたが、不意にくだらない意図が指先に籠もって、デスク引出しから一本適当に万年筆を取ると、まっさらな書付紙に手早くペン先を滑らせた。その紙を二つ折りにすると、デスクの上ではなく、ベッドのヘッドボードでうっすらと埃を被っている、一昔前流行った冒険譚小説の間に無造作に挟み込む。










「ミラード」

 気がつけば陽がうっすらと橙を帯びていた。愛おしい声に振り返れば、眩い西日を浴びた白磁の美貌が眉尻を下げて笑んでいた。

「悪いな。もしかして寝てたか?」

 腰掛けたままぼんやりと見上げるミラードの頬を、エゼキエルは宝物を掬い上げる柔らかさで両手で包み込む。

「ずっと待っててくれたんだな」

 ミラードの唇に優しくゆっくりと口づけてから、いま一度目を合わせ「ありがとう」と吐息で囁く。ひとつ、ふたつ瞬きをしてから、ミラードはとろりと微笑んだ。

「ジーク」

「なあに」

 エゼキエルの声はひどく甘く機嫌が良い。

「貴方以外何もいらない」

「ふふ、私もだよ。君は本当に可愛いな」

 ミラードの額に柔い唇を押し当て、エゼキエルはその微笑みとろける瞳のヘーゼルグリーンを覗き込む。

「今日の君は甘ったれなんだね」

 楽しそうに、くふふと笑って何度も「可愛い」と零しながら口づけを落とす。
 口づけに応えながら、ミラードの右手が、エゼキエルの長い髪をさらりとわけて首筋に触れる。その手が肩を、二の腕を、肘を、手首を滑り落ち、辿り着いた左手の指の間に絡まり、ぎゅうと握りしめる。

「貴方は私の唯一の生きる理由だ」





 その日、ミラードは一際優しくエゼキエルを抱いた。ミラードの全てを与えるように。エゼキエルの全てを奪うように。そこには確かに、二人にとって過不足の無い幸せがあった。



「ジーク、いつまでも私のそばにいてくれ」

 火照りの残る身体で抱き合いながら、睦言を交わす。エゼキエルは眉を少し困らせつつも、愛おしさを隠さずに微笑む。

「うん」

 心地よくお互いの肌を感じている今この瞬間だけは、多少の葛藤を飲み込んで頷いてくれるだろう事をわかっていてわざと問うたのだ。
 ミラードは我ながら愚かだな、と自嘲する。睦言の中での問答などは真ではない事を、わからない振りができる程ミラードは無邪気にはなれない。

「ずっと、ずっと離さない」

 エゼキエルがもし離れていく事も選んだとしても、いくらでも無様に縋りつこうとミラードは心に決める。貴方は俺の我儘に弱いから。次は癇癪でも起こして丸め込んでしまおうか、なんて事まで考える。それこそ卑怯だな。





 後になって思えば、この時の私の懊悩などは何とも甘やかなものだった。何故なら、目の前に貴方がいて、全身で貴方の事を感じていたのだから。





 ミラードがエゼキエルの温もりを抱いたのは、この日が最後だった。


 エゼキエルは、その四日後に儚くなった姿を礼拝堂内で発見された。
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