美丈夫から地味な俺に生まれ変わったけど、前世の恋人王子とまた恋に落ちる話

こぶじ

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渡りに船(ジェラード視点)

 元々、適当な理由を託けてガブリエルを俺の元に呼び付けるつもりでいた。しかし、それより先にガブリエルの方から俺を話がしたいと声を掛けてきた。
 それは、ガブリエルの行動全てにローレルの息がかかっているのでは?と幾らばかりか俺を警戒させた。


「ジェラード殿下は、我がフローレス家当主と以前から知り合いでいらっしゃったのですか」

 密談の準備を整えた放課後の生徒会室、二人きりになると、用意したイスに座ることもなく直ぐ様ガブリエルが口火を切った。微かに震えた声音と、不格好に寄せた眉根が、言いしれない緊張をよく体現している。


 さて、と俺は僅かな時間思案する。どこまで話すかを。

「まあ、長年知り合い、ではある」

「子細を話してくださる気はないでしょうか」

「それこそ君の母君に問い質した方が早いのではないか?」

「それは…」

 ガブリエルはローレルを恐れている。その恐怖がどこから来て、ローレルにどこまで手綱を握られているのか。逆に、恐怖の根元が判れば、ガブリエルをこちらである程度制御できるかもしれない。ローレルに関知されずにガブリエルを動かせれば、ローレルがトマスの中のエゼキエルを見出す事を防げる。

「フローレス公が君に話さない理由があるのか?」

 どこまで転がされてくれるか、ものは試しと諭すように声音と表情を和らげ、出来得る限りゆったりした仕草で奥まで進み自席に腰掛ける。これ以上物理的に近づかないし、害意など微塵もないのだという意思表示だ。

「…閣下は、後ろ暗い事は決して私に話しません」

 思っていたより核心を突く返答が返ってきた事に、場違いにも笑い出してしまいそうになる。ローレルにとって、俺との関わりは全て後ろ暗い事だろう。その事には勘付いているのか。

「そう言われてしまえば俺からは尚更答え難くなるな。質問を変えてくれ」

 ガブリエルが、ぐっと唇を引き結ぶ。先程まで緩やかに結んでいた指先は、強く祈りの形で組まれている。

「…殿下は、閣下の言う“白百合”の意味をご存知ですか」

「君の本題はそれか?」

 ゆったりとひと呼吸分の沈黙の後、ガブリエルは「はい」と首肯した。

「閣下は私を名で呼ぶより白百合と呼ぶ事を好みます。単純に、清廉潔白でいるようにという戒めと今までは考えていたのですが、それをジェラード殿下に対して挑発のように使う事にはやや違和感があります。もしや、別に何か意味があり、ジェラード殿下はそれをご存知なのではないですか?」

 くっ、と喉から短い嗤いが漏れてしまったのを、隣席にちらりと視線を流してから咳払いで誤魔化す。

 なるほど。あの時ガブリエルを白百合と称したのは、少なくとも俺への一時的な当て付けでは無いという事か。
 ともすると、あの女狐は自身の娘をエゼキエルに仕立て上げたいのか。だとすれば心底愚かな事だ。手垢のついた膳立てがある時点で、エゼキエルとはかけ離れている。

 俺は善人ぶった微笑みを貼り付け直す。

「白百合は、フローレス公が理想とする聖人の暗喩だ。かつて実在した国教会に帰依する神官の異名だったが、彼はもう亡くなっている」

「…その方のお名前をお伺いしてよろしいですか?」

「エゼキエル特別位神官。300年前の国教会の高位神官だ。彼の為人を知る人間等ひと握りなのだろう」

「ジェラード殿下は、そのひと握りのうちのお一人なのですね」

 王族の俺が、遥か過去の神官を訳知り顔で語る事にガブリエルは幾分不思議そうにしたが、俺は善人の顔を崩さず頷く。

「かの高位神官は素晴らしく人心を集めるに長けた人だった。フローレス公は、彼に心酔している。その自身の理想を守る為なら、どんなに手を汚してもいいと思うほどに」

 わざと後半は声を落とし含みを持たせると、ガブリエルは声は出さずに小さく息を飲んだ。

「やはり、閣下は恐ろしい人なのでしょうね」

「そう思うか?」

「…昔から、何を考えているかよくわからない人でした。とても浮世離れしていて、自身にも他人にも厳しい人、だと思います。私は、あの人に褒められた事も慰められた事も無いのです」

「だから、君は怯えているのか?」

 そこで初めて、自身が実母に恐怖していた事を自覚したらしい。ガブリエルは一瞬瞠目したが、すぐに納得したように顎を引いた。

「そう、ですね。私、きっと怖いんですよね」

「…フローレス公が本当に白百合の人を君に重ね、望んでいるのであれば、それは狂っているとしか思えない。かの聖人は若くして教信者によって殺されている。実の娘に望むような理想像では無いだろう」

 ガブリエルの組まれた指先が微かに震える。

 俺は丹念に偽装した憐憫の表情をして、峻峭な言葉をガブリエルに塗り付ける。さあ、母を疑え。

「ガブリエル嬢、君本人が一番わかっている事だろうが、君がフローレス公の思う通りに生きなければいけない道理等無い」

 案の定ガブリエルは驚くでも狼狽えるでもなく、神妙な顔で小さく頷いた。

 事実、ローレルから離れる方が、ガブリエルは幸せに生きられるだろう。ただし、その欠けた心の拠り所を、俺の白百合に求める事は絶対に許さないが。

「豊饒祭が終わるまでは切りようのない縁だ。俺も力及ぶ限り君のそばについて案じよう」

 他者への愛情など無くても、慈愛に満ちたふりは容易い。悪意など一欠片も無い聖人のように微笑んで見せれば、ガブリエルはほっとしたように笑い返した。

「ありがとうございます。“母”とは距離を置いて、一人でよく考えてみようと思います」

 淑女らしい優雅な所作で、暇の一礼をして踵を返そうとしたガブリエルが、ふと足を止める。

「どうした」

 善人の皮を貼り付けたまま言葉を待つ。
 僅かに逡巡したのが見て取れたが、ガブリエルは言葉を飲み込む事はしなかった。

「閣下は『白百合は渡さない』と、さも殿下も白百合の方を求めていらっしゃるように言いました。ジェラード殿下にとっても、エゼキエル様は特別な存在だという事なのでしょうか」

 口の端が本性を出して持ち上がってしまいそうになる。ああ、面白い。そして、残念だ。あの愚かな女狐の娘なのに察しが良いじゃないか。

「エゼキエルを特別としていたのは過去の私だ。今の私には、より守らなければいけないものがある」

 まるで良き為政者を連想させるような言葉選びで装いながら、脳裏に浮かぶのは当然、仁君が持つべきで無い独占欲の矛先だ。











 ガブリエルが生徒会室を出ていくのを自席から見送り、ただじっと耳を澄ます。ゆとりを持って十数える程の間を置いて、生徒会室の扉が小さく五回叩かれる。“正しく客が立ち去り、通常の警備に戻る”という護衛騎士からの合図だ。
 それを確認してから俺は口を開いた。

「嘘はあったか?」

 俺の隣席、本来副会長が座す席の下から、その座しているべき副会長が這い出してくる。何とも滑稽だ。

「ホント、ジェラードは人使い荒いよねえ。普通こんなとこに侯爵家の人間押し込める?俺の価値ちゃんとわかってるう?」

「それがお前の仕事だろう」

「そうなんだけどさあー。本当にヤバい上司に捕まっちゃったよねえ俺ー」

 アレクスは膝を叩き、手を叩き、一度全身で伸びをしてから制服を整える。

「別の雇い主を探すか?俺の所以上に報酬の良い職場はないだろうがな」

 どんなにアレクスの“虚辞破りの魔法術”が希少でも、第一王子直属より好待遇を用意できる人間はまずいない。

「報酬どうこうよりさ~、離職したらジェラードに消されそうで怖いな~。お前の魔法術なら証拠残さず人殺せるもんねえ」

「ん。さあな」

 可能不可能で言えば可能だが、まだ実際に人を殺してはいない。断定するな。
 そんな事より報告をしろ、と促す。

「あーね。えーと、想像通り終始発言に嘘無し。十中八九、ガブリエルちゃんは見た目通りの心優しい子鹿ちゃんだあね」

 アレクスが高い適性を持つ虚辞破りは、“言葉の嘘の有無を見抜ける”極々稀有な魔法術だ。敵が多い、王族や高位貴族にとっては垂涎の的だが、そのアレクスの能力の存在を知っているのは、俺とアレクス本人のみだ。

 想定通りの報告に、僅かに顎を下げて首肯する。あの無垢で聡明なトマスが進んでそばに置いている人間だ。女狐の悪意ある手先ではないだろうとは思っていた。
 ただ、善良だからこそトマスのそばから容易く排除できないのだが。

「ジェラードは、言葉に嘘はなくても態度は嘘だらけだよねえ」

 ふすふすと笑う声がうざったい。俺の態度に真意が篭っているかどうかまでわかるのは、単にアレクスが昔馴染みだからだ。

「実母と俺の発言に相違があれば、俺への信用が揺らぐだろう」

 可能な限り、ガブリエルはこちらに引き入れるべきだ。

「さっきの雰囲気ならガブちゃんは公爵家から多少は離れそうだけど、ガブちゃんとトマスくんが仲良しなのは変わらないし、ローレルおばちゃんからトマスくんを隠し通すのは難しくなーい?」

「俺が直接ガブリエル嬢を見張ってトマスから引き離す」

「わぁーお。すっげ力技だね。でもそんなのずっとしてらんなくない?ガブちゃんに引っ付いてたらトマスくんとデートできなくない?お前のちんこもつ?まさかガブちゃんと浮気するとか言わないよね?」

「そういう体になる事も仕方が無い」

「は!?」

「手段の一つだ」

「え!……えっ!?うー浮気はダメだよお。俺トマスくんが泣くのもジェラードが不潔男になるのも嫌だよおお」

 俺がトマス以外の人間を抱くわけがないだろう。触れる者がトマスでなければ、性行為等結局は虚しいものでしか無い。

「フローレス公はどうやら、ガブリエル嬢をエゼキエルの代替になり得る存在だと俺に認めさせたいらしい。ただ、認めさせた上でフローレス公がどうしたいのか、真意は不明瞭だ。ひとまずはトマスに目を向けさせない為にガブリエル嬢と親密を装うつもりだ」

 うっとおしく狼狽えていたアレクスが、得心がいったという顔で手を打った。

 こいつは俺の前世の話をひと通り把握している。ミラードとしての記憶の話に嘘が無い事を、唯一アレクスは知れるからだ。ただし、言葉の嘘を見抜くだけのアレクスに、前世の存在が真実か、俺が信じ込んでいる妄想かの判別まではつかないだろうが。

「はーん。なーる。フリね、フリ。了解だよお。それならまあしゃーないかなー」

「ただ、俺がガブリエル嬢の頭を抑えてトマスを隠した所で、フローレス公の最終目的が見えない以上は飽くまで時間稼ぎでしか無い。手は考える」

「…面倒になって魔法術で暗殺しちゃったりしないよね?」

 答えず、俺は生徒会室を後にした。



――――――――――――――――――
その適性からアレクスはジェラードの窓口役です。
なのでトマスとの初見時もアレクスが対応しています。ジェラードが最初からトマスを「善良」だと判断しているのは、初見時にアレクスがトマスの献身に嘘が無い事を確認しているからです。
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