美丈夫から地味な俺に生まれ変わったけど、前世の恋人王子とまた恋に落ちる話

こぶじ

文字の大きさ
21 / 32

狂信者の回想と(ローレル視点)

しおりを挟む
 “あの方”の事を思い出したのは、娘が九つの頃だった。

 娘のガブリエルは、私によく似て美しい子供だ。しかし、引っ込み思案で自身の考えを口にしない、鈍臭い子だった。それが、ずっと許せなかった。
 娘が乳飲み子のうちはよかった。ただ単純に子の成長を喜べた。それが、三歳、四歳と子自身の性格が顕著に現れ出すと、私の中で言い知れない不満が膨らむようになった。そこから、私は娘の躾に心血を注いだ。

 私の中に、明確な“理想”があった。最初は具体像の無い靄がかった、しかしながら後光差すような神々しい何かだった。それがあの方をはっきり形作るようになったのは唐突であった。


 エゼキエル特別位神官
 彼の記憶を取り戻した瞬間、今の私の存在意義を直ぐ様理解した。

 “現代に、かの素晴らしき白百合の聖人を取り戻さなくてはいけない”

 ともすれば、白百合の名を継ぐに相応しいのは、我が血を分けたガブリエル以外にいない。見目こそエゼキエル様により近いのは私自身だが、それはきっと私の使命を示す標なのだろう。第一、私は子を成してしまっており肉欲を知っている。それでは清らかなる聖人足り得ない。

 白百合の聖人を成す為の教育は、試行錯誤の連続だったが、得も言われぬ充足感があった。白百合の聖人が顕現すれば、また幾万もの民が癒しと救いを得るだろう。そして、私は聖母となるのだ。

 この使命に一生を賭す事に、何も迷いなど無かった。例の存在に気付くまでは。


 かの者については、立太子されていない年若い第一王子、という認識しかなかった。
 国王は力添えくださる存在なので懇意にしていたが、その息子とは接点も興味もなかった。学生の身分の王族に何が出来るわけでもない。
 その無力の少年王族を、王城内で偶然にも見留めた。いや、正確には第一王子と知った上で目を留めた訳ではなかった。



 憎き獣のような王弟と、瓜二つだったからだ。



 ジェラードの相貌を認識したあの時、瞬時に感じたのは、白百合であるガブリエルを誑かされるのでは、という恐怖だった。第一王子はガブリエルと同じ学院に在籍しているのではなかったか。アシュリーの失敗を繰り返してはいけない。
 ただ幸運な事に、アシュリーの時とは立ち場が違う。“白百合は私の庇護下にあり、白百合と王子は恋仲ではない”という事。
 ガブリエルとジェラード第一王子を親密な仲にしてはいけない。そう。それで一番の不安の種が潰える。それは、わかり切ったことだ。


 しかしながら、胸中にどうしても消せない疑念がある。
 私がかつてアシュリー・フローレスだったように、もしジェラードがかの王弟ミラードの生まれ変わりなのだとしたら、“エゼキエルの魂と記憶も現代にもあるのではないか”と。
 そして、その懸念と共に降って湧いてしまった“ある甘い期待”を諦め切れずに、私はガブリエルとジェラードを引き合わせる算段を整え始めた。


 “エゼキエルの記憶が、ガブリエルの中で眠っているのではないか”、という期待の為だ。



 もし、現代にエゼキエルの魂があるとして、それはもしかすれば私の知り得ない幾つも国境を越えた先にあるのかもしれない。ただ、私の魂が同じ国どころか、前世と同家の下に遣わされた事を思えば、エゼキエルの魂がこの国内、それどころかこの王都内にある可能性は十二分にあるのではないか。
 そして、エゼキエルの崇高なる魂が宿る、美しき肉体など、この国内の貴族の中で一番の麗しき華である我が娘以外にあり得ないだろう。

 エゼキエルとしての明敏な頭脳と高雅な人格の記憶を得れば、きっとガブリエルはその瞬間に他の追随を許さない厳然たる至高の聖人として完成される。
 私の心はひどく躍った。

 そして、娘の中にあるエゼキエルの魂を揺り起こすには、不本意ながら、ミラードの存在が最も効果的なのではないかと考えた。
 飽くまでそっと揺らす程度にしたい。とは言え、もしエゼキエルの魂をミラードの魂が堕落に引き込まんとしても、ガブリエルを奪われないだけの権力と、母親としての権利が私にはある。300年前のように、愚かな不義密通を断ち切らせる為に、息の根まで止める必要はないのだ。



 豊饒祭の協議の場でガブリエルと相対したジェラードは、私への品のない威嚇もさる事ながら、案の定、ガブリエルを欲し囲いこまんと動き出した。それによって、ジェラードの内に、かつての王弟ミラードの記憶を内在している事がはっきりした。

 ガブリエルを籠絡せんと、常にそばに置こうとするジェラードを私は心底嫌悪した。だが、それはエゼキエルの魂がガブリエルの中にあると、ジェラードも感じたが故の行動であろう事は明白だ。
 ガブリエルの聖人としての大成を目前に見て、私は陶酔した。

 しかし、もちろんガブリエルとジェラードを汚らわしい関係になどさせはしない。国王という最大のコネを使い、第一王子付きの護衛をこちらの監視の目に一新させた。ガブリエルの身を守る事が最重要だが、ジェラードとその側近の侯爵子息に不審な動きがないか、交友関係も合わせて事細かに監視役から私に直接報告させるようにした。人を挟めば挟む程、信用性も秘匿性が落ちるからだ。










「フローレス公爵閣下、こちらにお掛けになってお待ちくださいませ」

 順風満帆。何も怯える必要などない。そのはずなのに、どうにも胸に暗雲が立ち込める。

 王城内の応接室に通され、促されるままに豪奢なソファに腰を落ち着ける。

 本来は登城などしたくはなかった。
 ここひと月程延々と、ジェラードから面会の要請が様々な手立てを用いて届けられていた。しかし、それにこちらが色好い返事をしたことは一度としてない。護衛からジェラードの様子は逐一報告を上げさせているから、こちらとしては直接会って探らねばならない事などひとつもない。獰猛な獣に噛み殺されにわざわざ出向いてやる義理などないのだ。

 今日私がここにいるのは、ヴィンセント現国王からの召喚要請の勅書を戴いてしまったからだ。勅書にはご丁寧に「ガブリエルに関する用件」などと存分に含みを持たせた事が書かれていた。
 概ねジェラードの差金と考えて間違いないだろう。それは重々承知しているが、正式な国王からの召喚を無視する理由を取り繕うにも骨が折れる。幸いなことに、従兄弟である現国王は私を目にかけている。ジェラードが何を画策し、国王に何を吹き込もうと、公爵家当主である私から国王に正しく直訴すれば、少なくとも力負けするような事には決してならない。
 そういった打算もあり、私は今回の召喚に素直に応じたのだ。



 毒見を済ませた紅茶に口をつけると、応接室の扉が小気味良い音を発する。謁見の間へ案内する侍従が来たのだろうと、扉へ向かって入室許可の声をかけ腰を上げる。
 しかし、私の予想に反し、重厚な扉を開けゆったりと中に入ってきたのは憎き王弟の生き写しだった。

「フローレス公、足労感謝する」

 無駄に優雅な所作で向かいのソファに腰かけるジェラードを、悪感情のまま睨めつける。

「国王は所用でまだ体が空かない。俺が歓待役を仰せつかった。しばし有益な話でもしよう」

「ご冗談を。私にとって有益なお話を、殿下がなされるとは思えませんわ」

 ジェラードは嫌味には応えずに、国王によく似た王子らしい笑みで私に着席を促した。前世で殺し合った同士が茶菓子を挟んで対座するなど何とも滑稽な光景だ。

 室内にいる護衛の顔ぶれをさり気なく確認する。応接室入り口に二人、私の背面側の壁に控える侍女と共にもう一人。そして、たった今ジェラードと共に入室し、その背後に立った者が一人。当然だが、ジェラード側に立つ護衛は私の手配した者なので良く見知っている。全員、公爵家への忠誠心の高い者たちばかりだ。
 万が一、ジェラードが私を殺そうとしても無駄であろう。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

転生悪役弟、元恋人の冷然騎士に激重執着されています

柚吉猫
BL
生前の記憶は彼にとって悪夢のようだった。 酷い別れ方を引きずったまま転生した先は悪役令嬢がヒロインの乙女ゲームの世界だった。 性悪聖ヒロインの弟に生まれ変わって、過去の呪縛から逃れようと必死に生きてきた。 そんな彼の前に現れた竜王の化身である騎士団長。 離れたいのに、皆に愛されている騎士様は離してくれない。 姿形が違っても、魂でお互いは繋がっている。 冷然竜王騎士団長×過去の呪縛を背負う悪役弟 今度こそ、本当の恋をしよう。

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

平凡な僕が優しい彼氏と別れる方法

あと
BL
「よし!別れよう!」 元遊び人の現爽やか風受けには激重執着男×ちょっとネガティブな鈍感天然アホの子 昔チャラかった癖に手を出してくれない攻めに憤った受けが、もしかしたら他に好きな人がいる!?と思い込み、別れようとする……?みたいな話です。 攻めの女性関係匂わせや攻めフェラがあり、苦手な人はブラウザバックで。    ……これはメンヘラなのではないか?という説もあります。 pixivでも投稿しています。 攻め:九條隼人 受け:田辺光希 友人:石川優希 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 また、内容もサイレント修正する時もあります。 定期的にタグ整理します。ご了承ください。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。

冷淡彼氏に別れを告げたら溺愛モードに突入しました

ミヅハ
BL
1年前、困っていたところを助けてくれた人に一目惚れした陽依(ひより)は、アタックの甲斐あって恩人―斗希(とき)と付き合える事に。 だけど変わらず片思いであり、ただ〝恋人〟という肩書きがあるだけの関係を最初は受け入れていた陽依だったが、1年経っても変わらない事にそろそろ先を考えるべきかと思い悩む。 その矢先にとある光景を目撃した陽依は、このまま付き合っていくべきではないと覚悟を決めて別れとも取れるメッセージを送ったのだが、斗希が訪れ⋯。 イケメンクールな年下溺愛攻×健気な年上受 ※印は性的描写あり

前世で恋人だった騎士様の愛がこんなに重いなんて知りませんでした

よしゆき
BL
前世で恋人だった相手を現世で見つける。しかし前世では女だったが、男に生まれ変わってしまった。平凡な自分では釣り合わない。前世はただの思い出として、諦めようとするけれど……。

【本編完結】黒歴史の初恋から逃げられない

ゆきりんご
BL
同性の幼馴染である美也に「僕とケッコンしよう」と告げた過去を持つ志悠。しかし小学生の時に「男が男を好きになるなんておかしい」と言われ、いじめにあう。美也に迷惑をかけないように距離を置くことにした。高校は別々になるように家から離れたところを選んだが、同じ高校に進学してしまった。それでもどうにか距離を置こうとする志悠だったが、美也の所属するバレーボール部のマネージャーになってしまう。 部員とマネージャーの、すれ違いじれじれラブ。

魔力ゼロの無能オメガのはずが嫁ぎ先の氷狼騎士団長に執着溺愛されて逃げられません!

松原硝子
BL
これは魔法とバース性のある異世界でのおはなし――。 15歳の魔力&バース判定で、神官から「魔力のほとんどないオメガ」と言い渡されたエリス・ラムズデール。 その途端、それまで可愛がってくれた両親や兄弟から「無能」「家の恥」と罵られて使用人のように扱われ、虐げられる生活を送ることに。 そんな中、エリスが21歳を迎える年に隣国の軍事大国ベリンガム帝国のヴァンダービルト公爵家の令息とアイルズベリー王国のラムズデール家の婚姻の話が持ち上がる。 だがヴァンダービルト公爵家の令息レヴィはベリンガム帝国の軍事のトップにしてその冷酷さと恐ろしいほどの頭脳から常勝の氷の狼と恐れられる騎士団長。しかもレヴィは戦場や公的な場でも常に顔をマスクで覆っているため、「傷で顔が崩れている」「二目と見ることができないほど醜い」という恐ろしい噂の持ち主だった。 そんな恐ろしい相手に子どもを嫁がせるわけにはいかない。ラムズデール公爵夫妻は無能のオメガであるエリスを差し出すことに決める。 「自分の使い道があるなら嬉しい」と考え、婚姻を大人しく受け入れたエリスだが、ベリンガム帝国へ嫁ぐ1週間前に階段から転げ落ち、前世――23年前に大陸の大戦で命を落とした帝国の第五王子、アラン・ベリンガムとしての記憶――を取り戻す。 前世では戦いに明け暮れ、今世では虐げられて生きてきたエリスは前世の祖国で平和でのんびりした幸せな人生を手に入れることを目標にする。 だが結婚相手のレヴィには驚きの秘密があった――!? 「きみとの結婚は数年で解消する。俺には心に決めた人がいるから」 初めて顔を合わせた日にレヴィにそう言い渡されたエリスは彼の「心に決めた人」を知り、自分の正体を知られてはいけないと誓うのだが……!? 銀髪×碧眼(33歳)の超絶美形の執着騎士団長に気が強いけど鈍感なピンク髪×蜂蜜色の目(20歳)が執着されて溺愛されるお話です。

処理中です...