美丈夫から地味な俺に生まれ変わったけど、前世の恋人王子とまた恋に落ちる話

こぶじ

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愛されている証明

 豊饒祭の日は、孤児仲間と朝から商店や屋台の手伝いをして、合間に花撒きに参加するのがここ数年の通例だった。今年はジェラード殿下の勇姿を見るつもりで、手伝いの予定は入れていなかった。
 そこに、殿下から席を用意するから近くで見守ってほしいと誘われ、応じてみれば婚約者として王族の末席を準備されていた。婚約者として扱われる事に身構えていなかったので、聞いた時は怯んでしまったが、王族と席を並べるということは「国王陛下妃殿と第一王子の婚約者の友好関係」の国民へのアピールになる。殿下を取り巻く不快な噂が、一つでも減ってくれるのであれば断る理由など無い。


 ジェラード殿下の婚約者の詳細を、一切公表しない事が王家を巻き込んで決定されたのは、殿下自身からの強い要望があっての事だ。婚約者を秘す事で最も風当たりが強くなるのは殿下自身であるにも関わらず、「トマスを傷付けられたく無い」という一点のみの理由で殿下は国王陛下や王妃殿下、臣下の方々全てを丸め込んだのだ。事後報告で聞いた俺としては、殿下の気持ちは嬉しい反面、殿下が好き勝手言われる事に対して腹立たしい気持ちもある。

 元々、俺との婚約も廃嫡の話も、殿下が国王陛下を脅すように力技で認めさせたものらしい。
 殿下とガブリエルの婚約の噂が学院内で過熱していた頃、国王陛下の独断で殿下に就けた護衛騎士が謀反を起こし、殿下の殺害を企てたのだという。陛下はその時の負い目から、殿下の無理難題を突っぱねる事が出来ないようだ。事実として、殿下は場所が悪ければ死んでいたような大怪我をしたのだ。謝罪の言葉だけで償う事は、陛下の気持ちとしても足りないだろう。

 正直、殿下の腹部の傷を見た時は血の気が引いたが、それが無ければ殿下と婚約など叶わなかったのだと思うと非常に複雑な気持ちにさせられる。
 今はただ、殿下を失う事にならなくて本当に良かったと思う。





 客室の扉が小さく二つ叩かれた。「はい」と返事をすると、確かにベールから術式の気配がして、アレクス先輩が言っていた通り自分の声が低くたおやかな女声のように聞こえた。

「婚約者様、ジェラード殿下がお呼びでございます」

「……」

 扉を開けると、下働きの清潔なお仕着せを着た華奢な少女がひとり立っていた。

「どちらへ行けば良いでしょうか」

「どうぞ、こちらへ」

 涼やかな声に従って辿り着いた先は、王城裏手の豪奢な庭園がよく見える広々とした一室で、調度品から見るに応接室のようだった。
 促されて俺が座面柔らかなソファに腰を下ろすと、その直後に扉から施錠らしき金属音が聞こえた。微かに魔法術の名残の煌めきが扉付近に散って見えたので、簡易な物体操作をしたのだろう。

 王族の婚約者を閉じ込めるとは、なかなか外聞の悪い事をするものだ。

「私に、何かお話があるのでしょうか?もしくは殿下への取り成しをご希望ですか?すでに貴女は殿下とは縁が無いものと、殿下が直接お父上に縁談をお断りされていたかと存じます」

 俺が棘を隠さずに問うと、お仕着せを着た少女の体が強張ったのがはっきりとわかった。“身分を偽って王子の婚約者を連れ出した事”に対して、弁明の一つでもされるかと思ったが、少女はただゆったりと首を横に振った。

「お聞きしたい事があります」

 若草を思わせる、涼やかですんなりした形良い一重の目が、真っ直ぐに俺を見た。少し潤んだそれは、毒心を抱えているようには見えない。

「伺いましょう」

 俺が声色を穏やかにすると、少女はほう、と息を吐いた。逃がした空気をもう一度取り込むように、一拍置いてから少女は口を開いた。

「貴女とジェラード殿下との婚約は、政略結婚なのでしょうか?」

「どういった意味でしょう?」

「ジェラード殿下を王にしない為に、貴女は殿下と結婚するのではないですか?」

 少女の表情はとても必死で、この問いが切実である事を示していた。
 廃嫡の為の政略婚約なんて言う無意味で無茶なものを疑うなど、荒唐無稽な子供の空想レベルだ。その必死さと幼い思慮は微笑ましくすら思えて、声に笑みが混じってしまう。

「私達の婚約に様々な憶測が成されてしまっている事は承知しております。ただ、この婚約に政治的な策略は微塵もございません」

「…殿下は、この婚約を望んでいらっしゃるのですか?」

「はい」

「殿下は幸せになれますか?」

 恋する乙女はどうやら、恋い焦がれる王子様の幸せの確証が欲しいらしい。いじらしいじゃないか。

「可愛らしい貴女にだけ、少しお話させて頂きますと、市井の方々のご想像の通り、私には何の後ろ盾もございません。政に何の利も齎さないどころか、表されているように私は子を成せません。王族の婚約者として決して望まれない人間なのです。それでも、殿下は一も二もなく王位を捨てて私との婚姻を望んだのです。どういう意味かおわかりですか?」

「……殿下にとっては、貴女にはそれだけの価値があると、いうことですか?」

 訝しげな表情をする少女に、俺は大きく頷いて見せる。

「殿下を幸せにできるとすれば、私だけだろうという事です」

 胸を張った俺に、少女は少し淋しげな顔をしたが「どうか殿下をお願い致します」と頭を垂れた。


「私はそろそろお暇致します。メイリーン様も早く召し換えた方が宜しいかと思います。そのような身に合わないものを召した姿を見られては、ガルシア大臣閣下に不要な心配をさせるのでないですか?」

 立ち上がりながら俺が指摘すると、少女は気まず気に顔を顰めた。

「私を不敬に問われますか?」

 力無く俯くメイリーンに、以前学院で見せた不遜さは見られず何だか物足りない。彼女のような子は、いつでも勝ち気でいてもらって一向に構わないし、それを彼女の魅力だと感じる人は少なくないはずだ。

「何を仰っているのか判り兼ねます。何故友人とおしゃべりしていただけで不敬に問われるのでしょうか」

 事を荒立てない為とはいえ、このしらばっくれぶりは気障過ぎたな、と気恥ずかしさに小さく笑いがもれてしまう。
 笑いを声に乗せたまま「では、失礼致します」と応接室を出ようとすると、意外にもメイリーンは俺を呼び止めた。

「あの、こんな事申し上げると、気分を害されるかもしれないのですが…」

「構いませんよ」

 今更気後れして言い淀んだ伯爵令嬢を、なるたけ優しく促す。

「私のように、殿下と貴女に、くだらないお節介事を考えてる女は、それはもうたくさんおりますわ。ですから、そんな私たちに、どうか、思い知らせてください。婚約者様には誰も敵わないんだって。殿下が幸せだって事、誰が見ても疑えないように、たくさん殿下を愛してくださいませ」

 拙い激励の言葉に頬が緩む。
 殿下と俺が様々な下世話な話の種にされているのは重々承知している。それは率直な揶揄の形をしている事もあるし、同情や憐憫の体を取っている事もある。それらを全て躱す事は出来ないし、躱すべきでは無いとも思っている。
 正直、腹底に嫌な感情の澱が溜まる事も多い。それでも、俺はこうして時折もらえるささやかな優しい言葉を支えに、この場に立つと覚悟を決めたのだ。何があっても、もう殿下の元から離れる事はしない。愛し愛されている証明として。

「メイリーン様のご指摘、常に心に留めます。また、おしゃべりしましょうね」





 先程の客室に戻ると、すでに迎えに来ていたアレクス侯爵家の使用人が、俺の不在に血の気無くあたふたしていて大変申し訳無かった。もう少し遅ければ、アレクス先輩に緊急の伝達が行ってしまうところだったようだ。考えるだに恐ろしいが、殿下がすっ飛んで来るような事態にはならなくて本当に良かった。
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