美丈夫から地味な俺に生まれ変わったけど、前世の恋人王子とまた恋に落ちる話

こぶじ

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幸せ【本編完結】

 ジェラード殿下とガブリエルの祝詞上げは、二人の見目の麗しさも手伝って大変荘厳で素晴らしかった。毎年聞き慣れ耳馴染んだ経典の文言のはずなのに、殿下の口から聞くと新鮮に感じるのだから凄いものだ。当然、惚れた欲目も大いにあると自覚している。


 壇上から辞したジェラード殿下はガブリエルと共に一時城内に下がったが、すぐに侍従を引き連れ王族席にいらした。自国の高位軍人用礼服を基調とした漆黒の衣装には、光を受けると銀に輝く濃灰色の豪勢な刺繍が施されている。壇上から見える分には黒地に銀糸装飾の衣装だと思っていたが、これはもしかしなくともあれか。俺の目か。自分の衣装を見た時点で予想はしていた事だが、恥ずかしいものは恥ずかしい。ベールを被っていて良かった。今、たぶん俺の顔は赤くなっている。

「ああ、俺の白百合は本当に愛らしいな」

 ご自身の実両親もいる目の前にも関わらず、殿下の第一声がこれなのだからもう俺としてはとんでもなく居た堪れない。

「殿下、お役目お疲れ様でした。とても素晴らしかったです」

 俺は自席から立ち上がり、殿下をさり気なく王子たちの席へ促す。まだ妃でなく飽くまで婚約者である俺の席は王族席の最後段の端にあり、第一王子であるジェラード殿下に用意された上席とは少しばかり離れている。最初に席次を見た時点で「これは絶対に殿下が嫌がるな」とわかってはいた。しかし、顔合わせすら忙しなく済ませたような異端の婚約者にも関わらず、優しく丁重に扱ってくださる国王陛下や王妃殿下に、わざわざお宅の息子さんが駄々捏ねますよ、なんて奏じる度胸は俺にはなかった。

「式典も間もなく終わりますので、一度お席にお掛けください。終わりましたらすぐ御元に参ります。殿下のお時間が許すようでしたら、式典の後どこへでも存分にお供致します」

 耳当りの良い事だけを言い含めて宥めつつ、何とか席に誘導しようとするが、殿下の足がその場から微塵も動かない。本人に動く意志が無ければ、歴然とした体格差があり膂力不足の俺がり多少押し引きしたくらいでは動かせるわけもない。
 王族席でそんなやり取りをしていれば、周囲から幾分かの視線が集まる。俺の羞恥と焦りばかりが増していく。

 殿下が微笑ましいものを見るかのように、ベール越しに俺を見た。厚手のベールはこれも術式の効果なのだろうが、俺の方からはよく周りが見えるが、外からは俺の顔は全く見えない。しかし、殿下はそれを物ともせず俺の表情を全て捉えているような気がしてならない。

「忌々しく面倒な役目も不足無く終えた。今日はもう君から一時も離れるつもりは無い」

 とろりと瞳を溶かした殿下は、子供を抱えあげるように容易く俺を横抱きにし、そのまま軽々と自席に進み腰を下ろした。
 冷や汗をかく俺を尻目に、殿下は「こちらの方が見晴らしが良いだろう」と上機嫌だ。見晴らしが良いのは、ここが王族席の最前列だからだ。隣の席は国王陛下と第二王子殿下だし、会場のあらゆる場所からここはよく見えるだろうし、こんな場所でいちゃつける殿下の神経が図太過ぎる。もしや殿下は俺を慚死させる気なのだろうか。殿下に殺されるのは構わないが、その死因は嫌だ。

 ジェラード殿下の奇行を目の当たりにしても、隣席の国王陛下たちは控えめな笑みを向けてくる程度で、特段非難めいたものが無くて逆に恐ろしい。国民の目がある場では大きな反応が出来ないという事なのだろうか。それでも、恥知らずなカップルだな、くらいの事は当然思っているだろう。後で呼び出されて王家の品位について説教されたりするんだろうか。
 内心肝を冷やしつつ、だからと言ってこんな衆目の場で暴れて痴話喧嘩の真似事をすれば、更なる恥の上塗りだ。どうせ殿下に腕力で敵わないのだ。せめてなるべく目立たないように、なんて事無いような素振りで小さくなってやり過ごす事を決めた。

「君から誘ってくれるとは思わなかった。何処へでも俺の望むままについて来てくれるのだろう?あまりに可愛らしくて、俺の理性を試しているのかと思った」

 殿下はそれはもう楽しそうに微笑みながら、ベール越しに俺の頭に恭しく口付ける。そのまま流れるように耳元に唇を寄せ「今宵帰すつもりはない」と甘ったるく囁く。まだ昼前です気が早いです。顔面が熱い。殿下がエロくてつらい。
 今できる全力の目力で睨むと、「怒った顔も可愛い」と、ふふ、と殿下が笑う。やはり殿下にはベール越しでも俺の顔が見えている、と思う。

 俺の太腿の上に置かれた殿下の手が、指先で何かをなぞるように意味深に小さく動いた。ひと呼吸分考えて、それが例のガーターベルトの先端金具をゆっくり撫でているのだと気付いて焦る。このままでは、夜を待たずに王宮の殿下の私室に連れ込まれるだろう。

「ねえ、殿下。私、食べたい屋台飯がいっぱいあるんです。私の行きたいところも一緒に来てくれますか?」

 殿下の優しさに賭けて切実にじっと見つめると、殿下が短く唸った。そのまま「お願いです」と更に懇願すると、太腿の上の指先が止まり、殿下が諦めの溜息を吐いた。

「……君は時々恐ろしく魔性だな。おねだりも愛らしくて困る」

 どうやら俺の要望を飲んでくれるらしく、俺はほっと胸を撫で下ろす。
 殿下は何だかんだ俺に甘い。その優しさに愛おしさが溢れて思わず殿下に身をもたせ掛けると、不服そうな唸り声が上がって少し笑ってしまった。

「ほら、殿下。花撒きが始まりますよ」

「…一晩で済むと思うな」

 低い低い声で呟かれた不穏な言葉に、今は反応を返す方が良くない気がして聞こえない振りをした。



 壇上のウィンストン先生が、開祭の前表である花撒きの号令を出した。途端に、広く鮮やかな青空に柔らかな風が吹いて、会場である王城の前庭の全体に様々な大きさ、色の花々が舞い落ちる。魔法術で運ばれたこの花たちは、連鎖するように王都全体に降り注ぐのだ。国民たちは手ずから花を撒いたり、魔法術が得意な者たちは舞い落ちて来たものを更に巻き上げたりと、親兄弟子友人恋人隣人他人様々な人と花を交わし合う。花束を贈り合い、花舞う中で口付け合い、花に大切な人の無事を願う。

 特等席から見る、花々に喜び笑う人たちの姿は妙に胸を打つものがある。世界が誰にとっても、常にこんなに美しければいい。

「俺の白百合」

 夏空から舞い落ちる花を見上げていた俺の視線を、愛おしい人の声が呼び戻す。
 殿下が空に軽く放った術式が魔法術の煌めく粒子を散らす。煌めきから一拍遅れて、俺たちの周りに大振りな純白の花びらが現れ、幾重にも広がる。羽根のようにふわりふわりと舞い降りてくるそれに、周囲から楽しげな感嘆の声が上がった。

「君だけが俺の幸せだ」

 とろりと微笑んだ殿下が、流れるような所作でベールの裾を払う。「いいか?」と甘やかに問われて、俺は音もなく「はい」と吐息で答えた。



 そっと口付け合って、無垢に幸せを交わす。



 過去も今も未来も、貴方と共に。
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