美丈夫から地味な俺に生まれ変わったけど、前世の恋人王子とまた恋に落ちる話

こぶじ

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【おまけ】1

 豊饒祭は商人たちによって、長年様々な見所やご利益を抱え込まされ、それが積み重なって集客力のある大きな祭りへと発展した。
 花撒き自体の人気も然る事ながら、花撒き後の、花々を屋根に乗せた町並みもまた、“花敷き”と呼ばれ豊饒祭の見所の一つとして広く観光客の人気を得ている。

「花敷きの城下を歩くのは久し振りだ。開祭の催事後はすぐに王城へ戻ってしまうからな」

「王族の方々は多忙ですからね」

 祭りが大きくなれば、自国民だけでなく国外からの賓客もやって来る。今年は王族こそ迎えていないが、貴族は外遊に来ていたかと思う。複数の外遊を受け入れれば当然、王族への謁見なども増えるものだが、今回ジェラード殿下は豊饒祭への参加を盾に、直近のものは全て不参加で押し通したのだそうだ。
 それを大きな悪戯に成功した子供のように、楽しそうに話す殿下は可愛い。格好良い上に可愛いなんて、俺の婚約者様は無敵だ。



 開祭の儀の後、てっきり王族のどなたかから王族に連なるにあたっての品位について、苦言の一つ二つあるものと思っていたがそんなものはなく、俺は見事に肩透かしを食らった。いっそ「うちの長男がごめんね」という旨の謝罪を国王陛下から直接頂くという希少な体験をした。
 つまりは特に王城に留め置かれる事もなく、開祭の儀から程なく、俺の希望通りに俺と殿下は城下に下りる事が出来た。


 今俺たちは「第一王子とその婚約者」という身分を隠して、豊饒祭の街歩きをしている。身分を隠して、なんて大仰に言っても、殿下はいつもの傭兵の装いの上で、顔貌に対する認識干渉の術式がかかった、ゆったりした口当て布を首に巻いているだけだ。実質一般人の俺に至っては、その横に普段着で並ぶだけでいい。

 祭りを見て回りたいという俺に始めこそ難色を示していた殿下だったが、町に降りてみれば殿下も幾分楽しそうだ。

「トマスは何が欲しいんだ」

「イカ焼きと蒸し栗饅頭と柑橘風味の揚げいもと肉巻き飯と、あとシルディばあちゃんのバターサンドクッキーを買いに行きます」

「食べ切れるか?」

「すぐ食べなきゃうまくないものは今食べますけど、すぐ食べなくてもうまいものは後で食べます。うまいものはうまいうちに食べなきゃダメです」

「さすがの食い意地だな」

 持ち帰るものを入れる保冷術式のかかった手提げ袋を取り出す俺を見て、ふふ、と殿下が笑う。

「呆れましたか?」

「いや。とんでもなく可愛い」

 殿下のとろりとした笑顔にときめいてしまう。この見慣れた表情が、俺にしか向けられないものである事を最近理解した。微笑まれる度に、幸せで胸がほわっと温かくなる。





 蒸し栗饅頭を四つ包んでもらい、手提げ袋に放り込んでいると、隣の店からやや苛立った店主の声が聞こえて何の気無しにそちらを見る。

「悪いがマローナなんてものはうちでは取り扱ってない。粘られても今日は繁忙だ。どうしたって探しようがない」

「申し訳ない。他の青果の店がどこか教えてもらえないか?」

「あーすまない。ここから遠いからすぐには説明できん。他所で聞いてもらってもいいか」

「わかった」

 傭兵、というには小綺麗なのでもしかすると騎士だろうか。祭りの中では珍しく、重そうな直剣を佩いている。殿下に並ぶくらいのすらりとした細身の長身、やや甘く整った顔立ちだが、黒髪黒目の地味な色味が目に優しい。ひとつ溜め息を吐き肩を落とすと、背を向けて歩いて行く。

「先輩、少しだけ別行動してもいいですか?すぐ戻ります」

「駄目だ。今は君も警護対象だと理解してくれ」

 殿下がちらりと目線を背後に流す。人混みしか見えないが、あの中に殿下の優秀な護衛騎士が数名混じっているらしい。

「…わかりました」

「俺も行こう。それなら構わない」

「…いいんですか?せっかくの祭りなんで先輩が行きたいところに行って来ていいんですよ?」

「君のそば以外にいたい場所等無い」

「うー、旦那様が男前過ぎて胸が苦しい」

「それは良かった」





 足早に追いかけ、人混みに消えかけていた背を捕まえると、黒髪黒目の男はきょとんとこちらを見返した。

「青果店は反対方向ですよ」

 その一言で合点がいったらしく、男は「ありがとう」と満面の笑みを浮かべた。どうやら人懐っこい性格のようだ。

「私はユーイン。迷惑ついでに詳しく案内してもらう事はできるかな?串焼きの一つでも奢るからさ」

 決して串焼きに釣られた訳では無いが、俺は二つ返事で引き受け名乗ると、殿下は表情無くジェッドと名乗った。平素の王族らしく誰にでも別け隔てなく優しい殿下も好きだが、人を寄せ付けないお忍びの雰囲気の今も何だかいいなと思う。

「ユーインさんはりんごを探してるんですか?」

「りんご?」

「さっき店主と話してるのが聞こえたんです。マローナってりんごの品種の名前ですよね。以前リーデン地方で作られてるのを見ました」

 確か、前の孤児院にいた時数回だけ隣国のリーデン領にあるりんご園に手伝いに行った事がある。そこで育てていた品種がマローナだった。

「ああ、そうか。確かにどう考えてもあれはりんごだろうな。我が主は正しくリーデンの領主で、いつもマローナとしか呼ばないのでそういう名の果実なのだとてっきり思い込んでいた」

 道慣れていないところから王都の人間ではないとは思っていたが、まさか隣国の貴族仕えの人間だったか。ジェラード殿下が本来の公務を行っていればそちらで見知る機会もあったかもしれない。そう思うと少し不思議な縁だ。

「りんごであれば、今の時期、市場では生のものはどこも取り扱いが難しいと思います。ただでさえマローナは王都だと俺は聞いたこと無いです。先輩は見たことあります?」

 王城でなら希少な輸入果実も取り寄せているかもしれないと思ったが、答えは否だった。

 目的を見失った俺たちは、市場に程近い噴水広場で足を止めた。広場には屋台がない代わりに、簡易長椅子がいくつも臨時設置されていて、飲食や休憩をする人で埋まり賑やかだ。

「この辺じゃ夏にりんごは出回らないか」

 ユーインさんは腰に両手を当てて、うーんと唸る。

「雇い主の方からのご要望ですか?」

「いや。主に伴って学遊にいらしたご子息が風邪を召して食欲が落ちてるんだ。坊っちゃんにマローナが食べたいと言われて探していたんだが、だいぶ見当違いだったな」

 ユーインさんは残念さを滲ませたが、すぐに「別の差し入れを考えるさ」と、にかっと気前良く笑った。
 そのまま別れても構わなかったが、病の子供の話を聞くと、このまま引くのは少しばかり後味が悪い。

「…あの、だいぶ物足りないかもしれませんが、ナツメなんていかがでしょう。熟した実はりんごっぽいですよ。旬の桃や葡萄と一緒に駄目元で差し入れてみませんか」

「そうだな。病人に屋台ものを差し入れるわけにもいかないし、果物を見繕うのが一番だよな。乗りかかった船だと思ってこのままトマスくんオススメの青果店を教えてくれるかな」

 笑顔眩しいユーインさんに頷いて、俺一番のお気に入り店に向かって歩き始める。

 指先を撫でられて振り向くと、殿下の元の顔とは違い、端正なのに少し凡庸な、派手さのない無表情と目が合う。視線を絡めたまま、俺の指を撫でた殿下の指を一瞬だけきゅっと握りすぐ離す。無表情が微かに柔らかく溶ける。大丈夫、ちゃんとこの後でたっぷりデートしましょう。



「トマスくんたちは学生さんかい?ここは魔法術の大きな学校があるよね」

「そうです。俺も先輩もそこの学生で、先輩はすごく優秀なんですよ」

「ジェッドくんは私と同じくらいの歳かと思っていたけど、まだ学生さんだったんだね。そのガタイなら今すぐにでも騎士として優秀に働けそうだ」

 殿下はちらりとユーインさんを見返したが、口を開くことなく軽い会釈だけ返した。特にユーインさんはそれに気分を害した様子もなく「ジェッドくんはクールでカッコいいなあ」なんて笑うので、俺は全力で同意した。

「ユーインさんはリーデンの方なんですよね?リーデンに住んでる人からするとここは暑くないですか?」

 簡易関所を挟んだ隣区であるオーランドトードも、リーデンと同じく寒冷地の為、冬の寒さは本当にこたえた。王都の孤児院に移った時はあまりの温暖な気候に驚いたし、凍え死ぬ心配が無くなった事が単純に嬉しかった。

「私がリーデンで今の騎士職に就いたのは一年程前でね。それまではずっとカナンダルという所に住んでいたんだ。ここと比べれば肌寒い土地だが、リーデン程雪は降らない」

「ユーインさんカナンダル出身なんですか?」

 懐かしい名を聞いて柄にもなく声が大きくなってしまった。すぐ気恥ずかしくなって苦笑いで誤魔化した。

「今は縁あってここにいますが、俺もカナンダル出身なんです。チビの時しかいなかったのであまり記憶はないですけどね」

「おお!そうなの?こんな所で同郷に偶然会うなんて奇跡みたいだなあ」

 俺に負けず声を張り上げたユーインさんは、おしゃべりな質を大いに発揮し、俺の相槌が追いつかない程に故郷の名産品の話から隣家のお婆さんの家出の話までを喋り倒した。
 それを聞いているうちに、小さい頃の記憶が少しだけふわりと蘇って、「父が外仕事でよく寒いってボヤくので、母はよく編み物をしていました。俺も、父とお揃いが欲しいってねだって、母を困らせてました」と何の脈絡もない事を口にしてしまったが、ユーインさんは「編み物上手なお母さん羨ましいなー」と気にした様子もなかった。

 ただ、横から伸びてきた殿下の指の背が、何かを確かめるように俺の目元を優しく撫でた。
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