優しい君を抱きたい

ツナコ

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 その後、既に夜の十時を回っていたが
蒼は泊まらずに自分の家へ帰った。
 帰る途中に朝陽からのメールに気づいた。 (もう帰った?友達大丈夫だった?)
と蒼を気遣う内容に、今日、自分のしたことを思うと、罪悪感でどう返せばいいか分からず、既読のままで眠れない夜を過ごした。
 次の日は寝不足のまま会社に行き、湊が昨日付けで退職となったこと、湊が犯罪を犯し自首したこと、会社の職務の中では罪を犯していないが、世論からこれから会社としての責任は問われ、厳しい状況となるだろうこと、だか会社は、これまでと変わらずお客さまファーストで取り組んでいくので、各自自分の行動を見直して頑張ろう、と社長からの説明があり、社内はどよめいた。
 蒼は湊と仲がよいと皆知っているので、根掘り葉掘り聞かれたが、全く知らなかったのみで通した。
 そしてPCに向かいながら、湊はあの後警察に行ったのか。
 1人で警察に向かっていく湊を考え、胸が痛んだが、同時に朝陽への返信をどうすればよいか思い悩んだ。

 やはり、黙っているわけにはいかない。正直にあった事を話し、許しを請うしかない。   
 もし、許してくれなければ…蒼の胸はずきんと痛んだが、自分のした事を思えば、どうしようもないだろう。
 そう心の整理をつけ、蒼は朝陽に話したい事があるので、今日会えないか、と返信をした。
 しばらくして、朝陽から今週は忙しいので、前に約束していた週末に会おうと返ってきた。
 うれしいような悲しいような複雑な気分だ。
 蒼は朝陽に何と言えば良いか、悶々としながら仕事をこなした。

翌日、湊の事件は新聞の片隅に小さく掲載され、ニュースでも流れる事はなく、会社も湊がいないだけで、ほぼ日常と変わらない。
 湊の密輸のような事件は、世の中で起きている事件に比べれば些細な事なのだろうか。 蒼はいつも通りに時が過ぎていくなか、湊のいない日々を戸惑いながら、週末まで過ごした。 
 いよいよ金曜の夜がやってきた。
 話もあるのでできれば家へ行きたいとメールすると、今日は朝陽の家ではなく、蒼の家に来ると言う。
 湊の広いマンションから、自分の家の狭い部屋を見られるのはなんだか恥ずかしいが、湊が来たいと言うのなら仕方ない。
 会社を定時で上がり、部屋を整頓しながら、まず朝陽に謝ろう、それからの事は後で考えようと、緊張しながら朝陽を待った。

 ほぼ約束の時間に、インターホンが鳴り、ドアを開けると、朝陽がにっこり笑って立っていた。
 今日も全身黒の春物ニットとテーパードパンツに、白のシャツを少し覗かせて、すっきりと格好良く着こなしている。

「湊、会いたかった」

 朝陽が玄関で蒼をぎゅっと抱きしめた。
 蒼は罪悪感から、少し身を固くしてしまう。
 朝陽はそれに気づかないように、

「中へ入っていい?」 

と促す。

「う、うん・・・」

 答えると、朝陽はさっさとリビングに入ってしまった。
 ワンルームのためナチュラルな色合いのベッドとソファ、テーブル、そしてテレビが一部屋におさまっていて、蒼には落ち着く空間だが、朝陽にとってはきっと狭いだろう。

「蒼らしい色合いで可愛い部屋だね」

 湊がにこにこしながら振り返る。
 何だろう、湊さん、少し様子がおかしいような…

「座ってて下さい。今、何か飲み物を…」

「飲み物より、蒼が欲しいな」

「え…」

 返事をする前に朝陽に肩を抱かれ2人でソファに座る。
 1.5人分くらいの広さしかないので、かなりくっつかないと座れない大きさだ。

「ちょ、ちょっと朝陽さん…」

 と慌てるが、朝陽は蒼の薄茶色の髪を撫でながら、蒼をじっと見つめキスをしようとする。
 だが蒼は、どうしてもその前に湊とのことを朝陽に言いたかった。

「朝陽さん、ちょっと待って。俺、朝陽さんに話したい事が…」

「嫌だ。聞きたくない」

「え…?」

朝陽は蒼から目を背け、

「お友達と…湊くんと…なんかあったんでしょ?」

「…っ?!」

「告られた?キスされた?
もしかして…抱かれた?」

「…っ!」

「俺と…別れるつもりだった?」

「…っ朝陽さ…」

 蒼は、朝陽の逞しい肩に触れ顔を見ようとして、驚いた。
 目に涙を浮かべていたのだ。
 あの、いつも余裕の笑顔でリードしてくれて、大勢の男たちも薙ぎ倒せる朝陽さんが。

「うわ…俺、カッコ悪い…、こんな顔見られて…、でも、蒼くん、何があったかなんて聞かない。
だから、何も言わないでよ…。
もし彼の方がいいと思ってても、俺と一緒にいて。
蒼くんのこと、大好きなんだ…」

 整った精悍な顔を崩し、泣き顔の朝陽に、蒼は愛しさで胸が熱くなった。
 朝陽の頬を両手で包み、蒼も我慢できず眼を潤ませてしまう。

「俺も、朝陽さんが大好き。
離れたくないよ。でも、俺の我儘。 黙っているのは嫌なんだ。…俺…俺、湊に抱かれた」

 朝陽の表情がぐっと固くなる。

「…本当にごめんなさい。朝陽さんが許してくれるなら、それでも側にいたい。朝陽さんが好きです」

 透明の涙が白い頬につたう。
 朝陽は無言でその涙に口付け、舐め取っていく。

「…もう…これ以上他の男に触れさせるな。
わかった?」 

「うん…はい…!」

 蒼は、ぎゅっと朝陽を抱きしめ朝陽の首筋に顔をうずめた。
 お互いに無言で抱きしめ、思いを確認しあった2人は、どちらからともなく口づけ、舌を絡ませる。水音だけが部屋に響く。

「はぁっ、朝陽…さん…」

 ぐぅー…、そこで蒼の腹の虫が鳴ってしまった。
 食欲がなく昼もろくに食べていなかったのが、安心したのか…、蒼は真っ赤になりお腹を押さえた。

「う、うわ…ごめ…なんか…安心したら」

 と呟くと、朝陽は苦笑し

「ほっとしたのは俺の方。
俺も腹減ったよ。
…なんか美味いもの食べにいこ」

 と、蒼を促した。
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