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第二章

009 頼れる王子?

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「会って間もない女性に手出しはしない。ましてや他国の王族で婚約者だぞ。それに、ちゃんと心を置ける人間は選んでいる――だそうです。あれなら城へ戻って直ぐに女性の元へ行きますね。城内へ入りさえすれば、至るところで逢瀬を重ねるのでしょう。すぐに証拠は集まりそうです」

 ロンバルトへ向かう馬車の中、ユーリは朝からずっとこの調子でベネディッドへ敵意を向けている。
 どうやらユーリは一瞬だけベネディッドが信頼に置ける勇敢な王子なのではないかと勘違いしそうになったらしく、そんな自分に怒っているようだ。

 女たらしは伊達じゃない。
 ユーリまでときめかせてしまうとは。
 恐るべし、ベネディッド王子。

 ルゥナも途中までは会話を聞いていたので、その理由は分かる。ドラゴンを一人で倒すような人に必ず守るなんて言われたら、期待するし安心もするだろう。

「でも、本人が無類の女好きだって認めるなんて、男同士だからって油断したのかしら?」
「さあ? 分かりません。入れ食いタイプでは無いことは分かりましたが、十分な距離を持って接していきましょう」
「入れ食いって……」

 噂をしているとベネディッドが馬車の横へ現れた。
 彼は、こうして時折様子を見に来てくれる。

「そろそろ休憩だ。迎えに行くまで中で待機していてくれ」
「はい。ありがとうございます」

 守ると言ってくれたことは本気のようで、警備には力を入れてくれている。昨日は笑顔の無かったスーザンも少しは落ち着いたのか、ユーリの話を楽しそうに聞いていた。

「アレクシア様。お茶の準備をしておきますか?」
「そうね。よろしく。スーザン」

 ◇◇

 その後も道中ずっとベネディッドが警護してくれていた。そのせいで騎士達に王子の身辺調査が出来なかったけれど、彼の事は色々分かってきた。

 ルゥナとベネディッドの間にユーリが座ろうとすると、警護の基本がなっていないとユーリに説教を始めたり、食事も必ずルゥナが口にする前に毒味していたり、王子の癖に護衛が板についている感じだった。

 部下への采配は完璧だし、信頼もされている。
 垂れ目のせいか見た目はちょっと甘い感じの癖に、常に真顔か、怒っている顔なので彼がいると場が締まる。
 でも怖くはなくて、むしろ隣にいるだけで安心する。ルゥナにとって、そして多分ユーリにとっても頼れる存在になりつつあった。
 ルゥナもユーリも互いに口には出さなかったけれど、

 そして、ロンバルト国内へ入る時、ベネディッドとユーリが交代することになった。ベネディッドが馬車に入り、ユーリが外で警護することになったのだ。

「あの、どうして馬車の中に……」
「人目に晒される事は嫌いだ。アレクシア。昼過ぎには城へ着く。御者の男は我が国の牢へ入れられ取り調べられる。ルナステラが返還を求めるまでは投獄されるだろう。ここへ来るまで他に問題は起きなかったが、今後は分からない。第二王子宮は安全ではあるが、城内で俺は君を守れないだろう。だから別の者をつける予定だ。覚えておいてくれ」
「はい?」

 ルゥナはベネディッドの言葉に首を傾げた。
 情報過多で理解が追い付かなかった。
 何故ベネディッドではなく別の者に任すのだろう。
 いや。王子なのだし、それが普通なのだろうか。

「何か気になることでもあるのか?」
「あ、いえ。その……。何故ベネディッド様が守ってくださらないのでしょうか? 私はベネディッド様が良いです」

 ルゥナの言葉に、向かいに座るベネディッドの顔が次第に赤く染まっていった。
 何が起きたのだろうか。
 ルゥナは心の中で自分の言った言葉を反芻し、それが彼とずっと一緒にいたいと言っているようなものだったと気付いた。

「ち、違うのです。わ、私、男性が苦手で、見知った方が良かっただけですので、お気になさらず」
「あ、ああ。それなら大丈夫だ。問題はない」

 何が問題ないのかよく分からないけれど、その後、お互い顔を合うわせることなく馬車の中は沈黙が続いた。

 ルゥナは心の中で自分に言い聞かせた。
 ベネディッドは強いし頼りになるから、一緒いたいだけだと。
 そして、女癖の悪いぐうたら王子だから、彼の動向を探る為に一緒に居たいと思っただけで、そこに他意はないのだと。

 
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