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第三章

010 それが事実で

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「こ、これは――」
「驚かせてすまない。誰にも邪魔されなくなかったので、場を切り離させてもらいました。会食での発言はどういうつもりですか?」
「そ、それは、ベネディッド様が使用人の方々と親しいようでしたので、不安で――」 
「何も知らないくせにっ! 何であんなことを言ったのだ。君は……王妃の手先だったのか!?」

 ヴェルナーは激昂すると、剣を強く握りしめてルゥナを怒鳴りつけた。

 主君を冒涜されたのだから、怒って当たり前だ。
 彼はベネディッドを尊敬していることは知っている。しかし、婚約を破棄するのだから、ヴェルナー嫌われていいのだ。むしろ嫌われるべきなのだ。

 ルゥナはそう自分に言い聞かせて、震える自身の手を握り、こちらへ軽蔑した目を向けるヴェルナーに言葉を返した。

「ち、違うわ。手先なんかじゃない。私はただ、女性好きな方が……」
「それは勘違いだと言ったじゃないか。ベネディッド様に聞けば分かる。使用人はベネディッド様が生まれた頃から世話をしている者しかいない。彼女らは家族同然。昨日は体調を崩されていただけだ。君が王妃の手先でないと言うのなら、目的は何だ!?」
「――私は、ベネディッド様との婚約を破棄したいと思っています。貴方は勘違いだと言いますが、私には逢瀬に見えたのですから、それが事実なのです」

 勘違いには到底思えないけれど、勘違いだとしても、ルゥナにはそれが事実であってなくてはならない。
 ヴェルナーは左下へと俯き、表情を隠したまま声を発した。

「……君は心の優しい女性なのかと思っていた。ベネディッド様と出会うべくして出会う、そんな女性なのだと勘違いしていた。君の護衛のつもりだったが、今から改める。俺は君を守るためではなく、見張るために君の側にいる。そう、心して置け」

 言い終えると、ヴェルナーはルゥナが言い返す間すら与えず、魔剣を引き抜いた。

 その瞬間――ルゥナはヴェルナーの隔離空間から開放されたが、初めて向けられた魔剣の狂気に身体の震えが収まらずにいると、モッキュが頬を尻尾でなぞり気を落ち着かせてくれた。
 隣に立つヴェルナーの方へと恐る恐る目を向けようとすると、ルゥナへ向かって彼は急に深々と頭を下げた。

「アレクシア。会えて良かったわ」

 背後から落ち着いた雰囲気の女性に声をかけられ振り向くと、王妃が二人の侍女を連れて立っていた。

「お、王妃様」
「顔色が悪いわね。良かったら私の庭でお茶でもいかが? お口直ししませんこと?」
「はい。ありがとうございます」

 先程の会話で、ヴェルナーは王妃を敵視していた。
 ベネディッドの敵という事は、一番ルゥナの味方になり得る存在と見ていいだろう。
 ルゥナは王妃の懐へと入り込むべく彼女へ友好的な笑顔を向け、誘われるまま後へとついて行った。

 ◇◇

 王妃の庭は、先刻ヴェルナーが作った空間と似た雰囲気の魔法で隔離された場所だった。モッキュははじき出され、ルゥナだけが通され、ヴェルナーは入り口に取り残されていた。

「ベネディッドったら、貴女を放って何処かへ行ってしまったの?」
「はい」
「酷いわ。可哀想に。使用人との逢瀬を見せつけて、尚且つ放置するなんて。会食での貴女の勇気、感動したわ。私は貴女の味方よ。何でも相談して」

 王妃は大袈裟に、そして親身に語りかけてくれた。
 王妃から声を掛けてくるという事は、良い機会だ。このまま味方にして婚約破棄を手助けしてもらえばいいのだ。

「王妃様。私、どうしたら良いのか分からなくて。不貞の証拠を集めてみたのですが……」
「まぁ。不貞の証拠を集めて、あの子に変わって欲しかったの? それとも、婚約を破棄させたかったのかしら?」
「……はい。婚約を破棄していただきたいのです。私は、あんな下劣な方と結婚したくありません」

 王妃が欲しがっていそうな言葉を選び口にすると、王妃は一瞬満足そうな笑みを浮かべ、そしてすぐに肩を落として残念そうに言った。

「そう。でも、それはきっと難しいわ。さっきの陛下の言葉を聞いたでしょう? 陛下は不貞なんてやって当たり前だと思っていらっしゃるから、ロンバルト側から破棄を申し出ることは無いわ。ベネディッドも同じ考えよ。あの女狐……あの子の母親と、そっくりなのだから」
「ベネディッド様の……?」

 憎らしそうに拳を震わす王妃は、ルゥナが母親について知りたそうにすると、自慢気に笑みを溢した。
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