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第四章

008 解毒薬

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 食堂では、金色の光を放つ怪しい液体を手に持ったベネディッドが待っていた。どうやら無事に解毒薬は完成したようだ。

「これを飲めばあの植物の毒は効かなくなるそうだ。アレクシアのお陰で完成した。ありがとう。――これはアレクシアの分だから、一応飲んでおいておくれ」
「あ、ありがとうございます」

 一瞬躊躇ったものの、ルゥナは小さなコップに入った解毒薬をひと飲みにした。パイナップルの香りがして意外と美味しい。
 ルゥナが解毒薬を飲むと、ベネディッドは安心したように話し出した。

「明日の事だが。私とアレクシアが王妃の茶会に参加している間に、兄上が叔父上と王妃の庭を調べ証拠を押さえてくださる事になっている」
「ジェラルド様と、お話できたのですね」
「ああ。明日の茶会の話をしたら、私がやっとヤル気になったのだと喜んでいた。王妃の所業が続いていた事に、薄々気付いてはいたが、私も父も王妃を罰するつもりが無く悩んでいたようだ。アレクシアの言った通り、既に私は兄上に迷惑をかけていたようだ」

 苦笑いのベネディッドだが、ルゥナはジェラルドが弟想いの兄であって良かったとホッとしていた。

「そうでしたか」
「アレクシアは隣で見ていてくれ。私は王妃と対話を試みるが、君は何も知らない顔で王妃の協力者であるように振る舞ってくれれば良い。その方が、王妃も油断するだろうからな」
「王妃は……どうなるのですか?」
「幽閉されるだろう。理由は病にでもされるかな。そうでないと、兄上の進退に関わる。だから――」

 やはり、王妃の事は内々に済ませるつもりのようだ。ベネディッドらしい判断だとルゥナは思った。 

「私は、誰にも話しません」
「ありがとう。アレクシア」

 ◇◇

 夕食後にユーリとスーザンに明日のことを話すと、スーザンがアレクシアとのやり取りを見せてくれた。夜はヴェルナーが結界を張っているので、夕食中にスーザンが、やり取りをしてくれている。

『無理はなさらず。ご自身の安全を第一に行動してください。婚約破棄まであと一歩ですね。感謝してもしきれません。こちらは国王の動きはなく変わりありません。兄が送った近衛騎士が、マルクと共に明後日にはそちらへ着くそうです。合流し帰還出来る日を心待ちにしています』

 アレクシアも無事な様子で一安心だ。しかし、そろそろこの変わり身生活も終わりを迎えるのだと思うと、不思議な気持ちになった。

「アレクシア様。解毒薬を頂いたとの事で、王妃への対策は出来ているかと存じますが、ここに書かれている通り、ご無理は禁物ですからね」
「そうですよ。ベネディッド様の言う通り、アレクシア様は見ているだけでいいのですからね」
「はい。分かっているわ。スーザン、ユーリ。明日、王妃様の陰謀を潰して、婚約破棄してみせるわ」
 
 ◇◇

 翌朝。王妃と対面すると思うと、ルゥナは緊張して早く目覚めていた。スーザンが起こしに来るまではベッドで過ごし、支度を手伝ってもらっていると扉がノックされた。

「ヴェルナーかしら?」
「アレクシア? 開けてもよいか?」
「べ、ベネディッド様?」

 扉の向こうからはベネディッドの声がし、スーザンが慌てて扉を開くと、廊下に彼が立っていた。

「おはよう。ヴェルナーを別の仕事に行かせたから、私が迎えに来た」
「……へ?」

 ベネディッドの腰には魔剣がぶら下がっている。
 もしかして本当はヴェルナーだったり?
 しかし雰囲気や話し方はベネディッドだ。

「ヴェルナーは今、城の警備兵とビリーという男の捜索に当たっている。顔を知っているようだからな」
「ビリーって……」

 解毒薬で安心して、ビリーの事をすっかり忘れていたが、また彼らの手を煩わせてしまっている事に気がついた。 
 ベネディッドはルゥナが後ろめたく感じているかなどに気づいたのか、安心させるように軽く微笑んだ。

「大丈夫。わざと逃したのだ。毒を盛った犯人をビリーのせいにするつもりだろうからな。王妃がそいつを匿っていれば兄が、そうでなければヴェルナーがすぐに捕まえるだろう。今の所、王妃の思惑通りに進めている」
「分かりました。教えてくださりありがとうございます」
「ああ。今日は私が常にアレクシアの隣で守るから安心したまえ」 

 ベネディッドは腰の魔剣を揺らし自信たっぷりに言い切った。

「え?」
「もし、ビリーがまだ諦めていなかったら、どうするのだ。ヴェルナーはアレにそんな度胸はないと言っていたが、分からないからな。さぁ、アレクシア。食堂へ行こう」

 ベネディッドから差し出された手を笑顔でやり過ごし、ルゥナはユーリへと目を向け助けを求めた。

「ベネディッド様。アレクシア様の隣は私にお任せください」
「……今日こそ、いいところを見せたいのに。お手柔らかに頼むよ。ユーリ」

 割って入ったユーリにベネディッドは不満を漏らしたが、ユーリは笑顔で聞き流していた。



 そして、ヴェルナーが戻る前に王妃の茶会へと向かった。ベネディッドはユーリがついてくることを懸念していたが、ヴェルナーが居ないことから渋々承諾してくれて、三人で行くことになった。

 前回の茶会と違い、そこは普通の王妃の庭だった。魔法で区切られた場所ではない。恐らく、誰でもベネディッドを暗殺できるように、この場所を選んだのだろう。

 王妃はルゥナと目が合うと淑やかに微笑んだ。

「ごきげんよう。アレクシア」

 




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