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第四章

011 婚約破棄

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 ベネディッドはジェラルドとコリンに用があるといい、ヴェルナーはビリーを牢へと連れて行き、ルゥナはユーリと第二王子宮へ戻る。部屋ではスーザンが手帳を胸に抱き不安そうに待っていた。

「スーザン。王妃様は捕らえられ、怪我人が出ることなく、事なきを得ました。それから、ベネディッド様が婚約を破棄してくださるわ。後で、ロンバルト王へも話しに行くの」
「そうですか。無事に戻られて安心しました。ですが、ひとつ悲しいお知らせがあります」
「え?」

 スーザンは暗い顔で、そっと手帳を開きルゥナへと差出した。
 手帳には、こう記されていた。

『父が。ルナステラ王が崩御されました。マルクが到着次第、至急お戻りください』
「る、ルナステラ王が?」
「ご病気でとの事です。こちらへ向かう途中のマルク様にも、手帳で知らせたそうです。ベネディッド様にお伝えしたほうが良いかと」
「そうね。でも、ルナステラ王が亡くなるなんて……。ベネディッド様は、ルナステラまで送ってくださると仰っていて、アレクシアの命をルナステラ王が脅かさないように、アレクシアの地位を確立しようとしてくださっているの」
「そんな事まで……。恐らく王位はお兄様が継がれるでしょう。第一王子であるレオナルド様は、アレクシア様を溺愛してらっしゃるので、もう心配はありません」

 自身を暗殺しようとしていた義理の母が捕らえられたベネディッド。 
 そして、実の父親に命を狙われていたアレクシアは、病で父親を失った。
 二人はいつも、どこか似ている気がした。
 ベネディッドは平気そうな顔をしていたけれど、アレクシアはどうしているのだろうか。

「アレクシアの様子は?」
「数日前にレオナルド様からお話を伺っていたそうですので、お心の準備は出来ていたそうです」
「そうなのね。でも、急いで戻らないと、アレクシアは陛下を見送ることができなくなってしまうわよね。明日、マルクが到着するのよね。直ぐに発つことを、ベネディッド様に伝えてきます」

 ユーリと共に廊下へ出ると、ヴェルナーが戻ってきたところだった。

「どうされましたか?」
「ベネディッド様に、お伝えしたいことがあるのです」
「夕食の時では――」
「ルナステラ王が崩御されたのです」

 ◇◇

 王妃の城でコリンと毒草の調査をしていたベネディッドにルナステラ王のことを伝えると、彼は驚き、ロンバルト王へ会いにいくと言いルゥナを謁見の間へと連れ立った。 
 ロンバルト王は、瞳を閉じたまま、浮かない面持ちで玉座に腰を下ろしていた。

「父上。大切なお話があります」
「どうしたのだ? 王妃の話ならば、また後日改めて」
「いえ。私とアレクシアの事です」
「ん?」

 珍しく真面目な表情のベネディッドに気づき、ロンバルト王は目を丸くして首を傾げた。
 ベネディッドはそんな事は気にも留めず、畏まった様子で言葉を続けた。

「アレクシアと私は、婚約を破棄することにいたしました。元々アレクシアは王妃が決めた婚約者だと聞きました。アレクシアは王妃の陰謀にうまく使われようとされていたのです。彼女は王妃の思惑に反する女性でしたが、この婚約は解消して然るべきかと存じます」
「うーむ。そのままで良いのではないか? ジェラルドから聞いたぞ。アレクシアがベネディッドの心を動かしたのだと」
「そうではありますが、アレクシアも母国の陰謀により無理やりこの国へ嫁がされようとしていただけたのです。護衛を減らされ、暗殺しやすいようにと」
「暗殺だと?」

 ロンバルト王の顔から笑顔が消えた。

「はい。アレクシアは、ルナステラ王に暗殺されそうになっていたのです。魔力の高い彼女は、父親に疎まれ、元々決められた婚約者がいたのにもかかわらず、私と婚約させられたのです」
「そうであったか。しかし、ならば国へ返すのは危険ではないのか? ルナステラ王の元へ返すには、不安が残る」
「……先ほど、ルナステラ王が崩御されたとの知らせを受けました」
「な、なんだと?」
「婚約を破棄し、アレクシアをルナステラへと返してよろしいでしょうか?」

 ロンバルト王は、頭を抱え悩まし気に小さく唸ると、ベネディッドへ尋ねた。

「ベネディッドはそれで良いのか? 大層アレクシアを気に入っていると聞いたぞ。それと、王妃の件は公にするつもりはない。アレクシアは我が国の秘密を知っている事になるのだぞ」
「アレクシアは有らぬ事を無闇に吹聴するような人間ではありません」
「しかし、どのような理由で婚約を破棄したことにするのだ?」
「それは――」

 ベネディッドは言葉を濁しルゥナへ視線を伸ばした。
 これはルゥナが提言しなければならないことだ。

「会食でも申し上げましたが、ベネディッド様は使用人の方々と仲が良いご様子で困り果てておりました。私は、側室制度がある国も合わないと感じております。王妃様とお話ししてそう感じました。ですから──」

 隣のベネディッドから視線を感じ、ルゥナは一瞬言葉を飲み込みそうになったが、ロンバルト王へ視線を合わせ言い切った。
 
「色ボケぐうたら王子は御免ですので、婚約破棄させていただきます」
「……そのような理由ならば仕方ないな。礼を言うぞ。アレクシア。――ベネディッド。お前の好きにするがいい」
「ありがとうございます。父上」


 ◇◇

 夕食の時、ベネディッドは静かに言った。

「最後の晩餐って感じで盛大に婚約破棄をお祝いしようと思っていたのだが、そのような状況では無くなってしまった。明日にでもルナステラから騎士が迎えに来るのだろう? 寂しくなるな。──そうだ。ルナステラ王が崩御したとはいえ、国が安全かは分からない。やはりルナステラまで送り届けよう」
「いえ。近衛騎士のマルクと、兄の兵が来てくださるそうなので大丈夫です」
「そうか……」

 しょんぼりと肩を落とすベネディッド。今まで世話になって来たのに申し訳ないが、ルゥナに出来ることなど何もないに等しいのだ。

「はい。その方がジェラルド様の誕生日パーティーにもご参加できますでしょう? お気になさらず」
「アレクシア。君は本当に……。明日、せめてヴェルナーだけでも連れて行ってくれ」
「ですが、ヴェルナーはベネディッド様の護衛では……」
「ヴェルナーもそろそろ家を継がなくてはならないからな。王妃の件も区切りがついた事だし、国へ戻るのだ。そのついでだと思ってくれ」
「ルナステラに近い国なのですか?」
「いや。反対側だ。あー、それはもう聞かなかったことにしてくれ。ヴェルナーがアレクシアを守る約束をしたから国まで送りたいと申してきたのだ。私もその方が安心だ。良いだろう?」
「はい。承知いたしました。お心遣い感謝致します」

 
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