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第六章 王子と指輪と誕生日
011 王子の指輪
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今日はここへ来てちょうど一年目。
セシルの十四歳の誕生日だ。
メアリにはビーフシチューをお願いした。ケーキも用意してくれると言っていたので朝からもうセシルはウキウキだった。アルベリクとレクトも、今日は早めに切り上げてくると言っていた。
うららかな昼下がり。
メアリが夕食を厨房で準備してくれているので、セシルは庭でハーブや薬の材料を収穫する。カゴいっぱいにハーブを摘んで、セシルは鼻歌交じりに屋敷へ戻ろうと立ち上がった。
その時だった。
後ろから急に、視界を塞がれた。
「だーれだっ!?」
「へっ?」
耳元で懐かしい青年の声がした。
この声を知っている。
でもその声が彼だと認めたくなかった。
「あれ? 分からないかな? 僕だよ。セシル?」
「あの……」
「当てるまで離さないからね」
「クリス王子様です!」
「正解~!」
セシルは視界が開けると同時に体をくるっと半回転させられた。
目の前で悪戯に微笑むのは金髪青目の美少年はクリストファ王子だ。
あれから一度も来なかったし、指輪も手放した。
もう縁は切れたかと思って、すっかり忘れていたのに。
そんな簡単にはいかなかったのだ。
「セシル。正解のご褒美だよ」
クリスはセシルの額に軽くキスをした。
「ひゃぁっ」
思わず後ろに仰け反るセシルを、クリスはニコニコと眺めている。
「わわわ、私、仕事がございますので失礼します」
セシルが後退しながらその場から逃げようとすると、クリスに手を掴まれ止められてしまった。
「待って。セシル、今日は君に伝えたいことがあって」
「こ、困ります。失礼します」
振りほどこうとした手はクリスに強く引かれ、セシルは転びそうになった所をクリスに抱き止められた。背中に腕を回され、クリスにギュッと抱きしめられて、息が苦しい。
「セシル。逃げないでよ。僕のこと嫌?」
嫌です。とはさすがに言えない。
クリスの甘い声が耳元で囁かれる。
「セシルの髪も瞳も凄く好きなんだ。見ていると落ち着く。こうやって抱きしめたくなる」
「は、離してください。クリス王子様は、リリアーヌ様の婚約者様ですよね?」
「……まだ決まってないよ。そんなことセシルは気にしなくていいんだよ。僕はこの国の王子だから、セシルに何でも与えられるよ」
そうだね。クリスは何でも与えられる。
死、すら与えられる。
そんなこと、知ってるよ。
怖い。やっと自分を大切にしてくれる人に会えたのに。
また私の運命はクリスに委ねられてしまうの?
そんなの。嫌だ。
「セシル。泣いてるの?」
「……私は、アルベリク=ファビウス様の使用人です。こういった事は困ります……」
クリスは手の力を緩め、セシルの顔を覗き込み、決して目を合わせようとしないセシルに、憤りを感じた。
「そっか。アルベリク……か。剣の腕は立つが、無愛想で非道な男だと聞いている。そいつが怖いんだね」
「違っ──」
言い返そうとして、セシルの口はクリスのそれで塞がれた。
背中と頭の後ろにクリスの腕を回されて、逃げられない。クリスの胸を両手で押し返そうとしてもビクとも動かなかった。
否応なくクリスがセシルの中に侵入してくる。
息が苦しくて、全身が熱くて力が入らない。
嫌だ。気持ち悪い。
唇が離れるとセシルはその場に崩れ落ちた。クリスもしゃがみ込んでセシルの顔を覗き込み、そっと左手を握った。
「……セシル。これを君にあげるよ。僕の母様の形見なんだ。君の瞳と髪と同じ、優しく澄んだアクアマリンの指輪を」
「えっ……」
左手の薬指に嵌められたのはあのアクアマリンの指輪だった。
これは、リリアーヌの手に渡った筈なのに。
また、この指に戻ってきてしまった。
また、繰り返してしまうの?
また、処刑されてしまうの?
セシルは眩暈を覚え、視界が歪んだ。
そして倒れかけた体をクリスに支えられた。
「大丈夫? そんなに喜んでもらえるなんて嬉しいよ。今、北の方がゴタゴタしたるからさ。それが終わったら、セシ──」
「セシル!?」
消えかけた意識の中アルベリクの声が聞こえた。
左指に光るアクアマリンの指輪。
まだクリスの感覚が残る唇。
見られたくなかった。
アルベリクにこんな自分を、見られたくない。
セシルはクリスの手を払い、泣きながら屋敷の方へと走り去っていった。
「あ。セシル……。はぁ。君がアルベリクだよね。セシル、君の事を見たら逃げちゃったじゃないか。いつも酷い扱いでもしているんじゃないの?」
「酷い扱い? 泣かせたのはお前だろ?」
「お前呼ばわりは、どうかと思うな。君は僕の国の人間だよね?」
「ああ。……人の庭を踏み荒らす盗人の類いかと思ったが、クリス王子様でしたか?」
「へぇ~。噂通りの無愛想で非道な人間みたいだね」
互いに一歩も引かず睨み合う二人に、レクトはビビりながらも割って入った。
「あ、アル様!? クリストファ王子様は、このレクトが、リリアーヌ様の所へご案内いたしますので、後の事はお任せください」
「リリアーヌの所へはもう行ったんだ。僕はもう帰るよ」
「……二度と人の家の庭に入るな」
もうここに用はないとばかりに去ろうとするクリスに、アルベリクは忠告した。クリスは振り向き、薄ら笑いを浮かべた。
「うーん。ここは僕の国。だからこの庭も僕の所有物の一つに過ぎないよ。勘違いしない方がいいよ」
「貴様……」
「あああアル様!? ささ、クリストファ王子様。お送りします」
「ははは。じゃ、北でまた会おうね?」
クリスはレクトに案内され、上機嫌で帰っていった。
アルベリクはハーブの詰まったカゴを拾った。
泣いたセシルの顔が頭に過る。
「セシル……」
セシルの十四歳の誕生日だ。
メアリにはビーフシチューをお願いした。ケーキも用意してくれると言っていたので朝からもうセシルはウキウキだった。アルベリクとレクトも、今日は早めに切り上げてくると言っていた。
うららかな昼下がり。
メアリが夕食を厨房で準備してくれているので、セシルは庭でハーブや薬の材料を収穫する。カゴいっぱいにハーブを摘んで、セシルは鼻歌交じりに屋敷へ戻ろうと立ち上がった。
その時だった。
後ろから急に、視界を塞がれた。
「だーれだっ!?」
「へっ?」
耳元で懐かしい青年の声がした。
この声を知っている。
でもその声が彼だと認めたくなかった。
「あれ? 分からないかな? 僕だよ。セシル?」
「あの……」
「当てるまで離さないからね」
「クリス王子様です!」
「正解~!」
セシルは視界が開けると同時に体をくるっと半回転させられた。
目の前で悪戯に微笑むのは金髪青目の美少年はクリストファ王子だ。
あれから一度も来なかったし、指輪も手放した。
もう縁は切れたかと思って、すっかり忘れていたのに。
そんな簡単にはいかなかったのだ。
「セシル。正解のご褒美だよ」
クリスはセシルの額に軽くキスをした。
「ひゃぁっ」
思わず後ろに仰け反るセシルを、クリスはニコニコと眺めている。
「わわわ、私、仕事がございますので失礼します」
セシルが後退しながらその場から逃げようとすると、クリスに手を掴まれ止められてしまった。
「待って。セシル、今日は君に伝えたいことがあって」
「こ、困ります。失礼します」
振りほどこうとした手はクリスに強く引かれ、セシルは転びそうになった所をクリスに抱き止められた。背中に腕を回され、クリスにギュッと抱きしめられて、息が苦しい。
「セシル。逃げないでよ。僕のこと嫌?」
嫌です。とはさすがに言えない。
クリスの甘い声が耳元で囁かれる。
「セシルの髪も瞳も凄く好きなんだ。見ていると落ち着く。こうやって抱きしめたくなる」
「は、離してください。クリス王子様は、リリアーヌ様の婚約者様ですよね?」
「……まだ決まってないよ。そんなことセシルは気にしなくていいんだよ。僕はこの国の王子だから、セシルに何でも与えられるよ」
そうだね。クリスは何でも与えられる。
死、すら与えられる。
そんなこと、知ってるよ。
怖い。やっと自分を大切にしてくれる人に会えたのに。
また私の運命はクリスに委ねられてしまうの?
そんなの。嫌だ。
「セシル。泣いてるの?」
「……私は、アルベリク=ファビウス様の使用人です。こういった事は困ります……」
クリスは手の力を緩め、セシルの顔を覗き込み、決して目を合わせようとしないセシルに、憤りを感じた。
「そっか。アルベリク……か。剣の腕は立つが、無愛想で非道な男だと聞いている。そいつが怖いんだね」
「違っ──」
言い返そうとして、セシルの口はクリスのそれで塞がれた。
背中と頭の後ろにクリスの腕を回されて、逃げられない。クリスの胸を両手で押し返そうとしてもビクとも動かなかった。
否応なくクリスがセシルの中に侵入してくる。
息が苦しくて、全身が熱くて力が入らない。
嫌だ。気持ち悪い。
唇が離れるとセシルはその場に崩れ落ちた。クリスもしゃがみ込んでセシルの顔を覗き込み、そっと左手を握った。
「……セシル。これを君にあげるよ。僕の母様の形見なんだ。君の瞳と髪と同じ、優しく澄んだアクアマリンの指輪を」
「えっ……」
左手の薬指に嵌められたのはあのアクアマリンの指輪だった。
これは、リリアーヌの手に渡った筈なのに。
また、この指に戻ってきてしまった。
また、繰り返してしまうの?
また、処刑されてしまうの?
セシルは眩暈を覚え、視界が歪んだ。
そして倒れかけた体をクリスに支えられた。
「大丈夫? そんなに喜んでもらえるなんて嬉しいよ。今、北の方がゴタゴタしたるからさ。それが終わったら、セシ──」
「セシル!?」
消えかけた意識の中アルベリクの声が聞こえた。
左指に光るアクアマリンの指輪。
まだクリスの感覚が残る唇。
見られたくなかった。
アルベリクにこんな自分を、見られたくない。
セシルはクリスの手を払い、泣きながら屋敷の方へと走り去っていった。
「あ。セシル……。はぁ。君がアルベリクだよね。セシル、君の事を見たら逃げちゃったじゃないか。いつも酷い扱いでもしているんじゃないの?」
「酷い扱い? 泣かせたのはお前だろ?」
「お前呼ばわりは、どうかと思うな。君は僕の国の人間だよね?」
「ああ。……人の庭を踏み荒らす盗人の類いかと思ったが、クリス王子様でしたか?」
「へぇ~。噂通りの無愛想で非道な人間みたいだね」
互いに一歩も引かず睨み合う二人に、レクトはビビりながらも割って入った。
「あ、アル様!? クリストファ王子様は、このレクトが、リリアーヌ様の所へご案内いたしますので、後の事はお任せください」
「リリアーヌの所へはもう行ったんだ。僕はもう帰るよ」
「……二度と人の家の庭に入るな」
もうここに用はないとばかりに去ろうとするクリスに、アルベリクは忠告した。クリスは振り向き、薄ら笑いを浮かべた。
「うーん。ここは僕の国。だからこの庭も僕の所有物の一つに過ぎないよ。勘違いしない方がいいよ」
「貴様……」
「あああアル様!? ささ、クリストファ王子様。お送りします」
「ははは。じゃ、北でまた会おうね?」
クリスはレクトに案内され、上機嫌で帰っていった。
アルベリクはハーブの詰まったカゴを拾った。
泣いたセシルの顔が頭に過る。
「セシル……」
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