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008☆ようこそ、魔導具店シャルムへ
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商業区画の大通りから一本外れているとは言えそれでも立地的には高級店に数えられるだろうその店構え。
完全予約制の魔導具店シャルムは確かニコラウス・ブルームという隣国出身の男が立ち上げた商会だったか……疑わしい所などはまったく無く普通に営業許可が下りたはずだが。
到着して予約があったからかすぐに商会の奥にある商談スペースらしき場所に通された。
「アリシアお嬢様、お待ちしておりました」
「ニコ、その、私以外に……お客様がいるの……」
そこに現れたのは私より少し年上だろうニコラウス・ブルーム。仮にも公爵令嬢であるアリシアを親しげに名前で呼び——クロレンス嬢と呼ぶべきだがそれは百歩譲ったとして——何故シアは魔導具店の主であるこの男を愛称で呼ぶ……下せぬ。
「これは、これは、王太子殿下にルクソール公爵御子息様とは……私はニコラウス・ブルームと申します。何か魔導具の御用命でも?ご予約でしたらこちらでお伺いさせていただきます。アリシアお嬢様はいつもの部屋にご案内致しますね」
「予約では無い。今日はシアと一日共にする予定だ」
「……ニコ、今日は筆の依頼だけで構いません。ここでも大丈夫です」
「しかし、魔導具についてのご相談もありますし、これは後日とも参りません」
そのニコラウス・ブルームの言葉にシアは少し考えると私の方を向き言葉を切り出す。
「……殿下、ギルバート様、私その「私も一緒で構わないよね、シア?」」
「別に僕たちに見せられないような魔導具の注文じゃないでしょ、アリー?」
私のお願いを後押しする形でギルバートがそう言うとシアは一瞬ニコラウス・ブルームを見てから詰めていた息を吐き出し渋々了承した。
「……分かりました。開発中の魔導具並びにここで見た事に関しては他言無用、不干渉でお願い致します」
「お嬢様がよろしいのであれば御案内致します」
そう言ったニコラウス・ブルームに案内され一階の商談スペースから二階の別室へと私たちは移動した。
「ニコ、これで足りるかしら?」
「少し足りないと思いますが、多少増えるかもしれませんので試しに梳いてもよろしいでしょうか?」
「ええ、お願い。それで足りなければ……そうね、抜くわ」
……一体全体なんなんだ?
「ねぇ、アリー?一体なんなの、それ……」
シアがどこからか出した袋の中には、無数の銀糸とも見える髪の毛が入っていた。
「「髪の毛ですけど」」
シアとニコラウス・ブルームの声が重なる。うん。見れば分かるよ、それが髪の毛なのは。しかもあの艶と輝きはシアの髪の毛だ。間違い無い。
隣では柩から人が這い出たり死体が動くなどの怪奇現象が苦手なギルが青い顔をし出した。
あれは確かギルが六歳の頃だから九年前だったか?ルクソール家の先々代ギルバート様——ギルと同じ名前で面倒だから先々代で良いな——が亡くなり葬儀の折に棺——人がおさめられていたから柩だな——に従兄弟の悪戯によって共に閉じ込められたギルは数時間その先々代と共に柩で過ごしたわけだが、その時柩の中でその先々代が動いたそうな。そしてギルに髪の毛が——ただし先々代は御高齢で鬘だったが——絡まり恐怖の時間だったとか。蒸し暑い夏の最中だったのもあり国葬——先々王弟であり長年宰相を勤めて国の安寧に尽力し民に人気があったので国葬となった——まで期間もあるから保存の為の氷魔法が溶け動いたように錯覚しただけだろうが、それ以来ギルは柩と死体、それに髪の毛が苦手らしい。
よくよく考えると先々王弟がルクソールにもクロレンスにも婿入りしているから私もギルバートもアルフレッドもアリシアも僅かながら血が繋がっているのだな、などとギルの青くなる顔を見ながら朧気に思った。
閑話休題
「いや、おかしいって!な、なんで髪の毛?!」
「「魔導具の材料ですけど」」
ああ、そう言えばここに来てすぐに筆の依頼とシアが言っていたか。髪の毛で筆を作るとは……さて、一体どの様な効果が産まれるのか私は付与魔法は使った事が無いから本の知識のみなので謎だ。
「の、呪いの品っ?!」
「ギル、察するにシアの髪の毛を媒体に何かの効果を増幅させる魔導具だろうとは予測できるが、それが何の効果を持つ魔導具になるのかは私にも検討がつかないな」
そう言えば、珍しくシアが私を食い入るように見つめた。
「そうね、共犯者にはもってこい。……ニコ、前回注文したものを」
目の前では足りない髪の毛を穏便に回収すべくニコラウス・ブルームに髪を梳かれながらシアが指示を出す。
出てきたのはとても細い東の国で使われている銀色の筆。こんなものを今、何に使うというのだろうか?
「……ねぇ、ウィル。髪の毛で筆って気持ち悪くない?」
「何かしらの媒体としては最上位だと思うが」
それが呪術にしろ魔導具にしろ、人間の一部だから媒体としては魔力が乗りやすい。
ギルに至ってはずっと"だっていくら可愛い女の子のでも髪の毛だよっ!"などとブツブツと言っている。正直煩い。死体は動かないし生きている人間の方が何かと厄介なのだからそれくらいで騒ぐな。
「魔石をお持ち致しました。ご相談されていた貯蔵用の保冷庫です」
「そう」
盆にのせられた二つの魔石がテーブルへと置かれる。
シアは不思議な七色の色合いの液体が入った瓶を取り出すと、それをインクにして筆で何かを空間に書き始め、目の前の魔石に魔力と共に放った。眩い光と共にそれは魔石へと定着する。
付与魔法……的確な文字を魔力で刻み魔石を魔導具の核へと加工したのか。
「えっ、アリーこれって……」
「刻んだ文字は"庫内限定二度"と"庫内限定氷点下二十度"で温度の設定です」
突然の付与魔法に驚くギルを横目にシアは、はぁ、とため息を零すとこちらを見据えた。
「ようこそ、魔導具店シャルムへ。…………ここは私の店で私がここの付与魔法使いですわ。だから殿下もギルバート様も邪魔はしないでいただけます?」
一瞬こちらを探るような一線を画した打って変わって挑戦的な瞳。
ああ、予想外で面白いとはアリシアの事か。
完全予約制の魔導具店シャルムは確かニコラウス・ブルームという隣国出身の男が立ち上げた商会だったか……疑わしい所などはまったく無く普通に営業許可が下りたはずだが。
到着して予約があったからかすぐに商会の奥にある商談スペースらしき場所に通された。
「アリシアお嬢様、お待ちしておりました」
「ニコ、その、私以外に……お客様がいるの……」
そこに現れたのは私より少し年上だろうニコラウス・ブルーム。仮にも公爵令嬢であるアリシアを親しげに名前で呼び——クロレンス嬢と呼ぶべきだがそれは百歩譲ったとして——何故シアは魔導具店の主であるこの男を愛称で呼ぶ……下せぬ。
「これは、これは、王太子殿下にルクソール公爵御子息様とは……私はニコラウス・ブルームと申します。何か魔導具の御用命でも?ご予約でしたらこちらでお伺いさせていただきます。アリシアお嬢様はいつもの部屋にご案内致しますね」
「予約では無い。今日はシアと一日共にする予定だ」
「……ニコ、今日は筆の依頼だけで構いません。ここでも大丈夫です」
「しかし、魔導具についてのご相談もありますし、これは後日とも参りません」
そのニコラウス・ブルームの言葉にシアは少し考えると私の方を向き言葉を切り出す。
「……殿下、ギルバート様、私その「私も一緒で構わないよね、シア?」」
「別に僕たちに見せられないような魔導具の注文じゃないでしょ、アリー?」
私のお願いを後押しする形でギルバートがそう言うとシアは一瞬ニコラウス・ブルームを見てから詰めていた息を吐き出し渋々了承した。
「……分かりました。開発中の魔導具並びにここで見た事に関しては他言無用、不干渉でお願い致します」
「お嬢様がよろしいのであれば御案内致します」
そう言ったニコラウス・ブルームに案内され一階の商談スペースから二階の別室へと私たちは移動した。
「ニコ、これで足りるかしら?」
「少し足りないと思いますが、多少増えるかもしれませんので試しに梳いてもよろしいでしょうか?」
「ええ、お願い。それで足りなければ……そうね、抜くわ」
……一体全体なんなんだ?
「ねぇ、アリー?一体なんなの、それ……」
シアがどこからか出した袋の中には、無数の銀糸とも見える髪の毛が入っていた。
「「髪の毛ですけど」」
シアとニコラウス・ブルームの声が重なる。うん。見れば分かるよ、それが髪の毛なのは。しかもあの艶と輝きはシアの髪の毛だ。間違い無い。
隣では柩から人が這い出たり死体が動くなどの怪奇現象が苦手なギルが青い顔をし出した。
あれは確かギルが六歳の頃だから九年前だったか?ルクソール家の先々代ギルバート様——ギルと同じ名前で面倒だから先々代で良いな——が亡くなり葬儀の折に棺——人がおさめられていたから柩だな——に従兄弟の悪戯によって共に閉じ込められたギルは数時間その先々代と共に柩で過ごしたわけだが、その時柩の中でその先々代が動いたそうな。そしてギルに髪の毛が——ただし先々代は御高齢で鬘だったが——絡まり恐怖の時間だったとか。蒸し暑い夏の最中だったのもあり国葬——先々王弟であり長年宰相を勤めて国の安寧に尽力し民に人気があったので国葬となった——まで期間もあるから保存の為の氷魔法が溶け動いたように錯覚しただけだろうが、それ以来ギルは柩と死体、それに髪の毛が苦手らしい。
よくよく考えると先々王弟がルクソールにもクロレンスにも婿入りしているから私もギルバートもアルフレッドもアリシアも僅かながら血が繋がっているのだな、などとギルの青くなる顔を見ながら朧気に思った。
閑話休題
「いや、おかしいって!な、なんで髪の毛?!」
「「魔導具の材料ですけど」」
ああ、そう言えばここに来てすぐに筆の依頼とシアが言っていたか。髪の毛で筆を作るとは……さて、一体どの様な効果が産まれるのか私は付与魔法は使った事が無いから本の知識のみなので謎だ。
「の、呪いの品っ?!」
「ギル、察するにシアの髪の毛を媒体に何かの効果を増幅させる魔導具だろうとは予測できるが、それが何の効果を持つ魔導具になるのかは私にも検討がつかないな」
そう言えば、珍しくシアが私を食い入るように見つめた。
「そうね、共犯者にはもってこい。……ニコ、前回注文したものを」
目の前では足りない髪の毛を穏便に回収すべくニコラウス・ブルームに髪を梳かれながらシアが指示を出す。
出てきたのはとても細い東の国で使われている銀色の筆。こんなものを今、何に使うというのだろうか?
「……ねぇ、ウィル。髪の毛で筆って気持ち悪くない?」
「何かしらの媒体としては最上位だと思うが」
それが呪術にしろ魔導具にしろ、人間の一部だから媒体としては魔力が乗りやすい。
ギルに至ってはずっと"だっていくら可愛い女の子のでも髪の毛だよっ!"などとブツブツと言っている。正直煩い。死体は動かないし生きている人間の方が何かと厄介なのだからそれくらいで騒ぐな。
「魔石をお持ち致しました。ご相談されていた貯蔵用の保冷庫です」
「そう」
盆にのせられた二つの魔石がテーブルへと置かれる。
シアは不思議な七色の色合いの液体が入った瓶を取り出すと、それをインクにして筆で何かを空間に書き始め、目の前の魔石に魔力と共に放った。眩い光と共にそれは魔石へと定着する。
付与魔法……的確な文字を魔力で刻み魔石を魔導具の核へと加工したのか。
「えっ、アリーこれって……」
「刻んだ文字は"庫内限定二度"と"庫内限定氷点下二十度"で温度の設定です」
突然の付与魔法に驚くギルを横目にシアは、はぁ、とため息を零すとこちらを見据えた。
「ようこそ、魔導具店シャルムへ。…………ここは私の店で私がここの付与魔法使いですわ。だから殿下もギルバート様も邪魔はしないでいただけます?」
一瞬こちらを探るような一線を画した打って変わって挑戦的な瞳。
ああ、予想外で面白いとはアリシアの事か。
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