美形令息の犬はご主人様を救いたい

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ソバキン家にて

はじめまして、シエノークにいさま sideヴェルナ

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 なんだか最近、おうちの中がさわがしいです。おとうさまもおかあさまも、使用人さんまで忙しそうなのです。

 今日は、おとうさまとおかあさまのお仕事が、お夕飯の時間まで終わらなくって、ヴェルナが一人で食べることになりました。
 今日の授業でいっぱい正解して先生が褒めてくれたんですって、おとうさまとおかあさまに言いたかったのに。

 この前は、雪で可愛いうさぎさんを作ったのに、おとうさまとおかあさまが忙しくて見に行けなくて、見てもらう前に溶けちゃいました。
 おかあさまがプレゼントしてくれたぶあつい本、とっても面白かったですって話も、まだ、できてません。

 最近、そんなことばっかりです。

 思い出していたらどんどん寂しくなってきて、お夕飯を食べながら泣いてしまいました。

 そうしたら、慌てた様子でおとうさまとおかあさまがお夕飯のお部屋に入ってきました。
 おとうさまが言うには、使用人さんがヴェルナを心配して、おとうさまとおかあさまを呼びにいってくれたそうです。
 お仕事じゃましちゃってごめんなさいって言ったら、おかあさまが、いいのよってぎゅってしてくれました。こころがぽかぽかして、寂しいのが小さくなりました。

「どうして泣いていたの?嫌なことがあった?」

 おかあさまがそう聞いてくれて、ヴェルナは、正直に「さびしくって、やでした」って答えました。

「……そう……。最近忙しくしていたものね。ごめんなさいね」

 おかあさまがそう言って撫でてくれます。

「……でも、まだしばらくは忙しそうなの。一緒にご飯を食べられない日もまだまだ続くわ……」
「……そう、ですか……」

 ヴェルナがしゅんとしていると、お父様がこう言いました。

「まだ早いかと思っていたが、やはり、ヴェルナにも少し話しておこうか。わけもわからないまま『放っておかれている』と思わせてしまうよりいいだろう」
「……えぇ、そうね。そうしましょう」
「ヴェルナ。実はね、少し前に、お隣のヴォルコ領のヴォルコ伯爵が亡くなってしまったんだ。それで、私たちが領主がいなくなってしまったヴォルコ領も管理することになって……、忙しくなってしまった」

 ヴォルコ伯爵さまは、おうちにもよく来ていました。知っている人が亡くなったのは初めてのことで、なんだか本当に起こった事とは思えなくて、ヴェルナはぽかんとしました。
 そんなヴェルナに、おかあさまがこんなことを教えてくれます。

「……これも、早めに伝えておきましょう。……あのね、ヴェルナ。ヴォルコ伯爵が亡くなって、ヴォルコ伯爵様のお子さんのシエノーク君が一人残されてしまったから……、私たちが引き取ろうかと思っているのよ」
「……あぁ。そう、シエノーク君をソバキン家に連れてきて、一緒に暮らそうと思っているんだ」
「シエノーク君は、ヴェルナの一歳上の男の子よ。ヴェルナからしたら、突然お兄さまができたような状態になってしまうのだけれど……。……シエノーク君は、お家で……すごく、悲しい思いをした子だから。せめてこの家では幸せに過ごしてほしいの。私たちと一緒に、シエノーク君を優しく歓迎してあげてくれないかしら……」

 思っても見なかったことを言われて、ヴェルナの目が丸くなっていきます。
 シエノーク君って人がおうちにやってくる……、一緒に暮らす……、突然おにいさまが増える……。

 そんなの、そんなの……、



 なんて、すばらしいんでしょう!



 ヴェルナは、ずっときょうだいがほしかったのです。プレゼントになにがほしいか聞かれて、きょうだいがほしいって言ったこともあります。そのときは断られてしまいましたが、ヴェルナはまだ諦めていませんでした。

 きょうだいが出来たら、おとうさまとおかあさまがお夕飯に来れなくても、一人でお夕飯を食べなくてすみます。先生に褒めてもらった話もできるし、うさぎだってすぐに見てもらえます。お母様にもらった本を、一緒に読むことだってできるのです!

「ヴェルナ、きょうだいほしかったです!おにいさまができるの、うれしいです!ヴェルナ、シエノークにいさま歓迎します!!シエノークにいさまが来てくれるの楽しみです!!」

 はしゃぐヴェルナに、今度はおとうさまとおかあさまが目を丸くして、それから思わずといった様子で笑いました。

「そうね、ヴェルナはきょうだいがほしいって言っていたものね」
「あぁ、よかった。こんなに喜んでもらえるなら、もう少し早く言えばよかったな」

 おかあさまはまたヴェルナをぎゅってして、その後、どこか悲しそうな顔をしました。

「……?おかあさま……?」
「……、……あのね、ヴェルナ。シエノーク君はね、きっとヴェルナが見たこともないくらい、すごく細くて小さいわ。それで、肌がぼこぼこしていたり、不思議な色をしていたりすると思う。……でも、どうか、それを理由に遠ざけたり、怯えたりしないであげてほしいの。ヴェルナが嫌そうな顔をしたら、きっと、シエノーク君はすごく傷ついてしまうわ」
「……そうなの、ですか……?」
「えぇ。……シエノーク君がどんな姿をしていても優しくするって、約束してくれる……?」

 ヴェルナは、すごく細くて小さくて、肌がぼこぼこしていたり不思議な色をしていたりするシエノークにいさまのことを思い浮かべようとしました。
 ……よくわかりませんでした。
 でも、とにかく、どんな姿をしていても怖がらなければいいのです。ヴェルナはおかあさまと違って虫だって全然怖くありませんから、きっと大丈夫です。

「約束します!絶対優しくするです!」

 ヴェルナの元気なお返事に、お母様は「ヴェルナはいい子ね」と微笑みました。

「もしかしたらシエノーク君は、ヴェルナや私たちのことを怖がってるかもしれないから……、痛いことも酷いこともしないよ、大丈夫だよって、優しく声をかけてあげてね」
「はいです!」

 おとうさまが「じゃあ、夕飯の続きにしようか。私たちも食べるよ」と言ってくれて、そのあとは、三人で一緒にお夕飯を食べました。

 お夕飯の間、ヴェルナの頭の中は、シエノークにいさまのことでいっぱいでした。



 ******



 あっという間にシエノークにいさまがやってくる日になりました。
 シエノークにいさまのお迎えは、おとうさまとおかあさまがするそうです。本当は一緒にお迎えしたかったですが、お迎えの人が多いとシエノークにいさまが怯えるかもしれないと言われたので、ヴェルナはお部屋でお留守番です。

 でも、二階にあるヴェルナの部屋の窓からは、おうちの門をこっそり眺めることができます。
 ヴェルナは朝から窓のそばに張り付いて、シエノークにいさまを乗せた馬車を待ちました。

 馬車はヴェルナが思っていたよりも早くやってきました。扉が開き、ゆったりとしたシャツを着た黒い髪の男の子が降りてきます。きっと彼がシエノークにいさまです。
 おかあさまが言っていたようにすごく小さくて、ヴェルナよりお兄様だとは思えないくらいでした。
 シエノークにいさまの髪はヴェルナとは違ってさらさらしたまっすぐな髪で、とっても綺麗でした。

 ……ここで、シエノークにいさまがなんだか左右に揺れていることに気が付きました。
 よく見ると、顔がすごく赤いです。
 心配になって思わず窓から身を乗り出すと、

 シエノークにいさまが崩れました。

 糸が切れた人形みたいに、急に倒れたのです。
 シエノークにいさまは、手で体を支えることもなく、顔や体を地面に打ち付けてしまいます。

 ヴェルナが呆然としている間に、おとうさまとおかあさまがシエノーク兄さまに駆け寄って、抱え上げました。使用人を大声で呼び、家に運ぼうとしています。

 ヴェルナは考えるより先に窓から離れ、シエノークにいさまのところへと走り出していました。



 ヴェルナが階段を降りると、シエノークにいさまがベッドのある部屋に運び込まれるところでした。ヴェルナが近づいたらお邪魔になりますから、おとうさまに抱きかかえられているシエノークにいさまを少し離れたところから眺めることしかできません。

 窓から見たときには気づきませんでしたが、シャツはサイズがあっていなくて、大人用のものを着せられているようでした。

 細い骨に薄い皮があるだけみたいな、すぐ折れてしまいそうな体。
 シャツの隙間から覗く胸元や手首はところどころぼこぼこしていて、赤かったり、茶色かったりしています。
 おかあさまが言っていたのは、きっとこのことだったのだと思いました。
 先ほどうちつけていたお顔からは、血が流れていました。

 目を閉じて、くたりとおとうさまに身を預けるシエノークにいさま。
 おとうさまが動いた拍子に、頭が揺れて、片手がぷらりと落ちてしまいます。

 今のシエノークにいさまは、命のないお人形にしか見えません。

 不安で、怖くて、泣きそうです。



 シエノークにいさまのことは、全く怖くありません。こんなに弱りきって、美しい体を揺らすだけの、お人形のようなシエノークにいさまのことが、怖いわけがありません。

 ただ、シエノークにいさまが今にも消えてなくなってしまいそうで、それだけが、すごく、すごく怖かったです。



 その後、お医者様が呼ばれて、お部屋に入っていって……、ヴェルナはずっとなにもできないままで、ヴェルナがお部屋の外をうろうろしていることに気が付いたおかあさまに、お部屋に戻されてしまいました。
 でも、お部屋に戻るときに、「お医者様が言うには、地面に打って怪我をしたところと風邪はすぐ治るらしいわ」と言われたので、少しほっとしました。



 ******



 その日はシエノークにいさまが心配でよく眠れなくて、次の日目が覚めたら、もうお昼になっていました。



 ……シエノークにいさまは、どうしてあんなに細くて小さいのでしょう……
 ……シエノークにいさまの肌は、どうしてあんな色や形をしているのでしょう……
 ……シエノークにいさまの服は、どうして大人用なのでしょう……



 そんなことを考えながら夕方まで過ごしていると、使用人さんがヴェルナのお部屋の扉をノックしました。

「ヴェルナ様。シエノーク様が元気になられて、ヴェルナ様に挨拶したいとのことです。イサク様とアリサ様はすでにシエノーク様のお部屋におります」
「シエノークにいさまが!?すぐ行くです!」

 こんなに早く元気になるなんて!ヴェルナは嬉しくて、走ってシエノークにいさまがいるお部屋に向かおうとして……、使用人さんに「危ないですよ」と言われて、早歩きに変えました。



「ヴェルナです!入っていいですか?」

 ヴェルナがお部屋をノックしてそう言うと、「えぇ、おいで」というおかあさまの声がしたので、どきどきしながら扉を開けました。

 中にはベッドのそばの椅子に座ったおとうさまとおかあさま、ベッドの上で体を起こしてこちらを見ているシエノークにいさまがいました。



 真っ黒でさらさらな細い髪に、透き通るような白い肌、とろんとした大きな目。
 初めて見たその瞳は、吸い込まれそうな深い深い黒い色をしていました。

 しっかりと体を起こすシエノークにいさまは、もう、命のないお人形には見えません。
 そこには、幼くて可愛らしくて、綺麗な男の子がいました。

 手当されて布が当てられたお顔の怪我も、ひどく細くて小さい体も、ぼこぼこした赤茶色の肌も、見ていると胸が締め付けられるような気持ちになりましたが、それでも、シエノークにいさまは綺麗でした。



 シエノークにいさまは、その優しい目を細めて、ふんわりと微笑み、少し頭を下げました。

「初めまして。ヴォルコ伯爵家のシエノーク・ヴォルコです」
「……あっ!ヴェルナです!えっと、ヴェルナ・ソバキンです!ソバキン伯爵家の!」

 シエノークにいさまに見惚れていたせいでお返事が遅れてしまいました。それに順番もめちゃくちゃです。
 シエノークにいさまは、落ち着いた聞き取りやすい声で、大人みたいな挨拶をしてくださったのに……。……恥ずかしくて、どんどん顔が熱くなっていくのがわかりました。
 俯くヴェルナに、シエノークにいさまはこんなことを言います。

「……なるべく、ご迷惑はおかけしないようにします。ヴェルナ様の邪魔は絶対にしません。ヴェルナ様がお嫌でしたら、近づかないようにいたしますので……、」
「え!?」

 びっくりして顔を上げるのと一緒に大きな声を出してしまって、シエノークにいさまがびくりと震えて怯えた顔をするのが見えました。もうしわけありません、とか細い声で言うシエノークにいさまに、ヴェルナは頭が真っ白になってしまいます。

「ヴェルナ、シエノークにいさまのこと嫌じゃないです!近づかないなんてやです!シエノークにいさまと一緒にいたいです!シエノークにいさまにヴェルナのおにいさまになってほしいです!だから、だから……、大丈夫です!ヴェルナ怖くないです!」

 自分が何を言っているのかもよくわからないまま、シエノークにいさまに怯えてほしくなくて、いっぱい話してしまいました。
 もっと怖がらせてしまったでしょうか!?ヴェルナがおろおろしていると、シエノークにいさまは大きな瞳を更に大きく丸くして、それから視線を泳がせました。

「……ぁ、……ヴェルナ様は、僕に……、兄になってほしいの、ですか……?」
「えっ、あっ、そうです!!おにいさまになってほしいです!!」
「…………」
「……、……ぅ……、あの、その……、ヴェルナのにいさま、やだったら……おともだちから、でも……」
「あっ、嫌じゃありません!ヴェルナ様がそうしてほしいなら、僕は兄になります!」
「ほんとですか!?」

 シエノークにいさまの言葉に、ヴェルナは飛び跳ねて喜びます。

「うれしいです!とってもとってもうれしいです!ヴェルナ、きょうだいほしかったんです!シエノークにいさま大好きです!おとうさま、おかあさま!ヴェルナ、おにいさまできました!」

 おとうさまとおかあさまに報告すれば、おとうさまもおかあさまも嬉しそうに微笑んでいました。



 こうして、ヴェルナにはとっても綺麗なおにいさまができたのです!
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