美形令息の犬はご主人様を救いたい

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ソバキン家にて

6.不器用なお客様、不器用な僕

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 徐々に食事の量を増やし、ヴェルナ様と勉強し……、
 そうこうしているうちにあっという間に一週間が過ぎ去って、今日はもうイヴァン様がソバキン家に訪れる日です。

 公の場ではないとはいえ、王家の方の来訪ですので、初日だけでもある程度正式な服を着てお出迎えすることになり、僕は今、使用人さんにお着換えを手伝っていただいています。

 しかし、上衣を身に着けようとしたとき、使用人さんの手が止まってしまいました。

「この服だと、擦れてしまいませんか」

 何を言われているのかすぐに理解できず、首を傾げていると、使用人さんは言いにくそうに視線をさまよわせた後、「傷に……」とおっしゃいました。

 自分の体に視線を落とし……、ようやく、言葉の意味を理解しました。

 なるほど、使用人さんはどうやら、僕の傷跡が上衣に擦れることを心配してくださったようです。上衣は、僕の体型をカバーするためか、詰め物が多く入った形をしていました。
 たしかに、お父様が亡くなる直前に躾で切っていただいてついた肩や胸の傷は未だに腫れ上がっていますから、この服を着て動けば擦れて痛みが出るでしょう。
 ですが、この服はイヴァン様の来訪を知らされてからイサク様が急いで用意してくださって、昨日ぎりぎりで届いた服。今更変えていただくことは不可能です。
 僕は使用人さんに「大丈夫ですよ」と微笑みかけました。

 使用人さんは、僕の言葉を聞いても中々手を動かそうとしませんでしたが、「時間が迫っていますから」と促すと、ようやく動いてくださいました。

「……、」

 案の定痛み、うめき声が漏れかけましたが、耐えました。詰め物が多い上に、生地が丈夫で重く、かなり強く擦れます。
 でも、大丈夫です。この程度慣れっこです。

 装飾もつけていただいて、着替えは完了です。痛みを顔に出さないようにしながら、僕はイヴァン様を迎える客間に移動しました。



 ******



「シエノークにいさま!」

 客間に入ると、すでに着替えを済ませ、緑色の軽いドレスを身に纏ったヴェルナ様が出迎えてくださいました。

「素敵なドレスですね。よくお似合いです」
「シエノークにいさまも!かっこいいです!」

 少し遅れてソバキン夫妻が部屋に入ってきます。
 イサク様は僕を見て、「服は体に合っていただろうか?」と気遣ってくださいました。

「えぇ。問題ありません。素敵な服を用意してくださって、ありがとうございます。準備を急がせてしまって申し訳ございません」
「それならよかった。服の準備を急ぐことになったのは、ヴォルコ家に君の礼服があると思い込んで確認を怠った私のせいだから、シエノーク君は気にしないでおくれ。間に合ってよかった」

 アリサ様が、「イヴァン様が到着するまでは座っていていいのよ。イヴァン様が部屋に入ってきたら立ち上がって挨拶してくれたらいいの」と、僕に座るように促します。
 少し動くだけで擦れますから、座ったり立ったりすることさえも億劫でしたが、アリサ様の気遣いを無碍にするわけにはいきません。僕はゆっくりと座らせていただきました。

「おかあさま、今日は門の前に行かなくていいのですか?」
「えぇ。イヴァン様が出迎えは必要ないとおっしゃっていたの。とはいえ、挨拶しないわけにはいきませんから、イヴァン様が到着したらこの部屋に来ていただいて、挨拶だけは済ませますけどね」
「挨拶……、……。……何を言うですか!?」
「ふふ、ヴェルナはイヴァン様が入ってきたらカーテシーをして、そのあとは話を聞いていてくれたらいいわ。初めましての挨拶は、この前済ませましたからね」

 ヴェルナ様はアリサ様の言葉を聞き、「よかったです……」とほっとした様子です。ヴェルナ様は、まだ正式な挨拶に慣れていないのでしょう。イヴァン様が苦手だからという理由もあるかもしれませんが。
 続いて、イサク様が口を開きます。

「シエノーク君には挨拶してもらうことになるが、まぁ、シエノーク君なら大丈夫だろう。私たちにしてくれたように挨拶してくれればいい。イヴァン様だから特別気をつけなければいけないようなことや言わなければいけないことはない。例えなにか言い間違えたり、つっかえたりしてしまっても、公の場でもないのだし、気にする必要はない。シエノーク君はまだ9歳だしな。緊張せず、気楽に構えていてくれ」
「はい。ありがとうございます」

 四人でしばらく話していると、使用人さんが『イヴァン様がいらっしゃった』と報告してくださいました。もう、部屋に向かっているそうです。
 居住まいを正し、イヴァン様の到着を待ちます。



 扉がノックされ、イサク様が開いて出迎えます。

 扉の奥にいたのは、イサク様よりも背の高い、黒髪の男性。
 ゆるくウェーブした髪は結われることもなく、自然のまま肩にかかっています。
 顔を半分隠してしまうほど長い前髪から覗く緑色の眼は狡猾な印象を与え、高い鼻と薄い唇は鋭利な美しさを感じさせます。
 その身長と顔立ちから、成熟した男性にしか見えませんが、……彼こそが、ツェントル王国の第三王子、15歳のイヴァン・アポ・ツェントル様です。

「ようこそおいでくださいました。イヴァン・アポ・ツェントル様」

 そう言い、手を差し出すイサク様。イヴァン様はイサク様と握手をし、口角を上げて笑顔を作ります。

「受け入れてくださりありがとうございます、イサク・ソバキン伯爵」
「イヴァン様が羽を伸ばせるなら、いつでも出迎えますよ。この家でよい休暇をお過ごしください」

 イヴァン様が部屋に入ってきて、ヴェルナ様とアリサ様が立ち上がってカーテシーをします。
 僕も痛みに耐えながら少し遅れて立ち上がり、軽くお辞儀をします。
 イヴァン様はそんな僕を視界に入れると、……笑顔を消し、わずかに目を見開きました。

「彼が、シエノーク・ヴォルコ伯爵です。ヴォルコ伯爵、ツェントル王国の第三王子、イヴァン・アポ・ツェントル様だ」
「初めまして、イヴァン・アポ・ツェントル様。ヴォルコ領領主、シエノーク・ヴォルコです」
「……っあ、あぁ。イヴァン・アポ・ツェントルです」

 イヴァン様は、わずかに言葉を詰まらせながら返事をします。
 そうして、不躾に僕のことをじろじろ見始めました。

 一体、どうしたというのでしょう。僕の姿が、そんなに気持ち悪かったのでしょうか。なんだか落ち着かなくて、胸がざわざわします。

 ……不快にさせてしまったなら申し訳ありませんが、それはそれとして、謝罪はしていただかなくてはいけません。
 イヴァン様が離れに篭ってしまえば、僕やヴェルナ様が近づく隙がなくなってしまいます。
 今この場で、決着をつけましょう。
 
 事前にヴェルナ様に確認し、イヴァン様に言われたことを皆様に共有する許可はいただいています。

「イヴァン様は、今回も離れで過ごすのでしょうか」

 僕の確認に、イヴァン様が瞬きをして、「……えぇ、そうですね」と肯定します。

「前回、離れになるべく人が来ないように言っていたと、ヴェルナ様から聞きました。今回もそうでしょうか」
「……はい」
「ヴェルナ様が誤って近づいてしまったとき、『来るなって言われてただろ』と怒ったそうで」
「えっ?」

 声を裏返らせるイヴァン様。イサク様とアリサ様が驚いた顔でイヴァン様を見ます。
 ヴェルナ様が不安そうな顔で僕を見上げていて、僕は安心させるように微笑みかけました。

 イサク様は少し警戒し始めた様子で、イヴァン様に強い口調で「そうなんですか?」と尋ねます。
 イヴァン様は、焦った様子で視線を泳がせます。

「えっ、俺そんなこと……、……言っ……たか、……言ったな。……言いましたけど、」

 イヴァン様の口調が崩れ、ぼそぼそとした、聞き取りづらい声になってきました。

「俺が、『なるべく一人で過ごしたいから、離れに人が来ないようにしてほしい』ってソバキン伯爵に言っちゃってたから……、離れに近づいたら、ヴェルナ嬢がソバキン伯爵に怒られちまうと思ったんだよ。それで、ヴェルナ嬢が怒られる前に戻って欲しくて、『来るなって言われてただろ、早く戻れ』って言っただけで……、俺が怒ってたわけじゃなくて……」

 ヴェルナ様は驚いた顔をしています。イヴァン様に怒られたのだと、今の今まで思い込んでいたためでしょう。

「イヴァン様。ヴェルナ様は、使用人に囲まれて育った、伯爵家のご令嬢です。イサク様とアリサ様以外の方からは、常に敬語で接されてきました」
「……え、何の話、」
「よく知らない人に、平民口調で話される経験自体がないのです」



 第三王子であるイヴァン様は、ソバキン領出身です。
 しかし、通常そんなことはあり得ません。王家の人間は、基本的に王都で生まれ、王都で育つからです。

 イヴァン様がソバキン領出身なのは、12歳のときに王の息子であることが判明して王都に連れて行かれるまで、平民として扱われていたからです。
 このことについては、ヴォルコ家の使用人の方も話していらっしゃいましたから、僕も知っています。

 イヴァン様にとって、敬語を用いない口調は、怒っているときに人を攻撃するために使う乱暴な言葉遣いではなくて、平民として過ごした12年間で慣れ親しんだ気楽な口調なのでしょう。



「イヴァン様は、昔の感覚で話しただけなのでしょうけど。伯爵家の貴族令嬢からしたら、乱暴な口調で怒られた、と捉えることしかできません。乱暴な口調なんて、目上の人に怒られるときくらいしか使われないのですから」



 えぇ、わかっています。
 わかっていました。イヴァン様は怒っていたわけではなくて、ただ昔の感覚で話しただけなのだろうということくらい。
 でも。
 ヴェルナ様が、イヴァン様が深く考えずに発した言葉に怯えて傷つき、その後誤解が解かれずに放置されてしまったのは、紛れもない事実です。
 そのことについては、きちんと謝罪し、反省していただかなくてはいけません。
『兄』として。



 ヴェルナ様、怖がっていましたよ。
 僕が発したその言葉に、イヴァン様はバツの悪そうな顔をしました。

「あー、……そう、か。そりゃそうだ。そうだよな。申し訳……、…………や、ごめん、だな」

 イヴァン様はヴェルナ様に歩み寄ると、しゃがんでヴェルナ様に視線を合わせ、優しい声色で語りかけます。

「怖がらせて悪かったな。怒ってたわけじゃないんだ、本当に。ヴェルナ嬢が嫌いなわけでももちろんない。あの時は、貴族風に言うなら、……あー、……なんだ、……『離れに近づいてはいけない、とソバキン伯爵に伝えられていなかったでしょうか。ソバキン伯爵に怒られてしまいますので、早く戻られた方がいいですよ』みたいなこと、言いたくて……、でも休暇で気が抜けてて、出てこなかった。……後でちゃんと、怒ってたわけじゃないって言うべきだったな。ごめん……」
「……そうだったの、ですか……」
「……離れに近づくなって言うのもさ、使用人に囲まれたらせっかくの休暇なのに気が休まらないってだけで、本当は、ヴェルナ嬢なら来てもよかったんだ」
「え!そうなのですか!?」
「うん。……来たときにちゃんと伝えられてなかった上に、その後も伝える機会がないまま夏季休暇が終わっちまって……学校に通ってる間に完全に忘れて春季休暇が来て……、このままじゃまたヴェルナ嬢が離れに近づけなくなるところだった。……マジでごめん……」
「まじ……?……えっとえっと、ヴェルナは大丈夫です!怒ってないって言ってもらえて安心です!今度からは離れにも遊びに行くです!」

 謝罪と反省が済んだようです。ヴェルナ様ももう怖がっていないようですので、僕の『兄』としての役目は果たしたと言っていいでしょう。
 イサク様とアリサ様も状況を理解して、微笑ましそうに二人を眺めています。

「誤解が解けてよかったです。引き止めてしまって申し訳ありません」
「……や、教えてくれてありがと……うございます、ヴォルコ伯爵」
「……シエノークと呼んでください。ヴォルコ伯爵と呼ばれるのは慣れません。口調もそのままで大丈夫です。せっかくの休暇ですから、楽に話していただけたら嬉しいです」
「……そう?ならそうするけど、……」

 ここで、また少し観察するような目になりました。
 ……この目は、少し苦手です。

 もうヴェルナ様が悲しむこともないでしょうし、そろそろ離れに向かっていただきましょう。「よい休暇をお過ごしください」と締めくくり、イサク様が自然とイヴァン様を離れに案内するのを待ちました。
 しかし、ここで、ヴェルナ様の無邪気な声が響きます。

「あのあの、シエノークにいさまも離れに行っていいですか!?」

 ヴェルナ様はそう言って、
 僕の腕を引きました。

「……ぃ゛、……っ」

 顔が歪み、うめき声が漏れます。腕を引かれた拍子に強く擦れたのです。ヴェルナが驚いてこちらを見て、イサク様とアリサ様も「シエノークくん?」と反応します。

 あぁ、この程度も我慢できないなんて。

 イヴァン様が、焦った声を出します。

「……っ、ソバキン伯爵、すぐ着替えさせてやってくれ。もっとゆったりした動きやすい服に。傷跡が擦れてるんだと思う」

 イヴァン様の言葉に瞬きます。
 ……イヴァン様は、どうして傷のことを知っているのでしょう。
 ……まさか、立ち上がる僕の動作で気づいたというのでしょうか?
 ……僕が立ち上がる時に目を見開いていたのも、じろじろ観察するように見ていたのも、傷のことが気になっていたから?

 イサク様はイヴァン様の言葉を聞き、慌てて使用人を呼びつけました。

 ヴェルナ様が、僕に不安そうな顔を向けます。

「シエノークにいさま、ヴェルナが引っ張ったの、痛かったですか……?」
「いえ、大丈夫ですよ。これくらい慣れっこです」

 ヴェルナ様が目を見開いて、みるみるうちにその綺麗な瞳に涙が溜まっていきます。
 あ、間違えた、と気づいても、もう取り消せません。ヴェルナ様の目から涙がこぼれて、「……ごめんなさい……」と言われてしまいます。

「ヴェルナ、ヴェルナ……、シエノークにいさまに酷いことしました……、シエノークにいさまに、痛い思いしてほしくなかったのに……」

 あぁ、どうしましょう。泣かせてしまいました。
 僕が『兄』としての正しい返答を思いつけずにいると、使用人さんが入ってきます。

「歩くと痛いだろう、私たちが出ようか」

 イサク様はそうおっしゃってくださいましたが、ここでイヴァン様が口を挟みます。

「……いや、いた方がいい。一緒に暮らすなら、シエノークの傷のことは正しく把握しておくべきだ。知らなければ、今回みたいに詰め物が入った服を無理に着せて苦しませるようなことが、また起こるかもしれない。使用人は俺達に命令されたら言うことを聞くしかないから、俺達が知っておかなきゃいけない」
「……そうか、そうですな……。……シエノーク君、すまない。君の傷跡を見せてほしい……」

 僕がイサク様にそう言われて、断れるわけがないのです。「はい、大丈夫です」と答えた声は、わずかに震えていました。



 僕が服を脱げば、背後で誰かが息を呑む音が聞こえました。
 イヴァン様が僕に近づいて、僕の体を観察すると、イサク様に問いかけました。

「……医者には見せたんだよな?」
「……あ、あぁ。そうですね。シエノーク君がここに来たときに。この体型だし、風邪も引いていましたから」
「だったら、診たのは十中八九貴族御用達の内科医だよな。このレベルの傷跡には疎そうだ。……改めて、軍医の経験がある医者か、教会にいる皮膚に強い医者に診てもらった方がいい。治療でもう少しマシになる可能性がある」
「! 本当ですか!わかりました。すぐ手配します」

 ヴェルナ様が、まだ少し泣きながら、「イヴァンさまは、お医者様なのですか……?」と尋ねました。
 イヴァン様はそれを聞くと僅かに顔を顰め、視線を床に落とします。

「……なり損ないだよ。……医者になりたくて、2年だけ魔術の修行をした……けど、その後、国王の息子だってわかったから、教会から追い出されて、それきり。知識はあるけど魔術が扱えないから、シエノークの傷を治すことはできない」

 『王家と公爵家は魔術修行を受けてはいけない』
 少し前に、授業で習ったことです。

 確か、魔術修行は10歳から受けられるもののはずです。
 平民であったときのイヴァン様は、10歳から受けられる魔術修行を、10歳から2年受けたのでしょう。
 しかしその後、王家の人間であると正式に判明したことにより、教会から追い出され、医者の道が絶たれてしまったようです。

 医者として修行した過去があるから、人の傷や病気には人一倍気づきやすいのか……、……いえ、多少のぎこちなさまで見抜くのは、彼自身の才能でしょう。

「ヴェルナ嬢、そんなに泣くとみんな悲しいぜ。……触ったら痛む傷は、この辺の盛り上がった傷だ。今度から、このあたりには触らないことと、急に手を引っ張らないってことに気をつける。これでおしまい。な?」
「……、は、い……。気をつける、です」

 イヴァン様の言葉に落ち着いて、泣き止むヴェルナ様。
 ……胸が締め付けられるような感じがました。

「とりあえず、状態は確認できた。ソバキン伯爵とソバキン夫人も、今ヴェルナ嬢に示した傷は炎症を起こしてるから痛むってことは覚えててくれ。……他は、もしかしたら雨の日なんかは痛むかもしれないが、基本的には治った傷だ」
「えぇ、わかったわ」
「もう服着ていいぜ。寒いだろ」

 イヴァン様の言葉で、使用人さんが部屋着を着せてくださいます。
 体は随分楽になりましたが、心は晴れません。



「……ヴェルナ様、申し訳ありません……」
「……え?」
「悲しい思いをさせて、泣かせてしまいました」
「えっ、シエノークにいさまは悪くないです!」
「……。……そう、でしょうか。……僕は、『兄』らしいことも、なにも言えなくて……」

 これじゃ、イヴァン様の方が『兄』ですね。と、思わず口にした言葉で、胸が締め付けられるような思いがしました。

 もし、もしも、イヴァン様に、『兄』の座を奪われたとしたら。

 そんな不安が、僕を押し潰そうとするのです。

 僕の言葉に、目を見開くヴェルナ様。

 ……あぁ、余計なことを言ってしまいました。こんなこと、言ったって仕方がないのに。困らせてしまったでしょうか。僕は……、僕は、さっきから、間違えてばかり。



「……ヴェルナは、『シエノークにいさま』が好きです!」



 僕の思考を掻き消すように、ヴェルナ様が大きな声を出しました。

「イヴァンさまのほうが『兄』らしいとか、ヴェルナ、わかんないです。ヴェルナ、なにが『兄』らしいのか、知らないです。でも、もしも、イヴァンさまの方が兄らしくっても、ヴェルナは『兄』じゃなくて『シエノークにいさま』がいいから、いいのです」

 ヴェルナ様は、きっと、僕の不安を見抜いたのでしょう。
 そうして、たどたどしくも必死で言葉を紡いで、不安を消そうとしてくださっているのだと、馬鹿な僕にも理解できました。

「『兄』らしくなくって、いいんです!ヴェルナは、『シエノークにいさま』のことが、大好きだから!」

 だから、かなしいお顔、しないでください。
 そう言って、ヴェルナ様は僕の頬に手を伸ばし、包んでくださいます。ヴェルナ様の暖かい手に、冷たい心が溶かされるような心地がしました。



 『兄』らしくいなければ捨てられるかもしれないなどと、無意識のうちに不安になって、気を張っていたようです。
 でも、『兄』の座を奪われる心配なんて、最初からなかったのですね。

 ヴェルナ様が必要としてくださっているのは、お手本のような『兄』ではなくて、『シエノーク』なのだ。
 僕自身が、必要とされているのだ。

 その事実を、実感をもって理解しました。



「……ありがとう、ございます……」

 僕が心から微笑んだのが伝わったのかもしれません。ヴェルナ様も、ふわりと笑ってくださいました。

 ヴェルナ様は、イヴァン様を振り返って改めて尋ねます。

「イヴァンさま!シエノークにいさまも、元気になったら、離れに行っていいですか?」
「……あぁ、さっき答えそびれてたな。傷跡を治療した後ならいいぜ。むしろそうしてくれって感じだ。リハビリも必要だろうからな」
「わぁい!シエノークにいさま、痛いの元気にして、お庭で遊ぶしましょうね!」

 はい、と、僕は僕の意思で、しっかり頷きます。

 早く、傷を治さなくては。
 『シエノーク』として、ヴェルナ様とお庭で遊んでみたいから。
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