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初等部
11.予想外の再会
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翌日、荷物の確認などが落ち着いた後、ソバキン家の皆様に向けて無事に着いた旨のお手紙を書き、手紙を受け付けてくれる職員さんに渡しました。
手紙を出し終わればちょうどお昼時になっていましたので、寮で昼食を食べ、その後、国立学園の図書館に向かいました。
ルスラン様とお会いするまでに少しでも優秀な人間になるため、ギリギリまで国立学園の図書館で勉強するのです。
国立学園の図書館は国立学園の敷地の入り口近くにあり、その膨大な蔵書量から、王都にいる大人の貴族も利用します。
利用する人数が多いために、自習や読書用のスペースがかなり広く取られていて、勉強にはちょうどいい環境です。
僕は踏み台を駆使して目当ての本を取り、自習スペースの机に向かいました。
自習スペースには、ほとんど人がいませんでした。
大人の貴族は非常に忙しい時期ですし、せっかくの休みなのに勉強しにくる生徒もそう多くありません。
来たとしても、本を貸し借りしたらすぐ帰ってしまいます。
だから、自習スペースの隅の机で本に目を落とすその人が、よく目立ちました。
息が止まります。
いえ、いえ。
混雑していたとしても、その姿はよく目立ったことでしょう。
透き通るようなプラチナブロンドの髪。
陶器のような白い肌。
伏せられた目元を縁取る長いまつ毛。
均整の取れたその顔立ちは、神が生み出した芸術としか思えません。
内側から光を放つような神々しい美しさです。
……その人こそ、僕の前のご主人様。
ルスラン・テオス・ゾロテスティ様でした。
僕は咄嗟に近くの棚に隠れます。
ルスラン様から見えない場所で息を吐き、深呼吸して、溢れそうになる涙を堪えます。
まさか、こんなところで再会するなんて。
……いえ、そういえば、ルスラン様は『前』も頻繁にこの図書館に訪れていました。また、ルスラン様のご実家は国立学園のすぐそばにあり、寮に入っていない時でも図書館に訪れることができます。
そう考えると、ルスラン様がここにいることは、何も不思議なことではありません。
あぁ、どうしましょう。生きているルスラン様が、すぐそばに。
愛しいルスラン様。
大好きなご主人様。
『前』の僕を、唯一救ってくれた人。
汚い僕を、受け入れてくれた人。
僕の願いを、叶えてくれた人。
はしたないとわかりながらも力が抜けてしゃがみ込んでしまい、うずくまります。
あのとき、破滅の道を突き進んだルスラン様。騎士に斬られたルスラン様。動かなくなっていったルスラン様。
そのルスラン様が、生きて、僕と同じ空間に存在しているのです。
嗚呼、世界はなんて素晴らしい!
ルスラン様。
僕は貴方に会うまでに、たくさんのものをもらってきました。
ソバキン家の皆様に受け入れてもらえました。たくさん勉強ができました。ヴェルナ様という可愛らしい妹に、イヴァン様という心強い味方もできました。
それもこれも、貴方のために行動したからです。
貴方がいたから、貴方のために動いて、その結果いろいろなものを得ることができたのです。
貴方のおかげなのです。
僕は、『前』だって『今』だって、貴方に救われています。
救われ続けています。
しばらくして、なんとか気持ちを落ち着かせると、僕は、ここからどうするかを考えました。
……この状態で話しかけようにも、感動と緊張で言葉が詰まってしまって上手く話せない気がします。
それに、今はルスラン様は読書中のようです。邪魔をするわけにはいきません。
……近くで勉強することで、ルスラン様の存在に慣れる練習をさせていただくにとどめましょう。
どのみち、同じ学級で授業を受けることになるのですから、今焦って話しかける必要はないのです。
僕は勇気を振り絞って立ち上がり、机に向かうと、ルスラン様から少し離れた位置に無理やり座り、震える手で本を開きました。
最初はルスラン様の存在が気になりすぎて内容がまるで頭に入ってきませんでしたが、時間が経つうちに僕もルスラン様が存在する空気に慣れてきて、徐々に徐々に読めるようになってきました。
一冊読み、二冊めを読んでいる途中で疲れて顔を上げると、窓の外が暗くなっていました。ルスラン様はもういません。
時計を見れば、もう夕飯の時間です。僕は慌てて片付け、寮に戻りました。
******
次の日、今日こそもっとちゃんと勉強するぞと意気込んで図書館に向かったのですが、僕が勉強を始めてすぐにルスラン様が来て何も考えられなくなり、その意気込みは情けなく砕け散りました。
昨日で慣れたかと思っていたのですが、寝ると慣れがリセットされてしまうようで、思わずまた感動に打ち震えてしまったのです。
しかし、なんとか昨日よりは早いうちに慣れ、昨日よりは勉強することができました。
訓練を重ねれば打ち震える時間もどんどん少なくなっていくのでしょう。
早く、話しかけられるくらいに慣れたいものです。
三日目。またしてもルスラン様がいました。
……もしかして、毎日来ているのでしょうか?
ルスラン様は、毎日何を読んでいるのでしょう……。
ルスラン様を見ながらそんなことを考えていると、不意に、ルスラン様がこちらを見ました。
ルスラン様の美しい青い瞳が僕を捉えます。
ルスラン様が、僕を、見て、認識してくださって……、
……あ、どうしましょう。
嬉しい。
だらしなく頬が緩んでしまうのが自分でわかって、しかし止められません。
ルスラン様は少しの時間僕の顔をじっと見てから、やがて本に視線を戻しました。ルスラン様の視線が外れ、ようやく我にかえります。
……今、僕はどんな顔をしたのでしょう!?
気持ち悪い顔をしてルスラン様に気持ち悪いやつがいると思われたりはしなかったでしょうか!?
思われたかもしれません……。
昨日よりルスラン様の存在に慣れることはできていたのですが、それよりもルスラン様の前でだらしない顔を晒したショックで初日よりも勉強できませんでした。
四日目にはショックから立ち直り、最初からある程度スムーズに勉強できるようになってきました。
入学式の直後にこれでは授業に支障が出ていたでしょうから、今出会っておいてよかったと心底思いました。
そうして迎えた五日目。
「なぁ」
声変わり前の少年の美声が聞こえてきました。まるでルスラン様に話しかけられたかのような響きです。
もしかすると、ルスラン様のことを考えすぎて幻聴が聞こえ始めたのかもしれません。
『前』の僕の声が聞こえてきたこともある僕ですから、そういうこともあるのでしょう。僕はあまり気にせず勉強を続けました。
「……なぁ、そこの黒髪」
少し苛立ったその声は、僕の目の前から聞こえてきていて、ようやくもしかすると幻聴ではないかもしれないと思い始め、僕は顔を上げました。
そこにいたのは、眉を顰めて僕を見下ろすルスラン様。
「……ひぁ、あ……」
あまりの衝撃に僕が変な声を出しながら固まっていると、ルスラン様は更に眉の皺を深くし、怪訝そうにします。
「……すぐに挨拶しない失礼なやつには名乗らなくてもいいな。……聞きたいことがある」
「……ぇあ……あ、はい……」
生きているルスラン様の声が耳に響き、目に涙が溜まります。感動で。
ルスラン様はそんな僕の顔を見て目を見開くと、視線を彷徨わせた後、僕が読んでいた本に視線を落としてこう言いました。
「…………お前、毎日政治の本を読んでるよな」
……いつのまにか見られていたようです。
確かに、僕がここにきて勉強していた内容は、世界の政治や歴史についてでした。……本当はそれ以外の分野の勉強もしたかったのですが、ルスラン様に気を取られて叶いませんでした。
「……はい……。勉強の、ために……」
「……なんで」
「……え、」
「なんでそんなに勉強するんだ?俺はここによく来るが、お前みたいな熱心な子供は俺以外に初めて見た」
貴方のためです。……とは言えず、返答に詰まっていると、ルスラン様は僕を睨みつけるように見て、ごく小さな声で、唸るように言いました。
「……この国を変えたいのか?」
……あ。
そう、そうです。
ルスラン様は、こういう人。
僕は懐かしい気持ちになって、また頬が緩むのを感じました。
周りを少し見渡します。僕ら以外に、近くには誰もいません。ルスラン様の護衛はどこかに隠れているのでしょうが……、彼ら彼女らなら、聞かれても構わないでしょう。
「そうですね、変えられるくらい優秀になろうと、そのためにたくさん勉強しようと、そう思っています」
ルスラン様は、その目を丸く開きました。青い空のような瞳に光が入って、更に美しく輝きます。
ルスラン様が何か言う前に、僕は言葉を続けました。
「ただ、国を変えることが目的なのではありません。国を変えることは、手段だと思っています」
「……手段……?」
「はい。僕は、大切な人が幸せに生きていけるようにしたいのです」
貴方に、幸せに生きてほしいのです。あの日の、その先も。
「大切な人が幸せに生きていくためには、国を変える必要があるのかもしれません」
だってそれは、出会ってから死ぬまで、貴方が願っていたことで、
貴方は、この国をよりよくするために動いている間しか幸せを感じられない人間なのだろうから。
「だったら、変えますよ。大切な人が幸せになるための手段として、国を変えます。……そうすることができる人間になれるよう、努力します」
王の首を取る計画は食い止めますが、それは方法が間違っていたからです。国を変えたいという貴方の望みそのものが間違っていたとは、今でも思っていません。
その望みは、いずれ別の形で叶えたいです。
叶えます。
貴方のために。
ルスラン様は少しの間目を見開いたままで固まって……、くしゃっとした笑顔になって「っはは!」と笑いました。
「そうだな。俺もそうだ。俺の大切な人は国民だけどな。大切な国民たちのために、国を変えたいと思ってる。変えるんだ。そのために勉強してる」
白い頬を少し赤くし、興奮した様子で僕に捲し立てるルスラン様は本当に楽しそうで、……まただらしない笑顔を浮かべてしまいました。
しかし、ルスラン様は僕の顔のことは気にせず、話しかけ続けてくださいます。
「俺と似たやつがいるなんて思わなかった。……お前、貴族だよな?いつ国立学園に入学するんだ?来年?再来年?」
「あ……、9歳です。明後日入学します」
「……え、」
僕の体が小さいからか、同い年だとは思っていなかったようです。驚きつつも、「俺もそう。じゃあ同級生だな」と笑いかけてくださって、心臓が止まるかと思いました。
僕のご主人様がこんなにもかっこよくて美しい……!!!
しかも下僕であるところの僕に笑いかけてくださっている……!!!
いえ、まだ下僕ではありませんでした。
未下僕です。
「……あ、じゃあ、すぐバレるのか。……名乗るよ。俺は、……ルスラン・テオス・ゾロテスティだ」
少し哀しそうな、憂いを帯びた表情で名乗ってくださるルスラン様。
……もしかすると、名乗れば僕が恐縮してしまうと思ってくださっていたのかもしれません。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。ヴォルコ伯爵領のシエノーク・ヴォルコです」
心配いりませんよという気持ちを込めて、なんとかつっかえずに挨拶してみせます。
僕の態度にまた少し驚いた顔をしてから、ルスラン様は「明後日からよろしくな」と言ってくださいました。
「明日は入学準備があるから来れないんだよ。今のうちにこの国について話そう」
ルスラン様はそう言うと、僕の隣に座りました。
近い……!!
近くで見ると更にきめ細やかな肌……。
僕より大きくてしっかりした体……。
さらりと流れる細い髪……。
なんとなくいい香り……。
かっこいい……!!
久々の近距離ルスラン様は刺激が強くて内心大暴れでしたが、ルスラン様が政治について語る中で僕の意見を聞いてくださったときは、未下僕の意地でなんとか答えました。
ルスラン様と話していると時間が飛ぶようです。気がついたら日が落ちていました。
「そろそろ戻る。明後日、入学式で」
「は、はい。また会いましょう」
結局勉強はできませんでしたが、ルスラン様が楽しそうだったのでよしとしましょう。
……どうやら、ルスラン様には『前』の記憶はないようです。もしあるなら、僕が『ご主人様になってください』と一切言わなかったことを不審に思っていたでしょう。
正直、ルスラン様との思い出を忘れられてしまっているのは、かなり堪えます。僕達の関係が、なかったことになるような気がして……。
……いえ、僕さえ覚えていれば、そうして、ルスラン様を救うことができるなら、それでいいのです。
そう自分に言い聞かせ、たくさんの嬉しさと少しの悲しさが混ざった複雑な気持ちで、寮に戻りました。
手紙を出し終わればちょうどお昼時になっていましたので、寮で昼食を食べ、その後、国立学園の図書館に向かいました。
ルスラン様とお会いするまでに少しでも優秀な人間になるため、ギリギリまで国立学園の図書館で勉強するのです。
国立学園の図書館は国立学園の敷地の入り口近くにあり、その膨大な蔵書量から、王都にいる大人の貴族も利用します。
利用する人数が多いために、自習や読書用のスペースがかなり広く取られていて、勉強にはちょうどいい環境です。
僕は踏み台を駆使して目当ての本を取り、自習スペースの机に向かいました。
自習スペースには、ほとんど人がいませんでした。
大人の貴族は非常に忙しい時期ですし、せっかくの休みなのに勉強しにくる生徒もそう多くありません。
来たとしても、本を貸し借りしたらすぐ帰ってしまいます。
だから、自習スペースの隅の机で本に目を落とすその人が、よく目立ちました。
息が止まります。
いえ、いえ。
混雑していたとしても、その姿はよく目立ったことでしょう。
透き通るようなプラチナブロンドの髪。
陶器のような白い肌。
伏せられた目元を縁取る長いまつ毛。
均整の取れたその顔立ちは、神が生み出した芸術としか思えません。
内側から光を放つような神々しい美しさです。
……その人こそ、僕の前のご主人様。
ルスラン・テオス・ゾロテスティ様でした。
僕は咄嗟に近くの棚に隠れます。
ルスラン様から見えない場所で息を吐き、深呼吸して、溢れそうになる涙を堪えます。
まさか、こんなところで再会するなんて。
……いえ、そういえば、ルスラン様は『前』も頻繁にこの図書館に訪れていました。また、ルスラン様のご実家は国立学園のすぐそばにあり、寮に入っていない時でも図書館に訪れることができます。
そう考えると、ルスラン様がここにいることは、何も不思議なことではありません。
あぁ、どうしましょう。生きているルスラン様が、すぐそばに。
愛しいルスラン様。
大好きなご主人様。
『前』の僕を、唯一救ってくれた人。
汚い僕を、受け入れてくれた人。
僕の願いを、叶えてくれた人。
はしたないとわかりながらも力が抜けてしゃがみ込んでしまい、うずくまります。
あのとき、破滅の道を突き進んだルスラン様。騎士に斬られたルスラン様。動かなくなっていったルスラン様。
そのルスラン様が、生きて、僕と同じ空間に存在しているのです。
嗚呼、世界はなんて素晴らしい!
ルスラン様。
僕は貴方に会うまでに、たくさんのものをもらってきました。
ソバキン家の皆様に受け入れてもらえました。たくさん勉強ができました。ヴェルナ様という可愛らしい妹に、イヴァン様という心強い味方もできました。
それもこれも、貴方のために行動したからです。
貴方がいたから、貴方のために動いて、その結果いろいろなものを得ることができたのです。
貴方のおかげなのです。
僕は、『前』だって『今』だって、貴方に救われています。
救われ続けています。
しばらくして、なんとか気持ちを落ち着かせると、僕は、ここからどうするかを考えました。
……この状態で話しかけようにも、感動と緊張で言葉が詰まってしまって上手く話せない気がします。
それに、今はルスラン様は読書中のようです。邪魔をするわけにはいきません。
……近くで勉強することで、ルスラン様の存在に慣れる練習をさせていただくにとどめましょう。
どのみち、同じ学級で授業を受けることになるのですから、今焦って話しかける必要はないのです。
僕は勇気を振り絞って立ち上がり、机に向かうと、ルスラン様から少し離れた位置に無理やり座り、震える手で本を開きました。
最初はルスラン様の存在が気になりすぎて内容がまるで頭に入ってきませんでしたが、時間が経つうちに僕もルスラン様が存在する空気に慣れてきて、徐々に徐々に読めるようになってきました。
一冊読み、二冊めを読んでいる途中で疲れて顔を上げると、窓の外が暗くなっていました。ルスラン様はもういません。
時計を見れば、もう夕飯の時間です。僕は慌てて片付け、寮に戻りました。
******
次の日、今日こそもっとちゃんと勉強するぞと意気込んで図書館に向かったのですが、僕が勉強を始めてすぐにルスラン様が来て何も考えられなくなり、その意気込みは情けなく砕け散りました。
昨日で慣れたかと思っていたのですが、寝ると慣れがリセットされてしまうようで、思わずまた感動に打ち震えてしまったのです。
しかし、なんとか昨日よりは早いうちに慣れ、昨日よりは勉強することができました。
訓練を重ねれば打ち震える時間もどんどん少なくなっていくのでしょう。
早く、話しかけられるくらいに慣れたいものです。
三日目。またしてもルスラン様がいました。
……もしかして、毎日来ているのでしょうか?
ルスラン様は、毎日何を読んでいるのでしょう……。
ルスラン様を見ながらそんなことを考えていると、不意に、ルスラン様がこちらを見ました。
ルスラン様の美しい青い瞳が僕を捉えます。
ルスラン様が、僕を、見て、認識してくださって……、
……あ、どうしましょう。
嬉しい。
だらしなく頬が緩んでしまうのが自分でわかって、しかし止められません。
ルスラン様は少しの時間僕の顔をじっと見てから、やがて本に視線を戻しました。ルスラン様の視線が外れ、ようやく我にかえります。
……今、僕はどんな顔をしたのでしょう!?
気持ち悪い顔をしてルスラン様に気持ち悪いやつがいると思われたりはしなかったでしょうか!?
思われたかもしれません……。
昨日よりルスラン様の存在に慣れることはできていたのですが、それよりもルスラン様の前でだらしない顔を晒したショックで初日よりも勉強できませんでした。
四日目にはショックから立ち直り、最初からある程度スムーズに勉強できるようになってきました。
入学式の直後にこれでは授業に支障が出ていたでしょうから、今出会っておいてよかったと心底思いました。
そうして迎えた五日目。
「なぁ」
声変わり前の少年の美声が聞こえてきました。まるでルスラン様に話しかけられたかのような響きです。
もしかすると、ルスラン様のことを考えすぎて幻聴が聞こえ始めたのかもしれません。
『前』の僕の声が聞こえてきたこともある僕ですから、そういうこともあるのでしょう。僕はあまり気にせず勉強を続けました。
「……なぁ、そこの黒髪」
少し苛立ったその声は、僕の目の前から聞こえてきていて、ようやくもしかすると幻聴ではないかもしれないと思い始め、僕は顔を上げました。
そこにいたのは、眉を顰めて僕を見下ろすルスラン様。
「……ひぁ、あ……」
あまりの衝撃に僕が変な声を出しながら固まっていると、ルスラン様は更に眉の皺を深くし、怪訝そうにします。
「……すぐに挨拶しない失礼なやつには名乗らなくてもいいな。……聞きたいことがある」
「……ぇあ……あ、はい……」
生きているルスラン様の声が耳に響き、目に涙が溜まります。感動で。
ルスラン様はそんな僕の顔を見て目を見開くと、視線を彷徨わせた後、僕が読んでいた本に視線を落としてこう言いました。
「…………お前、毎日政治の本を読んでるよな」
……いつのまにか見られていたようです。
確かに、僕がここにきて勉強していた内容は、世界の政治や歴史についてでした。……本当はそれ以外の分野の勉強もしたかったのですが、ルスラン様に気を取られて叶いませんでした。
「……はい……。勉強の、ために……」
「……なんで」
「……え、」
「なんでそんなに勉強するんだ?俺はここによく来るが、お前みたいな熱心な子供は俺以外に初めて見た」
貴方のためです。……とは言えず、返答に詰まっていると、ルスラン様は僕を睨みつけるように見て、ごく小さな声で、唸るように言いました。
「……この国を変えたいのか?」
……あ。
そう、そうです。
ルスラン様は、こういう人。
僕は懐かしい気持ちになって、また頬が緩むのを感じました。
周りを少し見渡します。僕ら以外に、近くには誰もいません。ルスラン様の護衛はどこかに隠れているのでしょうが……、彼ら彼女らなら、聞かれても構わないでしょう。
「そうですね、変えられるくらい優秀になろうと、そのためにたくさん勉強しようと、そう思っています」
ルスラン様は、その目を丸く開きました。青い空のような瞳に光が入って、更に美しく輝きます。
ルスラン様が何か言う前に、僕は言葉を続けました。
「ただ、国を変えることが目的なのではありません。国を変えることは、手段だと思っています」
「……手段……?」
「はい。僕は、大切な人が幸せに生きていけるようにしたいのです」
貴方に、幸せに生きてほしいのです。あの日の、その先も。
「大切な人が幸せに生きていくためには、国を変える必要があるのかもしれません」
だってそれは、出会ってから死ぬまで、貴方が願っていたことで、
貴方は、この国をよりよくするために動いている間しか幸せを感じられない人間なのだろうから。
「だったら、変えますよ。大切な人が幸せになるための手段として、国を変えます。……そうすることができる人間になれるよう、努力します」
王の首を取る計画は食い止めますが、それは方法が間違っていたからです。国を変えたいという貴方の望みそのものが間違っていたとは、今でも思っていません。
その望みは、いずれ別の形で叶えたいです。
叶えます。
貴方のために。
ルスラン様は少しの間目を見開いたままで固まって……、くしゃっとした笑顔になって「っはは!」と笑いました。
「そうだな。俺もそうだ。俺の大切な人は国民だけどな。大切な国民たちのために、国を変えたいと思ってる。変えるんだ。そのために勉強してる」
白い頬を少し赤くし、興奮した様子で僕に捲し立てるルスラン様は本当に楽しそうで、……まただらしない笑顔を浮かべてしまいました。
しかし、ルスラン様は僕の顔のことは気にせず、話しかけ続けてくださいます。
「俺と似たやつがいるなんて思わなかった。……お前、貴族だよな?いつ国立学園に入学するんだ?来年?再来年?」
「あ……、9歳です。明後日入学します」
「……え、」
僕の体が小さいからか、同い年だとは思っていなかったようです。驚きつつも、「俺もそう。じゃあ同級生だな」と笑いかけてくださって、心臓が止まるかと思いました。
僕のご主人様がこんなにもかっこよくて美しい……!!!
しかも下僕であるところの僕に笑いかけてくださっている……!!!
いえ、まだ下僕ではありませんでした。
未下僕です。
「……あ、じゃあ、すぐバレるのか。……名乗るよ。俺は、……ルスラン・テオス・ゾロテスティだ」
少し哀しそうな、憂いを帯びた表情で名乗ってくださるルスラン様。
……もしかすると、名乗れば僕が恐縮してしまうと思ってくださっていたのかもしれません。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。ヴォルコ伯爵領のシエノーク・ヴォルコです」
心配いりませんよという気持ちを込めて、なんとかつっかえずに挨拶してみせます。
僕の態度にまた少し驚いた顔をしてから、ルスラン様は「明後日からよろしくな」と言ってくださいました。
「明日は入学準備があるから来れないんだよ。今のうちにこの国について話そう」
ルスラン様はそう言うと、僕の隣に座りました。
近い……!!
近くで見ると更にきめ細やかな肌……。
僕より大きくてしっかりした体……。
さらりと流れる細い髪……。
なんとなくいい香り……。
かっこいい……!!
久々の近距離ルスラン様は刺激が強くて内心大暴れでしたが、ルスラン様が政治について語る中で僕の意見を聞いてくださったときは、未下僕の意地でなんとか答えました。
ルスラン様と話していると時間が飛ぶようです。気がついたら日が落ちていました。
「そろそろ戻る。明後日、入学式で」
「は、はい。また会いましょう」
結局勉強はできませんでしたが、ルスラン様が楽しそうだったのでよしとしましょう。
……どうやら、ルスラン様には『前』の記憶はないようです。もしあるなら、僕が『ご主人様になってください』と一切言わなかったことを不審に思っていたでしょう。
正直、ルスラン様との思い出を忘れられてしまっているのは、かなり堪えます。僕達の関係が、なかったことになるような気がして……。
……いえ、僕さえ覚えていれば、そうして、ルスラン様を救うことができるなら、それでいいのです。
そう自分に言い聞かせ、たくさんの嬉しさと少しの悲しさが混ざった複雑な気持ちで、寮に戻りました。
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