美しい変化

抹茶ラテ

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第三章

君のそばに居たいから…

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ガタン…ゴトン…ガタン…ゴトン…
私は電車に身を委ねる

―――3年前―――

「楓(かえで)!今日も一緒に帰ろー!」

笑顔で私に歩み寄ってくる和奈(かんな)。いつも笑顔で人懐っこくクラスではいつも中心にいる人物だ。それに対し、私は地味でそこまで人と関わるのが好きではなかった。和奈を除いては。次第に仲良くなっていくと、家が近所であることが分かり今となっては『居て当たり前』になっている。

「今日は、用事があって早く帰んなきゃ行けないって言ったでしょ?」

私が答えるなり、口をとがらせて言った。

「んじゃあ!今日は一緒に早く帰ろ?」

……私は数秒黙った。

「うん…」

和奈が私を求めれば私は拒めない。
私たちはいつもなら、寄り道しているであろう公園を横目に早歩きで家に向かう。和奈は、少し息を切らしながら私についてくる。さすがに、話す気力はなかったらしく何も話さないまま、和奈の家に着く。和奈の家から徒歩で3分程で着くので、毎回私は和奈の家までついて行ってあげている。和奈は帰り際、私を呼び止める。

「楓!楓!11月23日!何の日でしょう?…」

私を、上目遣いで見てくる子犬のような和奈を置いて一人で帰るなんて考えられない。何も思いつかないが、取り敢えず答える。

「えっとー…んー、なんだろうね?」

頬を大きく膨らませる和奈に映る瞳は、誤魔化せられないぞとそっと、脅されているようだ。

「……和奈の誕生日?…」

和奈は、私の両手を握る。

「違うでしょ!誕生日なのは楓でしょ?!」

「あっ、、、」

ぽかんと口を開く私の手を上下に激しく振りながら、和奈は怒る。

「もー!!自分の誕生日って楓が思ってるよりすっごいんだからね!楓が生まれたのもキセキなんだからね!」

『奇跡』か……
親がみんな自分の子供の誕生を求めて産んだとは限らない。そう、私の親のように。

「ありがとう。でもね、この世の中には子供をうみたくなかった親もちゃんといるんだよ?」

和奈は私の手を上下に揺らすのを辞め、強く握りしめてきた。

「知ってる…」

私の意見を否定できないことがもどかしく思えたのだろうか。ふて腐る顔を下に向け、囁くような声でボソリと何かを喋る。

「辛いね…」

和奈は、何かを口にしたあと勢いよく顔を上げる。

「でも!子供の生まれを喜ぶ親もちゃんと居るよ!」

「……そうだね…」

そう口にすると、私の中で和奈が羨ましいと言う気持ちが押し寄せて来た。和奈の、『我が家』は幸せ色で包まれてるんだろうな。晩ご飯の話や、一日の出来事を笑顔で話せるんだ。体に違和感を覚えることもないんだ。私の苦しさなんて知らず平和に暮らしてる和奈に、この時初めて嫉妬した。

「だからね?いつでも私の家に来ていいんだよ?辛くなって死にたくなったら、いつでも何時間も何日も居ていいんだからね?」

和奈は、眉間にシワを寄せ心配の眼差しを向けてくる。その目には、大粒の涙があった。和奈には、親のことなんて一言口にしていないのに…
なんで…なんで分かったんだろう。

「大丈夫!だって、、和奈が居てくれるじゃない!」

和奈は、安心したのか強く握りしめていた手を離す。ゆっくり落ちていく和奈の手が震えている。

「大丈夫!だってほら!」

そう言うと私は、和奈の小刻みに震えた手を私の頬に持っていく。

「ほら!…ちゃんと生きてるでしょ?笑顔でしょ?私がこれから死ぬ人に見える?」

「…ひっく。ううん…見え…ひっく…見えない。」

和奈の目に止められていた大粒の涙は頬を伝って地面に落ちる。大粒の涙は、ほのかに赤く染った空を映し出していた。私は、急いでハンカチを取りだし和奈の頬を拭いてあげる。
一瞬でも和奈に嫉妬した自分が恥ずかしい。
ごめん…ごめん…
私が涙を吹き終わると、和奈はカバンから二本のペンを取り出す。

「じゃじゃん!お揃いなの!…」

和奈は、私が向けた笑顔に似た笑顔を私に向ける。あぁ、やっぱり…私は和奈の笑顔が大好きだ。

「2人だけの宝物だよ!?」

そう口にしたと同時に、和奈は私の手を引き片方のペンを乗せた。1本は、透き通った綺麗な黄色。まるで、和奈の笑顔を表しているようだ。
もう1本の私の手にあるペンは、燃える夕日のような赤色。

「あり…がとう…」

喉につっかえて途中、声が詰まる。

「じゃあ、、バイバイ…」

和奈が悲しい表情で別れを告げた。
そんな悲しい表情をしなくとも、明日会えるんだから。少し、不思議に思いながら和奈の家を後にする。結局、家に着いたのはいつも通りだった。早く…帰りたかったのに…でも、それ以上に嬉しいことがあったからいいや…
家のドアを開けると、父が酒瓶を片手に持ち声を荒らげていた。父と私の目があった。
父は、ゆっくりとこちらに向かってくる。片手には、酒瓶。

「怖い…やだ……」

私の口から思いもよらない言葉が飛び出た。今までこんなこと思ったことないのに。今更なんで?
父は、私の一言を聞き逃さなかった。

「おい、今の言葉はなんだ?
俺への当て付けか?おい!聞いてんだよ!」

鬼の形相で私に酒瓶を振りかざす。
私の肩に強い衝撃が走る。私は急いで、ドアを開け外にとび出た。あいつが追ってきているのかを確かめたいが体が言う事を聞かない。
後ろを振り向いたら、足が止まってしまうと思ったから。
ひたすら走る。息が上がっても、疲れはなかった。私は、何も考えずに走る。いつの間にか、和奈の家に着いていた。いいんだよね?来たけど…いいんだよね?
リビングに光があった。よかった…助かった。そう思うと膝から地面に崩れ落ちた。インターホンを押す時、ふと私の目に止まったのはリビングで家族3人で楽しそうに食事する和奈の姿。
私は数分、当惑する。
妬みとは違う。嫉妬とも痛恨とも嫌悪、殺意、困惑とも違う。
いや、全てがぐちゃぐちゃに混ざりあった感情なのかもしれない。私は、その感情を理解できないまま家に…違うか。私は、地獄に続く道を歩いて行った。
3分の道のりが普段の数倍、疲れた。
我が家を前に絶望しか感じられない。

「ここが、私の居場所か…」

助けを求めるから。誰かに期待するから。
だから、こんなに…苦しくなるんだ。
そうだ。明日からは、この世に何も求めないで生きて行こう。
我が家のドアを開く。玄関には、父が殺気を出してまちかまえていた。この時の私は、何ともなかった。だって、これが「普通」なんだから。私の世界はずっとこのまま、変わらないんだ。

「お前…よくも外に出てくれたな…教育ができてない証拠だよなぁ?おい!
お前も、お前も!俺様が1番なんだよ!」

父は、私と母を酒瓶で示した。その酒瓶には、大量の血が着いていた。リビングにいた母を見ると、血だらけになりながら叫んでいた。

「痛い…痛い…あぁ、、なんで、?なんで私……」

その後も母は、何かを言いながら頭を押さえている。母は自分の髪を引きちぎりだし、頬を爪でひっかく。母の中で怒りの矛先は、父ではなく私になったようだ。こちらを力強く睨む母は、死神のようだった。

「お前のせいだ。私が叩かれたのも、私がこんなに痛い目に遭わなきゃ行けないのも。全部全部…お前なんかが生まれてきたからだ。死ねよ。死ね死ね死ね死ね…早く!……早く死ねよ……ねぇ。お願い…死んで…?」

母は、私が父に目をつけられた時は助けない。でも母は、1度も私に暴言を吐いていなかった。私の中では、それが何よりの救いだった。
そんなこと…なかったんだ。

「お前は、誰にも愛されない!」

母は、私を指さし目を赤く充血させながら言った。今までの母は、どこかに行ってしまった。
その日のことは、もう覚えてない。
私が、思い出したくもない事だから封印しているだけなのかもしれないが。ただ、永遠と体に違和感を覚えた。
顔以外のあちこちに違和感を覚えながら思った。痛いってなんだろ。

次の日。和奈は、学校に来なかった。風邪でも引いたのかと不安になり、学校の帰りに和奈の家による事にした。
放課後、和奈の家に着くや否や私は混乱した。
昨日の7時頃は、楽しそうに食事をしていたはずの和奈の家はもぬけの殻だった。近くに、3人の主婦の話し声が耳に入ってくる。

「あそこのお宅、『夜逃げ』したんでしょ?」

「えっ、そうなの?!また、なんでそんなことをしたのかしらねぇ?」

「なんでも、父親が借金をしてたらしいのよ!」

「あらっ!そんな人に見えなかったのに。世の中、怖いわねぇ。」

そう主婦は言っていたが本当のところは分からないままだ。でも、『夜逃げ』をしたのは明らかだ。でも、本当に和奈の父親が借金をしていたんだろうか。私には、もっと重大な事があると思った。私は、和奈の家の前で長いこと棒立ちしていた。

「ねぇ、和奈ちゃん?だっけ?あの家の娘さんの名前!」

「えぇ、そうだったと思うわ。和奈ちゃんがどうしたって言うの?」

「いや、和奈ちゃんじゃなくて和奈ちゃんと仲のいい子いたわよね?」

「んー?」

「あぁ!ほら!父親がすっごく優しくてカッコイイ方でしょ!?」

「そうそう!名前なんて言ったかしら…」

「ほら、娘さんのは確か楓ちゃんじゃなかったかしらね。」

「楓ちゃんのお父さんの名前…ほんと思い出せないわ。歳かしら!」

3人の主婦はケラケラと大声で笑った。

「いいわよねー、楓ちゃん!あんな、イケメンで優しいお父さんがいたらさぁ!」

「そうよねぇー」

私は、何を訳の分からないことを言っているんだと頭を抱えた。

「それに比べ、和奈ちゃんのお父さんと言ったら…」

「そうよねぇ、どうせ、和奈ちゃんも大きくなったら借金して追われるんじゃない?」

「血は争え無いものねぇ…」

はぁ?
和奈は、そんなやつじゃない。和奈のお父さんだって、きっと事情があったんだ。
私はいつの間にか、その場に座り込んで泣いていた。周りの人は、誰一人として私に声をかけなかった。

「なにあの子……」

「あの子、楓ちゃんじゃない?」

「和奈ちゃんと仲良かったから、悲しくて泣いてるのかしら。」

「ぽいわねぇ…あんなに仲良かったのに、和奈ちゃんから何も聞かされてないのかしら。」

「酷いわ。でも、父親があんなんだから仕方ないわよ。」

そんなことない!
違う。違うよ。
周りの言っていることが、私の心を蝕んでいく。
ふと、私の背中に温かい手が置かれた。
顔を上げると、知らないおばあちゃんがいた。
不思議と、怖さや不信感はなかった。

「なんで泣いてるか、おばあちゃんにはわからん。」

「だって、、ひっく…私が…か、和奈を、ひっく…少しでも…疑っちゃった…から、、ひっく…
だから、、和奈は…ひっく……わ、、私を…置いて行っちゃった…ひっく、、もう、会えない…ひっく、かもしれない…うぅー、ひっく」

「そんなん会えるわ!いつか、きっと会える。あんたは、1人やない!」

根拠もないこの言葉に私はどれだけ救われたか。おばあちゃんは、それ以外何も言わず私の背中を優しくさすってくれた。

「あんたは、全てを濡らす青や…」

おばあちゃんが、静かにそう言う。
私の涙は、もう出なくなっていた。

「あんたは、友達のために涙を流せるんやね。偉い偉い。あんたは、青。こっから、どこに向かっていくんや?踏ん張れ。頑張れ。」

おばあちゃんの言葉が私の記憶に刻まれる。
私は、涙を拭い立ち上がった。辛いことはこれからまだまだ続く。でも、もしまた和奈と会える時に死にそうな顔をしてられない。そう心に決める。
おばあちゃんは、私の背中をぽんっと押してくれた。

「進め」

そう言い残すと、どこかに消えていった。

私はその日を境に、『死にたい』と思わなくなった。いや、思っちゃいけないと自分に言い聞かせ笑顔を作り続けた。和奈が居なくなっても、クラスはあまり変わらなかった。クラスの中心にいたはずなのに、もうクラスのどこにも和奈はいない。唯一、変わったことと言えば私の母も私に暴力をしてくるようになったということだ。
父がいる時は、母も父に叩かれている。だが、父が寝静まった深夜や父がいない時は母が私を叩く。叩かれない時は、学校にいる時だけだ。それでも、死のうとは思わない。
きっと、どこかで和奈も頑張ってるはずだから。

ある日、私はいつも通り父と母に殴られていた。だが、その日はいつもと違った。その日は、いつもはついていないテレビのスイッチがついていたのだ。夕方6時のニュースが流れていた。話の内容はなかなか入ってこなかったが、ひとつ分かったのは…女子中学生が廃墟のビルから飛び降りようとしていたところを、警官が引き止めたということだ。少女は、「死にたかった。」としか言わないらしい。
名前は載っていなかったが、何故か和奈がでてきた。もしかしたら、和奈かもしれない。私は、こんな所で暴力を受けている暇なんてない。そう強く思い、両親が目を離した隙に自分の部屋に閉じこもった。スマホでネット検索をしたら、動画がアップされていた。
遠くブレていた。
そこに居たのは、どこからどう見ても和奈だった。私は、小刻みに震える手を必死に押えた。なんで?私は、頑張ってたのに。和奈の為に…和奈の為に…ねぇ?
この時、私は和奈に対し、冷めることの無い怒りを覚えた。

それから私は、中学卒業までを感情の無いまま過ごしたのと同時に、和奈が羨まうほど人生を楽しんでやろうと思った。和奈がいつの日か私を見て、「もっと生きてやろう」と少しでも思ってくれたら…その一心で綺麗になったし、友達も増えた。
だが、クラスメイトとの話も和奈との会話に比べれば面白くない。和奈が居なきゃ、面白くない。それでも、偽りの笑顔を作った私は偉いと思う。

夕日が赤く色づく時間をいつもの道を一人で歩いている。
そのとき、ポケットに入れて置いた携帯がなった。一瞬、目を疑った。電話をかけてきたのは、和奈だった。夜逃げした日から一切、連絡出来なかったのに…
私は、恐る恐るスマホを耳に持っていく。

「はい…もしもし?」

「……よね?…」

「えっ?和奈なんだよね?なんて言ったの?」

「しん…ゆ……だ…ね?」

電話の向こうで、言葉なのかも疑わしいほど何を言っているかわからなかった。

「ごめん…なんて言ってるかわかんない…」

私は、分からないことを正直に言った。

「親友……だ…よね?…」

「えっ、」

私は、驚いた。当たり前じゃん。

「そんなの、当たり前じゃん!私、和奈の事ならなんでも分かるよ!」

自然と涙が溢れてきた。和奈にとっては、確認しないと分からないという事実が…私の胸を刺した。

「……………」

和奈は、黙ったままだ。

「和奈?…あのさ、聞きたいことがあるんだけど…」

「なに?…」

和奈は、小さく言った。

「あのさ、廃墟で自殺を測った女子中学生って和奈だよね?」

和奈は、なんの躊躇いもなさそうに言う。

「そうだよ…」

やっぱり、、、

「なんでそんな…」

私が怒りを和奈にぶつけようとした時、和奈が喋り始めた。

「ねぇ?なんで…私って、、死のうとしたの?」

思いもよらない言葉に氷のように固まる私。

「そ、そんなのわかんないよ…」

この言葉を発するだけでどれ程の時間が経ったのか。

「なんで…なんで!」

和奈の声がだんだんとハッキリ聞こえてきた。その声は、怒鳴りつけるように聞こえる。

「なんでさぁ…私の事なら全部わかるって言ったじゃん…ねぇ……教えてよ。楓…」

怒りと悲しみを混ぜた声。
その後、電話は切れた。
私は、無責任だ…  和奈の事がわかるとか言っときながら、何もわからない。和奈がなんで死のうとしたのかさえも……
赤く色づく夕日は、すっかり落ちてしまっていた。暗闇に包まれるなか、私は和奈と歩いていたあの道を通り帰宅した。
我が家のドアを開け、玄関で靴を脱ぐ。
いつも通り、そこには父が酒瓶を持って待っていた。「おかえり」も言わないで。

「ただいま。お父さん。お母さん。」

あぁ、、自殺をしてみようかな…

後ろでドアの閉じる音がする。

――――――
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