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◇ ◇ ◇
夏弥と洋平のラインで話題に上がった夏祭り。
それは毎年、三條市で行なわれるちょっとした規模のお祭りだった。
『四人で遊ぶの久しぶりすぎるけど、逆に楽しいかもな。行ってみるかw』
夏弥のお誘いに、洋平は案外ノリ気だった。
ただその反応の直後、付け加えるようにもう一通のラインが届く。
『けど夏弥くん。美咲を誘う時は注意したほうがいい』
『注意って?』
『いや、まぁ……俺の名前出したら来ないかもしれないっていうw あの暗黙事項があるだろ』
『あー……』
洋平達がいがみ合っていることは、夏弥も十分把握済みだ。
元々この交換生活を送るというふざけた案も、根本はその不仲が理由の一つでもあったわけで。
『了解。とりあえず洋平の名前は伏せておくよ』
四人でどこかしらの夏祭りに出掛けるというお話は、振り返れば約五年ぐらい前に行ったきりである。
出店の並ぶ商店街は非日常的で、オレンジ色の裸電球が屋台骨の鉄パイプにいくつも括りつけてあり。
交通規制のされた道路を、人の群れは無秩序に歩いていて。
その群れに混ざりながら、四人は仲良く通り沿いを練り歩いたものだった。
一体何を祭っているのかなんて知りようもなかったけれど、とりあえずはその空気感だけで「楽しい、面白い」ぐらいの印象が、昔の記憶に残っていることは間違いなかった。
(ていうか洋平の名前関係なく、そもそも美咲は行く気になるのか……?)
夏弥がリビングでそんなことを考えていると、美咲の部屋の引き戸がガラッと開けられる。
「……」
「……」
二人のあいだに、やや沈黙が挟まる。
美咲は寝巻きから部屋着に着替えていた。
薄いパステルピンクのホットパンツにTシャツという、寝巻きとそう変わらないラフな格好だった。
顔もすっぴんのままで、それが予定のないことの裏付けのようにも思われた。
「……どうした?」と夏弥が質問する。
「何か飲み物でも飲もうかなって思って」
「そっか」
「……」
それから美咲はリビングを抜け、キッチンへと足を運ぶ。
その過ぎていった後ろ姿に、夏弥は再び声をかけた。
「あ、美咲」
「?」
振り返った美咲と軽く目が合う。
「今週の夏祭り、一緒に行かない?」
「夏祭り……?」
「ああ。三條は今週、夏祭りがあるんだよ。美咲はまだこっちのお祭りに一度も行ったことないだろ? 秋乃も行くんだけど、どうかなって」
「秋乃……。そうなんだ。まぁ……お祭り自体すっごい久しぶりな気がするけど、……行こっかな」
美咲はリビングの窓に目を向けていた。
その視線の先にあった白のカーテンは、外の明るさを受けて柔らかく光っている。
そんな美咲の視線につられ、夏弥も窓の方へと目を向ける。
「――――たぶん、今週はずっと天気もいいし」
そのカーテンのすき間から空が見える。
青く突き抜けた空は、ほんのちょっと見えるだけでなぜか健やかな気分になれる。
「夏弥さん、去年は行ったの?」
「いや。去年はずっと家にいた。ただ残念ながら、俺のあのアパートの部屋からじゃ花火は見えなかったんだよなぁ」
「花火ねぇ……」
「洋平の話だと、確かこの部屋からも花火は見えないんだってさ。……まぁ地元の町でもないし、あんまり行く気しない?」
「……いや。逆に行ってみたいかも」
「!」
誘っておきながら、夏弥は美咲の回答が意外だなと思った。
お祭りというのは、小学生時代なら誰でも割と楽しめるものだけれど、思春期を迎える中高生辺りになってくると、行く人と行かない人に別れ始める。
その「行く・行かない」には色々な理由があるけれど、美咲はどちらかと言えば「行かない側」に振り分けられる人間だった。
「行くんだ」と夏弥。
「え、行っちゃダメなの?」
「あ、いや。なんか珍しいなって思って。……前、洋平から聞いたんだけど、美咲ってしばらくお祭りには行ってないんだろ?」
「うん。何年も行ってないかも。周りがジロジロ見てくるし」
「……なるほど」
美咲の意見はごもっともである。
綺麗に澄んだ瞳。キメの細かい白い頬や、ぷるっとした淡いピンク色の唇。
胸の方もほどよく盛り上がっていて、脚もちゃんと細くて――。
お祭りに行くとなれば、多くの人が彼女のことを見るだろう。
「でも、視線以外にも行きたくない理由があって」
「行きたくない理由……?」
「うん。……小さい頃から住んでる町のお祭りってさ、当たり前だけど、顔見知りがお祭りに来てたりするじゃん」
「あ、そういう人達に見られるのがイヤ、と……?」
「そう。まぁ少し見られるくらいならいいんだけど、……なんか絡んで来たりとかする人もいるから」
実体験だからなのか、美咲の声はどこか不安げで尻すぼみになっていた。
以前、声をかけてきた人がいたのかもしれない。
「でも三條は地元から少し離れてるからな。……それで、こっちの町の祭りなら行ってもいいってこと?」
「そういうこと」
美咲はそう言いながらキッチンまで進み、冷蔵庫から紙パック入りの牛乳を取り出した。
その牛乳をグラスに注ぎ込んでから、彼女はそのグラスに追加で何かを入れ始める。
「ん? 何それ?」
その姿を目で追っていた夏弥は、美咲が追加で入れた小さなソレが気になった。
それまで座っていたリビングのソファから立ち上がり、そのままリビングからキッチンの方へと歩み寄って。
「あ、これ? ガムシロップだけど」
「え? 牛乳にガムシロ……?」
「頭が疲れた時に飲むと、すごくスッキリするんだよね。……夏弥さん、飲んだことないの?」
美咲の質問に、夏弥は無言で頷いてみせる。
「夏弥さんも飲んでみれば? 勉強で頭使ったでしょ」
そう言って、美咲はその牛乳を少し飲んでみせた。
「確かに。頭使ったな」
(洋平とのラインであれこれ考えてたから、頭は使ってた。もはや勉強でもなんでもないけど、そこは許してくれ美咲)
夏弥は心のなかで十字を切った。無論、クリスチャンではない。
美咲の横に立ち、夏弥はグラスに牛乳を入れる。
八分目まで注いで、下の引き出しに入れていた個包装のガムシロップを取り出そうとした。その時だった。
「あれ? ガムシロ切らしてない?」
「え? ……あ。ほんとだ」
調理台下の引き出しに入れていたガムシロップは、どうやら美咲が使ったもので最後のようだった。
「もう切れる寸前だったのか。し、知らなかった……。藤堂夏弥、最大の不覚でした」
鈴川家201号室のお料理当番、買い足し不備に気付くの巻き。である。
「ぷふっ。不覚って。……別に夏弥さんがこのキッチンを全部管理しなくてもいいと思うんだけど。そんなマネージャーマネージャーしたかったんだ?」
「そうは言ってもね……。はぁ。……ていうか、ガムシロ入りの牛乳がどんな味なのか、単純に好奇心で気になってたんだけどなぁ」
飲めないとわかり、しゅんとする夏弥。
非常に寂しげな顔付きを見せている。
そんな夏弥の横で、ふと、美咲は自分の手にしていたグラスを意識する。
そう。彼女の持っていたグラスの牛乳は、まだある程度残っていて――。
「あ、あの……夏弥さん」
「うん?」
恥ずかしいけど言ってしまえ。
そんな想いで、美咲はこう口にした。
「あ、あたしの……あ、じゃなくて! こ、っここ、こっちゅの牛乳飲む⁉」
美咲は盛大に噛んでしまった。
恥じらいを乗り越えたのにもう。
途中まで「あたしの牛乳」と言うつもりだったけれど、それはそれでなんだか違う意味を持ち合わせていそうだったので、慌てて言い替えた。のに。
さて聞き慣れない言語「こっちゅの牛乳飲む?」と目の前の美少女は申しているが果たして。
「こっ…………ちゅ……」
美咲の言葉を文頭だけ復唱し、そこで夏弥はフリーズする。
聡明な日本人諸君なら大抵知っていることであろうが、「こっちゅ」などという日本語は存在しない。
ただ、語感だけ見ると、ほんわかとしたかわいい言葉である。
美咲がその単語を口にしたことで、夏弥の目には彼女がとてもかわいく映ってしまっていて。
(なんでそんな嚙み方するんだよ。……かわいい女の子になるつもりか(?))
夏弥は無言でそんなことを感じていた。
「……~っ」
そんな夏弥の無言タイムに耐えられなかった美咲は、噛んだ事実をごまかすため、さらにもう一言言いたくなってしまう。
「ま、まだ半分くらいあるんだけど……」
伏し目がちになりつつ、美咲はグラスを差し出した。
恥ずかしくて夏弥の顔なんて見れるわけがない。
いつの間にか、彼女のその頬はかああっと赤く染まっている。
色白な人が日焼けした時のようである。
夏弥が飲みたいと言っていたガムシロ入りの牛乳。
ちゃんと残ってはいるけれど、飲んでしまえばいわゆる『間接キス』に当たるわけで。
思春期ど真ん中の二人に、これを意識するなという方が難しいのかもしれない。
「これってかんせっ…………あ、いや…………あの」
フリーズ明けの夏弥は、かろうじて美咲の言葉に反応することができた。
反応はできたけれど、フリーズ明けだからか口が上手く動かない。
まだ半解凍くらいなのかもしれない。
「飲みたいって言ったの夏弥さんじゃん! の……飲めばいいでしょ。……ていうか飲んでよ。もういっそ全部飲め」
美咲は牛乳の入ったグラスを夏弥に突き出す。
ブンブンと突き出してくる。
「おわっ! あぶねぇけど⁉」
正拳突きでも体得していたのか、本当にブンブンと空を切る音が聞こえてきそうである。速い。なぜこぼれない。
「飲む飲む。飲むって。ていうか、こぼれるからブンブンするのやめてね⁉」
夏弥の注意が耳に入ったのか、美咲の手がそこでピタッと止まる。
グラスのなかで揺れていた牛乳も、揺れの余韻だけ残して波を打たなくなっていった。
「…………頭すっきりするの、マジだからね」
美咲は目をそらしたまま、ボソッとそうつぶやいた。
とっても恥ずかしかった。
でも夏弥に言いたいことを言えたからか、心のなかで「よしっ」ぐらいのことは思っていて。
「ああ。ありがとう……飲んでみるわ」
夏弥は、そこでようやく美咲からグラスを受け取った。
さっきまで冷蔵庫で冷やされていたはずのその牛乳は、少しだけぬるくなっているような気がした。
夏弥と洋平のラインで話題に上がった夏祭り。
それは毎年、三條市で行なわれるちょっとした規模のお祭りだった。
『四人で遊ぶの久しぶりすぎるけど、逆に楽しいかもな。行ってみるかw』
夏弥のお誘いに、洋平は案外ノリ気だった。
ただその反応の直後、付け加えるようにもう一通のラインが届く。
『けど夏弥くん。美咲を誘う時は注意したほうがいい』
『注意って?』
『いや、まぁ……俺の名前出したら来ないかもしれないっていうw あの暗黙事項があるだろ』
『あー……』
洋平達がいがみ合っていることは、夏弥も十分把握済みだ。
元々この交換生活を送るというふざけた案も、根本はその不仲が理由の一つでもあったわけで。
『了解。とりあえず洋平の名前は伏せておくよ』
四人でどこかしらの夏祭りに出掛けるというお話は、振り返れば約五年ぐらい前に行ったきりである。
出店の並ぶ商店街は非日常的で、オレンジ色の裸電球が屋台骨の鉄パイプにいくつも括りつけてあり。
交通規制のされた道路を、人の群れは無秩序に歩いていて。
その群れに混ざりながら、四人は仲良く通り沿いを練り歩いたものだった。
一体何を祭っているのかなんて知りようもなかったけれど、とりあえずはその空気感だけで「楽しい、面白い」ぐらいの印象が、昔の記憶に残っていることは間違いなかった。
(ていうか洋平の名前関係なく、そもそも美咲は行く気になるのか……?)
夏弥がリビングでそんなことを考えていると、美咲の部屋の引き戸がガラッと開けられる。
「……」
「……」
二人のあいだに、やや沈黙が挟まる。
美咲は寝巻きから部屋着に着替えていた。
薄いパステルピンクのホットパンツにTシャツという、寝巻きとそう変わらないラフな格好だった。
顔もすっぴんのままで、それが予定のないことの裏付けのようにも思われた。
「……どうした?」と夏弥が質問する。
「何か飲み物でも飲もうかなって思って」
「そっか」
「……」
それから美咲はリビングを抜け、キッチンへと足を運ぶ。
その過ぎていった後ろ姿に、夏弥は再び声をかけた。
「あ、美咲」
「?」
振り返った美咲と軽く目が合う。
「今週の夏祭り、一緒に行かない?」
「夏祭り……?」
「ああ。三條は今週、夏祭りがあるんだよ。美咲はまだこっちのお祭りに一度も行ったことないだろ? 秋乃も行くんだけど、どうかなって」
「秋乃……。そうなんだ。まぁ……お祭り自体すっごい久しぶりな気がするけど、……行こっかな」
美咲はリビングの窓に目を向けていた。
その視線の先にあった白のカーテンは、外の明るさを受けて柔らかく光っている。
そんな美咲の視線につられ、夏弥も窓の方へと目を向ける。
「――――たぶん、今週はずっと天気もいいし」
そのカーテンのすき間から空が見える。
青く突き抜けた空は、ほんのちょっと見えるだけでなぜか健やかな気分になれる。
「夏弥さん、去年は行ったの?」
「いや。去年はずっと家にいた。ただ残念ながら、俺のあのアパートの部屋からじゃ花火は見えなかったんだよなぁ」
「花火ねぇ……」
「洋平の話だと、確かこの部屋からも花火は見えないんだってさ。……まぁ地元の町でもないし、あんまり行く気しない?」
「……いや。逆に行ってみたいかも」
「!」
誘っておきながら、夏弥は美咲の回答が意外だなと思った。
お祭りというのは、小学生時代なら誰でも割と楽しめるものだけれど、思春期を迎える中高生辺りになってくると、行く人と行かない人に別れ始める。
その「行く・行かない」には色々な理由があるけれど、美咲はどちらかと言えば「行かない側」に振り分けられる人間だった。
「行くんだ」と夏弥。
「え、行っちゃダメなの?」
「あ、いや。なんか珍しいなって思って。……前、洋平から聞いたんだけど、美咲ってしばらくお祭りには行ってないんだろ?」
「うん。何年も行ってないかも。周りがジロジロ見てくるし」
「……なるほど」
美咲の意見はごもっともである。
綺麗に澄んだ瞳。キメの細かい白い頬や、ぷるっとした淡いピンク色の唇。
胸の方もほどよく盛り上がっていて、脚もちゃんと細くて――。
お祭りに行くとなれば、多くの人が彼女のことを見るだろう。
「でも、視線以外にも行きたくない理由があって」
「行きたくない理由……?」
「うん。……小さい頃から住んでる町のお祭りってさ、当たり前だけど、顔見知りがお祭りに来てたりするじゃん」
「あ、そういう人達に見られるのがイヤ、と……?」
「そう。まぁ少し見られるくらいならいいんだけど、……なんか絡んで来たりとかする人もいるから」
実体験だからなのか、美咲の声はどこか不安げで尻すぼみになっていた。
以前、声をかけてきた人がいたのかもしれない。
「でも三條は地元から少し離れてるからな。……それで、こっちの町の祭りなら行ってもいいってこと?」
「そういうこと」
美咲はそう言いながらキッチンまで進み、冷蔵庫から紙パック入りの牛乳を取り出した。
その牛乳をグラスに注ぎ込んでから、彼女はそのグラスに追加で何かを入れ始める。
「ん? 何それ?」
その姿を目で追っていた夏弥は、美咲が追加で入れた小さなソレが気になった。
それまで座っていたリビングのソファから立ち上がり、そのままリビングからキッチンの方へと歩み寄って。
「あ、これ? ガムシロップだけど」
「え? 牛乳にガムシロ……?」
「頭が疲れた時に飲むと、すごくスッキリするんだよね。……夏弥さん、飲んだことないの?」
美咲の質問に、夏弥は無言で頷いてみせる。
「夏弥さんも飲んでみれば? 勉強で頭使ったでしょ」
そう言って、美咲はその牛乳を少し飲んでみせた。
「確かに。頭使ったな」
(洋平とのラインであれこれ考えてたから、頭は使ってた。もはや勉強でもなんでもないけど、そこは許してくれ美咲)
夏弥は心のなかで十字を切った。無論、クリスチャンではない。
美咲の横に立ち、夏弥はグラスに牛乳を入れる。
八分目まで注いで、下の引き出しに入れていた個包装のガムシロップを取り出そうとした。その時だった。
「あれ? ガムシロ切らしてない?」
「え? ……あ。ほんとだ」
調理台下の引き出しに入れていたガムシロップは、どうやら美咲が使ったもので最後のようだった。
「もう切れる寸前だったのか。し、知らなかった……。藤堂夏弥、最大の不覚でした」
鈴川家201号室のお料理当番、買い足し不備に気付くの巻き。である。
「ぷふっ。不覚って。……別に夏弥さんがこのキッチンを全部管理しなくてもいいと思うんだけど。そんなマネージャーマネージャーしたかったんだ?」
「そうは言ってもね……。はぁ。……ていうか、ガムシロ入りの牛乳がどんな味なのか、単純に好奇心で気になってたんだけどなぁ」
飲めないとわかり、しゅんとする夏弥。
非常に寂しげな顔付きを見せている。
そんな夏弥の横で、ふと、美咲は自分の手にしていたグラスを意識する。
そう。彼女の持っていたグラスの牛乳は、まだある程度残っていて――。
「あ、あの……夏弥さん」
「うん?」
恥ずかしいけど言ってしまえ。
そんな想いで、美咲はこう口にした。
「あ、あたしの……あ、じゃなくて! こ、っここ、こっちゅの牛乳飲む⁉」
美咲は盛大に噛んでしまった。
恥じらいを乗り越えたのにもう。
途中まで「あたしの牛乳」と言うつもりだったけれど、それはそれでなんだか違う意味を持ち合わせていそうだったので、慌てて言い替えた。のに。
さて聞き慣れない言語「こっちゅの牛乳飲む?」と目の前の美少女は申しているが果たして。
「こっ…………ちゅ……」
美咲の言葉を文頭だけ復唱し、そこで夏弥はフリーズする。
聡明な日本人諸君なら大抵知っていることであろうが、「こっちゅ」などという日本語は存在しない。
ただ、語感だけ見ると、ほんわかとしたかわいい言葉である。
美咲がその単語を口にしたことで、夏弥の目には彼女がとてもかわいく映ってしまっていて。
(なんでそんな嚙み方するんだよ。……かわいい女の子になるつもりか(?))
夏弥は無言でそんなことを感じていた。
「……~っ」
そんな夏弥の無言タイムに耐えられなかった美咲は、噛んだ事実をごまかすため、さらにもう一言言いたくなってしまう。
「ま、まだ半分くらいあるんだけど……」
伏し目がちになりつつ、美咲はグラスを差し出した。
恥ずかしくて夏弥の顔なんて見れるわけがない。
いつの間にか、彼女のその頬はかああっと赤く染まっている。
色白な人が日焼けした時のようである。
夏弥が飲みたいと言っていたガムシロ入りの牛乳。
ちゃんと残ってはいるけれど、飲んでしまえばいわゆる『間接キス』に当たるわけで。
思春期ど真ん中の二人に、これを意識するなという方が難しいのかもしれない。
「これってかんせっ…………あ、いや…………あの」
フリーズ明けの夏弥は、かろうじて美咲の言葉に反応することができた。
反応はできたけれど、フリーズ明けだからか口が上手く動かない。
まだ半解凍くらいなのかもしれない。
「飲みたいって言ったの夏弥さんじゃん! の……飲めばいいでしょ。……ていうか飲んでよ。もういっそ全部飲め」
美咲は牛乳の入ったグラスを夏弥に突き出す。
ブンブンと突き出してくる。
「おわっ! あぶねぇけど⁉」
正拳突きでも体得していたのか、本当にブンブンと空を切る音が聞こえてきそうである。速い。なぜこぼれない。
「飲む飲む。飲むって。ていうか、こぼれるからブンブンするのやめてね⁉」
夏弥の注意が耳に入ったのか、美咲の手がそこでピタッと止まる。
グラスのなかで揺れていた牛乳も、揺れの余韻だけ残して波を打たなくなっていった。
「…………頭すっきりするの、マジだからね」
美咲は目をそらしたまま、ボソッとそうつぶやいた。
とっても恥ずかしかった。
でも夏弥に言いたいことを言えたからか、心のなかで「よしっ」ぐらいのことは思っていて。
「ああ。ありがとう……飲んでみるわ」
夏弥は、そこでようやく美咲からグラスを受け取った。
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