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エピローグ

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「ギルド員旅行?」
「うん。ザザ君がいなくなってから大変だったけど、今では行政改革ギルドも余裕ができたし……どうかな?」
「いいじゃない!アタシは賛成よ。お嬢も行くわよね?」
「え?まあ……そうね」
「ハーフちゃんも行くわよね!?」
「え?ええ……そうですね」
「決まりよカイリキさん!!」
「よーし!じゃあ行っちゃおう!あ、勿論費用は全額ギルドが出すからね!!場所はどこがいいかなあ!」
「アタシはメリケン国に行きたいわ!とってもキレイな海が見えるんですって!!」
「メリケンかあ!いいねえ!あそこは食べ物も珍しいものがあるし、ドブネズミランドの本家もあるからね!!」
「ドブネズミランド!!素敵ぃ~!!!悩める乙女たちなら誰でも行きたくなる夢の国よねぇ~~!!!」
「でも僕はコリアントチャイナに行きたいなあ!あそこは変わった食べ物が多いし、観光地もたくさんあるからね!ああ~、ブルジュ・ドババイ見たいなぁ~~!!!」
「ブルジュ・ドババイ!!なんて甘美な響きなのかしら!もうそれだけでお腹いっぱい食べちゃった気分!」
「確かに確かに!!」
「「はっはっはっはっは!!!」」

――ギルド員旅行。つまりは社員旅行。
バブル全盛期の前代日本では盛んに行われた風習であり、福利厚生費として会社が全額費用を負担するため、タダで旅行に行けるという素晴らしい企画である。平成初期においては、北は北海道のすすきの、南は福岡県の中洲に行く企業が多く、そこは新宿歌舞伎町と並ぶ日本三大風俗街であり、まあつまりそういうことである。
しかし、バブル崩壊やリーマンショックといった世界的不況に影響され――たのかどうは全然分からないが――、社員旅行に行く企業はめっきり減ったのが今の日本だ。それでも、現代日本においてはIT系の分野で社員旅行の文化が残っている、または復活してきたところがある。それらは女性の社会台頭を受け、京都やお隣の韓国、遠いところではメキシコ、ヨーロッパ圏などに社員旅行へ行くことが多いようだ。

さて、所変わってここは異世界の大日本帝国。先に話の出たメリケン国のドブネズミランドを始めとしたアトラクション施設がある国は人気だ。他には、コリアントチャイナの南側にある高層建築ブルジュ・ドババイのように、大学生がはしゃいで写真を撮るような場所もよく候補に上がる。
一方、あまり人気がないのは景色が良い景勝地だ。この異世界は自然が豊かであり、美しい観光スポットも数多くあるのだが、そこが“安全に行ける場所だとは限らない”のが理由である。
例えば、世界の中央に位置する小さな島“テラ”。全長100m以上の真っ青な巨木が群生する“青い森”には、これまた鮮やかなブルーが美しい青バラの群生地と、モルフォチョウのような煌めくブルーに輝く蝶がひらひらと舞う“青の楽園”がある。これだけ聞くと色々な観光客がこぞって見に行きそうなものだが、観光には決して適さない。テラは世界最強の龍種、のちのちザウルスの生息テリトリーであることは誰もが知っている常識だからだ。なお、どうして人間禁制のテラにそんな場所があるのか知られているかというと、のちのちザウルス本人から超高画質な写真が自慢気に送られてきたからである。
閑話休題。

「ねえねえ、せっかくだからザザちゃんも誘わない?」
「!」

ハーフが超反応。目の色が一瞬で変わったのに気付いたお嬢は、やれやれと苦笑した。そんなことには露程も気付かず、カイリキが相づちを打つ。

「あーいいねえ。元はと言えば、ザザ君のおかげでうちのギルドはここまでやってこれたわけだし、一番の功労者を労ってやるとしますか!」
「賛成よ!」

と、勝手に別のギルドの人間をギルド員旅行のスケジュールに組み込み始めるカイリキとマカオ。どこにしようかなと言い出してる辺り、カイリキの頭の中ではザザが行くのは決定事項のようだ。しかし無理もない。会社の金で自分の行きたいところに行けるのだ。しかも、飯代も交通費も実質全部タダ。これで行かないやつはどうかしている。

「あ、そういえば今日はザザ君が査察で来るんだった!ちょうどいいから、僕が都合の良い日を聞いてみるよ!」

ガチャ。

「失礼しまーす!」
「あ、ザザ君いいところに!ギルド員旅行どこ行きたい!?」
「絶対行きたくないです」
「え?」
「は?」



――数分後。そこには中央ギルドマスターに叱られる行政改革ギルドマスターの姿が。

「だから!なんでそうすぐショウワの考え方しちゃうんですか!ギルド員旅行なんか誰も行きたくないに決まってるでしょ!!」
「そ、そんなわけ……」
「見て下さい!お嬢さんとハーフさんなんか死ぬほど苦笑いしてますよ!!」
「「あはは……」」
「え!?もしかして2人ともギルド員旅行行きたくなかったの!?」
「当たり前でしょうが!!」

これにはカイリキもびっくり。まさか、ギルド員旅行に行きたくない人がいるとは心にも思わなかったからだ。しかも自分のギルドの半数、ザザを含めたら60%が反対しているという事実。
白目を剥いて倒れんばかりに痙攣し始めたカイリキを見て、ザザはギルド入りたて当時の部下に残業を強いていたカイリキの姿を思い出す。ああ、あの時も筋肉が地面に這いつくばっていたっけ。マカオも後ろの方で死んだ人間みたいな目をしているし、とすればやはり今がチャンスだ。カイリキを丸め込むとしよう。

「カイリキさん、ギルド員旅行って何曜日を予定してたんですか?」
「……ど、土日だけど」
「え!?土日にギルドメンバーを拘束して旅行に行くんですか!?そんなの仕事と変わらないじゃないですか!」
「ぐああああ!!!」
「しかも土日だから、休日出勤の時間外労働ですよ!」
「うおおおお!!!」
「まさか終日一緒に行動しないですよね?流石に別行動ですよね?あ、でも宿は同じだから結局夕食は一緒に食べるんですよね。じゃあ飲みの席で上司の相手するんでしょ?うわ!夜まで残業かよ!!」
「ぬううううううう!!!!!」
「貴重な休みを仕事に奪われて、土日が終わったら休んだんだから出勤しろって?ありえんありえん!全然休めてないし、そんなの12連勤と変わらないっすよ!!」
「」
「そもそも断りにくい雰囲気出てるし、強制参加って言わないけど強制参加なんでしょ?で、来なかったら来なかったで『なんで来なかったの?』とか言うんでしょ?パワハラですよ!ギルド員旅行ハラスメントです!!」
「」
「前からおかしいとは思ってたんですが――」
「ザザ君、ザザ君」
「え?なんですかお嬢さん」
「もう死んでるわ」
「」
「わーお、やり過ぎた」



「……う、ここは……?」

白目を剥いて執務室に横たわっていたカイリキ。精神的ショックによるしばしの気絶から時を経て、ようやく意識を取り戻したようだ。そんなカイリキを心配そうに見つめるのは、その原因となったザザだ。

「お目覚めですか、カイリキさん」
「頭が痛い……一体何が……」
「カイリキさん、俺に『それはハラスメントだ!ハラスメント』を受けて失神してたんですよ。いじめて申し訳ございません」
「そうか……いや、いいんだ。また残業や飲み会を強制していた時みたいになるよりはマシさ。教えてくれてありがとう、ザザ君」
「どういたしまして。じゃあ、せっかくなんで良い方法も教えましょう」
「良い方法?」

くっくっくと喉から声を漏らし、めちゃくちゃ悪い顔をしてザザが笑う。

「皆がギルド員旅行に行きたくなる方法です」



――1ヶ月後、メリケン国の島国ハワイアン。
そこには、行政改革ギルドの一団の姿があった。

「イヤッホウウウウウ!!海よ!!!」
「フゥゥウウウウ!!海ね!!!」
「すげえ、マカオさんはともかくお嬢さんも死ぬほどはしゃいでる。くっそ美人だな」
「僕が言うのもあれだけど、ストレス溜まってたんだろうね」
「……あの、ザザ先輩。ボクの水着どうですか?」
「俺は男だって知ってるからいいけど、多分乳首隠さないと捕まるよ」
「ザザ先輩のバカ!デリカシーないんですか!」

ぎゃあぎゃあ。
騒ぎ立てて盛り上がる彼らは、もはやただの観光客にしか見えない。とても国のトップ組織がギルド員旅行で遊びに来ているとは思わないだろう。
そして、カイリキの喜びも一潮だ。何故なら――。

「いやあ、それにしてもホントに全員来てくれるとはなあ!ザザ君のおかげだよ!」
「俺は正しいギルド員旅行の仕方を教えただけですよ。旅行における“世間一般の常識”を」

世間一般のギルド員旅行の常識。それは、なんてことのないルールだ。
1つ、費用は全額ギルドで持つ。
1つ、夕食も含め自由行動の時間を増やす。
1つ、“平日”のギルド稼働日に行く。
1つ、ギルド員旅行は“特別休暇扱い”とする。

たったこれだけ。しかし、これが極めて重要だ。特に個人のプライベートを重視する風潮がある昨今、休日まで拘束することがあってはならない。だから、“平日に” “特別休暇で” “行き先では互いに干渉しないような行程で”実施すればいいのである。
休日に個人の貴重な時間を使うから行きたくない人が増えるのだ。そもそもギルドに拘束されている平日に、有給休暇ではなく特別休暇として行くのであれば、行きたい人が増えるのは至極当然の結果だ。

「このご時世、ギルドや会社に不満を持ってない人は1人もいません。だからこそ、俺たちはそういう人が少しでも減るように施策を打たないといけないんです」

とはザザの弁だ。大日本帝国もストレス社会であるし、その原因の大半は仕事が関係していることが分かっている。なればこそ、彼ら行政改革ギルドのような国のトップ組織が見本を見せ、国の末端企業までその行いを広めて行かなければならない。だが今は――。

「さあカイリキさん!今日はお休みなんですから、仕事の話は終わりです!ちゃんとリフレッシュしに行きましょう!!」
「……うん、そうだね。久しぶりに僕も大胸筋を唸らせようかな!さあ、ハーフ君も!」
「あ、ボクはいいです。日焼けしちゃうので」
「何!?男の子は日焼けしてナンボじゃないか!!」
「あは、それ男尊女卑ですよカイリキさん☆」
「あああああああああ!!!!」
「あれ、ハーフさんは海行かないの?俺行くけど」
「勿論行きます!!!」
「あああああああああ!!!!」

――仕事をするよりも先にすべきことがある。まずは身体を休めるのだ。
それが明日元気に働くための秘訣なのだから。
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