虚辞の悉皆

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ベルムさん。基ヴェルム・フルプトゥス・アマンティスさんの運命の番になりますと宣言してから早1週間。やっとこ昨日人生初めての生理が終わった所である。

この1週間凄かった。本当に凄かった。何が凄かったって生理特有の激痛がである。
生理痛は人によってまったく痛みを感じない人も居れば、逆に気絶してしまうぐらい痛くなる人もいるらしい。そしてどうやら私はどちらかというと後者よりだ。

やっと言葉が通じ、この世界の事を理解でき、何とか自分の立場も手に入れ、やっとベッドの民から抜けられると喜んだ矢先激痛によって私はあれからずっとまたベッドの住人をしていた。
流石にもう1か月15日間ぐらいベッドの民としてベッドを警備していたがそろそろ警備をやめたいのが本音である。

ので、ついに私は生理が終わった今、ベッドの民を卒業しようと思います!
ベルムさんには暫く安静に寝ているようにと口酸っぱく、そりゃあ耳にたこができそうなぐらい言われているが許せ。1か月15日弱ベッドに大人しくしていたんだ。許せ。ちなみにご飯はもう食べてベルムさんの話を聞いた後だから、もうすることは寝ることだけである。
つまりはだ、もう今日1日私の部屋に誰かが来るという事はないということ。つまり自由に出歩けるということである!作戦は完璧。

しめしめと小さく思いながら上半身を何とか起こし、大理石のような床に足をつける。ひやりと冷たい感覚が足の裏に伝わった。久々の感覚である。本当に1か月弱ベッドから動いていないから不思議な感じだ。
そーっとそのまま両足をつけ、何とかその場に立ち上がった。だが何故だかふらふらとして何かに掴まっていないとすぐにでも倒れてしまいそうになる。
これが怠惰という欲に負け、だらだらとしていた人間の末路かなんて冗談がましく思いながら壁に手をおき、一歩一歩前へと進んでいく。

筋力の低下が頗るやばいので筋トレをベッドの上でしようと心に誓いながらいつもベルムさんが現れる扉の前に立ち、金ぴかのドアノブをガチャリと回す。
これで外にでられるぞ。とるんるんで無い力を出し、扉を押すのだが一向に開く気配がない。

「…もしかして鍵かかってる?」

がちゃがちゃと金ぴかのドアノブを左右に動かすがただ無意味にがちゃがちゃという音が鳴り響くだけだった。仕方なく、元きた道(といっても数歩歩いただけだが)を戻り、ベッドに腰かける。

これでは本当に軟禁状態ではないか。いや、軟禁というより監禁に近い気がする。
まいったなあ。またベッドの住人をしていなければいけないのだろうか。だがいい加減そろそろ飽きた。
ベルムさんに何か言って連れて行ってもらうのが一番いいのだろうけれども、私は今、そう今、外に出たい。

という事でもう一度その場を立ち上がり、今度は窓際にてくてくと覚束ない足取りで歩いていく。
少し高めな位置にあったのでいつも彼が座るベッド際の椅子を何とか窓際まで押し、行儀が悪いがそこに足をつき窓から顔をだした。その瞬間、真っ白な煙が私の目の前に現れた。それは自分の吐いた吐息で。まぶしくて少し眩む目をこすり、もう一度外を見ればどこまでも続く見たことがないぐらい綺麗で真っ白な光景が広がっていた。
久々に見る外の景色と特有の香りと、冷たい温度からひりひりと痛む肌。

下が雪だという事で気を抜いた私はそのまま窓から身をのりだし、真っ白な雪の上にダイブした。
もちろん1か月近く筋肉をろくに使っていなかった人間が耐えられるわけもなく、盛大に私は雪の上に転ぶ。肌が出ている部分が雪に触れ、ひりひりと痛い。
だがしかし、久々な外のせいか私はとても嬉しくて、謎の感動で胸をいっぱいに膨らませていた。

よっこいせと体を持ち上げ、雪まみれになった着せられていた長袖のネグリジェの雪を払い、裸足のまま景色が一番よく見える場所へと歩いていく。近く歩いていると、流石に裸足で雪の上を歩くのがつらくなったので雪が少ない場所にお尻をつけ、その場に体育座りをする。この座り方をする日がまた来るだなんて思っても居なかった。

吹いてくる冷たい風に自分の伸びた髪の毛が靡くのを見ながら、顔をあげればそこには先ほどとは比べ物にはならないぐらいの美しい光景が広がっていた。
私がいた世界じゃ絶対に考えられない建造物に雪と緑のコントラスト。目を凝らし、見える街並みをよくよく見ると四季ごとに街が分かれているようだ。

その元いた世界じゃ考えられない光景に本当に異世界に来てしまったのだと実感する。

一体どれぐらいこの場に居たのだろうか。お尻にあった雪が体温で溶けたせいでびっちゃりと濡れた感覚がする。早く部屋に戻らないと思いその場を立ち上がり、元きた場所へと戻ってみたものの。戻れないという事に今更ながら気づいてしまった。
興奮して後先の事を考えずに動いてしまった。よくよく考えれば椅子に乗らないと届かない場所の窓から身を投げたのだから、地面から届くはずがない。

「…どうすっか。どうする事もできなくね。」

悲しく自問自答をし、どこか入口を探すべく途方もなく真っ白な光景の中をとぼとぼと歩いていく。
長時間雪につけているせいか足の感覚がない。こりゃあしもやけフラグだ。
この年になってしもやけだなんて笑えない。その前にこの状況をまず笑えない。
ベルムさんに怒られるのだろうか。いやだなあ。でも仕方ないか。と考えていると、なんだか賑やかな声が聞こえた。

これで部屋に戻れると思った私は気持ち早く足を動かし、賑やかな場所へと近づいていった。ベルムさんを呼んでもらおう。そうすれば元の部屋に戻れる。そう思ったのだが、聞こえてきた会話に足を止めた。


「陛下の番様が逃げ出したぞ。陛下は大変お怒りになられていらっしゃる。捜索部隊はどうなっているんだ。増員して早急に番様を見つけ出せ。」
「そんな事はわかっています。ですが外見の手がかりもなく早く見つけろだなんて無理難題な事を。」
「致し方あるまい。番様のお姿を陛下は誰にも見せたくないのだ。」
「はぁ…。竜人特有の独占欲には参りますね。」
「口を慎め副隊長。今の言葉は侮辱に値するぞ。戯言をほざく暇があれば番様を早く見つけろ。でなければこの国は今日にでも滅びる。」
「はいはい。わかっていますよ。僕もまだ運命の番に出会っていないのに死ぬだなんてごめんですからね。」

ふーむと聞こえてきた男性2人の会話にどうしようか、と考える。陛下って国王とかに使う言葉だよな?国王陛下って言葉あるぐらいだし。確かこの国は竜人が統べていたとベルムさんが言っていたから、竜人の王様の運命の番が逃げたということか。
それは一大事である。

でもその逃げだした番様もよくまぁ逃げたものだ。こんなおっきくて綺麗な城の中で暮らしていけるというのに。私はまだハニー?だという名前の透明はちみつしか食べたことがないのではっきりとわからないが、ここに暮らしていれば毎日豪華なご飯を食べてふかふかのベッドでゆっくり寝る毎日を過ごせるというのに。それに生涯絶対浮気をしない竜人のお嫁さんだというのに。もったいないかぎりである。

まぁ私には関係ないことだ。
そう思い、2つの足音が遠く離れて行ったのを確認し、そこへと歩いていく。すると建物へ入る入口のような場所が遠くに見えた。重そうな鎧をかぶっているせいか顔がわからないが、門番をしているような人が見える。よし、あそこへ行って中へ入れてもらおう。感覚のない足を動かし、一歩前へと踏み出そうとした瞬間だった。先ほどまで聞こえた声が後ろからしたのは。

「先ほどから僕達の会話を聞いていたようですが、貴女は誰ですか?」

いいようによっては容赦しないとでも言うような雰囲気の声色に、ギギギと錆びた機械のような音を今にでもだしそうなぐらいゆっくりと声が聞こえた後ろへと首を動かせば、そこには軍服のような物を着た2人の美丈夫が立っていた。ベルムさんのが綺麗だが、この世界は美丈夫しかいないのだろうか。憎いぜ。
彼らの腰にある剣を見つつ、どう言おうか悩んでいると、ライオンのような美丈夫が剣に手をかけながら喋りだした。

「返答がないという事は己は怪しい者だと。そう肯定しているのだな?」
「今番様がお逃げになられて忙しいっていうのに、余計な仕事ばかり増えていく一方でしてね。中々大変なのですよ我々も。」

自分よりも何センチも高い大の男2人のよくわからない威圧のせいか、私は何も言葉を口から発することができないままぺたりとその場にしりもちをつく。いや、ついたと言うよりは簡単に力がぬけてついてしまった。

どうしようか。思考回路は意外と冷静に動くのだが、如何せん体がついてこない。
完全に腰を抜かしてしまったせいで動けないし、もし動けたとして運動不足のこの足で走り抜けることもできやしない。だからと言って低い温度と緊張のせいでガチガチと震える体と唇で言葉が発せないしどうしようか。

「女、何故口を開かない。このままここで散りたいという事か。」

そんなことはないです。喋りたいんだけど口動かねぇんだよ。と口に出せたらどんなに楽か。もうこのままここで死ぬのか。痛そうだなあ。やだなあ。と半分どうにでもなれ状態で思っていると、ふと嗅いだことのある酷く甘い香りがした。その香りはずっと私が部屋で嗅いでいたベルムさんの香りで。

「べ、るむ、さん。」
「はい。何でしょうライ。」

聞きおぼえのある低い声に、見覚えのある銀色の綺麗な髪の毛。
香りがしたから何となく小さく呟いただけなのに、なぜか目の前に現れた彼に我慢していた何かがどっと目からあふれ出してくる。ベルムさんは動けないで泣いている私をいともたやすく横抱きし、よしよしと背中を撫でてきてくれた。
背中から伝わってくる彼の温度と酷く甘ったるい香りと流れてくる涙に、私は混乱しているのだろう。そっと彼の首に自分の腕を回し必死にしがみついた。

「…ライ、何故部屋から出たのですか。」
「……そ、とにでたかった。」
「そうですか。心配しましたよ。こんなにも冷えてしまって。」
「ご、めんなさい。」
「まずは体を温めましょうね。このままでは風邪を引いてしまうかもしれません。」

彼の言葉に頷き、ぐずぐずと泣きながら彼の胸元に頭を押し付ける。久々に泣いて混乱しているせいか上でベルムさんが何か誰かと喋っていたけれど、会話が何も耳に入ってこなかった。
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