はい、こちら黄泉国立図書館地獄分館です。

日野 祐希

文字の大きさ
24 / 77
第二話 ~夏~ 地獄にも研修はあるようです。――え? 行き先は、天国?

お見送りしていただきました。

しおりを挟む
 通常業務の傍らで色々と準備をしていたら、新人研修へ出発する日はあっという間にやって来ました。

「では閻魔様、行って参ります。地獄分館の方、三日間よろしくお願いいたします」

 見送りに来て下さった閻魔様に、シンデレラ城の正門前でご挨拶します。
 私の横に立つ子鬼三兄弟も、『よろ~!』と閻魔様へ手を振りました。今日も素敵に可愛らしい子達ですね。

「任せておきなさい。君達もしっかり勉強しておいで」

「わかりました。――ああ、それと私がいなくて寂しいからって、壁に頭突きしまくったり、床をゴロゴロ転がったりしないでくださいね」

「……いやさ、君、儂のことを何だと思っているわけ? そんなことするわけないじゃない。第一、君が言うような奇行を取る輩は、この地獄裁判所にはいません!」

 私の忠告に、閻魔様が呆れた様子で溜息をつきます。
 ほうほう。奇行に走る輩はいらっしゃいませんか。へえ……。
 私はちょんちょんと閻魔様をつついてこちらへ注目させた後、廊下の奥の方を指さしました。

「ぬおおおおおおおおおおっ!」

 ズガンッ、ズガンッ、ズガンッ! (←ジャンプした勢いで天井に頭突きする音)

「むがああああああああああっ!」

 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ! (←床と言わず、壁や天井まで三次元的に転がる音)

 言うまでもないと思いますが、兼定さんです。
 彼、先程突然、「ハッ! これから三日間、私をいじめてくれる人がいなくなってしまう!」とか言い始めまして……。
 以来ずっと、あんな風に物理法則を無視した奇抜な行動を続けています。

「……いましたね」

「………………。……うん」

 私が確認するように言うと、閻魔様が力なく頷きました。
 さすがに今ばかりは、少し同情してしまいますね。あれ、この人の秘書官ですし。

(――おっと、そうでした)

 危ない、危ない。兼定さんの奇行に気を取られ、大事なことを忘れたまま研修へ出立してしまうところでした。彼に渡さなければならないものがあったのです。

「兼定さーん! ちょっとよろしいですかー?」

「はい、何でしょうか」

 声を掛けてみたら、兼定さんはあっさり奇行を止めました。
 一体どんな精神構造をしているのでしょうか、この変態。もはや多重人格の域にでも入っていそうですね。
 まあ、考えるだけ無駄ですし、さっさと用件を済ませてしまいましょう。
 そろそろ出発しないと、遅刻してしまいますしね。

「はい、廉貞さん。これをどうぞ。これから三日間、この仕様書に沿って仕事をしてください」

「ハハハ。これは――随分と分厚い仕様書ですね」

 兼定さんが驚き混じりのイケメンスマイルで、私から受け取った仕様書を見つめました。
 ウフフ。なかなか良い表情です。その反応を待っていました。

 何たってこの二週間、残業しまくって作成した仕様書ですからね。兼定さんの一挙手一投足までを規定した、A4用紙500枚を軽く超える大作です。これくらい驚いてもらわないと、私としても張り合いがありません。

「くれぐれも、この仕様書にない行動をとらないでくださいね。もし妙な行動をしたら、後でひどいことが起こりますよ――閻魔様に」

「えっ! 何で儂! 君、一体全体儂に何をする気かね!!」

 落ち込んでいた閻魔様があっさり立ち直って、私に食って掛かってきました。
 だって、仕方がないじゃないですか。直接兼定さんにお仕置きを加えても、喜ばれてしまうのですから。

「わ、私ではなく、閻魔様に……。そ、そんな……。私はそんな羨ましい光景を、ただ見せられ続けるということですか? ――あれ? でも、それはそれでありなのでは……」

 チッ! しまった。
 油断していました。この変態執事、放置プレーもいけるクチでしたか。さすがはドMの化身。
 とにかく、これはまずいですよ。この男、自分の欲望を満たすため、仕様書にない行動を取りかねません。

 仕方ないですね。ここは……。

「ほらほら、いつまでここでのんびりしているつもりですか? まったく使えない人ですね。仕様書通りにさっさと仕事をしなさいな、この豚執事」

「イエス、女王様! この卑しい豚めにすべてお任せ下さい!」

 ビシッ、と敬礼した兼定さんは、疾風のごとき勢いでこの場を去っていきました。
 ふう……。
 とりあえず目先のエサで、注意を逸らすことができたようですね。兼定さんが欲望に忠実な豚野郎で本当に良かったです。
 あとはこのまま三日間、彼が脇目も振らずに馬車馬のごとく働き続けることを祈りましょう。
 願わくば、そのまま過労で倒れてくれればよいのですが……それは無理でしょうね。あの変態執事、恐ろしくタフですし。実に残念です。

「さて……。それでは閻魔様、改めまして行って参ります」

「うむ。行ってらっしゃい」

「「「いってきま~す!」」」

「ああ、行っておいで。とまと君、ちーず君、ばじる君、頑張ってくるんだよ」

「は~い!」

「へ~い!」

「ほ~い!」

 子鬼三兄弟も閻魔様へ元気に挨拶をしましたし、これで準備は万端です。
 私は三人の愛すべき部下達と共に、天国へ続くエレベーターに乗り込んだのでした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

処理中です...