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第五章 宝探し
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「確か、先輩が本を括り付けようとしていた枝は……」
一年前の記憶を掘り起こし、当時、奈津美先輩がへっぴり腰でへばりついていた枝を見上げる。この大きな桜の木の中でも一等大きな枝だ。その先端に、ビニールの手提げ袋が括り付けられていた。透明なビニールの中に、今朝見せてもらった虹色の本が見える。どうやら、ここで正解だったようだ。
「先輩、今度はちゃんと枝に置いてこられたんだな」
頑張って木によじ登っている奈津美先輩の姿を想像し、それがあまりにかわいらしくて、思わずくすりと笑ってしまう。
「さてと! さっさと本を回収するか」
桜の木に手をかけて、体を持ち上げていく。木登りは得意ではないが、手や足をかけられそうなところがいくつもあるので、想像よりは楽に登っていける。もっとも、元が運動不足の体だ。きっと明日は、全身筋肉痛だろう。
けど、今は筋肉痛の心配など、二の次だ。文化系の体を平気で酷使して、どんどん木を登っていく。
幹から本を括りつけた枝に移ると、枝が大きく揺れた。でも、折れそうな気配はない。僕は枝にしがみついて芋虫のように進んでいき、その先端に引っかかっていたビニール袋を手に取った。
「よし! 取れた」
片手はビニール袋、もう片手は枝を握っていて文字通り手が離せないので、心の中でガッツポーズを決める。
ビニール袋さえ取れれば、こんな危ない場所にもう用はない。僕は慎重に来た道を引き返していき、桜の木から降りた。
「どうにか見つけたな」
ビニール袋から取り出した本を手に、ホッと一息つく。ヒントの問題に若干てこずったが、これを部室まで持ち帰れば、僕の勝ちが決まる。今は十二時を回ったところだから、余裕の勝利だ。
その時、僕の胸の内に好きな人とまだ一緒にいられる喜びと、好きな人の夢を邪魔してしまった罪悪感が一気に去来した。僕はここで身を引いて、奈津美先輩が望む通り、頑張れと送り出してあげるべきなのではないか。そんな気持ちが、再び込み上がってくる。
ただ、これは奈津美先輩が望んだ勝負なのだ。だったら、何も気にすることはない。僕は先輩が望む通り、全力を尽くした。それだけだ。
まるで自分をごまかすように、心の中で「これでいいんだ」と繰り返す。
「けど……やっぱりこの勝負、僕の運が良過ぎたな」
葛藤から目を逸らすために、ずっと気になっていたことを口にした。
もうこれを考えて何度目になるかわからないけど、今回の勝負は徹頭徹尾、本当にうまくいき過ぎだ。すべてが僕にとって都合のいいように回っていたと思える。途中で真菜さんたちに出会ったことも、奈津美先輩の制服に木の葉がついていたことも、まるで神様が僕を勝たせようとしているかのごとき運の良さだ。
「でも、これって本当に運が良かっただけなのか……?」
ふと頭の中に、疑問が浮かんだ。
いくらなんでも、あらゆる事が上手く運び過ぎている。神様が味方しているかのごとき幸運? いや、ここまで幸運が重なれば、それはむしろ必然のことだったと考えるべきではないか。
「もしかして、僕を勝たせようとした人がいた?」
口をついて、言葉が出てくる。そんなことを考える人がいるとしたら、ひとりしかいない。
僕は手の中にある虹色の小さな本を見た。午後の陽光を反射して、本は本物の虹のように輝いて見える。
その輝きの中で、僕は手に持つ本に小さな付箋が貼られていることに気が付いた。
胸の中から、まだ終わりじゃないという予感めいたものが込み上がってくる。
そういえば、先輩は言っていたじゃないか。この勝負の中で、僕に伝えたいことがあるって。僕はまだ、その〝伝えたいこと〟とやらを聞いてはいない。だったら、この付箋のページにあるのが、正にその〝伝えたいこと〟じゃないのか?
この本を開かなくてはいけない。そんな衝動に急かされながら、僕は付箋が貼られたページを開く。そこには、これまでのメモ用紙と同じく、奈津美先輩の丸っこい字が書かれていた。
本に書かれた奈津美先輩からのメッセージを、食い入るように読み進めていく。
そして、なぜこの本がこの木に隠されていたのかを知った僕は、言葉もなくその場で立ち尽くした。
一年前の記憶を掘り起こし、当時、奈津美先輩がへっぴり腰でへばりついていた枝を見上げる。この大きな桜の木の中でも一等大きな枝だ。その先端に、ビニールの手提げ袋が括り付けられていた。透明なビニールの中に、今朝見せてもらった虹色の本が見える。どうやら、ここで正解だったようだ。
「先輩、今度はちゃんと枝に置いてこられたんだな」
頑張って木によじ登っている奈津美先輩の姿を想像し、それがあまりにかわいらしくて、思わずくすりと笑ってしまう。
「さてと! さっさと本を回収するか」
桜の木に手をかけて、体を持ち上げていく。木登りは得意ではないが、手や足をかけられそうなところがいくつもあるので、想像よりは楽に登っていける。もっとも、元が運動不足の体だ。きっと明日は、全身筋肉痛だろう。
けど、今は筋肉痛の心配など、二の次だ。文化系の体を平気で酷使して、どんどん木を登っていく。
幹から本を括りつけた枝に移ると、枝が大きく揺れた。でも、折れそうな気配はない。僕は枝にしがみついて芋虫のように進んでいき、その先端に引っかかっていたビニール袋を手に取った。
「よし! 取れた」
片手はビニール袋、もう片手は枝を握っていて文字通り手が離せないので、心の中でガッツポーズを決める。
ビニール袋さえ取れれば、こんな危ない場所にもう用はない。僕は慎重に来た道を引き返していき、桜の木から降りた。
「どうにか見つけたな」
ビニール袋から取り出した本を手に、ホッと一息つく。ヒントの問題に若干てこずったが、これを部室まで持ち帰れば、僕の勝ちが決まる。今は十二時を回ったところだから、余裕の勝利だ。
その時、僕の胸の内に好きな人とまだ一緒にいられる喜びと、好きな人の夢を邪魔してしまった罪悪感が一気に去来した。僕はここで身を引いて、奈津美先輩が望む通り、頑張れと送り出してあげるべきなのではないか。そんな気持ちが、再び込み上がってくる。
ただ、これは奈津美先輩が望んだ勝負なのだ。だったら、何も気にすることはない。僕は先輩が望む通り、全力を尽くした。それだけだ。
まるで自分をごまかすように、心の中で「これでいいんだ」と繰り返す。
「けど……やっぱりこの勝負、僕の運が良過ぎたな」
葛藤から目を逸らすために、ずっと気になっていたことを口にした。
もうこれを考えて何度目になるかわからないけど、今回の勝負は徹頭徹尾、本当にうまくいき過ぎだ。すべてが僕にとって都合のいいように回っていたと思える。途中で真菜さんたちに出会ったことも、奈津美先輩の制服に木の葉がついていたことも、まるで神様が僕を勝たせようとしているかのごとき運の良さだ。
「でも、これって本当に運が良かっただけなのか……?」
ふと頭の中に、疑問が浮かんだ。
いくらなんでも、あらゆる事が上手く運び過ぎている。神様が味方しているかのごとき幸運? いや、ここまで幸運が重なれば、それはむしろ必然のことだったと考えるべきではないか。
「もしかして、僕を勝たせようとした人がいた?」
口をついて、言葉が出てくる。そんなことを考える人がいるとしたら、ひとりしかいない。
僕は手の中にある虹色の小さな本を見た。午後の陽光を反射して、本は本物の虹のように輝いて見える。
その輝きの中で、僕は手に持つ本に小さな付箋が貼られていることに気が付いた。
胸の中から、まだ終わりじゃないという予感めいたものが込み上がってくる。
そういえば、先輩は言っていたじゃないか。この勝負の中で、僕に伝えたいことがあるって。僕はまだ、その〝伝えたいこと〟とやらを聞いてはいない。だったら、この付箋のページにあるのが、正にその〝伝えたいこと〟じゃないのか?
この本を開かなくてはいけない。そんな衝動に急かされながら、僕は付箋が貼られたページを開く。そこには、これまでのメモ用紙と同じく、奈津美先輩の丸っこい字が書かれていた。
本に書かれた奈津美先輩からのメッセージを、食い入るように読み進めていく。
そして、なぜこの本がこの木に隠されていたのかを知った僕は、言葉もなくその場で立ち尽くした。
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