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この世界はメイドさんも半端なかった件

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「ところでアイラさん。お使いって、一体どこに行っていたんですか?」

 アイラさんが仕えるお屋敷がある街は、ここから20kmくらい先にあるとのこと。
 ただ車を走らせるだけでは心の距離は縮まないので、俺は小粋なトークを展開することにした。

 なお、先にこちらで話題を振ったのはナーシアさんの時の失敗をくり返さないためだ。
 まずないとは思うが、また勇者の話題をエンドレスリピートでもされたら、俺もセシリアも敵わんからな。

「ええと、あの十字路を東に40kmほど行くと、小さな村があるんです。その村は養蜂が盛んで、美味しい蜂蜜を売っているんですよ。私がお仕えするお屋敷のお嬢様もこの蜂蜜を大層好んでおりまして、今日はその買い出しのお使いなんです」

「東に40kmって……合計60kmの道程ですよね。往復120km……。か弱い女性一人でお使いさせるには、ちょっとばかしハードル高すぎやしませんか。しかも、歩きって……」

 もしやその屋敷の主人、SM趣味でもあるのか。
 アイラさんに無理難題を言いつけて、悦に浸っているとか……。

 くっ! 実にうらやま……いや、許せん。
 美人メイドに、あれやこれやと無茶なお願いを……。

 ……………………。

 ……ふむ。
 少し話が合うかもしれん。
 これはその紳士と、メイドについて一晩ほど語り合ってみなければなるまい。(←使命に燃える漢の顔)

「あの……何やらお顔が劇画風になっていますが……。……大丈夫ですか?」

「安心せい。こやつはいつもおかしいのがデフォルトなんでな」

 シャラップ、クソ神。
 今は大人の時間だ。
 子供は大人しく、後ろで絵本でも読んでいなさい。

「ともあれ、往復120kmなんて大変でしょう。その距離だと、2~3日がかりの買い物って感じですか」

「え? 日帰りですよ」

 ハハハ……。
 恐ろしく健脚な人だ。
 もはや人間業じゃないだろ、それ。

「片道60km程度なら1時間半少々もあれば走破できますからね」

 楚々として微笑みながら、そうのたまったアイラさん。

 60kmを大体90数分。
 時速およそ37.5km±いくらか。
 100m走に換算すると、大体9.6秒といったところですかね。
 ちなみに俺がいた世界での100m走世界記録はウ○イン・ボ○トの9.58秒……。

 ひらひらロングスカートのメイド服を着て、ボ○ト並のペースで一時間以上走り続けるのか、この人。
 ハハハ。本当に人の枠を超えて健脚――いや、剛脚な人だ。

 すんません、アイラさんのご主人様。
 あんたの人選は、これ以上ないってくらい超的確でした。

「ハハハ。ソレハ、スバラシイアシヲオモチデスネ」

 俺が出会う美人って、なんでこう人ならざる身体能力持ってんでしょうね。
 巨大熊を一撃KOする町娘さんに、楚々としてボル○のように爆走し続けるメイドさん……。
 これはアレですかね。
 この世界では、顔が良くなるほど化け物クラスの脳筋ビルドになっていくとかいうステ振り仕様なんですかね。

 この圧倒的な身体能力の差。
 なんかもう、俺のもらったチート(邪神の魔力で大魔法使いたい放題)が霞んで見えるんですけど……。
 つうか、ナーシアさんやアイラさんと戦ったら、俺、魔法使う間もなく瞬殺される気がする。
 美人へナンパするにも命がけだな、この世界。

「まあ、天は二物を与えるを地で行っとるというわけじゃな。――そう。正しくわらわのように」

 黙れポンコツ邪神。てめえ、面がいい以外は基本的にトラブルメーカーにしかなってねえよ。
 二物どころか、差し引きマイナスだよ。
 つうか、なんでお前が勝ち誇る。
 お前、一応神だろうが。基本与える側だろうが。
 あと、毎度毎度隙あらば自分を持ち上げてんじゃねえ。

「それにしてもこの乗り物、すごく速いですね。私の全力疾走と同じくらい」

 車に乗った感想として、「自分と同じくらい」なんて言葉初めて聞きましたよ、俺。
 ちなみに今、この車は時速50kmで走行しております。

 ともあれ、俺はこの世界の美人たちに戦々恐々としながら車を走らせ続けるのだった。
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