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祝☆初購入

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 ――とまあ、俺にとって心からうれしくない会話をしている内にヴァーナ公国の街並みも見えてきたわけで……。
 
 市場街に着いた俺たちは、とりあえず顔なじみの連中に帰還報告をしていく。
 と同時に、セシリアは市場街の野郎どもによって神輿に乗せられ、お祭り騒ぎが勃発した。
 なお、俺はというと野郎どもに文字通り蹴り出された。
 なんだ、この扱いの差。納得いかねえ!

 ――って、おいセシリア! てめえ、今、鼻で笑いやがったな。上等だ、ゴルァ! ちょっと下りてきて俺とタイマンはれや!!

 ……………………。

 ……あの、すみません。なぜ男衆全員、私を親の仇のような目で睨んでいらっしゃるので?
 え? セシリア様にケンカを売った? 私が? そんな、滅相もない!
 え? 調子こいていると
 さあさあ、私のことなどお気になさらず、どうぞ皆様、お祭りを続けてください。
 
 ……………………。

 ……フウ。
 仕方ねえ。今日のところはこれくらいで許してやらぁ。
 命拾いしたな、クソ邪神。(←放送禁止的なポーズ)

 よし、スッキリした。
 ……あん? プライドはないのか?
 なんだそれ、食えるのか?

 と、こんなところで俺はそそくさと退散。
 この様子じゃあ、セシリアは当分解放されそうにないからな。
 盛り上がっている市場街を突っ切って、一人で騎士団の詰め所に向かう。

「御触れのリザードマン一味を退治してきた。これがその証拠だ」

 詰め所の受付で例の旗を見せると、特に審査や何やらもなく、一筆名前を書いただけですぐに賞金をもらうことができた。
 様子から察するに、騎士団の斥候がリザードマン一味や俺たちの動向を把握していたようだ。
 お仕事熱心なようで助かるね。おかげで、説明の手間も省けたわ。

 ともあれ、これで金は手に入った。
 次に行くべきところは……。

「あの厳つい筋肉主人がいる本屋じゃのう」

「ぱおーんっ!」

 唐突に現れたセシリアに、思わず象のような声で驚いてしまった。
 こいつ、忍者か。
 いつからここにいたんだ。

「ん? つい今しがたじゃが」

「さよか。てか、市場街のお祭り騒ぎの方はどうしたんだ?」

「ひとしきり祀り上げられて満足したのでな。解散させた」

 言葉通り、ご満悦といった様子のセシリア。
 よく見れば、無茶苦茶顔の色つやが良くなっていやがるな。
 リザードマン一味の時もそうだが、こいつは本当に持ち上げられるの大好きだな。
 性格が悪いったらありゃしない。
 見た目ガキなくせに、中身は完全に悪徳強欲女王様だ。

「なんじゃい! せっかくお主にもお供え物をわけてやろうと思って、わざわざ持って来てやったというのに……。お主がそういう態度を取るのなら、全部一人で食ってやる!」

「ああ、愛しのセシリア。君の帰りを今か今かと待ちわびていたよ。君がいなければ、俺の存在価値などミジンコ以下さ!」

「フンッ! 最初から素直にそう言えばいいのじゃ」

 俺の言葉にコロッと態度を変え、これまたものごっつう満足気に扁平な胸を張るセシリア。
 が、我慢だ、俺……(プルプル)。
 市場の野郎どものはしゃぎ様から見て、今日のお供え物は超ハイスペックに違いない。
 それを食うまで、こいつを始末するのは我慢だ。
 忍耐を見せる時だぞ、俺!

「まあ、そのことは置いておいて、さっさと行くのじゃ。あんまりのんびりしておると、店が閉まってしまうぞ」

「ああ、そうだな。――よし、行くか!」

 賞金が入った袋を握りしめ、富裕層の中心区画へと歩みを進める。
 店に辿り着くと、ブラム氏の若干驚いた顔が俺たちを迎えた。

「お前たちか。まさか、本当に一週間以内に来るとは思わなかったぞ」

「約束したからな。金は揃えてきたぜ」

 握りしめていた金貨入りの袋から5000ゴルドを取り出し、会心の笑みを浮かべる。
 すると、あの厳ついヤ○ザ顔のブラム氏が肩をすくめて微笑んだ。
 つっても、元が怖いんで、笑うとなお怖い感じだが……。正直、頭からバリバリ食われそうだ。

「わかった。では、商談成立だ。本を用意するから、少し待っていろ」

「おう! よろしく頼む」

 俺が頷くと、ブラム氏はテキパキと説話集を取り出してきて、梱包を始めた。
 ごついガタイからは想像できないくらい、丁寧な手捌きだ。さすが歴戦の本屋。
 で、梱包が終わるとブラム氏は……、

「待たせたな。大事にしてやってくれ。――それと、この物語たちをたくさんの人に届けてやってくれ、市場街の語り手」

 と言いながら、本を俺に手渡してくれた。
 どうやらこの人は、俺が何をやっているかすべてお見通しだったようだ。
 その上で、俺のことを応援してくれた。
 広い目で見れば、この人の商売の邪魔をしていると捉えられなくもない、俺の活動を……。
 
 なんだ。
 やっぱりこの人も、本が――物語が好きなんだ。
 そして、それがたくさんの人に届くのがうれしいんだ。

 そう思うと、俺の顔からも自然と笑みがこぼれた。

「サンキュー、ブラムさん。俺、この本の物語を多くの人に伝えられるように頑張るよ」

「大儀であったな、主人」

 受け取った本を胸に抱き、ブラム氏に礼を言いながら店を出る。
 こうして、俺の夢の第一歩は4冊の本という形で確かに刻まれたのだった。
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