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第12話 とある勇者の悩み事⑥
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見渡す限り白い湯気が充満する広い空間。
ここは一般人どころか大半の貴族ですら一生お目にかかることのない秘密の花園。
豪華絢爛な装飾が施され、優に数十人がゆったりと浸かることが出来るお湯の量。
そして、ふんだんに使われたお湯に浮かぶ香り漂う花弁が見せる光景はさながら常世の景色の様で。
そんな中に僕は一人戦々恐々としていた。
これから起こる地獄の様な現実にどう立ち向かうべきか考える為に……。
「ふむ。鍛錬の後の湯浴みはやはり気持ちがいいものだな」
全身泡塗れになった長い金髪をタオルで包んで束ね上げた騎士姫。
その隣には。
「ぐぬぬ。胸以外はほとんど同じ体型だと言っても問題ないはずなのに、こうも負けた気がするのは何故であろうな」
同じく泡塗れになっている透き通るほどの長い銀髪を櫛で頭上に纏め上げたエルフの姫君。
洗い場に並んだ二人の声が木霊し、僕の耳に届いてくる。
「全く……。恨みを込めた表情を向けるのは止めてもらえないだろうか。
騎士の身分である以上、動くには正直邪魔でしかないのだぞ?」
「ほお? だったらうちがもぎ取っても何も問題はなかろうな?
これか? この胸が邪魔だと言うのか?」
「ちょ、掴みかかって――痛い痛い!!
た、助けてくれ勇者ぁぁぁぁぁ!!!」
お願いだから僕に振らないでくれるかな。
意識を乖離して別の場所に移すのに集中しないといけないのに。
あ、やばい。
反射的に視線を動かした結果、長い髪を束ね上げているせいで普段見えない二人のうなじが照明に照らされ、とても艶めかしく輝いているのが見えてしまう。
同時に騎士姫の揺れ動く豊満な谷間を伝う水滴と気泡……。
駄目だ……これ、心臓に悪すぎるって。
「はぁ……とても気持ちがいいですね。
勇者とお風呂だなんてとても久しぶりな気がします」
「え、勇者様……。
何時の間に魔法使いとお風呂だなんて羨ましいことを」
「待って。久しぶりどころか最後に入ったのは10年以上前のことだよね?」
湯船に浸かった僕を逃がさないように両隣を陣取る魔法使いと聖女。
普段見ることのない火照った表情を見せる二人も僕の心情を掻き乱してくる。
「ふはははは!!!
童に追いつけるなら追いついてみるが良いのじゃ!!」
「むぎぎ……。ボクだって負けるもんか!!
鍛え上げた脚力の力を見せてあげるよ!!!」
「ふふん。そこまで言うなら勝負なのじゃ、
先にあの端にタッチした方が勝ちでどうじゃ?
勝った方が兄君の膝の上に座る権利を手に入れる。
そしてこの勝負、童が絶対に勝つに決まっておろう!!!」
「やだ!! 勇者様の膝にはボクが座るんだ!!!」
そこの泳ぐことに夢中になってる武闘家と姫様。
そんな約束を僕はした覚えもないし、する気もないよ。
「姫様はほぼ毎日泳いでおられますのでとても上手で御座いますよ」
「お風呂って泳ぐ場所じゃないと思うんだけどなぁ」
こんな場所でもメイド服を着たままでいる姫様の筆頭使用人である専属侍女のメイドさん含むメイド軍団。
いつものことながら姫様に甘いところは相変わらずだなぁ。
もう分かっていると思うけれど、ここは城内にある普段は王族のみが使う大浴場です。
そんな場所に男は一人だけ。他は全員うら若き女の子という世の男性が聞いたら卒倒する空間に僕はいた。
僕に拒否権なんてなかった。
というか、これでも僕は頑張った方なんだよ。
これも分かってると思うけど、この状況で僕がまだ正常を保っていられる理由。
それは僕含めて全員が水着を着用してるからに他ならない。
裸の付き合いなんて無理無理。
でも、水着だからギリギリ大丈夫だと思った僕も馬鹿だったかもしれない。
水着の上を石鹸の泡立った気泡が流れる様は想像以上にグッとくるものがあった。
どこを見ても僕には刺激が強すぎる。
このまま意識を手放すことが出来たら何て幸せなんだろう。
でも、そんなことは出来ない。
勇者としてそんな無様見せられないのもある。
だけど、それ以上に彼女達の前で意識を手放したらどうなるか考えたくもないよ。
だってほら……。
いつの間にか掴み合いの争いをやってる騎士姫とエルフの姫君。
水着が半分ずれて見えちゃいけない部分が見えていることに僕は気づいちゃいけない。
次に口数が少なくなって気づけば僕の肩に寄り掛かってきている魔法使いと聖女。
君達、どうみてものぼせかけてるよね。
そして、艶めかしすぎるその息遣いを止めて欲しい。首筋に二人の息が当たってるんだけど。
それに泳ぎながら僕に突っ込んでくる武闘家と姫様。
何で君達、水着じゃなく全裸になってるの? え? 邪魔だったから脱いだ?
そんな状態でくっついてくるのはお願いだから止めて。
妹のような存在だからこそ、本当の妹達を思い出してしまうから。
僕のトラウマを増やすのは本当に止めて下さい。
最後にメイドさん達。
高湿度の中でのメイド服は普段見るソレとは比べものにならない程に破壊力があるということが分かったよ。
肌に張り付くメイド服とうっすらと見える下着のライン。そして露出した部分から滴る汗が異常にヤバい。
何処を見ても僕にとっては地雷だらけ。
この状況を喜ぶことが出来る精神を持てたらどれだけ良かったものか。
僕だって男だ。好意を持って接触してくる彼女達のことは好きだし、嬉しくもあるよ?
けれど、心の奥底にあるトラウマがどうしても邪魔をしてくるんだ。
克服できることならしたい。
但し、克服したらしたで、きっと決意も固めなきゃいけないと思う。
何が? とは言わない。察して欲しい。
だから僕は未だ流されるままでいるこの現状を選んでいる訳で。
ああ、本当にいい湯だなあ。
普通に考えてこんな滅多にない機会楽しまないと損だよ。
それにもうすぐまた魔王討伐の旅に出発することになる訳だし。
だったら僕も誘惑に負けずに楽しまないとね。
うん。これは現実逃避じゃない。
だから、お願いがあるんだ。
皆もう少し離れて湯に浸かろうよ。
僕の体でお湯に当たる部分より彼女達の誰かと接触している部分の方が多いのは絶対におかしいからね。
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★第12話 登場人物★
勇者 …… お約束の展開も勇者にとっては苦行の時間なのだよ。
騎士姫 …… 騎士としてよりも勇者を誘惑出来ない胸は邪魔でしかないと本気で思ってたりする。
エルフの姫君 …… 胸への執念はエルフ族としての悲願でもあるんです。
魔法使い …… 昔は勇者とその姉妹達皆でお風呂によく入ったものだけれど、その度に死んだ目をする勇者には最後まで気づくことはなかった幼馴染。
聖女 …… いつもより大胆に。水着を着ているけども勇者の隣で一緒にお風呂に入るのは実はかなり恥ずかしかったり。
武闘家 …… 姫様との水泳勝負で実は負けてたというオチ。純粋な勝負で同年代の女の子に負けるとは夢にも思わなかったそうな。
姫様 …… 平泳ぎだけじゃなくクロールもバタフライも出来るのじゃ。お風呂をプールだと勘違いしているお姫様。
メイド軍団 …… 何時いかなる時も人前ではメイド服を着こなしますよ。
ここは一般人どころか大半の貴族ですら一生お目にかかることのない秘密の花園。
豪華絢爛な装飾が施され、優に数十人がゆったりと浸かることが出来るお湯の量。
そして、ふんだんに使われたお湯に浮かぶ香り漂う花弁が見せる光景はさながら常世の景色の様で。
そんな中に僕は一人戦々恐々としていた。
これから起こる地獄の様な現実にどう立ち向かうべきか考える為に……。
「ふむ。鍛錬の後の湯浴みはやはり気持ちがいいものだな」
全身泡塗れになった長い金髪をタオルで包んで束ね上げた騎士姫。
その隣には。
「ぐぬぬ。胸以外はほとんど同じ体型だと言っても問題ないはずなのに、こうも負けた気がするのは何故であろうな」
同じく泡塗れになっている透き通るほどの長い銀髪を櫛で頭上に纏め上げたエルフの姫君。
洗い場に並んだ二人の声が木霊し、僕の耳に届いてくる。
「全く……。恨みを込めた表情を向けるのは止めてもらえないだろうか。
騎士の身分である以上、動くには正直邪魔でしかないのだぞ?」
「ほお? だったらうちがもぎ取っても何も問題はなかろうな?
これか? この胸が邪魔だと言うのか?」
「ちょ、掴みかかって――痛い痛い!!
た、助けてくれ勇者ぁぁぁぁぁ!!!」
お願いだから僕に振らないでくれるかな。
意識を乖離して別の場所に移すのに集中しないといけないのに。
あ、やばい。
反射的に視線を動かした結果、長い髪を束ね上げているせいで普段見えない二人のうなじが照明に照らされ、とても艶めかしく輝いているのが見えてしまう。
同時に騎士姫の揺れ動く豊満な谷間を伝う水滴と気泡……。
駄目だ……これ、心臓に悪すぎるって。
「はぁ……とても気持ちがいいですね。
勇者とお風呂だなんてとても久しぶりな気がします」
「え、勇者様……。
何時の間に魔法使いとお風呂だなんて羨ましいことを」
「待って。久しぶりどころか最後に入ったのは10年以上前のことだよね?」
湯船に浸かった僕を逃がさないように両隣を陣取る魔法使いと聖女。
普段見ることのない火照った表情を見せる二人も僕の心情を掻き乱してくる。
「ふはははは!!!
童に追いつけるなら追いついてみるが良いのじゃ!!」
「むぎぎ……。ボクだって負けるもんか!!
鍛え上げた脚力の力を見せてあげるよ!!!」
「ふふん。そこまで言うなら勝負なのじゃ、
先にあの端にタッチした方が勝ちでどうじゃ?
勝った方が兄君の膝の上に座る権利を手に入れる。
そしてこの勝負、童が絶対に勝つに決まっておろう!!!」
「やだ!! 勇者様の膝にはボクが座るんだ!!!」
そこの泳ぐことに夢中になってる武闘家と姫様。
そんな約束を僕はした覚えもないし、する気もないよ。
「姫様はほぼ毎日泳いでおられますのでとても上手で御座いますよ」
「お風呂って泳ぐ場所じゃないと思うんだけどなぁ」
こんな場所でもメイド服を着たままでいる姫様の筆頭使用人である専属侍女のメイドさん含むメイド軍団。
いつものことながら姫様に甘いところは相変わらずだなぁ。
もう分かっていると思うけれど、ここは城内にある普段は王族のみが使う大浴場です。
そんな場所に男は一人だけ。他は全員うら若き女の子という世の男性が聞いたら卒倒する空間に僕はいた。
僕に拒否権なんてなかった。
というか、これでも僕は頑張った方なんだよ。
これも分かってると思うけど、この状況で僕がまだ正常を保っていられる理由。
それは僕含めて全員が水着を着用してるからに他ならない。
裸の付き合いなんて無理無理。
でも、水着だからギリギリ大丈夫だと思った僕も馬鹿だったかもしれない。
水着の上を石鹸の泡立った気泡が流れる様は想像以上にグッとくるものがあった。
どこを見ても僕には刺激が強すぎる。
このまま意識を手放すことが出来たら何て幸せなんだろう。
でも、そんなことは出来ない。
勇者としてそんな無様見せられないのもある。
だけど、それ以上に彼女達の前で意識を手放したらどうなるか考えたくもないよ。
だってほら……。
いつの間にか掴み合いの争いをやってる騎士姫とエルフの姫君。
水着が半分ずれて見えちゃいけない部分が見えていることに僕は気づいちゃいけない。
次に口数が少なくなって気づけば僕の肩に寄り掛かってきている魔法使いと聖女。
君達、どうみてものぼせかけてるよね。
そして、艶めかしすぎるその息遣いを止めて欲しい。首筋に二人の息が当たってるんだけど。
それに泳ぎながら僕に突っ込んでくる武闘家と姫様。
何で君達、水着じゃなく全裸になってるの? え? 邪魔だったから脱いだ?
そんな状態でくっついてくるのはお願いだから止めて。
妹のような存在だからこそ、本当の妹達を思い出してしまうから。
僕のトラウマを増やすのは本当に止めて下さい。
最後にメイドさん達。
高湿度の中でのメイド服は普段見るソレとは比べものにならない程に破壊力があるということが分かったよ。
肌に張り付くメイド服とうっすらと見える下着のライン。そして露出した部分から滴る汗が異常にヤバい。
何処を見ても僕にとっては地雷だらけ。
この状況を喜ぶことが出来る精神を持てたらどれだけ良かったものか。
僕だって男だ。好意を持って接触してくる彼女達のことは好きだし、嬉しくもあるよ?
けれど、心の奥底にあるトラウマがどうしても邪魔をしてくるんだ。
克服できることならしたい。
但し、克服したらしたで、きっと決意も固めなきゃいけないと思う。
何が? とは言わない。察して欲しい。
だから僕は未だ流されるままでいるこの現状を選んでいる訳で。
ああ、本当にいい湯だなあ。
普通に考えてこんな滅多にない機会楽しまないと損だよ。
それにもうすぐまた魔王討伐の旅に出発することになる訳だし。
だったら僕も誘惑に負けずに楽しまないとね。
うん。これは現実逃避じゃない。
だから、お願いがあるんだ。
皆もう少し離れて湯に浸かろうよ。
僕の体でお湯に当たる部分より彼女達の誰かと接触している部分の方が多いのは絶対におかしいからね。
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★第12話 登場人物★
勇者 …… お約束の展開も勇者にとっては苦行の時間なのだよ。
騎士姫 …… 騎士としてよりも勇者を誘惑出来ない胸は邪魔でしかないと本気で思ってたりする。
エルフの姫君 …… 胸への執念はエルフ族としての悲願でもあるんです。
魔法使い …… 昔は勇者とその姉妹達皆でお風呂によく入ったものだけれど、その度に死んだ目をする勇者には最後まで気づくことはなかった幼馴染。
聖女 …… いつもより大胆に。水着を着ているけども勇者の隣で一緒にお風呂に入るのは実はかなり恥ずかしかったり。
武闘家 …… 姫様との水泳勝負で実は負けてたというオチ。純粋な勝負で同年代の女の子に負けるとは夢にも思わなかったそうな。
姫様 …… 平泳ぎだけじゃなくクロールもバタフライも出来るのじゃ。お風呂をプールだと勘違いしているお姫様。
メイド軍団 …… 何時いかなる時も人前ではメイド服を着こなしますよ。
応援ありがとうございます!
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