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初夏
しおりを挟む緑色の葉を茂らせた桜の木が夏の始まりを告げる、まだ涼しげな空気の朝。
2年3組の教室にいる生徒はまだ1人だけだった。
「おはよー」
「あ、愛美!おはよー」
自慢の艶やかな黒髪を窓から流れて来る風にふわりと靡かせながら教室に入る私。由紀は、読んでいた文庫本に栞を挟みながら振り返った。
「あれ?友志は?家近いよね?」
わざとらしく問いかけてくる由紀に、私は呆れ顔で答える。
「あいつなら、いつも通り遅刻じゃない?」
あいつったら、ほんと、彼女への気遣いってものが足りないよね。怒ったような声でそう言いながらも、本当は全く怒ってなどいない。
「そうだよね~。ごめんごめん、いつもラブラブな2人を見てると、つい意地悪したくなってさ」
そう言って「いひひ」と笑う由紀に、私はぷうっと頬を膨らませて返す。
「もうっ。
ていうか、由紀も彼氏とか作りなよー!夏だよ!恋の季節だよ!」
「えー?そういうのは好きな人ができたら考えるよ~」
恥ずかしそうに俯いてそう言う由紀に、私は思わずため息をこぼした。
幼馴染みである私でさえ由紀の恋バナを聞いたことがないのだ。この純真すぎる性格はじれったく、時には羨ましくもある。
「そんなんじゃ、一生彼氏できないよ?独身のままお婆さんになって死ぬなんて、私は絶対やだね」
「それは私も嫌だけど。愛美は良いよね、友志くんっていうカッコよくてモテモテの彼氏がいてさあ」
恨めしそうな目で私を見上げる由紀は、少し悔しそうだった。
「由紀可愛いし頭いいし、絶対モテると思うけどなぁ」
この真面目過ぎる脳みそさえ無ければ、の話だ。由紀の外見なら、彼氏の1人や2人はとっくに出来ていただろう。
ぱっちりとした大きな目に、スッと通った鼻筋。肌は透き通るような色白で、思い切ったショートヘアーも似合う美人だ。
勿論、中身も悪くない。母親がいないから毎日料理をしているらしく、家庭的な雰囲気や女子力は、その振る舞いからも時折感じられる。
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