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今
家族
しおりを挟む俺が健さんと作業をしていると、背後から俺を呼ぶ声がした。
その聞き慣れた声に慌てて振り向くと、案の定そこには美咲さんが握り飯が山ほど盛られた皿を持って立っていた。
「そろそろ休憩したら?お腹も空いたでしょ」
その言葉に、俺は満面の笑みで頷く。
健さんは、尋ねるまでもなく「新米か?美味そうだな」などと言いながら、服の裾で汗を拭っていた。
「相変わらず、美味しそうにものを食べるわね」
見てるこっちが嬉しくなっちゃうわ、と言いながら、美咲さんは優しい眼差しで俺を見守っている。
俺は指に付いた飯粒を器用に舐めながら、「美咲さんの料理がいつも美味しいからだよ」と答えた。
美咲さんは、四年前に身寄りのなかった俺を引き取ってくれた優しい人だ。
俺の両親は早くに死んでいて、俺と姉はずっと両親と仲が良かったという健さんの家で暮らしていた。
しかし、俺にとって唯一の肉親だった姉を亡くしてから、事態は一変した。
きっかけは、事件直後、健さんの家に嫁いできたある女の言葉だった。
『妖狐に食われた生贄の弟、しかも1度妖狐に殺されかけた人間なんて、気味が悪いわ。とてもじゃないけど、一緒に暮らすなんてごめんよ』
その人は家に俺が居候している事を健さんから聞かされてなかったらしく、俺の事情を知るやいなや健さんに怒鳴り散らした。
妖狐が取り憑いてるに決まってる、と言って聞かない彼女に困り果てた健さんは、俺に向かってこう言ったのだ。
『すまねえな、悠馬。俺はお前が家に居たって一向に構わねえんだが、こいつがこう言うからよ...』
十数年間一緒に暮らしてきた健さんは、俺にとっては最早本物の家族同然の存在だった。
引き取り手はこっちで責任もって探すから...そう言う健さんは、どこかホッとしているようにも見えたのだ。
姉を亡くし、育ての親に裏切られ、俺の心はズタズタだった。
引き取り手を探すまでの1週間、健さんは俺を家に置いてくれた。
今思えば、健さんは健さんなりに心を痛めていたのだと思う。
だって、俺達からすれば父親的存在だった健さんにとって、俺と姉は大切な娘と息子だった筈なのだから。
しかしその頃姉を亡くしたばかりの俺にとっては、そんな事を考える余裕などなかった。
健さんは俺の事が邪魔なんだ...そうとしか思えなかった。
今までは一番心が安らぐ筈だった自分の部屋が、その時はどこか知らない場所みたいに見えた。
今までは大好きだったはずの健さんの笑顔が、その時はただの作り笑いにしか見えなかった。
その1週間、俺はろくに部屋から出ることもせず、姉の唯一の遺品である向日葵の髪飾りを抱いて、ただひたすら泣き暮らしていた。
ご飯を部屋の前まで持って来てくれる健さんに、俺は「...いらない」「...あっち行け」等と酷い言葉を投げつけた。
健さんもしばらくすると俺と話すのを諦めたのか、何も言わずにご飯だけ置いて去るようになった。
部屋の扉の前に置かれたおかずを見る度に、俺は健さんにも捨てられた、俺は独りだと思うようになった。
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