帝国のセレスティア 

花蝶楓月

文字の大きさ
7 / 10

7.皇帝との謁見です

しおりを挟む
 宮殿の門が開かれると、セレスティアの目に白亜の壁と至るところに見られる金細工が飛び込んできた。高い天井には無数のシャンデリアが輝いている。廊下を進むたびに周囲の衛兵や侍女たちがセレスティアに視線を向け、その中には好奇の目もあれば冷ややかな目もある。

 扉の前で侍従が立ち止まり、一礼してセレスティアに告げる。

「これより陛下との謁見です。どうぞ、お進みください」

 重厚な扉が音を立てて開かれた。広々とした謁見の間は冷たい大理石でできており、中心には黒い衣装に身を包んだ大柄な一人の男が立っている。

 セレスティアは深呼吸を一つし、背筋を伸ばして足を進めた。銀の髪が静かに揺れ、サファイアの瞳が謁見の間の奥にいる男へと向けられる。緊張を押し隠しながらも、一歩一歩に迷いはなかった。

 男――帝国の皇帝エヴェリオス陛下は、王座の手前でセレスティアを待っていた。側には側近であろう男が二人控えている。一人はモーリス卿と同じくらいの年齢だろうか、文官らしく片めがねに細身の長身の男だ。もう一人は騎士だろうか、エヴェリオスとそう年齢の変わらぬ若い男だが、こちらは木の幹のような太い腕がその強さを物語っている。

 皇帝エヴェリオスは漆黒の髪に黄金瞳をもつ美丈夫だった。彼自身が強い剣士であることは広く知られている。すべてを見通してしまいそうな金の瞳がセレスティアを値踏みするかのようにじっと見据えている。その立ち姿は威厳に満ちており、彼の前では頭を垂れることが自然なことであると感じさせる。

「セレスティア・ローディアと申します。帝国を導く北極星に拝謁賜りましたこと、心から嬉しく存じます」

 セレスティアは一定の距離を置いて立ち止まり、深くカーテシ―をした。セレスティアの声が謁見の間の静けさの中でよく響いた。

 エヴェリオスはセレスティアの挨拶にも眉一つ動かさなかった。そして、しばらくの沈黙のあと、その艶のある低音を響きかせた。

「遠路はるばるご苦労だったな、王女殿下」

 その声に皮肉が含まれていることにはセレスティアも気がついていたが、セレスティアは毅然とした態度で応えた。

「陛下のお招きに預かり、皇妃という大役をいただいたこと、光栄に思っております。この身はすでに帝国のもの。この地の繁栄に貢献できるよう、努めてまいる所存でございます」


 セレスティアの言葉にエヴェリオスは僅かに笑みを浮かべたが、それは冷たさを伴うものだった。

「お前の祖国での評価は帝国にも聞こえている。それをここで覆すつもりか?」

 セレスティアの言葉と態度から、彼女の意気込みを正確に読み取ったらしい。どうやらセレスティアの悪評が聞こえていたと言いつつも、それをそれをただ信じているという訳ではないようだった。

「陛下の仰る通り、私は祖国で高い評価を得ているわけではございません。しかし、この地では祖国での評価ではなく、私自身の行いで価値を示すべきだと心得ております」

 セレスティアは、エヴェリオスの鋭い視線の受けながら毅然とした態度を崩さなかった。たとえ内心どれほど震えようがそれを見せないだけの強さがあると示したかった。

 エヴェリオスはその様子を見て、一瞬だけ目を細めた。まるで彼女の内面を深く探ろうとするかのようだった。だが、その口元には微かな笑みが浮かび、冷淡な威圧感を崩すことはなかった。

「興味深い答えだ。だが、ここは帝国だ。行い一つで称賛を得ることもあれば、命を失うこともある。その覚悟はあるのだろうな?」

 その問いには、脅迫めいた威圧感が含まれていた。だがセレスティアは視線を下げず、力強く頷いた。

「はい、陛下。覚悟はとうに決めております。この地で生きるために、そして帝国に尽くすために」

 エヴェリオスはその答えにわずかに眉を上げた。彼の黄金の瞳がセレスティアのサファイアの瞳を捉え、数秒の間が生まれる。そして、彼は短く鼻で笑った。

「……ならば見せてもらおう。お前の覚悟とやらを」

 彼は背を向け、王座へと歩み寄った。その姿は冷たい威厳に満ちており、まるで彼の存在そのものがこの場を支配しているようだった。

「今日のところはここまでだ。お前の居所と仕えの者たちはすでに用意してある。侍従に従え」

 その声に命令の響きが混じり、これ以上の言葉を必要としないと告げていた。

 セレスティアは静かに深く礼をし、背筋を伸ばして謁見の間を後にした。その歩みには迷いはなく、扉が閉まるまで彼女の銀の髪が光を反射して輝いていた。

 扉の向こうでその光が消えたあと、エヴェリオスは無言のまま玉座に座り、手元の杯を手に取った
「……果たしてどこまで耐えられるか」

 低く呟かれたその声には、冷徹な試練の予感と、わずかな期待が混じっていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛

三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。 ​「……ここは?」 ​か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。 ​顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。 ​私は一体、誰なのだろう?

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

『出来損ない』と言われた私は姉や両親から見下されますが、あやかしに求婚されました

宵原リク
恋愛
カクヨムでも読めます。 完結まで毎日投稿します!20時50分更新 ーーーーーー 椿は、八代家で生まれた。八代家は、代々あやかしを従えるで有名な一族だった。 その一族の次女として生まれた椿は、あやかしをうまく従えることができなかった。 私の才能の無さに、両親や家族からは『出来損ない』と言われてしまう始末。 ある日、八代家は有名な家柄が招待されている舞踏会に誘われた。 それに椿も同行したが、両親からきつく「目立つな」と言いつけられた。 椿は目立たないように、会場の端の椅子にポツリと座り込んでいると辺りが騒然としていた。 そこには、あやかしがいた。しかも、かなり強力なあやかしが。 それを見て、みんな動きが止まっていた。そのあやかしは、あたりをキョロキョロと見ながら私の方に近づいてきて…… 「私、政宗と申します」と私の前で一礼をしながら名を名乗ったのだった。

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

皇宮女官小蘭(シャオラン)は溺愛され過ぎて頭を抱えているようです!?

akechi
恋愛
建国して三百年の歴史がある陽蘭(ヤンラン)国。 今年16歳になる小蘭(シャオラン)はとある目的の為、皇宮の女官になる事を決めた。 家族に置き手紙を残して、いざ魑魅魍魎の世界へ足を踏み入れた。 だが、この小蘭という少女には信じられない秘密が隠されていた!?

皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる

えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。 一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。 しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。 皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……

押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました

cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。 そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。 双子の妹、澪に縁談を押し付ける。 両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。 「はじめまして」 そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。 なんてカッコイイ人なの……。 戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。 「澪、キミを探していたんだ」 「キミ以外はいらない」

処理中です...