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9.晩餐会の始まり
しおりを挟むセレスティアにとって初めての公式の場となる晩餐会が始める。
セレスティアはドレスの裾を軽く整えながら、重厚な扉の前で立ち止まった。扉の向こうには、すでに貴族たちが集い、華やかな談笑の声がこちらまで漏れ聞こえている。
「セレスティア様、大丈夫ですか?」
そっと声をかけたのは、傍らで控える侍女長マルガレータだった。その厳格な顔立ちには普段からほとんど感情が浮かばないが、今はどこか穏やかな気遣いの色が見える。
「ええ、大丈夫です」
セレスティアは軽く微笑むと、背筋を伸ばし、胸の奥に渦巻く不安を押し殺した。今この瞬間、自分が見せるべきなのは王女としての品格と覚悟。どれほどの逆風が吹こうとも、それに負ける姿を見せるわけにはいかない。
扉が重々しく開かれると、広間にいた全員の視線が一斉に彼女へと注がれた。
煌びやかなシャンデリアが天井から吊り下がり無数の蝋燭が灯る大広間は、宮廷の豪奢さと秩序を象徴するかのようだった。
セレスティアが一歩足を踏み出すと、大広間の中に静かなざわめきが広がった。人々の視線が、まるで光の矢となって彼女を射抜くように感じられる。彼らの目には、好奇心、不信、そして評価を探る意図が見え隠れしていた。
「この方があの第三王女?」
「へぇ、まるで人形のような美しさだね」
「見た目だけよくても……ねぇ?」
耳を澄ませば、そんな囁きが微かに聞こえる。だが、セレスティアは動じることなくその場の空気を堂々と受け止めた
紺のドレスに銀糸で刺繍された精緻な模様は、控えめながらも彼女の美しさを際立たせていた。銀髪は月光のように輝き、サファイアの瞳は冷静さと知性を宿している。その姿は、彼女がただの人形ではなく、この場に立つべき理由を持った存在であることを示していた。
大広間の奥、玉座の隣に立つ皇帝エヴェリオスは、ゆっくりとセレスティアに視線を向けた。その銀髪とサファイアの瞳、そして彼が贈ったドレスを纏った姿が目に入ると、彼の口元に薄い笑みが浮かんだ。
「ほう……」
彼は短くそう呟いた。控えめながらも見事にドレスを着こなしたセレスティアの姿に、満足げな表情を見せる。近くに控える側近たちがその変化に気づき、一瞬驚いたように目を見開くが、エヴェリオスは気にした様子もなく、視線を戻した。
その黄金の瞳は、冷たく鋭い光を宿しながらも、どこか期待するような色を含んでいた。
(さて、彼女がこの場でどう振る舞うか……見せてもらおう)
セレスティアの姿を見つめるエヴェリオスの視線には、計算と観察が渦巻いている。それをセレスティアが受け止めているのかどうかは、この場での彼女の行動次第だと確信していた。
セレスティアが定位置である皇帝の隣へと進み出ると、大広間のざわめきが自然と収まっていった。彼女の立ち振る舞いは控えめながらも洗練され、王女としての気品が溢れていた。
皇帝エヴェリオスは彼女に目を向け、隣に立つよう軽く顎を動かして示した。その黄金の瞳には、一見無感情な冷たさが漂っているが、その奥には何かを測るような鋭い光が潜んでいた。
「陛下」
セレスティアは軽く膝を折り、頭を下げる。言葉には敬意を込めつつも、どこか毅然とした響きがあった。
「よく似合っている」
短く放たれたエヴェリオスの言葉に、セレスティアは少しだけ驚き、けれどすぐに微笑みを浮かべた。
「恐れ入ります。このように素晴らしい贈り物、本当に嬉しゅうございました」
「気に入ったようだな」
「はい、とても。この刺繍は帝国の伝統を表していると伺いました。美しさの中に、職人の方々の心が込められているように感じます」
セレスティアの答えに、エヴェリオスはほんの一瞬だけ目を細めた。エヴェリオスは彼女の言葉には形式的な礼だけでなく、真摯な感銘が含まれていることを見逃さなかった。
「そうか」
少しの沈黙が二人の間に流れた。セレスティアはその間に周囲の視線を感じながらも、顔に動揺を出すことなく立ち続けた。
「この晩餐会は、帝国の重要な貴族たちとお前が顔を合わせる最初の場だ」
エヴェリオスがぽつりと呟くように口を開いた。
「彼らがどんな人物で、どう動くか、しっかりと見極めるといい」
「心得ました」
セレスティアは静かに返答する。
「私への対応が、陛下への忠誠を測るものさしとなるのですね」
エヴェリオスは微かに口角を上げた。
「理解が早くてなによりだ」
その短い一言とともに、エヴェリオスは黄金の瞳で彼女を再び見つめた。そこには、彼女のこれからを試すような冷ややかさと、どこか期待を抱く微妙な感情が入り混じっていた。
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