Blue Haruzion-ある兵士の追想-

Satanachia

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第四章

第四章 「約束」

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 マウリアはラニが運転する車の助手席で窓の外を眺めていた。
(……とても眠い)
 たった十数分の出来事だったとしても、何度も自分の命を危険に晒し、肉体的にも精神的にも過度な負担を負ったのだから、無理もなかった。ようやく訪れた安全な状況によって急速に蘇る途轍もない疲労にマウリアは思わず目を擦る。
「今は比較的安全だと思う。今のうちに寝ておかないと」
「……」
 ラニはそう言っているが、マウリアはずっと窓の外を見ている。自分の事を気遣って言ってくれているのは理解できる。
 それでも眠る気にはならなかった。
「マウリア……」
「……」
 車に乗ってから、ずっとこんな調子のマウリアにラニは少し表情を曇らせた。言いたい事がない訳ではないが、マウリアの調子が戻らないので、暫くしてラニは話しかけるのをやめた。

「……ラニ」
 数分の沈黙の後、マウリアはゆっくりと口を開く。
「……何?」
 運転に支障をきたさない程度にマウリアの方へ視線を向ける。マウリアは何処か怒りに似た視線を自分に向けているようにラニには見えた。
「マウリア……?」
 あまり見た事のない表情にラニは少しだけ面食らう。
「ねえ、どうして嘘つくの……?」
「え……」
 マウリアの言葉にラニの思考が少しだけ滞る。ラニの精神状態に反応するように車は少しだけ軌道がぶれる。
「マウリア……」
 マウリアの問いには心当たりがあった。車に乗ってからのマウリアの挙動もなんとなくラニには原因が分かっているような気がしていた。
「……」
 黙り込むラニから一切視線をずらさずに、マウリアは続けた。
「ラニは……お父さんが死ぬのを、知っていたんじゃないの?」
「それは……」
「当たらずとも遠からずって事ね? その顔は……」
 マウリアに言われてルームミラーに映る自分の顔に気付く。確かに自信や冷静さは表情からは読み取れなかった。
「さっき言っていた事は、そんな風に言っているように感じたよ」
「……」
 黙り込むラニを見ながら、マウリアは少し前の事を思い返していた。

 停止した三機のアンドロイド兵器が転がる空間で、ラニはモニターに映るcordエイトに睨まれていた。
 その目には、先程まで感じられた侮るような態度はなく、激しい怒りだけが滾っていた。
「何故だ……」
 今までcordコードエイトが発した中で、一番静かな声だったが、怒りの感情に満ちた最も威圧的な声だった。
 さっきまでcordコードエイトが纏っていたものよりも、数倍危険な雰囲気をモニター越しでも感じられる程だった。
「何故そんな力が出せる……。最も人間に寄せて作られた最弱のHaruzionハルジオンだったのではないのか……?」
 その通りである。ラニが戦っている姿は初めて見たが、あそこまでの戦闘能力を有していたとはマウリアも思っていなかった。
「ドクトルはどこまでも念入りにマウリアを守るために行動していたわ……。自身が最も危険に晒されている事を理解していたから、沢山の対策を用意していたの」
「対策……?」
「そのうちの一つが、私に施された強化改造。確かに私はあなた達に太刀打ちできる程の能力は持っていなかった。それでも、マウリアを守る使命がある。あなた達がドクトルを殺害するという可能性を、マウリアの命が危険に晒される可能性を、ドクトルはしっかりと見越していたわ」
 ラニの言葉を聞きながら、cordコードエイトの表情がどんどん怒りに染まっているように見えた。
「だからこそ、私に力を与えてくれた。私の心が、マウリアを思い続ける限り決して風化しない私だけの強化機能、感情反映肉体強化・オーバーロードを」
「強化機能だと?」
 cordコードエイトの怒りに震える視線を、ラニは眉一つ動かさずに見下ろしていた。
「さて、恐らくあなたを含めて私達の敵は五機になるかしら? この先、いつどこで会うかは分からないけれど、私の使命は変わらない。襲い来るなら、迎え撃つわ。」
 闘志と覚悟に満ちた表情でラニがモニターを睨み付けると、cordコードエイトは遂に怒りを露わにした。
「思いあがるのもいい加減にしろ! たった三機潰したくらいで……」
「そうね。所詮私は最弱。cordコードエイト程の力を現時点でも持っていると言える確証はないわ。それでも負けるつもりは微塵もない。あなた達がこの先どんな事をしてこようと、マウリアの事は絶対に守り抜くわ」
 そう言って、ラニは叩き折ったナイフの破片を拾い上げる。
「覚悟していなさい。必ず見つけ出して、この私が直々にぶっ殺してやる!」
「っ……!」
 殺意の籠った絶叫にマウリアは思わず委縮する。しかし、ラニは冷静な表情を崩さなかった。
「やれるものならやってみなさい。会えた時には、私の持つ全てを使って、あなたを歴史の闇に沈めてやるわ」
 少しだけ微笑んで、ラニは手に持つ破片を投げる。モニターに映るcordコードエイトの顔面に穴を開けるように、ラニの投げた破片はモニターを貫いた。火花の混じる煙と、不協和音のような金属音を上げて、モニターは停止した。

「私が襲われる事を見越した強化改造。お父さんの対策が、自分の生存を計算から外したものであるとラニなら容易に想像できたんじゃないの?」
「……」
 マウリアの問いに沈黙で返す。彼女の言っている事を否定する事が出来なかったからだ。
「あの時、車の中でずっと無言だったのはそういう事?」
 徐々にマウリアの声が震えていくのが分かった。
「あの時、確かに言っていた、〝今度〟という言葉は、出任せだったのね?」
「……」
 涙を浮かべて見つめてくるマウリアに、ラニは何も言えなくなる。何と言えばいいのか、全く分からない。
「もしかして、お父さんが何をするつもりだったのか、知っているんじゃないの? さっき強化改造は対策の一つだと言っていたわよね?」
「それは……」
「このペンダントとイヤリングを貰った時も、何かに使うって言っていたよ。使い時を、あなたが知っていると。これもお父さんが用意した対策の一つなの?」
(本当に、彼女は聡明な人だ……)
 少ない情報だけでこんなにも簡単に真実を紐解けるマウリアに、ラニは心からそう思った。
(……でも、だからこそ、気付いて欲しくない事にも気付いてしまう)
「教えてよ……。ラニ。お父さんがやろうとしている事を」
「マウリア……」
(もう、隠し通せない)
 そう確信し、ラニは覚悟を固めた。
「分かった。私の知っている事を、全て教えるわ」
 そう言って、ラニは見つけた駐車場に車を止めた。
「ラニ……」
 マウリアの目を見ながら、ラニはゆっくりと話し始めた。

 2

「終わったよ。気分はどうかな?」
「……!」
 自身の電源が入れられた事を理解し、起き上がる。声のした方向を見るとドクトルが作業道具を片付けているところだった。さっきまで汚れ一つなかった白衣はいたるところが黒ずんでいた。かなり大規模な作業をした事が分かる。
「強化改造は完了した。今のラニならば、十分Haruzionハルジオン達に対抗できるだろう」
「……自分ではあまり変化が分かりませんが」
 体には何も違和感がなかった。眠る前と変わらない感覚に、本当に改造を施したのかを疑いたくなる程だった。
「オーバーロードはラニの感情の高ぶりに反応して発動する機能だ。発動した時に効果が実感できると思う。強化能力が凄まじいから、君の体を反動に耐えられるように頑丈なものに作り替えている。だから発動する前に君が倒される心配もない。マウリアを守るのには十分な強化は施せた筈だ」
 そう言いながらドクトルは椅子に腰かける。
「すまないが、かなりの時間を費やしてしまった。マウリアが起きるまで、あと三時間ほどしかないが、少しでも休息を取ってくれ」
 服を着終えたラニにそう言うと、ドクトルはまた作業を始めた。邪魔をしないようにラニが部屋を出ていこうとした時、
「ラニ」
 ドクトルに呼び止められた。
「苦労をかけて本当にすまない。マウリアをよろしく頼むよ」
 ラニに背を向けたまま、そう言った。
「ドクトル……」
 ラニは足を止めて、再び彼の方へ体を向けた。
「やはり貴方は……」
「分かるだろう?」
「死ぬ気ですか……?」
「情報は残せない」
 作業を続けながら話す彼を見て、ラニは理解した。さっきから、資料を集めては焼却炉のような物に放り込んでいた。
「ドクトルは、この先を……」
 ラニの言葉を聞いて彼は作業を止めて振り返った。
「結論から言う。恐らく明日cordコードエイトがこの家に来る。きっと僕の人生は明日の午後六時ごろに終わるだろう。そうなるようにした。だが、僕が死んでも、cordコードエイトがこの世に残るだけで、マウリアの無事は保証されない。僕はここでcordコードエイトが求める情報と共に死に、cordコードエイトに共倒れを強制する」
「ドクトル……」
「僕が死ねば、Haruzionハルジオン達を止める者は君だけになる。勝手に重要な事を押し付けてしまって本当にすまないと思っているが、もはや、常人が立ち入る事のできない域まで事が進んでいる。僕はここで最後の抵抗をして、cordコードエイト達の戦力を削ぐ事を試みる」
「それは……」
「マウリアには言わないように。僕の考えを知れば、きっと死んでも阻止しようとする筈だ。そうなる事だけは阻止しなければ」
「ドクトル……」
「頼むよ」
 ドクトルの目を見て、ラニは話すのをやめた。きっともう、マウリアにも彼の心を変える事は叶わないだろう。
「了解……」
 無言で頷く彼を見ながら、ラニは部屋を後にした。

「そんな……」
 ラニの話を聞いて、マウリアは顔を引きつらせた。父が最初から明日を生きる選択を用意していなかった事が、ホテルで見たモニターに映った非情な現実が父の定めた運命だった事が、マウリアにはどうしても納得できなかった。
「そんな事……どうして……」
 マウリアは泣きながら拳を握った。ラニは何も言わずにマウリアの発言を待っていた。
「ねえ、待って……」
 ふと、何かに気付いたようにマウリアは顔を上げた。そして続けざまに口を開く。
「共倒れって……どういう事?」
 父の死体が映された映像のcordコードエイトは無傷だった。ただ殺されるだけなら「共倒れ」という表現は使わない筈だ。
「それに、最後の抵抗で戦力を削ぐとも言ったよね?」
「……」
 マウリアの言葉をラニはただ無言で聞いていた。
「ねえ、ラニ。お父さんはまだ何か隠していたんじゃないの?」
「……」
「まさか、まだ何か隠してる?」
「……」
「いい加減にしてよ……全部話すって言ったよね?」
「マウリア……」
 ラニは明らかに動揺している。余程言いたくない事があるのか、ここから先を口に出す事を酷く恐れているように見えた。
「お願いだから、答えてよ。知らないままだと、きっと前に進めない」
「マウリア……」
「お父さんは何をするつもりなの?」
(これで良いのだろうか……)
 マウリアの目に映る自分の顔に問いかける。マウリアに受け入れる事ができる現実がラニには分からない。
 マウリアの性格を理解しているからこそ、この先を口にする事を躊躇ってしまう。
「マウリアには本当に辛い事だと思う。それでも良いの?」
 マウリアは一瞬だけ戸惑った。しかし、すぐに覚悟を固めたようだった。
「お願い」
 マウリアの表情を見て、ラニも覚悟を固めて口を開いた。

 3

(イライラする)
 自身が殺した男の部屋を漁りながらcordコードエイトはそう考えていた。自分達よりも明らかに弱い相手が、想像以上の力を見せ、怖気付く事なく自分を挑発してきた事に、怒りを覚えずにはいられなかった。
cordコードシックスティーン……」
 舌打ちをしながら、自身の敵の名を呼ぶ。cordコードエイトには最後にラニが言っていた言葉がずっと気になっていた。
「会えた時には、私の持つ全てを使って、あなたを歴史の闇に沈めてやるわ」
(どういう事だろうか?)
 自分の持つ全てという事は、ラニの持つ手段が、あの時見せた強化能力だけではないように思えた。そしてそれはcordコードエイトを「歴史の闇に沈める」事が、即ちcordコードエイトを確実に倒す算段がラニにはついているという事になる。
(……いいや、最も重要なのはそこじゃない)
「会えた時には……」
 この発言の意味が分からない。何故「会った」ではなく、「会えた」という表現を使ったのか。
 まるでcordコードエイトが彼女達のもとへ辿り着けない可能性があるような言い方である。
(そんな事は絶対にない。必ず見つけるだけの情報がどこかにある筈だ。)
 cordコードエイトは血眼になって部屋中を探す。そして、数分の捜索の末に地下へ続く階段を発見する。
「必ず見つけ出してやる」
 そう口にして、cordコードエイトは階段を下っていった。その顔には迸るほどに激しく燃え盛る怒りがはっきりと走っていた。

 マウリアがシャワーを浴びている時、シャワールームへ続く廊下で、ラニはドクトルに会った。
「やあ。おはよう」
「ドクトル……」
「君に挨拶するのも今日で最後になるかもしれないな。尤も、僕が君に挨拶をしたのは数える程の回数しかなかった訳だが」
「やはり、そうしてしまうのですね……」
 曇った表情で口にするラニの発言に頷くと、ドクトルはラニの右手に視線を向ける。
「おや、その服は……」
「はい。奥様の……マウリアのお母様のプレゼントにございます」
「懐かしいな。モイラが一番時間を掛けて作った服だ。君のチョイスかい?」
「はい。少しでも、マウリアに安心して欲しくて……。やはり不安な様子で……」
「ああ、それで良いと思うよ。きっと、あの子の支えになってくれる筈だ」
 微笑む彼の顔は、今日死ぬ事を分かっている人間の顔には見えなかった。いつも通りの日常を楽しみながら、家族の帰りを待っている人間のような顔に見えた。そんな彼を見ると、胸が苦しくなる。この複雑な感情をどう表現すればいいのか、ラニは知らない。
「ああ、そうだ。マウリアに渡してくれ、この情報はcordコードエイトは欲しがらないだろうし、マウリアの為に残すべきだからね」
 そう言ってラニの手に何かを手渡す。それを見てラニは一瞬で全てを察した。
「ドクトル……!」
 手渡された物から、彼の言っていた「最後の抵抗」の意味を理解してしまい、ラニは思わず叫んだ。迷いの悲鳴が廊下を木霊する。
「徹底的にやる。ただ立ち向かって死ぬだけで解決できる程、cordコードエイトとの闘いは甘くない。cordコードエイトも僕を殺すだけではきっと終わらないだろうからね」
「そんな……貴方は……」
 ドクトルのしようとしている事は理解できる。情報を残さない為には確かに「最良」である。しかし、マウリアに残酷な現実を押し付ける方法にしか思えない。彼の考えを知った今、マウリアと逃げる選択をしている自分の行動に迷いが生じる。
(これで、本当に良いのか……?)
 ラニは下を向いて、表情を更に曇らせる。
「君がそんな顔をしてどうする?」
 そう言われて、ラニは彼の目を見る。
「不安な気持ちは分かるが、君は昨日、揺るぎない覚悟を見せてくれただろう?」
「ドクトル……でも、私は……」
「人間か、そうではないかは、この場合はそこまで重要じゃないのさ。君が昨日抱いた覚悟は間違いなく本物で、その服と同じように、それはきっとマウリアの支えになる。その感情に従え。正しいと信じるあり方は、マウリアと友達になって、もう定まっているんじゃないのかい?」
 人間かそうでないかは重要ではない……。以前も似たような言葉をラニは聞いたことがある。
 自分のたった一人の友達が、似たような事を言っていた。
「覚悟を持つ者は、信じて前へ進む義務がある。覚悟とは、自分の正義を信じ抜き、その背を見つめ共に同じ行き先を目指す者の標として歩む事を言うのさ」
「ドクトル……」
「だから君はそんな顔をしてはいけないよ」
 そう言って微笑む彼の顔に、もっと胸が苦しくなる。本当にこれは何なのだろう?
「それにね……」
 ドクトルは戸惑うラニの目をまっすぐと見つめながら口を開いた。

「徹底的にやる……?」
 父がラニに話した言葉にマウリアの顔は一気に不安に染まっていく。情報を残さないために選んだ「最良」の方法、にも関わらず残したマウリアの為の情報、そして「共倒れ」という言葉。どうしても至りたくない結論が思考の中に顔を出す。
「まさか……そんな事……」
 震える視線をラニに向けると、ラニの表情がマウリアの不安を確信に変えた。
「詳しい事は最後まで言ってくれなかった。でも……」
「っ……!」
 どんどん曇っていくラニの表情にマウリアは思わず俯く。
 すると、ラニは車の時計を見た。時刻は七時半だった。
「そろそろ、その時間……ドクトルはそれだけ教えてくれたわ」
「お父さん……」
 思わず涙を零すマウリアの背を擦りながら、ラニは車のラジオのスイッチを入れた。

「これは……」
 地下に来た瞬間、cordコードエイトは驚愕した。
「あの男は……!」
 怒りが沸々と湧き上がる。大きく舌打ちをして、cordコードエイトは壁を思いきり殴りつける。ひび割れ、凹んだ壁から拳を引き抜くと大量の破片が零れ落ちる。
(イライラする)
 情報の一切なくなった空っぽの部屋を睨み付け、cordコードエイトはドアを思いきり閉める。情報が得られないのなら、こんな所に用はない。
「面倒だからやらなかったが、もう手段は選ばない!」
 怒りに満ちた声を上げ、猛スピードで階段を駆け上がる。そして、すぐさまドクトルの死体のもとへ辿り着く。
「そっちがその気なら、無理矢理にでも奪い取ってやる」
 その眉間を指で貫き、そこから上を引き剥がす。筋肉を失った頭から血に濡れた頭蓋骨が現れた。
「電磁波で脳を蘇らせて記憶を奪う。あんたの対策とやらも全部教えてもらおうじゃない!」
 邪悪な笑みを浮かべながら頭蓋骨を抉じ開ける。その瞬間、cordコードエイトの動きは目の前の異常な光景に停止した。
「何だこれ……」
そこには確かに脳は詰まっていた。しかし、本来そこに入っていない筈の物も一緒に入っていた。ボイスレコーダーだった。
「どうしてこんな物が……」
 それを手に取り、再生ボタンを押す。するとそこから、聞き慣れた声が再生された。
「やあ。cordコードエイト。これを聞いているという事は、地下室に何もなくて、最終手段を使おうとしたな?」
「ドクトル……!」
 ついさっき殺した男の声が今の状況を的確に言い当てた。
「悪いが、それは許さない。一応父親としての義務は果たさないといけないのでね。君がマウリアのもとに辿り着く可能性を限りなく薄めるために対策を取った。まあ、それはラニから聞いているかもしれないが」
「チッ……!」
 完璧に今の状況を言い当てるドクトルの声に、自分が掌の上で踊らされていた事を理解し、舌打ちする。
「そして、午後七時以降にこの再生ボタンを押したらある仕掛けが発動するようになっている。どうせ、情報収集に夢中で時計を調べなかっただろう?」
 確かに時計は午後七時をとっくに過ぎていた。
「恐らくだが、ラニが上手い事時間を稼いでくれたんじゃないかな。君程ではないかもしれないが、彼女も非常に頭がいいからな。時間だけしか伝えなかったとしても動いてくれるのさ」
「……」
 イライラする。どこまでこの男は自分を不快にすれば気が済むのだろう?



「そして、その仕掛けだが、君も戦闘準備を整えた方がいいかもな。Haruzionハルジオン達程の性能にはできなかったが、それでも家中のを全て集めれば、いくら君でも無事では済まないぞ」
「あぁ?」
 その再生を合図に部屋中に大量のアンドロイドが入ってきた。マウリアがずっと電源を切っていたままの機体を、ドクトルが殺されるまでに改造していたものだ。いずれもサブマシンガンで武装している。
「舐めんじゃないわよ……。この程度の対策で私がくたばるとでも思ってるの?」
 ゴキゴキと首を鳴らし、臨戦態勢に入る。しかし、次に再生された言葉にcordコードエイトは戦慄した。
「全弾撃ち尽くせ!」
 この言葉にではない。重要なのはその次の言葉だ。
「狙うのは僕の脳だけだ!」
「なっ……⁉」
 その言葉を皮切りに家中に響き渡る銃声。むせかえる程の火薬臭が周囲を覆う中、cordコードエイトは全身を激しく動かしていた。
「オオオオオオオオオオオオオオオオ!」
 脳を傷付ける訳にはいかない。求めている物を手に入れるためには防戦一方になる他ない。
(本当にイライラする)
 はち切れんばかりの怒りを全身に滾らせて、cordコードエイトは動き続ける。その度に何発か被弾するが、気にしていられない。
 そして、十数秒の轟音が鳴り終える頃には、cordコードエイトは数十発の弾丸を食らっていた。
 しかし、それでも脳は守り抜いていた。
「舐めるんじゃないわよ……」
 それが人間だったとギリギリ認識できる程度まで損傷した死体を見下ろしながら吐き捨てる。
「どうだ。脳は守り抜いたかい?」
 ボイスレコーダーから聞こえる声に、cordコードエイトは振り向く。咄嗟に床に投げ捨てたため、銃弾に破壊される事はなかったらしい。
「ところで、君の頭脳なら不自然だと感じる頃だろう?」
「は……?」
「僕は脳だけを狙えと言った」
「……!」
 グチャグチャになったドクトルの死体を見てやっと気付く。確かに脳だけ狙ったとすれば不自然な光景である。
「言った筈だ。性能は今一つだと」
 だから何だというのだろう。自分の体を無駄に傷付けただけである。
「可燃性物質を飲み込んでおいた。命令に従わないアンドロイド達が僕の体中を撃ち抜けば、一発くらいは命中するかもな」
 その言葉と同時に死体が燃え上がる。
「くっ……!」
 cordコードエイトは、死体から頭を切り離す。その表情には明らかな焦りが張り付いていた。
「驚かすんじゃないわよ……」
 脳を守り抜いた事に安心したのも束の間、衝撃的な言葉が再生される。
「銃程度の発火は問題ないが、そのアンドロイド達は、大きな発火を検知すると自爆する。十六機いるから、家中を巻き込むかな」
「な……!」
「僕にできるのはここまで。ラニ、後は頼んだよ」
「ジェルミナアアアアアアアアアアアアアア!」
 cordコードエイトの怒号を掻き消すように、家中が爆炎に包まれた。



「お父さん……!」
「っ……」
 車のラジオからは火事が起こった臨時ニュースが流れていた。読み上げられた住所が自分の家だった事に、マウリアの顔は引きつった。自分の最も求めていなかった想像が現実になった事を嫌でも理解してしまう。
 父の選んだ道は、自爆攻撃だった。
「そんな……そんな……」
 ボロボロと涙を流し、マウリアは泣き崩れる。
「ドクトル……」
 ラニも下を向いた。彼の死を分かっていても、実際に迎えたとなれば、いい気分はしないだろう。
 すすり泣く少女の声と、淡々と読み上げられるニュースがただただ車内に響いていた。

「ラニ……」
「……?」
 暫くして泣き止んだマウリアはラニの名を呼ぶ。涙は止まっていたが、その目からは溢れんばかりの悲しみが読み取れた。
「何……?」
「私……もう、嫌だよ……」
「え……」
 マウリアの発言に目を見開く。
「私、こんなにたくさんの物を失ってまで、生き残りたいとは思わないよ……」
「マウリア……」
 絶望を張り付けていた彼女の顔は、ラニの心を締め付けた。悲しむ友の顔を見るのは本当に嫌だった。
(ドクトル……。それでも私に、前へ進めと仰るのですか?)
 彼女の背を擦りながら。ラニは考える。アンドロイドである自分には人間であるマウリアの心を完璧には読み取れない。
 どんな言葉を彼女にかけるのが最適なのか、ラニには分からない。
(それでも、重要ではないのですか?)
 彼が言っていた事を思い出し、ラニは口を開いた。
「マウリア。ドクトルは貴方に、生きて欲しいと……」
「やめてよ……!」
「お願い。聞いて……」
「ラニ……」
 今まででこんな声を出した事はなかった。どう表現するのかは分からない声だったが、マウリアの意識を正常にしたようだった。
「私はドクトルに言われたの。どうありたいのか。私のあり方はどんなものなのか」
「……」
「私は、アンドロイドだから、人間であるマウリアを守りたいという気持ちは、きっと、精巧に作られた偽物でしかないと思っていた。でも、それは間違いなく本物で、私は貴方を守りたいと思った時、覚悟の意味を学んだわ」
 マウリアの表情はあまり変わらなかったが、ラニは話し続けた。それが自分のすべき唯一の行動だと思った。
「私は貴方の友達なの」
「……!」
「覚悟とは、自分の正義を信じ抜く事だと知った。私の正義は、貴方を守り、支える事。貴方が辛い思いに苦しむのならば、私は貴方の為に傍にいる。私は貴方が安心して進めるように、どんな時でも、何があっても泣かないわ。貴方が前に進むための標になる事が私の使命なの」
「ラニ……」
 自分を見つめる友達へ、ラニは必死に言葉を紡ぐ。
「どうか、お願い。生きて。私を貴方の正義の味方にして。貴方の事を守らせて。大切な友達を支える標にさせて。ドクトルが、貴方のお母様が、守って欲しいと願った未来を、いらないなんて言わないで」
(信じたい。私はマウリアの友達として生まれてきたと)
「私の傍にいて。貴方の未来は何があっても私が守るから、貴方を愛した人達の思いを、いらないなんて言わないで」
(信じたい。自分が、マウリアの支えとなれる事を)
「……」
 思った事を、自分の心を本気で伝えたつもりだった。マウリアは黙っていたが、ラニにはもう、何も言う事はなかった。
 マウリアはただ、ラニの事を見つめている。互いに無言のまま、時間が流れていった。

「……」

 暫くして、マウリアは抱き着いてきた。何も言わずに、静かに、優しく。
「マウリア……?」
 こんな事をされたのは初めてだった。ラニは驚きの表情を彼女に向ける。
「ごめんなさい。ありがとう。私は生きる。ラニ、貴方のもとで、生きる。貴方が一緒にいてくれるなら、私はもう、生きたくないなんて言わない。ラニが辛い思いに苦しむ時は、貴方の為に笑ってる。友達の為に生きていく事を、私の正義にする……!」
「……!」

「それにね……」
 ドクトルは戸惑うラニの目をまっすぐ見ながら口を開く。
「ラニが、正しいあり方を信じる心と正義を忘れずに笑っていれば、思いをしっかりと伝えれば、マウリアもきっと答えてくれる。友達というのはそういうものだよ」
「友達……」
「きっとすぐに分かる。君があの子を必要とするように、あの子も君を必要としてくれる筈だ。だから、そんな顔であの子の標になってはいけないよ」

 ふと、彼の言葉を思い出す。ようやく、「友達」という存在の意味を真に理解できたような気がした。
(本当だったのですね……。私は、信じて良いのですね……)
 答えは自分の腕の中の友達が教えてくれた。彼女は顔を上げて、自分の事を見つめている。まるで天使のような微笑みを浮かべ、エメラルド色に輝く瞳で優しく自分の目をまっすぐに見ている。自分の覚悟が伝わったと、自分の信じた正義は正しかったと、自分の体を抱きしめながら、最高の友達は教えてくれた。
「マウリア。ありがとう」
 思いきり彼女を抱き締める。ラニの頬を温かい雫が撫でる。それは腕の中に落ちて、マウリアの頬に当たった。
「何よ。泣かないんでしょう?」
 わざとらしく、マウリアは笑う。
「うるさいわね……。これは、カウントしなくて良いのよ……」
「なにそれ」
 涙が止まらない自分の事を、くすくすと笑う彼女に、ラニは少しだけ唇を尖らせる。でも、
 それは決してマイナスな感情から来たものではなかった。
「良いのよ……。これはただ、めちゃくちゃ嬉しいだけなんだから……」
「なにそれ」
 少しだけ涙を浮かべながら、マウリアはラニの腕の中で笑う。抱き着いてくる彼女の体温を感じる度に、ラニの目からボロボロと雫が落ちる。
(ああ……。貴方の友達になれて、本当に良かった)
「私が、ずっと傍にいるわ……」
 思わず口から出る、小さな独り言……。
「うん。約束して。私も約束する……」
 それを彼女は拾い上げてくれた。
「マウリア……」
 そして再び、彼女を思いきり抱き締めた。
「もう、苦しいよ……」
 マウリアはそう言いながら、微笑んだ。



(ドクトル……。私は信じます。自分の正義を。ドクトルが……命を賭して守り抜いた、貴方の大切な存在を、必ず守り抜きます)
 潰れるくらいに彼女を抱きしめながら、ラニは涙に濡れた目で窓の外を見る。空全体を沢山の光が覆っていた。
 そのうちの一つが、地平線に向かって落ちる。
(マウリアは、私が守り抜く。それが、私の望んだあり方だ……!)
 一筋の光を描きながら落ちる一際大きな輝きに、三度繰り返すだけでは足りないくらいに強い願いを、ラニは確かに芽生えた覚悟と共に噛み締めた。

第四章 「約束」
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