Blue Haruzion-ある兵士の追想-

Satanachia

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第五章

第五章 「友達」

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「なんだか寂しいな」
 椅子の背もたれに寄り掛かりながら、マウリアは口にする。父が死んだ時の事を思い出すと、決まってそんな気持ちが芽生える。生まれてすぐに母が死に、自分の手の届かないところで気付いた時には自爆した父。両親の死に立ち会うどころか、死に顔を見る事も、葬る事も出来なかったのだから、そう思うのも無理からぬ事だ。
「マウリアサマ……」
「……!」
 ボーっと座るマウリアに生活支援アンドロイドが話しかけてきた。
「ああ。そうか。時間だったね」
 そう言うと、マウリアは机の上の箱を手渡した。
「じゃあ、言った通り十六番研究室に持って行って。後はそこでずっと待ってて」
「カシコマリマシタ……」
 そう言って無表情なメイドは去っていく。
「はぁ……」
 そんな彼女の背を見送りながらマウリアは溜め息をつく。
 彼女は性能がとても良い方である。しかし、やり取りはやはり人間味がなく、マウリアの友達とは相当な違いを感じる。
 そう考えるとやはり父の技術はかなり先の未来を見越したものだったのかもしれない。さすがは「世界最高の開発者」である。
「ラニ……」
 記憶の中で最も性能の高いアンドロイドである友達を思い浮かべ、マウリアは下を向く。しかしすぐに切り替え、立ち上がる。
「ここまで来たなら、止まれないよね」
 時計を見ると、結構時間が経っているようだった。もうすぐ予定の時間である。
「そう。全部思い出してからじゃないと、迎えたくてもできないわ」
 父が死に、それでも生き抜く事を決意した時の記憶をもう一度思い出す。自分の事を抱きしめながら涙を流していたラニの顔は今でも覚えている。しかし、マウリアの記憶には、もっと忘れられないラニの顔がある。
 今思い出そうとしているのは、その顔に関する事であると共に、最も重要な記憶である。
(この記憶は、避けては通れない。特に、今日起こる事を迎えるためには、絶対に)
 覚悟にも似た気持ちを胸にマウリアは記憶を呼び出した。

「朝か……」
 眠りから目覚め、マウリアは助手席に座ったまま体を大きく伸ばす。寝相は良い方だが、普段と違う体制で眠るのは流石に負荷が掛かる。
「あれ……?」
 運転席を見るとラニがいない。慌てて周囲を見渡すと、車の外に姿があった。恐らく夜通し見張っていてくれたのだろう。
 なのでマウリアもドアを開けて外へ出る。真夏とは言え、早朝ともなると少し肌寒い。マウリアのくしゃみが辺りに響く。
「おはよう。眠れたかしら?」
 それを聞いてラニが近付いてきた。
「うん。大丈夫」
 少し微笑んで答える。
「ずっと起きていたみたいだけど、ラニは休まなくて大丈夫?」
「問題ないわ」
「そう」
「出発しましょうか。目的地まであと少しだから」
 ラニはそう言って車の方へ歩き出す。
「わかった」
 彼女の言葉に従い、マウリアも歩き出す。
「足はもう平気?」
「うん。もう殆ど痛くないよ」
 ドアを開けながらそう答える。軽く挫いただけなので、ラニの応急処置のおかげですぐに痛みはなくなった。これなら動くのに支障はきたさないだろう。
「よかった。さあ。行きましょうか」
「うん」
 マウリアの準備が整ったのを確認し、ラニはエンジンをかける。
「目的地に着いたら少し歩くかもしれないわ。今のうちに持って行く物をまとめておいた方がいいわね。あまり多くの物を持つといざという時に邪魔になるわ」
「そうだね」
 マウリアは持って行く物を選び始めた。とは言っても、キャリーバッグはホテルに置いてきたのでそもそも手持ちは少ないのだが。
「これだけでいいや」
 そう言って、マウリアはある物を手に取る。
「せっかくお父さんが残してくれたんだし」
 それは手帳程の大きさのアルバムだった。父が自爆で家を破壊する前にラニに預けていた物だ。マウリアの幼い頃の写真や、成長の過程、そして母の写真が沢山入っていた。マウリアの為に、燃やしたり爆発に巻き込んだりはせずに残す事にしたらしい。
「それを私に渡した時、ドクトルは今までで一番の笑顔を見せてくれたわ。あの時は、私が取り乱していたせいで、何の笑顔かは分からなかったけど、今ならなんとなく分かる気がするわ」
 発進の準備をしながら言うラニにマウリアは頷いた。
「そうね。言った通りこれは私の支えだわ」
 その言葉を口に出すと、少しだけ目頭が熱くなる。最後の最後まで自分の事よりもマウリアの事を優先していた事が容易に理解できる。不器用ながらも自分よりも相手を尊重するのは、本当に彼らしい。
「お父さん……」
 そして、一枚の写真を見る。数ある写真の中で、唯一父の姿が映っていた写真だ。ぎこちなく微笑む彼の顔が映っており、何故こんな微妙な顔の物を選んだのか。それは彼と共に映る存在が理由だろう。生まれたばかりのマウリアを抱いて笑う母が映っていた。どの写真の母も優しい笑顔で映っていたが、この写真の顔が一番の笑顔に見えた。
 あくまで父は自分ではなく、この最高の笑顔の母を残そうとしたのだろう。
「お父さんらしいや」
 どんどん目頭が熱くなる……。
「今は、カウントしないわよ」
 冗談らしくラニが言った。
「……約束を破っちゃうわ」
「いいのよ。昨日の私のとで帳消しになるわ」
 笑いながらマウリアを見ている。手に持つ写真で彼女を抱く女性とよく似た笑顔だった。
「もう。その顔は反則だよ」
「ふふ。お返しよ。さあ。出発するわね」
 窓の外を見ながら顔を覆い、落涙する少女を乗せて、車は走り出した。

 少し前まで遡る。何もかもが消し炭になった空間で、彼女はゆっくりと立ち上がる。
(……イライラする)
 怒りに満ちた目で空を仰ぐ。自分が数枚上をいっていたと思っていた相手の策にまんまと嵌り、相当な痛手を負った事に腹が立つ。自分の手の中にある物を見ると更に怒りが込み上げる。
「チッ……!」
 爆炎の中咄嗟に蹲って守った情報。それがかなり損傷していた。
「……四、いや、三割と言ったところかしら」
 損傷の具合から、読み取れる情報はそのくらいだ。普通なら悲観に暮れて立ち尽くす状況だろう。
 しかし、沸々と湧き上がる感情がそれを頑なに許さない。
「必ず見つけ出す!」
 そして、その感情に任せて電磁波を流す。三割の情報なら、それを紡いで十割にすればいい。
 そんな思考が、「不可能だ」と囁く理性を叩き伏せる。これを「意地」と表現する事を、彼女も知っている。
「散々私をコケにしやがって、覚悟しろ。お前がそうしてまで守りたかったものを徹底的にぶっ壊して、その墓石に添えてやる!」
 はち切れんばかりの怒りに身を任せ、cordコードエイトは電磁波を流し続けた。

 2

 指定された町が見えて来た。マウリアはアルバムをスカートのポケットにしまい込むと、前方に意識を向ける。
「もうすぐだね。どこで降りるの?」
「ドクトルが手配してくれた高速艇を借りようと思うから、近場の目立たない場所に停めるわ。少し歩く事になるけれど、一番安全ね」
「わかった」
 マウリアは頷くと周囲を見渡した。すると、ある物が視界に入る。
「あのバイク……」
 いつの間に近くにいたのか、一台のバイクが彼女達の乗る車に並走していた。追い越すのでもなく、ぴったりと横を走れるように速度を調節しているように見えた。
「マナーがなっていないわね。この時間じゃなかったら、事故が起きてしまうわ」
「……」
 マウリアが悪態をつくと、ラニもそちらへ視線を向けた。どうやら、彼女も気になっていたらしい。黙ってバイクを見つめている。
「ラニ、危ないよ。ちょっとだけ減速して譲ってあげようよ」
「っ……!」
 マウリアが話しかけたと同時にラニの表情が明らかに変わった。
「ラニ……?」
「マウリア、今すぐ背もたれを倒して!」
「え……」
「早く!」
 ラニは明らかに焦っているようだった。その表情にマウリアも只事ではないと理解し、指示に従う。
「ラニ……一体どうし……」
 マウリアが言い終わるより先に、車の窓が割れた。マウリアの動体視力では見えなかったが、
 ついさっきまでマウリアの頭があった場所を何かが横切った。
「銃か……」
 側方を睨み付けながらラニが言う。それを聞いてマウリアもようやく理解する。敵だ。
「マウリア、しっかり掴まっていて。だけど、決して体を起こさないで!」
「わ……わかった」
 マウリアが返すと、ラニは思いきりアクセルを踏む。車も人も誰もいない時間なので、事故や巻き込みが起きない事が幸いだった。
 ラニは壊れるのではと思うくらいにハンドルを動かし、車を操っている。
「うわっ!」
 マウリアのすぐ近くで窓が割れた。ラニが上手く立ち回ってはいるが、相手も相当な技術を持っているのか、窓が割れる回数が次第に増えていく。
「こちらも武器がいるわね……」
 そんな状況でもラニは少しずつ冷静さを取り戻しているようだった。
「ラニ……!」
「マウリア、後ろにある傘を……」
「え……傘……?」
 確かに青い傘が立て掛けてあるが、こんなもので何ができるというのだろう?
「ラニ……?」
「手に取ったら、言うとおりにして」
「う……うん」
 考えている暇はない。マウリアは傘を手に取ると、指示を待った。この状況下では、ラニの指示に従うのが最善だと判断した。
「取ったよ……!」
 しかし、ラニから発せられた言葉に耳を疑った。
「シートベルトを外して」
「え……」
 驚いてラニの方を見ると、既に彼女はシートベルトを外していた。
「どういう事……?」
「タイヤをやられたわ。そして私は、前方の大きな窓を蹴破る準備が出来た。あとは想像できるでしょう?」
 彼女が何を考えているのかを理解し、背筋が凍る。
「ま……まさか……冗談でしょう……?」
 青ざめた顔で引きつった笑顔を作る。
「私の顔は、本気でしょう?」
 ラニはこんな状況で冗談を言うような性格ではない。それは理解しているが、こればかりは冗談であって欲しかった。
「さあ。早く。貴方の事は私が守るわ」
「うぅ……」
(もう、どうにでもなってしまえ……!)
 ラニの圧に負け、マウリアはシートベルトを外す。
「言ったからには、絶対に守ってね!」
 涙目になりながら、訴える。
「ええ」
「絶対に、約束だからね!」
 涙を浮かべて叫ぶ。泣かないときっぱり言ったのだが、これは完全にラニが悪い。後で掘り返されても、絶対にカウントはさせない。
「任せなさい……!」
 本気で嫌がるマウリアに対し、ラニは力強く頷いて返した。

 破損したタイヤでは耐えられない動きに遂に車はスリップを起こして回転する。そしてそれを
 狙っていたかのようにバイクのライダーもとい、cordコードフォーティーンは銃を構える。
「マウリア・ジェルミナ……」
 狙うのは彼女の脳天のみ。リクライニングシートを倒されては上手く狙えないが、車を止めさえすれば、チャンスは訪れる。
 車の正面がcordコードフォーティーンの方へ向き、マウリアの顔が倒れた助手席から現れる。
 今だ。
 静かな殺意を瞳に宿らせて、引き金にかける指に力を込める。その時だった。
「っ……!」
 cordコードフォーティーンの方へ何かが飛んでくる。それはラニがルームミラーごと蹴とばした車の窓だった。
 予想外の遠距離攻撃にcordコードフォーティーンは攻撃を停止し、ハンドルを切る事を余儀なくされた。
 銃を右手で持っていたので、残る左手は反射的に左、ラニの運転席の方向へ曲がる。
「……!」
 感情特化メモリをなくしても「しまった」と思ったに違いない。攻撃をやめて、バイクをずらす一瞬、ラニはこの一瞬を見逃さなかったのだ。

「いくわよ……!」
「やっぱり嫌だああああああああ!」
 マウリアを小脇に抱え、窓のなくなった出口からラニは飛び出した。
 泣きながら悲鳴を上げるマウリアの顔が目に入る。
(これはカウントしないでおこう……。私が悪い……)
 そう思いながら、彼女の抱える傘を手に取る。
「……!」
 一瞬の隙を突かれて、攻撃を止めてしまった事に気付く前にcordコードフォーティーンの人生は終わった。
 傘の先端を自分に向けるラニが、cordコードフォーティーンの目に映った最後の光景だった。
「食らいなさい!」
「っ……!」
 ラニが叫んだ言葉がcordコードフォーティーンの耳が最後に拾った音だった。
 cordコードフォーティーンに向けられた傘の先端から青い熱戦が発射される。
 ウランやプルトニウムの核分裂反応を思わせる程の強烈な熱が、cordコードフォーティーンの体が最後に触れたものだった。
「……!」
 人工皮膚と人工筋肉、ボディの内容物が焼け焦げて立ち上る臭気、むせかえる程の強烈な死の匂いが、cordコードフォーティーンの鼻と舌が最後に感じ取ったものだった。
「……」
 身構えようとしたが、駄目だった。両腕が焼き尽くされたから。
 悲鳴を上げようとしたが、駄目だった。声帯が焼き尽くされたから。
 天を仰ぎ見ようとしたが、駄目だった。眼球が焼き尽くされたから。
 後悔しようとしたが、駄目だった。頭が焼き尽くされたから。
 自分の機能でできる事を模索したが、何もできなかった。上半身が消し飛んだから。
 一瞬の隙によってできた瞬きのような時間の中で、cordコードフォーティーンの人生はいとも簡単にこの世から焼却された。
「……!」
 目の前の光景にマウリアの涙と悲鳴は止まっていた。唖然とした表情で口を開くマウリアを抱えてラニは着地する。
「さて、無事……かしら……?」
 マウリアを下ろしながらラニは尋ねる。マウリアの反応が少し気まずいらしい。かなり自信がないように見えた。
「え……ああ、うん。助けてくれてありがとう」
 腰から上を失い、倒れるアンドロイド兵器だったものを乗せたバイクは、制御を失い、近くの壁に激突した。
「す……凄いわね……。色々……」
 まさかラニの傘にこんな機能があるなんて知らなかった。父が用意した対策は、マウリアの想像を超えてばかりだ。
「新手が来る前に移動しよう。最大出力で撃ったから暫く撃てないわ」
 戸惑うマウリアに、ラニは言った。
「あ……。うん。そうね。急がないと」
 車を失った以上まごついてはいられない。動揺する心を切り替えて、マウリアは歩き出したラニの背を追いかけた。

 3

「今どのくらいかな?」
 暫く歩いてマウリアは尋ねた。八時を告げる放送が町中に響いており、少しずつ夏の気温が蘇ってきていた。
「もうすぐ車を停める予定だった場所に着くわ。だから、高速艇まではもう少し歩く必要があるわね。疲れた?」
「少しね。でも、まだ大丈夫だよ」
「そう。なら、もう少し頑張ろう」
「うん」
 そんな会話をしながら歩を進める。高速艇に乗れば、父に指定された場所に行ける。父曰く最も安全な場所。
「……」
(でも、安全な場所なんて本当にあるのかな……?)
 そんな不安が確かに生まれている事にマウリアは表情を曇らせる。絶対な事なんて存在しないように思えた。
 昨日も安全だと思われたホテルに敵が攻めてきて、危機に陥った。
 それに、その安全な場所を用意した存在が殺されている。
(いいや、弱気になるのはいけないわ……)
 訪れるかもしれない最悪な想像になんとか抗いながら進んでいると、
「あっ……」
 ラニの背にぶつかった。
「ごめん……。ついボーっとしちゃって……」
「静かに……」
 マウリアの言葉を遮るようにラニは彼女の口元に人差し指を当てた。
「え……」
 突然の出来事に困惑したが、ラニの表情を見て切り替える。予定の場所には到着したらしい。
 しかし、順調に進んでいる訳ではなく、何か良からぬ事が起きているようだった。そうでなければラニはこんな顔をしない。
「いるのね……?」
「三時の方向かしら。高いところから狙われている。ライフルの類かしらね」
「……!」
「そして、前方の建物の影。もう一機いるわね。銃は装備していないようだけど。あの距離から殺気を向けてるという事は、何かしらの投擲武器と見ていいでしょうね。スローイングナイフあたりかしら」
 ラニはそれぞれの方向を見ながら、臨戦態勢を整える。
「マウリア。私から離れないで」
「うん」
 そう言って、ラニのもとへ近付く。
「作戦は?」
「再び撃てるようになるまで、あと数分。貴方を守りながら時間が来るまでここに留まる。隠れられる場所を探しながらになるけど……」
「なさそうだね……」
「だから、離れないで」
「うん……」
(私がいる所為で……)
 マウリアは下を向く。ラニ一人なら問題なく対処できる筈だ。
「マウリア」
「何……?」
「貴方がいるせいで私が満足に戦えないなんて、思わないでよ」
「……!」
「貴方がいるから、私の正義が意味を成すの。昨日言った事が理解できているならば、信じて私に守られなさい」
(……そうだ。私が信じなければ意味がない)
「そうね。信じているわ」
 マウリアの覚悟を再確認したようにラニは頷くと、再び殺気のする方へ向き直り、掌を上に向けて、その指を手招きをするかのように自分の方へ動かした。それを合図に二機のアンドロイドが姿を現した。
「私を守って」
 マウリアが口を開くと同時にナイフと弾丸が飛んで来る。
「喜んで」
 ラニは傘を開いてその二つを防御した。

「本当に、傘で良いのかい?」
 完成した傘を手渡しながらドクトルはラニに尋ねた。
「はい。完璧です」
 満足気に微笑みながらラニは頷き、傘を受け取る。
「オーバーロードの他に武器がいるとは言え、それを選ぶとは、流石に考えてなかった。もう少しちゃんとした兵装を望むものとばかり思っていたよ」
 意外そうな顔で見るドクトルにラニは答える。
「いえ、これが一番合っています」
「確かに、武器を持っていないと欺く事はできると思うけど、Haruzionハルジオン達はみんな強力な武装で固めているかもしれないよ」
「私が欲しいのは、マウリアを守れる強靭な盾ですから。攻撃機能はそこまで重要視していませんわ」
 ラニの答えにドクトルは静かに笑う。
「君らしいね。でも、どうして傘を?」
 ドクトルの問いに少しだけラニは口ごもる。少しだけ理由を明かすのが恥ずかしかった。
「笑いませんか……?」
 頬を赤らめて聞く。こんな機能まであるとは知らなかった。
「返答による」
 彼の表情は変わらなかったが、そんなラニの姿をどこか楽しんでいるように感じた。
「突然雨が降った日に、傘を持って行かなかったマウリアを迎えに行った事があります。彼女は喜んでくれましたが、それから、変な行動を取るようになりました」
「ほう?」
「午後から雨が降るという予報を聞いても、傘を持って行かない事が増えたのです。だから、私が迎えに行くのですが、その度に彼女は嬉しそうで……」
「なるほど」
「彼女が喜んでいたのですが、私にはどうしてそんな行動を取るのかが分かりませんでした」
「そうか。それで?」
「そ……それで……」
 そこまで会話をして、顔が熱くなる。この先を話すのが凄く恥ずかしい。
「マウリアの行動の意味は分からなかったのですが、彼女とそうやって歩く時間がとても楽しいと思う私がいて……。彼女がその行動をする日を、私も待つようになりました……」
「そうか」
「だから、傘を選んだのです。私の、名前の分からないあの感情を、マウリアと一緒にいるうちに芽生えた、不思議な感情を、傘が一番強めてくれるのです。どんなに辛くても、あの二人で歩いた時間を忘れない物があれば、私は誰にも負けないと思えるのです」
「フッ……。そうか……」
「うぅ……笑いましたね」
 本当に恥ずかしい。話さなければよかったと後悔する。後悔をしたのは初めてだった。
「いや、君は僕の思っていた以上にマウリアの良き友となれたんだね」
「え……」
 こんなにも嬉しそうに笑う彼を見た事がなかった。何故彼はそんなに嬉しいのか、ラニがその感情の正体を知らなければきっと答えは分からないだろう。
「ドクトルは……私の……、この感情が分かるのですか……?」
「ああ。分かる。それが最も人間らしい感情であると個人的には思うからね。今の話を聞けば、僕には答えはそれしか思いつかないな」
「教えてください……!」
 思わず叫ぶ。それを知る事がとても重要に思う。
「いつか分かるよ。これからもマウリアの傍にいればね。僕の口から言うのは野暮ってものさ」
「ドクトル……」

 結局ドクトルは教えてくれなかったが、マウリアを守る為に広げたこの傘を見ると、ラニは力が湧き出る気がした。
(二人で歩いて帰ったあの時のマウリアの笑顔が、私の大切な記憶だ)
 後ろに目をやると、マウリアの顔には不安が張り付いていて、笑顔はなかった。
(マウリアがあの時のように笑えるように、私は戦う)
「ラニ……」
「大丈夫……。心配しないで」
 飛んで来るナイフと弾丸を、広げた傘を回転させて受け流す。ラニはマウリアに降りかかる障害を確実に防ぐ。
 彼女と背中合わせでその場に留まり、ラニはひたすら反撃の時を待った。

 4

 ラニが守ってくれているおかげで、マウリアの思考は段々と落ち着いていった。そして、周囲の状況を冷静に分析できるくらいの余裕ができる。
(どこかに安全な場所はないかしら?)
 周囲を見渡し、マウリアは思考を巡らせる。ラニの負担を少しでも減らしたい。
「ん……?」
(待って、何かおかしいわ)
 ラニが防ぐ攻撃に違和感を覚える。
(ワンパターンだわ……)
 Haruzionハルジオンの学習能力なら、それこそ、軌道を変えた投擲や跳弾などのスキルを使ってきそうなものである。
(なんだか私達を攻撃するよりも、注意を向けるために行動しているような……)
 それに、cordコードエイトはともかく、攻撃してくるHaruzionハルジオンが二機しかいない。
 まだcordコードエイト以外の機体が残っている筈である。
cordコードエイトと行動しているのかしら?)
 いいや、彼女のこれまでの言動や性格からして、それはありえない。cordコードエイトは攻撃してくる時は絶対に一人で来る。
 故にここにcordコードエイト以外のプロトタイプがいないのは不自然なのである。
「まさか……」
「くっ……」
 マウリアが結論に到達しかけた時に、ラニの声がした。
「ラニ……!」
 ラニの足を弾丸が掠った。跳弾を使われたようだ。
(まずい……。これは……)
 敵の明らかな行動パターンの変化にマウリアの予想が確信に変わる。
「ラニ、離れよう!」
「え……」
「陽動だわ……!もう一機がどこかにいる!」
 最大限までラニの意識を集中させて、何かの弾みでそれが隙を生んだ時に本命の攻撃が来る。
「あ……!」
 そこまで考えて、マウリアは自分のミスに気付く。今マウリアが叫んだ事でラニの注意がぶれたとしたら……。
(……しまった)
 マウリアがそう思ったのも束の間、ラニの体が揺れた。
「くっ……!」
 完全なる死角から弾丸が飛んで来た。紙一重で躱したラニは体制を崩して片膝を突いてしまった。
「ラニ!」
 動揺する二人に追い打ちをかけるように、もう一機の機体が姿を見せた。すぐさまラニは体制を立て直したが、それまでの間に、スローイングナイフの機体が大きく移動していた。
「っ……!」
 最早、傘で全ての攻撃を防ぐ事が不可能な陣形を組まれてしまった。
(どうすれば……)
 自分の過失で招いた危機的状況にマウリアは、再び思考が滞る。
「あと、一分……。」
 ラニの声が聞こえた。再び熱戦を使えるまでの時間を呟いたようだった。
「……!」
 その一言が、マウリアの意識をクリアにした。
(そうか。これなら……!)
「ラニ、貴方の事は信じているわ……」
 周囲を注視しながらマウリアは口を開く。
「マウリア……?」
「でも、ごめんなさい。今から私、凄い事するから驚かないで欲しいんだ」
 戸惑うラニを視線から外してマウリアは観察を続ける。
(……一番笑っている機体は、作戦が成功して一番喜んでいる機体は?)
「……!」
 そして、一つのものが目に留まる。
(……綻びを見つけた。この状況を打破できるかもしれない!)
 自身の目の前にいる、拳銃を構えるHaruzionハルジオン。彼女の顔は一見無表情には見える。しかし、マウリアにはアンドロイドの、特にHaruzionハルジオンプロトタイプの微妙な心理変化が表情からある程度分かる。
 彼女の表情からは、明らかに喜びが読み取れた。
「ラニはナイフとライフルの機体を注意して」
 そう言って、マウリアは足元に転がる弾丸を拾い上げる。
「マウリア……?」
「ピストルの機体はなんとかできるわ!」
 そう言うなり、マウリアは目の前のアンドロイド兵器の顔に弾丸を思いきりぶつけた。
「……!」
 弾丸をぶつけられたアンドロイド兵器の表情が変わったのを見計らい、走り出す。
「マウリア、何を……!」
 ラニの驚く声が聞こえたが、マウリアは構わず走り続ける。
 そして、弾丸がぶつかった痕が残る顔が自身の姿をとらえた瞬間に口を開く。
「ここまでおいで!根暗頭!」
 目立つように大げさに両腕を振り、煽るように笑顔を向けた。

「マウリア・ジェルミナ……!」
 マウリアの予想通りピストルの機体は追いかけて来た。その瞳には明らかな殺意が読み取れた。
 多分、暫くラニの事は注意から外してくれるだろう。
「マウリア……!」
 ラニも慌ててマウリアの事を追いかけようとしたが、
「っ……!」
 すぐさまスローイングナイフに妨害された。遠くなっていく彼女を見てラニは焦る。
「……!」
 しかし、マウリアは焦る事なくラニの方を見て何か手を動かしている。ラニはその動きの意味を見落とさなかった。
(あと三十秒よ!)
 手話で伝えられたメッセージ。それを読み取り、マウリアの真意に気付く。
「全く……世話の焼ける……」
 苦笑いをして彼女に背を向ける。見捨てた訳ではない。ただ、こうする事が重要だった。
「さて、ここからは、私の番よ」
 その場に残された二機のHaruzionハルジオンを睨み付け、ラニは攻撃態勢を整えた。

 すぐ後ろで銃声がする。今回は足を挫いていないとは言え、もともとの運動能力の差を考えれば、アンドロイド兵器の足に勝つ事はできない事は明らかだった。しかし、マウリアは走り続けた。この行動に絶対の自信があったからだ。
「マウリア・ジェルミナ!」
 すぐ後ろで声がする。狙い通り追いかけて来ている。インコースと僅かな物陰を最大限に利用して弾丸を紙一重で躱す。
 銃声が鳴る度に生きた心地がしなかったが、マウリアは走り続けた。これが一番、最良だと知っていたからだ。
「ここを曲がれば……!」
 考え事をしながら歩き、ラニの背に不注意でぶつかる程だったが、周囲の観察はしていた。
 だから、ぼんやりとだが来た道の状況は知っていた。
 曲がった先は、行き止まりだった。
「熱っ……!」
 マウリアの右耳に銃弾が掠った。深刻な負傷ではないが、それでもマウリアの動きを一瞬止めた。
 そして、その一瞬をHaruzionハルジオンは見逃さない。あっという間に距離を詰め、マウリアに銃口を向けた。
「追い詰めた……」
 目の前の機体が口を開く。
「フフッ……!」
 マウリアは思わず噴き出した。追い詰められておかしくなった訳ではない。
 その笑顔には、どこか予想通りの展開に喜ぶ態度が見られた。
「何が……おかしい……」
「貴方が想像通りだった事がよ。cordコードフィフティーン……!」
「……!」
 明らかに目の前の女性の表情が変わった。
「やっぱりね。貴方がcordコードフィフティーン。ラニの一つ前の機体」
「何故……」
 明らかに戸惑っている。マウリアの予想が的中している証拠だ。
「感情特化メモリの実験機は……。感情が少し残っているんじゃないの?」
「……!」
 父は量産化する際にメモリを取り除いたと言っていたが、これまで会ったHaruzionハルジオン達の挙動を見れば、多少の感情や人間味が体に残っていたとマウリアには理解できた。ホテルの部屋でマウリアの予想外の行動に驚いたcordコードイレブン、ラニの攻撃から大ダメージを受けて悲鳴を上げたcordコードナイン、ラニが蹴飛ばした窓を危機と判断して回避した事で、攻撃のチャンスを逃したcordコードフォーティーンと、どれもアンドロイド兵器の挙動ではなかった。
「だからあの時、自分達の思うように事が進んでほくそ笑むあなたを見て、あなたがラニの次に人間らしい機体だった事は容易に想像できたわ」
 不規則に揺れる視線を見てマウリアは確信する。ラニに次いで高い性能を持つ感情特化メモリを有していた機体は、他の機体よりも格段に人間らしさを残している。
「そ……そんな事……」
「関係あるわよ。そうでなければ、あなたは私を追いかけなかったわ」
「っ……!」
 煽るような笑顔を作り、マウリアは続ける。
「私に弾丸をぶつけられて怒っていたわね。確信した勝利の誇りに傷が付いたのかしら?」
「う……」
「そうなるのは、人間しかいない。感情を完全に失ったお人形さんなら、私の行動なんか意に介さず、私の眉間を撃ち抜いていたでしょうね。でも、あなたはそうしなかった」
「黙れ……」
「完璧主義の人ほど、予想外の事に取り乱すものよ。今この瞬間まで私を仕留められなかった事が、あなたが冷静さを欠いている何よりの証拠じゃない?」
「黙れと言っているの……!」
 cordコードフィフティーンは怒りの宿った表情で叫ぶと、再び銃口をマウリアへ向けた。
「ごちゃごちゃと不快な事ばかり……、これでもまだ減らず口が叩けるのか!」
 拳銃の安全装置を外すcordコードフィフティーンをマウリアはただ、落ち着いて見つめていた。
「やってみなさいよ。私は世界一の開発者の娘、マウリア・ジェルミナよ。あなた達みたいな存在への恐怖心なんて、とっくに何処かへ置いてきたわよ」
「死ね……!」
 そう言って、cordコードフィフティーンは引き金を引いた。

 5

 カチッ……
 何もない空間に虚しい金属音だけが響いた。
「……!」
 目を見開くcordコードフィフティーンにマウリアは笑顔を見せる。
「とっくに六発撃っていたじゃない」
 そしてニヤニヤと、煽るような上目遣いで口を開く。
「おバカさん……。弾数くらい把握しておかないと……」
「くっ……!」
 codeコードフィフティーンは拳銃を投げ捨ててマウリアを突き飛ばした。
「わわっ……!」
 その場に尻餅をついたマウリアを見下ろしてcordコードフィフティーンは言う。
「お前が追い詰められている状況は依然変わっていない。調子に乗るのもいい加減にしろ!」
「あら、そうかしら?」
 拳を振り上げるcordコードフィフティーンに対してマウリアは冷静さを崩さない。
「殺してやる。行き止まりに逃げた時点でお前の死は決まって……」
「あなたのでしょう?」
「……!」
 cordコードフィフティーンが冷静になった時には手遅れだった。壁を背にするマウリアだけが行き止まりにいる状況ではない。
 その前に立つcordコードフィフティーンもまた、行き止まりにいるという事に気付くべきだったのだ。
「あなたが冷静でいれば、私達の負けだったわ」
「ぐぅっ……!」
 cordコードフィフティーンの頭には、ラニが傘の先端を突き付けていた。
「マウリア。危ない事はもうこれきりにして……。心臓ないけれど、心臓止まりそうだったわ」
「いいじゃないの。ラニばかりに負担をかけるのは友達とは言い難いわ」
「全く……」
 呆れ顔を浮かべるラニに、マウリアは舌を出して微笑む。
「どうしてお前が……あの二機は何をしている……!」
「会いに行けばいい。二人とも、顔に空いた穴から向こう側の景色が見えるわよ」
「っ……!」
 淡々と話すラニに、cordコードフィフティーンの顔が強張る。
「何故だ……。私達の作戦は完璧だった筈なのに……」
 cordコードフィフティーンは唇を噛んだ。こうして見ると、本当に人間らしい。
「当然よ。信頼と覚悟が成せる作戦というものがあるの」
「何……?」
 マウリアはcordコードフィフティーンに話す。
「私がいないと、ラニは誰にも負けないのよ。あなた達がいかに強かろうと、私はそう信じている。そして私が向ける信頼にラニはしっかりと応えてくれる。そういう覚悟をしてくれているの。だから私はラニが来るまで逃げ切ればよかったの。オーバーロードと傘があれば、あの二機をすぐに倒せるでしょうし、あなたが私の予想通りに動いてくれたおかげで、私は短時間で作戦を成功させる事ができたわ」
「信頼……。覚悟……。」
 cordコードフィフティーンは自身の敗因を嚙み締めた。
「マウリア、最初のは余計……」
「あら、ごめんなさい」
 口を尖らせるラニと、戯けるマウリアを見てcordフィフティーンは理解する。
(……完敗だ)
 目を閉じて、cordコードフィフティーンは握っていた拳の力を抜いた。
「さて、どうか許して頂戴。ドクトルの命令もあるから、私は貴方を倒さなければいけないわ」
 ラニは口を開く。その瞳には哀愁が読み取れた。
 これまでとは違う、「人間らしい」相手を殺さなければいけないのだから、無理もないだろう。
「……」
 cordコードフィフティーンは静かに抵抗をやめた。マウリア達の絆や、強さを理解したのか、その表情にはどこか、満足感のようなものが現れる。
「私のメモリが完全ならば……。知る事ができたのかな……」
 cordコードフィフティーンがそう呟いた。ラニには聞こえていないようだったが、マウリアは聞き逃さなかった。
(この人は、きっと……)
「……」
 マウリアは胸が締め付けられるような感覚を感じながら、ラニに向けて静かに手を動かした。
「……!」
 ラニも頷き、オーバーロードを発動させる。
「ごめんなさい。願わくば、貴方の生まれ変わる時が、平和な時代でありますように」
「え……」
 目を見開いてcordコードフィフティーンはマウリアを見た。 マウリアがその手を握っていた。そして、悲哀に満ちた表情で見つめていた。それは、変わる事のない「運命さだめ」に対して心から悔いているようだった。
「マウリア・ジェルミナ……」
「マウリアでいいよ。運命は酷いよね。貴方にも、そう呼んで欲しかった……」
 その言葉を聞いた時、cordコードフィフティーンは、目頭が熱くなるのを感じた。
(ああ、そうか……。こんな心を持っているから、cordコードシックスティーンはこの子の為に強くなれるのか……)
 これをきっと、「信頼」と呼ぶのだろう。
「そうか、私が失敗作だったのはこれが分かっていなかったからなのか……。ドクトル……。これが、人間……なのね……」
 自分の事をまっすぐに見つめてくる少女を見て、cordコードフィフティーンは微笑んだ。
 とても感情特化メモリを抜き取られた人形とは思えない程、優しい顔だった。
「彼女に向けていた顔を見せて欲しい。私が、見るかもしれなかった顔を、敵としての顔では、見ないでほしい」
「うん。最後に貴方からそれを聞けて良かった」
 そう言って、マウリアは満面の笑みで返した。
「ありがとう。マウリア……」
 そう口にすると、cordコードフィフティーンは目を閉じた。
(後悔はない。最後に戦った相手がこんなにも高潔な人間だったから。私の戦いは最高の幕引きで終わったのだから)
「……」
 そんな彼女の姿を見て、マウリアはラニに合図する。
「……」
 ラニも静かに頷いた。
「さようなら。十五号さん……」
「……さようなら」
 cordコードフィフティーンの言葉を合図にラニの腕が動く。
「……!」
 ラニは最高のスピードで、cordコードフィフティーンの体を貫き、動力機関を抜き取った。
「……」
 cordコードフィフティーンの人生は、恐怖のない、誇らしさだけで彩られた一瞬の時の中で、静かに停止した。
 痛みは、なかった。

「さあ、行きましょう。高速艇に乗らなければ」
「うん。そうだね……」
 横たわる遺体に別れを告げるように、二人は歩き出す。
「マウリア、泣いているの?」
「ごめんね。何度も約束を破って……。こればかりはどうしようもないわ」
 マウリアはボロボロと涙を流して答える。
「あの人は……きっと優しい人だった。私には……とても失敗作には見えなかったから。あの人は……出会いが違えば、きっと……友達になれたから……」
「そうね。私も、あんなにも手が震えたのは、初めてだったわ。敵機を殺す事に躊躇したのは、初めてだったわ。こんなにも、虚しさを感じたのは、初めてだわ……」
 ラニも静かに答えた。
「ごめんね。泣いてばかりじゃだめだよね……」
 そう言うマウリアの肩を抱いて、ラニが口を開く。
「いいのよ。今は……。私ので、帳消しになるわ……」
 ラニの頬にも、一粒の雫が伝っていた。

 胸の上で手を組んで、一人の女性が横たわっている。
 その顔は、まるで眠り姫のような綺麗な顔をしていた。
 その顔は、後悔のない最高の生涯を完遂したような安らかな顔をしていた。
 その顔は、かけがえのない物を得たような、どこか喜びのようなものが読み取れた。
 彼女の手の中で、最後の一瞬に、ようやく分かり合えた友が手向けた花が香る。
 純白の服を揺らしながら、美しい黒髪を撫でながら、涼しい風が、空に向かって駆けていった。



第五章 「友達」
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