キャッチボール~脳内うるさい系女子の奮闘記~

しぃ

文字の大きさ
2 / 11

第2話

しおりを挟む
2章 
 教室内は活気であふれていた。
 入学2日目。クラス内ではもうグループが決まり始めていた。私を除いて。私は、友達作りに失敗しつつあるだ。
 受け入れ難い現実から目を背け、話す相手もいないのでぼうっとしていると、昨日のことを思い出していた。



 名も知らぬ彼に見蕩れてどれくらい経ったのだろうか。我に返った私は慌てて姿を隠した。何も悪いことをしている訳ではないのだが、体が動いてしまったのだから仕方がない。さて、どうしよう。このまま覗いていても警察のお世話になってしまう未来しか想像できない。ひとまず今日は帰るとしよう。心なしか少し熱っぽいし。
 何度も振り返り彼の姿を盗み見ては後ろ髪を引かれまくり家路に着いた。

 帰宅し、家族から地獄の質問タイムが始まった。嘘の上塗りが続き、いつの間にやら人気者となった私は、ボロがでる前に部屋へと逃げ込んだ。
 宿題も無く、やることも無く、電話する友達もいない。とりあえず寝るか。早寝はお肌にいいって隣の子が言ってたしね。私にじゃなくて盛り上がったガールズトークの一部を盗み聞きしただけなんだけどさ。明日、枕が濡れてないといいな。
 入学初日の女子中学生の心情とは思えぬ気持ちでベッドにもぐりこんだ。考えていることとは逆で、真っ暗な部屋で目を閉じ眠ろうとしても瞼の裏の彼が私の体温を、心拍数を上昇させた。「瞼に焼きつく」というのはこういうことなのかと納得した。また一つ賢くなってしまったか。
 おそらく彼は同じ学校の生徒だ。学年は同じだろうか。名前すら知らない。明日また同じ場所にいるだろうか。考えても仕方ないし明日放課後にまた行ってみよう。


 恙無く授業は進み、誰とも話さず放課後を迎えた。ちょっとは恙あってよ。そんな言葉あるのかしらないけどさ。学校生活への期待を早々に捨て去っていた私は現実への不満もそこそこに、川原へと向かった。

 いた。
 彼は毎日ここで練習をしているのだろうか。声、かけたいな。などと考えていると彼と目が合ってしまった。昨日と同様に逃げそうになる自分を何とか制した。逃げなかったことを褒め称えたい。そして今晩はケーキで逃げなかった記念日のお祝いをせざるを得ない。が、今は彼にかける最初の一声を考えなければまずい。だって逃げなかったもんだから立ち尽くすのもおかしいし彼の方に歩き出しちゃってるんですよね私。もう目の前まで来ちゃったし。
「お前、キャッチボールできるか。」
 イカした自己紹介を考えていると思わぬ方へと話が転がっていく。
「あ、あたぼうよう。」

 空気が、凍った。

 私は馬鹿なんだろうか。帰りたい。
「お前変なやつだな。まぁいいや。グローブもうひとつあるから貸してやるよ。」
「あ、ありがとう。で、どうすればいいの。」
「え。できないのか。まぁ投げ方教えてやるから俺の真似してみな。まずは俺が投げる振りするからそれを見てくれ。」
 ラッキー。見ていいんだってさ。
 ゆっくりとした動作で投球フォームを見せてくれた。美しい。
 見蕩れていると変な目で見られてしまい、慌てて真似して投げる振りをしてみる。
「なんか運動してんの?初めての割りには様になってるじゃん。」
「そうかな。ありがとう。運動は結構好き。特にやってたわけじゃないけど。」
「キャッチボールくらいならすぐできそうだな。」
 そんなことより普通に喋れてるんですけど。お母さん見てる?こんなに上手く人と会話できるなんてDVDにして永久保存版にした方がいいって絶対。
「とりあえず最初は近くから投げてだんだん離れていくようにするか。グローブにまず慣れてもらおうかな。5mくらいから始めようか。」

 私は筋がいいようでグローブの扱いもすぐに慣れた。投球の方も特に問題なく彼はすごく褒めてくれた。
 嬉しくて、楽しくて、幸せだった。
 そのせいか、気付くとあたりは暮れ始めていた。

「暗くなってきたし。今日はもうやめよう。」
「えー。まだ大丈夫だよ。」
「ボールが見えにくくなって危ないんだよ。怪我するぞ。お前、明日も暇なのか?」
 やさしいな。こんな私にまで優しいとは信じられん。優しくされるのって気分がいいな。もう今日はお別れっぽいし最後にちょっとからかってみようかな。
「なになに。またあたしに相手して欲しいのー。どーしよーかなー。」
「お前、いい性格してんのな。」
 若干呆れている様子だが彼は楽しそうだ。それがわかったことが嬉しかった。
「明日、またここでいいの?」
「おう。」
「グローブありがと。また明日ね。」
「またな。」

 青春っぽい。青春っぽいよこれ。

 帰宅し、今日の出来事を家族に話すとそのぶん幸せが減りそうな気がして黙っておくことにした。
 興奮気味でベッドに入りふと気付いた。

 名前もなにも聞いて無いじゃん。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

処理中です...