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改変版

懺悔室

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 村の外れにある小さな教会。週末の祈り以外は使われることのないそこには1人、修道女がいた。年老いた、でも昔の面影を残す美しい修道女。

 村人以外訪れないはずのそこに、年老いた紳士がやってきた。白髪まじりというよりも、白髪の中に少し色素の強い髪が少し残っているような髪を品の良い帽子で押さえている。

 寂れた教会に足を踏み入れた紳士は、掃除をしていた修道女に声をかけた。

「こちらに懺悔室はありますか?」

「……はい、そちらに。」

 修道女が手で示した先には懺悔室があった。小さな教会には不釣り合いな豪奢な懺悔室は後から増設されたことが窺える。

「神父様はいらっしゃいますか?」

「この教会には神父様はいないのです。」

「そうですか…。」

紳士はひとつ息を吐いて、また口を開いた。

「では、貴方が私の告白を聞いてくださいませんか?」

「……わたくしで良ければ。」

 2人は揃って懺悔室に入って行きました。あまり使われていないながらも綺麗に掃除されたそこに紳士は腰を下ろしました。

 2人の間には顔を隠すように壁が立っていました。そのことに安心したように、紳士は口を開きました。

「私は、罪を犯しました。許されない罪です。私は、ある女性人生をねじ曲げてしまったのです。」







「マリア・ログリアス!お前との婚約を破棄する!隣国の王族であるリンを虐げ、遂には殺人未遂まで犯した!その罪は到底許されるものではない!お前に国外追放の罰を与える!二度と私たちの前に現れるな!」

豪奢な王宮の大広間。輝くシャンデリアに最高級の料理が並ぶこの場所にそぐわぬ怒声が響き渡った。この国の王太子の傍には、婚約者のマリア・ログリアス公爵令嬢ではなく、隣国アルスカの姫君が立っている。

 アルスカの姫君は、元は平民で、最近王族の血を引いていることがわかっていきなり王宮へ招き入れられた。礼儀作法を教え込まれすぐに放り込まれた学園で、王太子と恋に落ちたのだ。

 それにしても王は、このバカな王太子を止めようともしないのか。各国の賓客を招いたこのパーティーで、婚約者でもない女を連れ添った王太子を衆目に晒し、公爵家ともあろうものの罪を暴く。

 国の恥のフルコースだな。これで我が国の評価も駄々下がりだ。

 階段の上に立つ王太子と姫君を見て首を振る僕の幼馴染、マリア。目にあんなに涙を溜めて今にも泣き出してしまいそうだ。なんてカワイソウ、今すぐ助けてあげなくちゃ。

 マリアは助けを求めるようにこちらを見た。なんで、どうして、聞いていた話と違う。そんな疑問を目で訴えかけてくる。当然だ、君には嘘しか教えていない。

 今は大人しく断罪されてくれないと、僕の計画が頓挫してしまう。だから、なにも知らないことを装って首を振る。僕にも訳がわからないと伝わるように。

 ごめんね。もうちょっと待ってね。辛いのは今だけだよ。マリアは騎士に連れられ扉の外へ。その間も縋るような目を僕に向けてくる。

 夜会が何事も無かったかのように再開したのを見計らって、大広間の出口に向かう。実際には、コソコソと言い合っている賓客の声が聞こえていたから、何事も無かったかのようにとは言い難いかもしれないけれど。

 連れて行かれたマリアを追って、王宮の出口へと向かう。きっと馬車に乗せられるから、出発するまでに追いつかないとね。

 出口へ続く長い階段に着いたところで、マリアが馬車に乗せられるのが見えた。流石にのんびりしすぎていたかもしれない。

 慌てて御者の制服に着替え、馬車の影から御者席に座る。騎士の人に馬車を出すように指示をもらって、さっさと馬車を出した。

 本当の馬車の御者は、買収しておいたから、今頃はきっと酒屋で浴びるほど飲んでいるだろう。僕たちが国外まで行った後、馬車だけは持ち帰るように言っておいたから、御者が変わっていたことはバレない。

 それに、キチンと国外まで送り届けるのだから、なにも問題はないはずだ。まあ、王太子の側近だった僕がいなくなってしまったら、王太子様は困っちゃうかもね。

 毎日仕事を放って、姫君にうつつを抜かしていたから。毎日代わりに仕事をして、マリアのために王太子の行動を報告してあげた。まあ、一部捏造していたけれど。

 それにしても、マリアは本当にバカだ。今の今まで自分が王太子に嫌われていることに気付いていなかったなんて。大体の貴族に伝わっている話だし、いわゆる公然の秘密ってやつだ。

 出来るだけマリアの耳に入らないようにしていたけれど、人の口に戸は立てられない。誰かから聞かされてると思ってたんだけど、さすがに本人には言えなかったか。

 王宮から少し離れたところで一度馬車を止める。馬車の入り口を遠慮なく開けると、マリアはビクッと体を震わせた。

「驚かせてごめん、マリア。助けにきたよ。」

 登場の仕方はまるでヒロインの窮地を救うヒーロー。まあ、窮地に追い込んだのも僕だけど。

「ユアン……。」

「怖かっただろう?あの騎士はこんなにもか弱いマリアを乱暴に扱う。殴ってやりたい気分だ。」

 マリアに優しく笑いかけると、マリアは堰を切ったように泣き出した。

「マリア、泣かないで?僕が絶対君を守ってあげる。マリアを不幸にはさせないよ。」

「……いくらユアンがなんでも出来るからって、それは無理よ。私を幸せになんてできっこないわ。」

「どうして?」

「だって私の横に殿下はいないんですもの。」

 また、アイツ……。あんなにこっぴどく振られて、他の女を抱き寄せている姿を見て。なのにまだアイツのことばかり口にする。

 本当にイライラする。あんな顔だけの奴より絶対僕の方が役に立つし、君のことが好きなのに。


「……とりあえず、一度国を出ないといけない。国外追放を言い渡されてしまったから。安心して、ちゃんと安全な場所に連れて行くよ。」

「安全な場所と言われても……そんな場所、あるんですの?」

「アルスカに最近別荘を建てたんだよ。嫌かもしれないけれど、今一番安全なところだ。僕の信用できる守衛も雇っているんだ。」

「そう…私を匿ってくれるのね。ユアンは優しいから、罪人の私まで……。」

「罪人でも、関係ない。マリアはただ殿下が好きで仕方がなかっただけだろう?マリアを助けたいんだ。」

 何より、マリアを誰にも見つからないところへ連れて行きたい。どうせ、すぐに僕のことなんて見てくれないから、これ以上邪魔されない場所に行かないと。

 今から馬車を出すとマリアに伝えて御者席に戻る。一つ呼吸をおいて、思いっきり太腿を殴った。

「クソッ!」

 マリアが乗っている馬車は防音だから僕の聞こえない。だからそれをいいことに僕は王太子へのイライラを吐き出していた。

 アイツのどこがあんなにもマリアを魅了するのか。性格は僕も人のことは言えないけれど、マリアにいい顔なんてアイツがしたことはない。いつも不機嫌そうに、マリアを邪険に扱って……。

 王太子は、婚約者というものがありながら、多くの令嬢に手を出していた。それの後処理は自分でせず、修羅場に僕が巻き込まれることも多々あった。

 それでも、マリアが殿下に惚れていたのは僕のせいもあるのだが。

 「殿下がマリアに会いたいと言っていた。」とか「殿下が本当に好きなのは君だけだ。」とか。

 王太子の悪行の噂を聞いて、ショックを受けたマリアは体調を崩して外に出られなくなっていった。だから、少しでも良くなればと思ってついた初めての嘘だった。

 その結果、体調は随分とよくなり、よく一緒に散歩をした。でも、僕がどんなに気持ちを伝えても、「殿下じゃない、殿下がいい。」と突っぱねて、ずっと落ち込んでいたのに、殿下の話をした途端元気になるものだから、僕は面白く無かった。

 だから、また嘘をついた。その頃には僕は殿下の側近候補になっていて、殿下に会うことも多かった。だからマリアは僕がいうことを疑わない。それをいいことに殿下が嫌いな花を、殿下が1番好きな花だと嘯いてマリアにプレゼントさせた。

 しばらく引きこもっていて、なかなかマリアのもとには情報は届かない。だから、マリアは自分が嫌われたことにも気づいていなかった。

 殿下はもともとマリアに無関心ではあったけれど、嫌ってはいなかったし、話しかけられれば普通に話していた。けれど、それ以降は必要最低限のことしかしようとせず、月に一回マリアの元に送られてきていたお茶会への招待状が途切れた。

 それにショックを受けたマリアは、また体調を崩してしまった。僕はやり過ぎてしまった。小さな僕は失敗ばかりを重ねて、そのしわ寄せが今に来ている。

 ここまでマリアを盲信的に殿下に惚れ込ませるべきでは無かったのに。その時その時のことしか考えず、適当な行動をしていたから、未来なんて予想できていなかったんだ。

 だって思わないだろう。隣国から来た平民上がりの姫君に殿下が惚れ込むなんて。

 馬車を走らせながら考え事をしていると、イライラばかりが募って思わず運転が荒くなってしまいそうになった。けれど、マリアを乗せていることを思い出して、慌てて深呼吸をした。

 王宮を出たのは、夜になってすぐだったが、だんだんと夜も更けてきた。流石に一晩中ずっと馬車を走らせるのは大変だ。王都を出て、少しした道端に馬車の停留所がある。

 たくさんの馬車が休むため、ここには守衛が務めている。僕も御者席を降り、馬車の中へと入った。

「今日はもう遅いし、ここで休もう。僕も中で寝ていい?この時期は流石に寒くて。」

 もう、息も白く染まり始める季節にわざわざ追放するなんて死ねと言っているようなものじゃないか。壁の厚い馬車の中もあったかくはない。毛布一枚も置いていない車内では、たくさんの布が重なるドレスを来たマリアも風邪を引いてしまう。

「もちろん、ユアンが風邪を引いてしまうもの。」

 マリアは身を壁の寄せ、僕の座る場所を作ってくれた。でも、僕が座りたいのはそもじゃないんだよなぁ。

「今日は、昔みたいに一緒に寝よう?とても寒いから。」

僕は膝をついて両手を広げた。

 昔は、2人で寄り添いあって寝ていた。いつもマリアは苦しそうに寝ていたから、嫌な夢を見ていたら起こしてあげられるように。

 僕が嘘をつき始めてからは、その機会も減ったけれど。

「ユアン、私たちもう子供じゃないわ。それに私にはこんや、く、しゃが……。」

 そこまで言ってマリアは顔を歪めた。

「ねえ、一緒に寝ようよ。僕のわがままを聞いてくれる?」

「……そうね、ユアンは寒がりだもの。私が温めてあげる。」

 マリアは僕が言いたいことに気づいたのだろう。また、悪夢を見ないように。すぐに起こしてあげられるように。小さな頃に2人でした約束だ。

 床に寝転び、腕を広げるとそこに素直にマリアは入って来てくれた。

「お化粧したまんまだね、明日は宿屋に泊まってそこで落とそうか。」

「そうね、今すぐにでも落としたいけれど、もう、眠いわ。」

「うん、おやすみ。」

「おやすみ、ユアン。」

そういうと、マリアは僕のおでこにキスをする。僕はお返しにこめかみにキスをした。なんだか小さな頃に戻ったみたいで少し、嬉しかった。








 ふと顔を上げると、懺悔室の横にある窓からは、赤い光が入ってきていた。

「…今日はもう遅いですから、また明日いらしてください。続きを聞きましょう。」

修道女の言葉に、老紳士は強張らせていた顔を解いて頷いた。

「ありがとうございます。では、また明日。」

 老紳士は、懺悔室から出ると深々と頭を下げてゆっくりと出て行く。修道女はその背中を名残惜しそうに見つめていた。
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