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ゆっくりと、ペンをすすめる。
波の一本一本、光の一筋一筋、雲の一つ一つ……
少しずつ、画面に海が広がっていく。
私は会社を辞め、フリーのイラストレーターに転身した。
会社を辞めることはしっかりと濱井に伝えた。
「あなた、正気?」「今に見てなさい、きっと後悔するわよ!」
濱井はヒステリックになって叫んだ。だけど私は臆しなかった。火轍さんは私を助けるために、恐れず戦ったのだから、今度は私が戦う番だ。
「辞めます。どんなことを言われても、辞める意思は変わりません」
そう言って私は退職届を提出した。
退職届はしっかりと人事担当に受理された。
濱井は何度も私を罵っていたが、最後には折れたようだった。
今は実家に戻り、両親に支えられながら絵を描く仕事を請け負っている。
両親は私を受け入れてくれた。真白島から帰る船の特別料金も、イラストレーターになるための準備費用もすべて出してくれた。
「理絵が生きていればいいの」
「理絵がやりたいことをするんだ」
父も母も、私にやさしい言葉をかけてくれた。
分かってくれないと思い込んでいた私がバカだった。
感謝してもしきれないくらいだ。いつか親孝行で返さなければ。
イラストの仕事は大変だ。だけど、私のやりたいことができるのは何よりもうれしい。
液晶タブレットを使って、絵を描いていく。
私の好きな、海の絵。
どこまでも広がる波と空。
前を向いて生きていく。
あの日、火轍さんが霊魔を捕まえた後、私はそのまま気を失ってしまった。
迎えに来た船に乗っていた人の話によると、真白島の港で軽い脱水症状を起こして倒れていたという。
あの日以来、霊魔も火車も見ていない。
後で聞いた話だが、真白島では過去にも私のように自殺しようと島に残った人がいたらしい。でもみんな、不思議な夢を見て自殺を思いとどまったらしい。ある人は亡くなった家族に止められる夢、またある人は好きな食べ物をたくさん食べる夢……
何でも、真白島の祠に祀られている地蔵は、夢地蔵というらしい。
戦国時代、真白島に城を築いていた武将が戦で毎晩眠れない夜を過ごしていた際に、安眠の願いを込めて、地蔵を祀ったのが始まりだという。それ以来、この地蔵に願えばいい夢が見られる、不眠が治るという言い伝えが生まれたのだとか。
もしかすると、火轍さんと出会ったことはすべて、夢地蔵が死にたいと悩む私に見せてくれた幻なのかもしれない。だけど私は、火轍さんに助けられたことははっきりと覚えている。リュックサックのキャラメルも、しっかり減っていたのだから。
まあ、夢でも現実でも、私の心は救われたのだ。
これからは、自分の命を大切に生きていきたい。
それから、自殺屋事件の被害者たちの遺体が見つかった。
ニュースで聞いた話では、真白島近海の港で大量のドラム缶が発見されたという。警察の調べと犯人である狭山の供述により、ドラム缶の中に入っている遺体はすべて自殺屋事件の被害者のものであることが分かった。
これで、被害者たちの遺体は家族の元に帰るだろう。だが、殺された人たちの命は戻ってこない。被害者の家族や周囲の人は悲しみ続けるだろう。たとえ被害者が望んで殺されたとしても、きっと悲しむ人たちがいる。
二度とこんな痛ましい事件が起こらないことを祈るばかりだ。
私にできることは……生きること。
生きて、自分の好きな絵を描くこと。
私の絵を見てくれた人の心が、少しでも明るくなって欲しい。
暗い気持ちになっていても、また立ち直れる勇気を出して欲しい。
そんな思いで絵を描いている。
これもすべて、火轍さんのおかげだ。
火轍さんは今、どうしているだろう。
また別の霊魔と戦っているのだろうか。それとも、かつての私のように死にたいと思っている人を見つけて、助けているのだろうか。そしていつか、罪を償って人間に戻れる日がくるのだろうか。
色々な想像がわき上がってくる。
いずれにしても、火轍さんもしっかり生きていて欲しい。
そう願うばかりだ。
私はそっとペンで絵をなでる。
薄く、でもしっかりと海に光が入ってくる。
真白島の夜明けが完成する。
これが、私の新しい作品。
『夢』
(完)
波の一本一本、光の一筋一筋、雲の一つ一つ……
少しずつ、画面に海が広がっていく。
私は会社を辞め、フリーのイラストレーターに転身した。
会社を辞めることはしっかりと濱井に伝えた。
「あなた、正気?」「今に見てなさい、きっと後悔するわよ!」
濱井はヒステリックになって叫んだ。だけど私は臆しなかった。火轍さんは私を助けるために、恐れず戦ったのだから、今度は私が戦う番だ。
「辞めます。どんなことを言われても、辞める意思は変わりません」
そう言って私は退職届を提出した。
退職届はしっかりと人事担当に受理された。
濱井は何度も私を罵っていたが、最後には折れたようだった。
今は実家に戻り、両親に支えられながら絵を描く仕事を請け負っている。
両親は私を受け入れてくれた。真白島から帰る船の特別料金も、イラストレーターになるための準備費用もすべて出してくれた。
「理絵が生きていればいいの」
「理絵がやりたいことをするんだ」
父も母も、私にやさしい言葉をかけてくれた。
分かってくれないと思い込んでいた私がバカだった。
感謝してもしきれないくらいだ。いつか親孝行で返さなければ。
イラストの仕事は大変だ。だけど、私のやりたいことができるのは何よりもうれしい。
液晶タブレットを使って、絵を描いていく。
私の好きな、海の絵。
どこまでも広がる波と空。
前を向いて生きていく。
あの日、火轍さんが霊魔を捕まえた後、私はそのまま気を失ってしまった。
迎えに来た船に乗っていた人の話によると、真白島の港で軽い脱水症状を起こして倒れていたという。
あの日以来、霊魔も火車も見ていない。
後で聞いた話だが、真白島では過去にも私のように自殺しようと島に残った人がいたらしい。でもみんな、不思議な夢を見て自殺を思いとどまったらしい。ある人は亡くなった家族に止められる夢、またある人は好きな食べ物をたくさん食べる夢……
何でも、真白島の祠に祀られている地蔵は、夢地蔵というらしい。
戦国時代、真白島に城を築いていた武将が戦で毎晩眠れない夜を過ごしていた際に、安眠の願いを込めて、地蔵を祀ったのが始まりだという。それ以来、この地蔵に願えばいい夢が見られる、不眠が治るという言い伝えが生まれたのだとか。
もしかすると、火轍さんと出会ったことはすべて、夢地蔵が死にたいと悩む私に見せてくれた幻なのかもしれない。だけど私は、火轍さんに助けられたことははっきりと覚えている。リュックサックのキャラメルも、しっかり減っていたのだから。
まあ、夢でも現実でも、私の心は救われたのだ。
これからは、自分の命を大切に生きていきたい。
それから、自殺屋事件の被害者たちの遺体が見つかった。
ニュースで聞いた話では、真白島近海の港で大量のドラム缶が発見されたという。警察の調べと犯人である狭山の供述により、ドラム缶の中に入っている遺体はすべて自殺屋事件の被害者のものであることが分かった。
これで、被害者たちの遺体は家族の元に帰るだろう。だが、殺された人たちの命は戻ってこない。被害者の家族や周囲の人は悲しみ続けるだろう。たとえ被害者が望んで殺されたとしても、きっと悲しむ人たちがいる。
二度とこんな痛ましい事件が起こらないことを祈るばかりだ。
私にできることは……生きること。
生きて、自分の好きな絵を描くこと。
私の絵を見てくれた人の心が、少しでも明るくなって欲しい。
暗い気持ちになっていても、また立ち直れる勇気を出して欲しい。
そんな思いで絵を描いている。
これもすべて、火轍さんのおかげだ。
火轍さんは今、どうしているだろう。
また別の霊魔と戦っているのだろうか。それとも、かつての私のように死にたいと思っている人を見つけて、助けているのだろうか。そしていつか、罪を償って人間に戻れる日がくるのだろうか。
色々な想像がわき上がってくる。
いずれにしても、火轍さんもしっかり生きていて欲しい。
そう願うばかりだ。
私はそっとペンで絵をなでる。
薄く、でもしっかりと海に光が入ってくる。
真白島の夜明けが完成する。
これが、私の新しい作品。
『夢』
(完)
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