火轍、吼える  特別編 ~夢~

火隆丸

文字の大きさ
27 / 27

27

しおりを挟む
 ゆっくりと、ペンをすすめる。
 波の一本一本、光の一筋一筋、雲の一つ一つ……
 少しずつ、画面に海が広がっていく。


 私は会社を辞め、フリーのイラストレーターに転身した。

 会社を辞めることはしっかりと濱井に伝えた。
「あなた、正気?」「今に見てなさい、きっと後悔するわよ!」
 濱井はヒステリックになって叫んだ。だけど私は臆しなかった。火轍さんは私を助けるために、恐れず戦ったのだから、今度は私が戦う番だ。
「辞めます。どんなことを言われても、辞める意思は変わりません」
 そう言って私は退職届を提出した。
 退職届はしっかりと人事担当に受理された。
 濱井は何度も私を罵っていたが、最後には折れたようだった。

 今は実家に戻り、両親に支えられながら絵を描く仕事を請け負っている。
 両親は私を受け入れてくれた。真白島から帰る船の特別料金も、イラストレーターになるための準備費用もすべて出してくれた。

「理絵が生きていればいいの」
「理絵がやりたいことをするんだ」
 父も母も、私にやさしい言葉をかけてくれた。
 分かってくれないと思い込んでいた私がバカだった。
 感謝してもしきれないくらいだ。いつか親孝行で返さなければ。
 イラストの仕事は大変だ。だけど、私のやりたいことができるのは何よりもうれしい。
 液晶タブレットを使って、絵を描いていく。

 私の好きな、海の絵。
 どこまでも広がる波と空。

 前を向いて生きていく。

 あの日、火轍さんが霊魔を捕まえた後、私はそのまま気を失ってしまった。
 迎えに来た船に乗っていた人の話によると、真白島の港で軽い脱水症状を起こして倒れていたという。
 あの日以来、霊魔も火車も見ていない。

 後で聞いた話だが、真白島では過去にも私のように自殺しようと島に残った人がいたらしい。でもみんな、不思議な夢を見て自殺を思いとどまったらしい。ある人は亡くなった家族に止められる夢、またある人は好きな食べ物をたくさん食べる夢……

 何でも、真白島の祠に祀られている地蔵は、夢地蔵というらしい。
 戦国時代、真白島に城を築いていた武将が戦で毎晩眠れない夜を過ごしていた際に、安眠の願いを込めて、地蔵を祀ったのが始まりだという。それ以来、この地蔵に願えばいい夢が見られる、不眠が治るという言い伝えが生まれたのだとか。

 もしかすると、火轍さんと出会ったことはすべて、夢地蔵が死にたいと悩む私に見せてくれた幻なのかもしれない。だけど私は、火轍さんに助けられたことははっきりと覚えている。リュックサックのキャラメルも、しっかり減っていたのだから。

 まあ、夢でも現実でも、私の心は救われたのだ。
 これからは、自分の命を大切に生きていきたい。

 それから、自殺屋事件の被害者たちの遺体が見つかった。
 ニュースで聞いた話では、真白島近海の港で大量のドラム缶が発見されたという。警察の調べと犯人である狭山の供述により、ドラム缶の中に入っている遺体はすべて自殺屋事件の被害者のものであることが分かった。
 これで、被害者たちの遺体は家族の元に帰るだろう。だが、殺された人たちの命は戻ってこない。被害者の家族や周囲の人は悲しみ続けるだろう。たとえ被害者が望んで殺されたとしても、きっと悲しむ人たちがいる。
 二度とこんな痛ましい事件が起こらないことを祈るばかりだ。

 私にできることは……生きること。

 生きて、自分の好きな絵を描くこと。

 私の絵を見てくれた人の心が、少しでも明るくなって欲しい。
 暗い気持ちになっていても、また立ち直れる勇気を出して欲しい。
 そんな思いで絵を描いている。

 これもすべて、火轍さんのおかげだ。

 火轍さんは今、どうしているだろう。
 また別の霊魔と戦っているのだろうか。それとも、かつての私のように死にたいと思っている人を見つけて、助けているのだろうか。そしていつか、罪を償って人間に戻れる日がくるのだろうか。
 色々な想像がわき上がってくる。
 いずれにしても、火轍さんもしっかり生きていて欲しい。
 そう願うばかりだ。


 私はそっとペンで絵をなでる。
 薄く、でもしっかりと海に光が入ってくる。
 真白島の夜明けが完成する。
 これが、私の新しい作品。


『夢』


(完)
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

洒落にならない怖い話【短編集】

鍵谷端哉
ホラー
その「ゾワッ」は、あなたのすぐ隣にある。 意味が分かると凍りつく話から、理不尽に追い詰められる怪異まで。 隙間時間に読める短編ながら、読後の静寂が怖くなる。 洒落にならない実話風・創作ホラー短編集。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...